「本当にどれだけのぼらせるつもりなんですか?」
完全に息が切れてきた。それは運転手も同じようで、荒い呼吸を必死に抑えながらなんとか言葉を絞りだしていた。
「もうちょっとだよ」
永遠に続くと思えるほどに長い長い石段が天に向かって伸びており、やっと終わったかと安堵するとその石段が折れ曲がってさらに天に向かって伸びていた。
ここは山房山(サンバンサン)と呼ばれるチェジュ島、南西部の火山だ。海岸近くにそびえるこの山は、噴火活動の際に形成された溶岩ドームがそのまま冷え込んでしまったため、鐘の形のまま山が形成されている。日本ではちょっとお目にかかれない神秘的な形状の山だ。
海岸線をタクシーで走っていても、かなり遠くからこの特異的な形状の山が見える。その姿はあまりに非現実的で、できのよいCGじゃないかと思うほどだった。
この山の入口には、山房寺、普門寺寂滅宝宮と呼ばれる2つの寺があり、その間から伸びる石段を上ると、山房窟寺(サンバングルサ)という寺がある。そこを目指して延々と石段を上っているところだ。
「でも、もはや謎かけでもなんでもないですね」
提示された紙片は以下のものだった。
これだけだ。これまでは少しだけ謎めいた問題だったりしたが、今回はストレートだ。上って行って見て来いと言わんばかりだ。
運転手が息を弾ませながら言った。
「もしかしたら上らせたかったのかもしれねえな、この石段を」
すこしだけ呼吸を整えて答える。
「なにか理由があるんでしょうか?」
「さあ」
そもそも、下で待っていればいいのに、なぜこの人はついてくるのだろうか。この長い石段の途中には、サンバングルサへの入場料を徴収する料金所があるのだけど、しっかりと運転手の分まで払わされてしまった。
「そろそろだぞ」
石段が尽きるのが見えた。何度騙されたことだろう。ついに石段が見えなくなった、頂上だ、と喜ぶたび、折れ曲がった石段が目の前に立ちはだかった。けれどもそれも終わりらしい。ついに頂上へと到達した。
石段の行きつく先は、小さな洞窟になっていて、そこに仏像が安置されていた。静寂と、少し冷たい空気が漂っている。
「あれですね、あれを数えればいいんでしょう」
洞窟の入口には、なにか物品を売る人がいて、敷物の上に商品を並べている。その横に、仏像へと続く最後の石段がある。
「この天井から滴り落ちてくる自然水は「愛の涙」って言われているらしいぜ。飲むと家族が健康になるという言い伝えがあるらしい」
「愛の涙、ですか……」
愛の涙のように、こめかみのあたり一筋の汗が流れ落ちるのを感じた。
石段の数も数えた。またあの長い石段を降りていくことになのかと少し恐ろしい気持ちになったが、降りるしかないので覚悟して振り返る。
「見ろよ」
振り返ると、そこには絶景が待っていた。きれいな海に張り付くようにして伸びる海岸線。家々があんなに小さく見える。その景色は絶景と呼ぶにふさわしいものだった。
「これを見せたかったのかもな」
運転手が呟く
「かもしれないですね」
しばし、その光景に魅入っていた。ミレイもこの景色を見たのだろうか。いつの間にか、ミレイのことを考えていた。