エウォル地域にやってきた。エウォルとは崖の上に浮かんだ月という意味で、美しい海の景色とフォトジェニックな建物たちが特徴的な人気観光地だ。

ミレイからのメッセージ通り、到着ゲートを出てすぐの場所から見えた番号を押すと、後ろから話しかけられた。

 

「キミが星夫か?」

 

少し引っ掛かりのある日本語、おそらく現地の人だろう。

 

「ミレイの知り合いか?」

 

すぐに質問を返す。

 

男は、180センチはあるだろうか、背が高く、サングラスをかけていた。その顔つきはどこか映画俳優を思わせるものだった。韓国の中でも有数のリゾート地であるチェジュ島、そのリゾートと夏にふさわしくないベージュ色のコートが印象的だった。

 

「ミレイは? ミレイはどこだ?」

 

また質問をぶつけた。

 

男は基本的にこちらの問いかけに応えないつもりなのだろう。なにも動じなかった。色の濃いサングラスは、彼の表情すら読み取らせないようにしていた。

 

男が黙って小さな紙片を手渡してくる。

 

 

男のいかつい風貌とはあまりにアンバランスな小さな丸文字でそう書かれていた。それは紛れもなく、ミレイの字だった。

 

「なんでいつもそんな丸い文字を小さく書くの?」

 

そうたずねると、ミレイはいつも笑っていた。

 

「こっちのほうがかわいいでしょ?」

 

この小さな紙片からはそんなミレイの笑い声が聞こえてくるようだった。

 

「ミレイだな? やっぱりこの島にいるんだな? お前はミレイの関係者か!?」

 

そう問いかけるが、男はこちらの言葉を一切聞き入れず、足早に走り去っていった。いそいでその後を追うが、空港建物を出てすぐの場所に待機していたワンボックスカーに乗り込んで走り去っていった。

 

 

もう一度、渡された紙片を見る。意味のない数字の羅列の様に思えたが、なんだかどこかで見たような気もする。よくよく見ると、カンマで区切られているので2つの数字であることが分かる。

 

「もしかしてこれは座標では?」

 

スマホの地図に数字を入力してみると、やはり座標だったようで、チェジュ島のある地域を指し示した。それがエウォルという地域だ。

 

空港から海岸沿いに西へ西へと走る。タクシーは幹線道路と思われる大きな道路を走っていき、すぐに岩肌が覗き見える海岸が見えてきた。

 

「観光ですか?」

 

運転手は流暢な日本語でそう話してきた。どうしていいのか分からずに空港で佇んでいると話しかけてきた運転手だ。エウォルに行きたいのなら断然タクシーだとあれよあれよと乗せられてしまったのだ。

 

本当に前を見て運転しているんだろうかと思うほどに、こちら側を覗き込み、満面の笑みで話しかけてくる。大きな鼻とその下の黒々としたひげが印象的な顔だ。

 

「まあ、そんなところです」

 

まさか、恋人を探して謎のメッセージを追いかけてきて、謎の男に謎の座標を渡されて、なんて言えない。言っても信じてもらえないだろうから、深入りされないように適当に返答する。ただ、それが運転手の心には火をつけてしまったようだ。そら、観光だ、と途端にチェジュ島の説明が始まる。頼むからしっかりと前を見て運転して欲しい。

 

「エウォルはね、サンセットが有名なんですよ!」

 

タクシー運転手は得意気にそう言った。どうやら、これから目指す座標の位置であるエウォルの説明がはじまる。スマホで調べてみると、オシャレなカフェなどが建ち並び、海を見ながら楽しめる人気スポットのようだ。

 

「エウォルは涯月と書きます。崖の上に浮かんだ月という意味です。火山地形と海が有名な場所ですが、最近ではオシャレなカフェも多いんですよ」

 

それは先ほどスマホで調べた情報だ。

気さくな運転手はその気さくさとは裏腹に、なかなか豪快な運転を見せてくれた。このチェジュ島は、道路の大きさや車の多さから考えるに、少し信号機が少ないように思える。それだけにヒヤヒヤする場面が多い。

 

指定された座標の場所に降りると、そこには「café HAMUL」という少し洒落た建物があった。近代的な建築に赤い柱がアクセントになっている建物だ。明らかにオシャレで若者に人気であろうことが伺えるカフェだ。

 

ガラス越しに少しだけ店内を覗いてみる。ミレイの姿があるかもしれないと思ったからだ。ミレイはいつもこういったオシャレなカフェに行きたいと切望していた。雑誌や、インターネットを見ては、ここに行きたい、ここにも行きたい、二人で行きたい、と呟いていた。ただ、こちらはあまりそういった場所が得意ではない。気恥ずかしいのだ。そんな事情もあって、なんだかんだはぐらかし続けていた。

 

店内には、観光客と現地の若者の姿があり、みんな楽しそうに笑っていた。そこにミレイの姿はなかった。

 

店の前には道路が通っていて、海を臨む岸壁には、「I♡AEWOL」と書かれている。

 

ふとポケットを触ると、いつの間にか小さな紙片が入れられていた。

 

「いつの間に!?」

 

空港で男に入れられたか、いや、そんなはずはない。そこまで接近しなかったからだ。

 

 

これはいったい何だろう、途方に暮れて空を見上げると、ライトブルーの空が妙に綺麗だった。

 

 

ヒント:この記事はURLが表示されるブラウザから見たほうがいいかも…?

 

 

 


同時開催企画
\オンラインで海外探検!「ココドコチェジュ島」開催中/
写真を見て、その場所をGoogleストリートビューで探し出すゲームです。

>ゲームはこちらから