【青森県】太宰治の故郷・津軽半島の観光地を地元ライターがご紹介!

こちらの記事では青森の津軽半島のおすすめ観光ルートをご紹介。青森県ならではの霊場「川倉賽の河原地蔵尊」や津軽三味線などが楽しめ、「人間失格」といった作品で知られる文学者・太宰治の生家を使った「斜陽館」でも有名なエリアです。そのほかにも日本海沿いを走り、絶景を眺められる鉄道「リゾートしらかみ号」や芦野公園、グルメでは太宰治と縁の深い「わかおいこんぶ」、クッキー「津軽」などを取り上げます。東北のちょっとシブい大人の旅行はいかがでしょうか。

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斜陽館・青森県五所川原市

『人間失格』や『斜陽』『走れメロス』など多くの作品で知られる小説家といえば、誰でしょうか。
そう、TVアニメ『文豪ストレイドックス』でも人気の太宰治

明治42年(1909)に生まれて昭和23年(1948)に没したので、亡くなってから70年になりますね。
色褪せない内容と読者に直接語りかけるような文章は今もみずみずしく、『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹さんも熱心な太宰ファンとして知られています。

日本のみならず世界中の読者に愛される太宰治のふるさとを訪ねてみませんか?

青森県津軽半島にある太宰治関連のスポットを中心に、ちょっとシブい見どころを紹介します。

 

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青森県在住。Twitter:@tugarujikukan

はい、ナビゲーターの青森県在住のライターなつこ(@tugarujikukan)です。

青森は本州最北の地ですから、遠いというイメージがあるかも。東京から飛行機、あるいは新幹線を利用したときの移動時間は以下のようになります。

  • 飛行機なら、羽田ー青森間は1時間15分
  • 新幹線利用なら、東京駅ー新青森駅は3時間20分~4時間

青森空港や新青森駅から、太宰の故郷である五所川市金木へはさらに2時間弱を要します。

日帰りはちょっと厳しいけれど、2日あればじっくり見ることが可能でしょう。

 

 

リゾートしらかみ号

新青森駅

新青森駅・お土産売り場の様子

せっかく青森を旅するなら、JRリゾートしらかみ号を利用してみましょう。

「一度は乗ってみたいローカル線」として鉄道ファンに愛される五能線。その路線を走るリゾートしらかみ号はゆったりとしたリクライニングシートが自慢です。

快速電車なので青春18きっぷも利用できます。全席指定のちょっとリッチな旅気分。
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リゾートしらかみ号の青森駅発は8:10と13:51の1日2便。(*2017年5月時点)

この日、わたしは8:10分の便に乗りました。

終点は秋田ですが、太宰の故郷へ行くにはJR五所川原駅で私鉄の津軽鉄道へ乗り換えをします。

 

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時間帯や車両によっては、車内で津軽三味線の演奏を聞くことができたり、津軽弁の語り部による実演があったり。

車体は世界遺産の白神山地をイメージしたデザインで、撮り鉄ファンが全国からやってきます。

リゾートしらかみ号には「くまげら」「青池」「橅」という列車があるのですが、これは何でしょうか。

これらは雄大なブナの森を有する世界遺産・白神山地のシンボルです。終点の秋田まで乗車すると、荒々しい日本海の景色と白神山地の山並みを眺めることができるんですよ。

今回の旅は五所川原駅で津軽鉄道に乗り換えて、太宰の故郷・金木まで。

残念ながら日本海へは行きませんが、快晴の日の海は気分も晴れやかになるでしょう。

 

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リゾートしらかみ号の車窓から

リゾートしらかみ号の大きな窓に映るのは、岩木山と早春のリンゴ園。

青森県で最も標高が高い岩木山(1625メートル)のふもとを走り五所川原へ向かいます。

青森県はリンゴの生産が日本一で、列車は町を抜けるとリンゴ園の中を走ります。

 

青森県地図

津軽半島は地図の左側です。まさかりの形をした右側は下北半島。太宰治の故郷に行くにはJR五所川原駅から、さらに北に位置する金木へ。

 

 

五所川原市ってどんな所?

ちょっと五所川原市について解説しましょう。

津軽半島の中南部に位置する五所川原市は、明治以降に商業都市として発達した歴史があります。

 

太宰治関連では、『太宰治「思い出」の蔵』が五所川原駅から徒歩5分くらいの所に!

 

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大正5年(1916年)1月18日、太宰治が幼少の頃”母”と慕った叔母キヱの一家が、太宰の生家である金木の津島家から分家した際に建てられたもの。平成23年(2011年)の解体まで現在の場所にあり、平成26年8月に再築されました。

叔母キヱの許へ遊びに来たとき、太宰はこの蔵でくつろぎました。蔵といっても、内部はあずましい座敷になっていて、現在は資料館として公開中。

※「あずましい」は津軽弁。心地よく快適な気持を表現するとき使います。

太宰治「思い出」の蔵

  • 場所  五所川原市大町501番地2(JR五所川原駅より立佞武多の館へ向かい徒歩3分)
  • 時間  10:00~17:00
  • 休み  12月31~1月2日
  • 料金  大人:200円 中・高生:100円 小学生以下:無料
  • 電話番号:0173-33-6338

※団体利用は要予約

【参考】株式会社まちなか五所川原HP

 

 

ストーブ列車で有名な津軽鉄道で芦野公園へ

JR五所川原駅でリゾートしらかみ号を下車。

私鉄の津軽鉄道に乗り換えます。ホームの向こうに「走れメロス号」が待っていました。

目的地の芦野公園までは30分の乗車時間。

 

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津軽鉄道は本州最北を走る私鉄。冬はストーブ列車、夏は風鈴列車と趣向を凝らしていますから、鉄道ファンならご存知でしょう。

私が出かけたときはちょうど桜が満開でしたから、車内は満席。海外からの観光客も多かったですよ。

そして、桜並木を走り抜ける『走れメロス号』を撮影しようと、芦野公園駅には鉄道ファンがたくさんいました。

 

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津軽鉄道は昭和5年(1930)に開通。太宰治の実家である津島家も協力し、兄の文治は取締役に。津島文治は青森県知事を務めた政治家です。

【参考】津軽鉄道株式会社HP

 

 

芦野公園で太宰治の銅像と会おう

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芦野公園

芦野公園駅に到着。

ちょうど金木さくらまつりの期間でした。青森県の桜はどこもゴールディンウイークが見ごろです。

芦野公園は湖を有してとっても広く、オートキャンプ場やクマの動物園もありますよ。

 

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桜の花の下、湖畔にたたずむあの方は?

国内はもちろん海外にも翻訳された作品が多い、文豪・太宰治です。

 

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ちょっと表情が不機嫌そう?

きっと小説の構想を練っているのでしょう。女性をかき口説いた手紙も残っていますが、ぐっと心を掴む名せりふばかり。

その太宰にはコンプレックスがありました。それは津軽弁。官立弘前高校から東京大学仏文科に進学しても、なかなか津軽弁が抜けなくて、悩んだというのです。

 

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「けりのしぼ、きえだ」と、上野駅でしゃべり、出迎えた同郷の友人も呆れるくらい訛りが強かったんですって。

津軽弁の発音はフランス語に似ているという説がありますが、「けりのしぼ、きえだ」はどういう意味?

正解は「靴の紐が切れた」。

けりは靴のこと。しぼは『ひも』が訛ったもので、きえだは『切れた』。

津軽弁は都会の人には聞き取れないため、テレビでは字幕つきで流れることが少なくありませんが、地元の人にとってはそれがアイデンティティ。

ンだ、もちろん私もそんだぉん。

 

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芦野公園は太宰治の子どものころの遊び場。うららかな陽射しを浴びて、のんびり散策できます。

金木は冬の地吹雪体験ツアーも人気。台湾など南国の方は雪を見ては「きれい」と感嘆し、その冷たさにびっくり。

地吹雪は強い西風により、地面から巻き上がるように雪が吹き付けるのです。

そういえば金木は、歌手・吉幾三の故郷でもあるんですよ。吉幾三の父親は民謡の歌い手、地元の有名人でした。

 

 

太宰治記念館「斜陽館」

芦野公園と太宰治記念館「斜陽館」は徒歩だと20分、津軽鉄道で一駅の距離です。

 

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斜陽館は赤レンガの塀に囲まれ、威風堂々とした太宰治の生家です。

明治40年(1907)に完成。弘前の名棟梁・堀江佐吉が手がけ、現在のお金に換算して20億円以上もの費用を掛けたとされる、贅を尽くした邸宅です。

耐久性にすぐれた青森ヒバがふんだんに使用されています。青森ヒバは成長までに300~600年かかる高級木材。

邸宅が完成して2年後に、太宰治は誕生しました。ここで、ご存じない方も多いと思うので、太宰の生涯をざっくり振り返ってみましょう。

太宰治は青森県北津軽郡金木村(現在の五所川原市)の大地主の家に生まれました。小学生の頃から文学に興味を持ち、18歳で官立弘前高校に入学すると同人誌を立ち上げます。東京大学に進学して上京すると、井伏鱒二に師事し、文章の修行に励みました。

一方で、繊細な感受性を持っていた太宰は、自殺未遂を繰り返したり薬物依存に陥ったり。

しかし、文学への執念はすさまじく『人間失格』『晩年』『斜陽』『小説 津軽』『御伽草子』など多くの小説を書いたのです。

1948年、妻子を残して愛人の山崎富江と玉川上水にて情死。波乱の多い39年の生涯を終えました。死してなお人気は高く評伝もさまざまにあり、今では作品が世界中に翻訳されています。

 

 

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土間が奥まで続く造りで、座敷がいくつもありますよ。この土間を通って小作人たちが米を、奥の蔵に納めました。

この一帯の田んぼは江戸時代に開拓された新田のため、腰まで泥に埋まる「腰切田」が多く農民は苦労をしたのです。しかも、この地域の小作料は7割近くで全国平均より高め。

実に収量の70パーセントを地主に納めたというのですから、暮らしがかなり厳しい。

太宰治は農民の苦しみの上に成り立つ地主の富裕ぶりを複雑な気持ちで見つめながらも、文学で収入を得ることは難しく、結婚後も仕送りを受けていました。

 

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お座敷に上がってみましょう。

女中さんや子守り、下男など使用人が大勢いました。いやー、掃除するのがたいへんそうです、あんまり広くて。

入母屋造りの建物。

階下11室、二階8室のほかに米蔵などがあります。

 

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太宰治が生まれた部屋です。

太宰は10番目の子どもで6男。父の源右衛門は政治家で東京に住む期間が長く、母のタネも留守がちだったため、子どもの頃の太宰は叔母のキヱを母親だと思って育ちます。

兄や弟の多くが子どもの頃に亡くなり、3男の文治と6男の太宰がぶじに成人しました。

太宰はとても寂しがり屋の少年だったと伝えられています。

 

IMG_9583子守りのタケが幼い太宰に字を教えたり、本を読んであげたりしました。太宰もタケに懐いていました。でも、小学校に上がる頃、タケは小泊村へ嫁いでいきます。

小説『津軽』は、小泊村までタケを訪ねて再会するシーンで終わっていますね。

 

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「……父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである」と、太宰はちょっと自慢しつつも風情がないと文章に。

東京に暮らしても心は絶えずこの斜陽館にあり、青森県でも指折りの資産家で、優しい母親が住むこの家が大好きだったのです。

ふすまの向こうは「いろり」。叔母のキヱや子守りのタケから、津軽の昔話を聞いて育った太宰です。

 

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カウンターがあるのは、金貸し業をしていたから。

「やまげんの金貸し」と呼ばれる家でした。やまげんは屋号。

農民に貸し付けて返済できないときは田畑を取り上げることで業績を伸ばし、やがて銀行になります。また、農民の息子や娘を下男や下女として雇い入れました。

 

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さすが大地主です。仏壇は金箔で光り輝いています。

 

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2階も見学できます。部屋がいくつもあるんですよ。

 

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こちらの本階段のほかにも狭い階段があったり、廊下が入り組んでいたりで、迷路みたい。

 

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豪華な洋間は西欧文化への憧れでしょうか。

県のお偉方や中央から経済人が訪ねてくると、この邸宅で懇談。特に軍人将校をもてなすときは、使用人たちは徹夜で準備したとか。

馬車や馬橇(ばそり)に芸者衆を乗せて呼び寄せ、どんちゃん騒ぎを繰り返した時期もあって、子どもの頃の太宰は花街の姐さんたちに可愛がられたと随筆に書いています。

 

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日本画のタッチで描かれた襖絵も価値が高そう。

太宰治が受けていた仕送りは、並の勤め人よりもずっと多い金額。しかし、大酒飲みで女給がいるカフェに足しげく通い、友人たちにおごることも大好きという放蕩三昧で、仕送りはたちまちスッカラカンに。

家長である兄の文治は、弟の太宰治に手を焼いたそうです。

 

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蔵のなかは太宰が愛用した久留米絣(くるめがすり)の着物や初版本が展示されています。

撮影禁止のため、扉の前でぱちり。

 

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戦後は農地改革によって津島家も地主でいることができなくなりました。

しかし、太宰文学を支え続けたのは、津軽の農民たちといえるのではないでしょうか。仕送りの源泉は徴収された小作米だからです。

 

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二階から眺めた庭。

平均の見学時間は20~30分で、長い方で1時間ほど。ゆっくり見たい方は、早めの入館がおススメ。

入館料は一般個人が500円。津軽三味線会館との共通券900円もあります。

太宰治記念館「斜陽館」

  • 場所:〒037-0202 青森県五所川原市金木町旭山412-1
  • TEL:0173-53-2020
  • 開館時間:5月~10月は8:30~18:00/11月~4月は9:00~17:00(いずれも最終入館は閉館の30分前)
  • 休館日:12月29日
  • URL:http://dazai.or.jp/modules/contents/class-a01.html

 

 

ショッピングは金木観光物産館『マデーニ』

お土産を買いたいとき便利なのが、斜陽館のすぐ向かいにある金木観光物産館『マデーニ』

 

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マデーニは、東北弁の「までぇに」が語源。丁寧にという意味なんです。

 

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これから暑くなると、ガス冷蔵したリンゴが出回り、1年中おいしく食べることができます。特に秋のもぎたてのリンゴはジューシーです。枝もたわわに真っ赤に実る頃のリンゴ園は津軽の風物詩。

 

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入り口を太宰のパネルがご案内。

 

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  • ふしみ菓子店の『太宰餅』
  • 松しまの甘露梅
  • しらはるの昆布羊羹

などなど、金木町の銘菓コーナーがあります。

 

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私のおススメは『わかおいこんぶ』。太宰治も好物だったそうですよ。

 

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若いうちに収穫し、天日干しした柔らかい昆布。食べ方は炊き立てのアツアツご飯を「わかおい昆布」で包みます。

昆布にまぶされた塩加減がちょうどよく、おいしい握り飯の出来上がり。

添加物なしのヘルシー食材は、太宰治が生きていた頃と味も食感も変わりません。

 

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食事処もあります。

しじみラーメンは津軽半島の十三湖がしじみの獲れる汽水湖のため特産なのです。ラーメンにしじみ貝がたっぷり。

めぇよ。

 

 

食べる文庫本アップルファイバー入りクッキー『津軽』

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食物繊維であるアップルファイバーを使用したクッキーは、食べる文庫本としてお土産に最適。

平成21年青森県ふるさと食品コンクールにて農林水産部長賞を受賞したこのお菓子は、ラグノオささきの商品です。

パッケージは昭和19年、小山書店から出版された太宰治著『津軽』の初版本をイメージ。

 

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写真は6個入り税込516円。ほのかな甘みとさくさく感がたまらない美味しさ。

12個入りの1,032円もあります。どちらも太宰治が描いたリンゴの花のイラスト付きです。

 

 

合わせて行きたい観光スポット

ここからは、その他のスポットをご紹介。太宰治とはそこまで関係ありませんが、どれも青森ならではの場所ですよ。

 

 

津軽の音色に血がじゃわめぐ「津軽三味線会館」

金木観光物産館『マデーニ』の真向かいにあるのが、津軽三味線会館です。入館料は個人一般500円で、斜陽館との共通券だと900円。

ここまで来たら、青森ならではの津軽三味線について学べる施設にもぜひ立ち寄りましょう。

金木は津軽三味線の発祥の地。それは始祖とされる仁太坊(にたぼう)がこの地に生まれて、生涯を過ごしたから。

仁太坊は幼いころに失明。さらに両親まで亡くして、三味線の芸人として生きました。

 

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屋外コンサート会場

仁太坊は江戸期の終わりに金木村神原の渡し守の子どもとして誕生。生まれて間もなく母を亡くし、自身も高熱をともなう病にかかり失明します。

しかし、音感に恵まれて、三味線で鳥の鳴き声を奏でるほどの才能を持っていました。10歳で父を亡くしてからは、三味線を抱えて門付け(家々の軒先で演奏し、お金や米をもらうこと)で生きていくことに。

 

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「ワ、ホイドでねェ、芸人だ。人真似でねえ、オメの三味線を弾け」とは仁太坊の言葉。

ホイドというのは、門付けを卑しめて「こじき」の意味です。仁太坊は自分の三味線に誇りを持っていましたから、「ワ、ホイドねェ」ときっぱり。

「オメの三味線を弾け」は弟子やほかの奏者への教えで、「津軽三味線は独自性・オリジナルの旋律を尊びなさい」というメッセージです。

 

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展示室は、始祖・仁太坊と妻・まんの生涯が詳しくわかる内容。夫婦ともに盲目で妻はイタコでした。

イタコは視力障害を負った女性が生きる術として、死者の霊や神霊を呼び寄せ、その意志を言葉で語りました。口寄せのやり方は、師匠の家に住み込んで苦労しながら習い覚えます。

三味線の弾き手として人気があった仁太坊には、多くの弟子がいました。弟子のほとんどは目に障がいがある若者で、それぞれが独創的な旋律を編み出して発展したのが津軽三味線です。

 

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津軽三味線の奏者として世界的な名声を博したのは高橋竹山(たかはしちくざん)です。明治43年(1910)~平成10年(1998)の存命期間中、哀愁を帯びた音色で国内外の聴衆を魅了。

 

三味線大会

若手の奏者が全国から集まる津軽三味線の大会も開かれています。

けっこう若者に人気があるんですよ。関東から修行のために青森県内に移住するケースも。

 

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津軽三味線の生演奏を聴くことができます。

ジャジャジャン!!ピントロピントロピントロ……

力強く叩くように鳴らしたり、しんみりと聞かせたり。

その音色を耳にすると、血がじゃわめぐのですよ!

じゃわめぐ?

津軽弁で血が騒ぐということです。

さて、お腹がすいてきたじゃ。人気のカフェへ寄ってみるべ!

 

 

赤い屋根の喫茶店・駅舎 Cafe`&Rest EKISHA

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津軽鉄道・芦野公園駅のかつての駅舎は現在、カフェ&レストランになっています。

入ってみましょう。こんにちは!

 

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おお、運賃・時刻表の下に『文豪ストレイドックス』のポスターが!

コミックは原作・朝霧カフカ、作画・春河35でシリーズ累計480万部突破というヒット作。公式略称は『文スト』です。

実在した日本の文豪たちが、各々が書いた作品名を冠した特殊能力でバトルを繰り広げる。奇想天外なストーリーは、特にアニメ女子の心を掴んで離さない。

TVアニメも好評で、この文ストから太宰治の小説を改めて読むファンもいるかも。

また、三上延さんのライトミステリ小説『ビブリア古書堂の事件手帖』第6巻では太宰の『晩年』が登場しています。こちらは実写とアニメの映画化の決定が発表。

太宰ってほんと不滅です。

 

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レトロな雰囲気で、落ち着く店内です。

ナポリタン750円、スリスリりんごカレー700円、鴨ハンバーグ950円……とメニューにはおいしそうな料理が~。

 

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赤い屋根の喫茶室『駅舎』イチオシという「激馬かなぎカレー」780円を注文。

馬肉をことこと煮込んだカレーです。かつて金木は馬の飼育が盛んで、競馬場もあったそうですよ。

地元では馬肉を高菜と一緒に、味噌仕立てにして食べることが多いとか。

 

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芦野公園駅の構内にあるカフェでまったり。ケーキや名物の馬まんといったスイーツもいただけます。

 

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カレーにミルクをかけると、マイルドに。辛さは注文のときお好みを言うと、調節してくれます。

こくがあって、おいしいカレー!

赤い屋根の喫茶室「駅舎」

  • 場所:青森県五所川原市金木町芦野84-171
  • TEL:0173-52-3398
  • 営業時間:10:00~17:00
  • URL:http://wandono-ekisya.com/

 

 

川倉賽の河原地蔵尊

完食したら、次はスピリチュアルな霊場へ行きませんか?

太宰は農民の暮らしぶりは作品にあまり書きませんでした。

けれども、斜陽館でたくさんの使用人に囲まれて育ち、彼らが信心していた川倉賽の河原地蔵尊(かわくらさいのかわらじぞうそん)について、高等小学校のとき作文にしています。

 

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芦野公園の湖畔沿いにひっそりと建つ『川倉賽の河原地蔵尊』は、津軽における民間信仰の聖地。

赤い屋根の喫茶室「駅舎」から徒歩だと20~30分はかかり、車のほうが便利ですが、歩いて行くことも不可能ではありません。

恐山と同じように亡き人の霊を慰めるための霊場です。また、口寄せ巫女のイタコと、津軽三味線の発祥の地として知られています。

 

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お堂にはおびただしい数のお地蔵様が奉納され、中には「ちょっと不気味な感じがする」と敬遠する方もいるでしょう。

苦手な方は手を合わせたら、すぐに退室しても構いません。

しかし、奥のほうへ進むと大小合わせて約2,000体が祀られて、とにかく圧巻。

津軽はその昔、飢饉や凶作がたび重なり子ども達が餓死することもありまして、慰霊のため地蔵を納める風習がありました。いまも信仰は残り、お参りする方は絶えません。

 

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あの世で安らかに成仏してほしいと、遺品を納めることも。ランドセルや子どもの靴などを目にすると、胸がじんとして、「生かされてあることの有難さ」を思わずにいられないでしょう。

川倉賽の河原地蔵尊

  • 場所:青森県五所川原市金木町川倉七夕野426-1
  • TEL:0173-53-3282

 

 

人形堂は冥界婚の信仰

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人形堂が本堂のすぐ隣に建っています。

未婚のまま亡くなった方のご供養のために、ご家族が花嫁人形を納める『冥界婚』。

 

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全国的にも珍しく、遠方からお参りに来る方もいます。

もともとは戦死した息子のために昭和40年代から母親たちが、あの世で嫁と添わせてやりたいと始めました。この頃では事故死や自死をされた方を供養するために、ご遺族が納めているそうです。

私はこのお堂で手を合わせると、結婚や家族に対しての日本人の深い想いに、感じ入ります。

 

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本堂から芦野公園の湖へ下りていく小道にもたくさんのお地蔵様が並びます。着物を毎年、新しくしますが、たいへんに古い年代のお地蔵さまもありました。

この土地の近くから縄文時代の遺跡が発掘されていますから、何千年も前からの聖地なのでしょう。

 

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本堂や人形堂のすぐそばは「演芸場」がある広場に。

ここでは毎年『川倉賽の河原地蔵尊の大祭』が開かれています。大正から昭和にかけて多くの人々でにぎわい、津軽三味線の大会が開かれ、奏者が腕を競う場となっていました。

また、イタコたちが集まる「イタコマチ」もあって、口寄せに人々が列を成しました。亡き家族の思いに耳を傾けるのが、民衆にとって癒しでした。

2017年の川倉賽の河原地蔵尊大祭は7月22日~24日。最近はイタコの方が高齢化して、滅多に見かけることができませんが、霊場の雰囲気を今に伝えています。

 

 

津軽半島の旅・まとめ

IMG_5845太宰治のふるさとを訪ねての青森旅は、「桜の春」「夏のねぷた」「秋の紅葉」「地吹雪の厳冬」と四季それぞれに味わいがあります。

本州北端に位置して日本人が忘れてしまった習俗がいまも色濃く残り、旅人に懐かしさを感じさせることでしょう。田舎らしい風景は郷愁を誘い、心温まる地元の人とのふれあいも期待できますね。

また、生家である斜陽館は太宰ミュージアムとして見学するのはもちろん、地主制度の歴史的な資料としても一級です。

そうそう、最後に私が五感を研ぎ澄ませてイタコのように、太宰治の口寄せを。

「作品に全身全霊を捧げたから悔いはない。諸君よ、もっと本を読め。時代に流されない自分の芯を持て」

へばの~、『グッドバイ』

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