「また上るんですか?」
今度は、石段ではなく木で作られた階段を延々と上っていく。
「まあ、仕方がないよ。この城山日出峰からの景色はチェジュ島で一番だからな」
「それにしても、もはや謎でもなんでもないじゃないですか」
ここ城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)はチェジュ島を代表する景勝地だ。広い駐車場にバスが連なり、多くのツアー客が訪れる。駐車場には土産物屋が溢れ、展望台へと向かう登山ルートは人でごった返している。
もはや慣れすぎて動じなくなっていたが、あの謎の男が手渡してきた紙片にはこう書かれていた。
おそらく標高だろう。こんなもの、見に行かなくても分かるじゃないかと、ネットで調べた182mを入力してみたが、どうやらそれは正解ではないらしい。多くのサイトで「城山日出峰標高182m」と書かれているが、実際に頂上に書かれている数字は異なるようだ。つまり、実際に上って確かめてこいということらしい。
「また、謎でもなんでもないですね、ただ景色を見せたいだけだ」
綺麗に整備された木製の階段は、サンバンサンの石段よりはいくらか上りやすい。
「まあ、そういうもんだろ」
下の駐車場で待っていればいいものを、また運転手は帯同してきたので、また入場料を払わされる羽目になった。
しばし無言で登り続ける。
鍾乳洞から飛び出してきたみたいな珍しい形の岩の間を縫うようにして階段が整備されている。
前を歩いていた運転手が、突如として立ち止まり、こう言った。
「それって愛じゃないのか?」
突然の言葉に驚き、少し高い声で答えてしまう。
「え? どういうことですか?」
運転手は笑いながら答えた。
「俺は前から、愛ってなんだって考えていたんだけど、高価なプレゼントを渡したりだとか、豪華な旅行に行ったりだとか、そういうのじゃねえと思っていたんだよ。こういうタクシーの運転手みたいな仕事してるとな、色々な人を見るわけよ」
運転手は呼吸を整えながら続けた。
「ただ、こういった絶景だとか、感動する景色を見た時にさ、見せてあげたい、一緒に観たいって思う相手がいるはずなんだよ。旅先のふとした景色で、誰かのことを思い出すことがあると思うんだよ。それが愛なんじゃねえかな」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだよ」
運転手はそう言ってまた階段を上り始めた。
ここ城山日出峰は海岸線から突き出す形で、お椀状の山が形成されている。階段を上る途中も、綺麗な海岸線の景色が覗き見える。
「綺麗だな」
自然に形成されたそれらの景色は、とても人力では作ることのできない凄みみたいなものがあった。
「見せたい人、一緒に観たい人か……」
気が付くと、ずいぶんと先に行ってしまった運転手の背中を急いで追いかけた。
「さあ、ついたぞ、ここが展望台だ」
お椀状の特異的な形状が特徴的な日出峰、その片側に張り付くようにして展望台が整備されている。その展望台はなかなかにテクニカルで、自然の形状を壊すことなく、複雑に木材を組み合わせて建設されていた。
「どこかに書いているんでしょうね、数字が」
「あれじゃねえの」
展望台をくまなく探すとそれはすぐに見つかった。