「ちょっとお、待ってってば」
入口の駐車場で大きな声で日本語が響いていた。ここチェジュ島では、そうそう日本語は珍しくはない。商店などでは日本語で話しかけてくれる人も多い。おまけに、日本語が堪能な運転手が帯同している。それでも、こういった雑踏で聞こえる日本語はなんだか懐かしいものがあった。
「自分だって荷物置いてベッドに横になって寝ていたじゃん」
大きな声をあげている女性の艶のある茶色い髪の隙間から楕円形の白いイヤリングが見えていた。
「5分だけっていったのにあんなに寝るなんて、ツアーに置いて行かれたじゃん」
彼氏と思われる男がぶっきらぼうに言う。
「ツアーを追いかけてきたけど全然ダメだったね、もう行ったあとみたい」
「お前と一緒に観たい景色いっぱいあったのになあ」
「いいじゃん、タクシーでいけば」
二人はそう言って、赤い門の中へと消えていった。
ここは三姓穴と呼ばれる観光施設だ。城山日出峰で標高の書かれた看板を見つけると、その板の裏側に、ここに来るように指示が書かれていた。
この三姓穴は、チェジュ島のルーツとなる三聖人が現れたとされる遺跡だ。神秘的な雰囲気のする遺跡だ。
遺跡というからにはさぞかし郊外の自然の中にある印象を抱いていたが、予想以上に街中にそれは存在した。
「ここがこの島のルーツなわけよ」
運転手がそう説明する。
ゆっくりと施設内を歩く、資料館などの興味深い展示があるようだ。ふと、向こう側に先ほどのカップルがいて、なにやら騒いでいる。
「へー、三神人は高氏、梁氏、夫氏とそれぞれの姓を代表する聖人が出てきて、この3つがチェジュ島を代表する姓になっているみたいよ」
「じゃあ本当にルーツなんだ」
「すごいよねえ」
三姓穴は、森に囲まれており、その遺跡の部分だけ日の光が入って神秘的な雰囲気漂っていた。その、森の向こうに、あのトレンチコートの男がいた。
「いた!」
すぐに近づく。
男はこちらの姿を確認すると、ゆっくりと近づいてきた。ちょうど、通りを覆う大木の下で相対することとなった。
これまで無言を貫いてきた男が口を開く。
「名前の仲間外れを探せ。そこにミレイがいる」
ついに男から「ミレイ」という言葉がでた。そして、男も流暢な日本語を喋るようだ。
「どういうことだ!? お前がミレイを誘拐したのか!?」
詰め寄るが、男は首を横に振るだけだった。
「行けば分かる」
その言葉に、運転手が反論する。
「行けば分かるってどこに行くんだよ!」
その言葉に、男はにやりと笑ったように見えた。初めて見せる人間らしい表情だ。
「名前の仲間外れを英語に直せばいい」
そう言って、こちらを睨みつける。何かを確認するかのように睨みつける。吹き抜ける風が木々を揺らし、青々とした落ち葉がハラハラと地面に落ちていた。