「本物のテキーラ」を手に入れるため、海を越え、荒野を越えた
パリピの新人が入ってきたので、歓迎しないといけなくなった。「パリピ」とはparty peopleの略。ブチ上がって酒をのみまくり、踊り狂って接吻を繰り返す民族の総称だ。
※本日の企画は株式会社ぐるなびの提供でお送りいたします
「本物」の分かる人間になりたい。そんな思いが強くなってきている。
服にも、靴にも、飯にも、酒にも。何にも頓着のないまま、「本物」が分からないままアラサーとなり、いよいよ恥をかく場面が増えてきた。
先日、仕事で高級な寿司屋に行った際、「なんかこの店、寿司出てくんの遅いっすね」とうっかり口を滑らせた時の、あの気まずい空気。あれは筆舌に尽くし難いものがあった。「ここは貴様のような人間の来る店じゃない」包丁を握る大将の目がそう言っていた。
ワインを飲みながら産地について語っている人や、上質な肉を食べては気の効いたコメントをさらりと残せる人に、憧れているのだ。
フォアグラのテリーヌを口にした瞬間に浮かび上がる「ビックマックの方がうめえな」 という自分の心の声を奈落の深淵部へと葬り去り、どうにかして、本物の分かる男のコメントに置換したい。
そんな私は、最近、所属しているとあるコミュニティにパリピの新人が入ってきたことで、予期せず自分の「本物さ」を試される事態に陥ってしまった。「パリピ」とはparty peopleの略称。ブチ上がって酒をのみまくり、踊り狂って接吻を繰り返す民族の総称だ。
彼の歓迎会を、私が企画しないといけなくなったのだ。パリピと言えば、やはり「テキーラ」か?あまりにも安直なイメージで申し訳ないが、私にはパリピと言って思い浮かぶ単語が「テキーラ」くらいしかなかった。
しかしこの新人の凄いところは、この私の安易な想定を1マイクロメートル足りとも裏切らなかったところにある。パリピは、「テキーラ」だった。凄い。こんなコテコテのイメージ通りのオールドスクールなパリピがいるのか。「三度の飯よりテキーラっす」。想像を絶するほど軽い返信だ。逆に好感が持てる。
彼のようなパーティモンスターは、やはり「テキーラ」で祝うほかない。ここまでは良かったが、しかし、ここで問題に直面したのだ。その辺の酒場で買ったショボいテキーラを渡したら、「本物の分からない男だ」と彼に思われてしまうかもしれない。「先輩、パリピ舐めてんすか?」そんなことを言いながらツーブロックでにじりよってくるかもしれない。
つまるところ、パリピの後輩をテキーラで祝う先輩というのは、二種類に分かれるのである。「その辺の酒屋で買ったテキーラ」で祝う先輩と、「本場メキシコで仕入れた本物のテキーラ」で祝う先輩だ。パリピの後輩が、どちらの先輩をリスペクトするかは、火を見るよりも明らかだろう。
「本物の分かる先輩」になれるのかどうか。冗談抜きに、いま、自分は岐路に立たされていると思う。後輩と私の関係を決定付ける重要な局面にいる。本物の分かる男になるためには、「本場メキシコで仕入れた本物のテキーラ」を渡す必要がある。
本場メキシコの未開の最深部に位置する死ぬ程いぶし銀な本物の工場で作った本物のテキーラ。そう、それは正に「本物」としか言いようのない、本物性に溢れた、本物中の本物とも言える、「本物」という概念の凝縮体としてのテキーラ。これを探し出し、獲得し、渡す。それしかない。
これはテキーラを探す旅であり、そして、「本物」を探す旅なのだ。
1章:調査
テキーラの原産地がメキシコであるというのは周知の事実。本物のテキーラは、メキシコにある。そこで、何か手がかりを得るために、「メキシコ」という単語を試しにGoogleに入れてみる。すると、一番上に、芳しくないサジェストワードが出てきた。「麻薬戦争」
本物を探しどこまででも行ってやろうと思っていた私は、この検索画面を見て、とても変な気持ちになった。いくらなんでも恐ろし過ぎる。パリピの新人に本物のテキーラを渡したい。それだけ。たったそれだけなのに今私は、麻薬戦争に突入することを余儀なくされているのだろうか。
不安になったのでメキシコの麻薬戦争の実態を探るため、次に、「メキシコ ま」 まで入力してみる。すると、出るわ出るわ。「麻薬戦争」「マフィア」「麻薬王」「麻薬映画」。
そして、それらに混じり、一番下には、「マルちゃん」
いや、誰? 普通に。
「テキーラ メキシコ」
次に、よりクリティカルな手がかりを入手するため、このシンプルなワードを直接google mapに打ち込んでみた。すると赤いピンが、メキシコの広大な大地の一点に、ドカンと突き刺さった。ここだ。
この、ザ・ハードコアな国メキシコの、「グアダラハラ」という聞いたこともないハードボイルドな都市から70-80kmほど離れたところにあるロックンロールな場所。本物の場所。place of real。ここが、テキーラの聖地に違いない。
ここに、本物のテキーラが眠っている。
そうと決まれば、航空券である。すぐさま、メキシコ行きのフライトを確認する。このグアダラハラという場所に空港があるらしいが、日本から直行便は出ていないようだ。調べてみると、アメリカで乗り換えしないといけないらしい。
家から1時間をかけて成田空港まで行き、そこで1時間待ってフライト、そこから11.5時間をかけてダラスへ飛び、ダラスで4時間待ってから、3時間かけてグアダラハラへ。そこから車やら何やらで数時間。なるほど。
ちょっとテキーラを買いに、片道、20時間以上。距離はと言うと実に1.2万km。オホホホホ。いや〜、全然大丈夫。全く問題はない。なんだったら「近い」とすら言える。近い。
つまり、視点を変えれば良いだけの話なのだ。数光年も離れた場所に住んでいる冥王星人から見ると、このグアダラハラまでの距離はどうだろうか。この程度の距離は、目と鼻の先だろう。地球から冥王星までは、48億kmの距離がある。これに比べると、田町駅とグアダラハラは「近い」のだ。
結局、「近い」「遠い」というのは何かとの比較の中で、相対的に感じられるものでしかない。都内の駅間の距離をベースに考えればメキシコは遠いが、一方で冥王星までの距離と比較すればグアダラハラは非常に近い。ご近所さま。ニーハオ。
あらゆる諸問題は、このように視点を理解不能なほどに引き上げることで、実質的に「無かった」ことにすることが可能だ。これは非常に有効な方法なので是非とも試して頂きたい。目の前の困難を宇宙的な視点で見つめ直し、「ゼロ」に近似させるのである。
この手法を、以後、本論文内では「ユニバース・スキーム」と呼ぶことにする。
2章:到着
グアダラハラの空港に到着した。成田やダラスなど、道中の様子を説明するかと思いきや、いきなりの「到着」である。空港の名前はドン・ミゲル・イダルゴ・イ・コスティージャ国際空港。呪文だ。
さて、記事にしてみると僅か数秒でグアダラハラに来たかのような感じになっているが、バッチリ20時間近くをかけてこの空港に到達しています。はっきり言って、すんごく、つらかった。悪ふざけで来る距離では、一切ない。
詰まるところ、冥王星人からみると直ぐ「近く」だったはずのメキシコは、とんでもない程に「遠かった」のだ。アホみたいに遠かった。常軌を逸していた。常軌しか逸していなかった。
冥王星人的な枠組みで考えると「近い」はずが、なぜ、「遠い」と感じてしまったのか。その理由はやはり、自分が冥王星人でも何でも無かったことにあるだろう。ここに「ユニバース・スキーム」の限界が存在する。
というか、「冥王星人的な枠組みで考える」とは、一体、何なのか。なぜ我々が、冥王星人的な枠組みで物事を考えることができようか。冥王星人的な枠組みで物事を考えるのは、冥王星人の特権なのだ。この事実を、今一度、肝に銘じたい。
さて、メキシコへの旅行を考えている人のためにグアダラハラまで来るに当たっての注意点を伝えておくと、アメリカン・エアーラインの機内で観た「トイ・ストーリー3」という映画が鬼のように感動的なので号泣必至です。という、もう、この一点につきると思う。
特にすることもなかったので何気なく見始めたのだけど、最終的に「オウッオウッ」と嗚咽を漏らしながらボロボロと涙を流す不審なアジア人と化していた。となりの外国人もビックリしていたと思う。「ファッキング ジーザス」的なことを言っていた気がする。
アメリカン・エアーラインには魔物が潜んでいる。充分、注意されたい。
「ホエア イズ リアル テキーラ? uh?」
「おうぇお:ぱkふぁわあ:あfけあw::じお呂lll?」
「thank you」
グアダラハラにつくなり、早速「本物のテキーラ」の在処についての聞き込み作業を開始したが、最大の誤算は、「言語」である。グアダラハラの主要言語は、スペイン語。英語が全然通じない。
スペイン語がメインであるが、英語も最低限みんないけるでしょう、くらいに考えていたのである。こんなにも英語が通じないとは思わなかった。
これからメキシコの奥地へと進むことで、「周りの現地人が誰1人英語を話すことができない」「スペイン語の本も持って来ていない」「そして携帯も繋がらない」という絶望的な状況に陥ることが予想される。
そこで、Wi-Fiの入るグアダラハラの空港で携帯を駆使して最低限のスペイン語を覚えることにした。
危機的な状況で本当に必要な文章は何か。相当迷ったが、多くを覚えることは出来ないので、二つに絞る。
これと、
これだ。
ここから先、グアダラハラの空港を離れて市街地へと進み、そこからさらにテキーラの聖地を目指してハイパーど田舎へと歩みを進めて行く中で、自分が信じられるのは、この2つのセンテンスのみ。
「こんにちは」
「トイレどこですか」
私はこの2つの文章だけを駆使し、組み合わせ、振りかざし、「本物のテキーラ」に到達することになった。
しかし、覚える時間がないから仕方がないとは言え、このままだと悠然と現れてトイレの場所だけ聞いて「有難う」も言わずに去って行く謎のイエローモンキーになってしまう未来が容易に想像される。文句無しに怖い。
「こんにちは。トイレどこですか?こんにちは」「こんにちは。トイレどこですか?こんにちは」
こんなことを繰り返したら最後、数ヶ月後には私の存在自体がグアダラハラの都市伝説になってしまうかもしれない。ウンコを我慢しながらグアダラハラの路上で死んだ日本人の亡霊が、成仏出来ずに、トイレを探して彷徨っている。
亡霊にトイレの場所を教えなかった者は、7日以内に、腹痛で。死ぬ。
3章:探索
グアダラハラの空港からグアダラハラ市内までは、タクシーで25分ほどである。比較的近い。
タクシーの運ちゃんは自慢のスペイン語でまくしたててくる。「トンコンプリオッケコンコンヅログダロハ〜」と言いながら一人で爆笑している。何も分からない。一切意味が分からない。私はひとしきり一緒に爆笑してから、無言になり、その後沈黙を切り裂くように「yeah」と言った。間違いなく、異国の地に足を踏み入れている。
グアダラハラの街の雰囲気を一言で言うなら、「一昔前のジュネーヴ」と言ったところだろうか。街全体から、ジュネーヴな感じが漂ってくる。
ただ、問題はと言うと、私がジュネーヴに行ったことがないのみならずジュネーヴに関しては一切の知見がないということ。どこの国かも分からない。つまり、この「ジュネーヴな感じ」というのは極端に主観的なそれであり、半ば妄想の世界に存在した極めてエゴイスティックなジュネーヴになってしまっているのだ。
従って、このグアダラハラから漂う「ジュネーヴな感じ」というものをもう少し正確に理解して頂くためには、私がジュネーヴという場所自体をどのように捉えているのか、から話さないといけない。私の考えるジュネーヴの街の雰囲気を一言で言うなら、「ちょっとしたベニス」という感じである。
そしてベニスの街の雰囲気を一言で言うと、「本気を出した神戸」といったところだろうか。勿論ベニスに関しても神戸に関しても知見はない。
私はグアダラハラのいたるところでタクシーを降り、片っ端から「本物のテキーラ」の在処を聞いてまわった。この、「○」と「×」のみを駆使して、二進法で表記されている建物は、日本で言うところのコンビニエンスストアーである。
「ホエア イズ リアル テキーラ? uh?」
不気味な雰囲気で接近し、突如として不気味な英語で、不気味な質問を投げつける。そして英語が分からず訝しげな顔をする相手に対し、突如、スペイン語に切り替え、「トイレはどこですか?」
この、「本物のテキーラ」の場所もしくは「トイレ」の場所を教えろと運命の二択を迫り、「さようなら」の替わりにスペイン語で「こんにちは〜」と言いながらどこかへ消えていくジャパニーズ・ホラー・マンを見て、メキシコ人達はどう思ったんだろうか。
新手のテロリストだと思っただろう。
4章:発見
「本物のテキーラ」についての有効な手がかりが得られたのは、とある趣あるホテルの中に鎮座していた、英語の話せるオバちゃんに聞き込みをした時だった。
「リアルテキーラの意味が分からない。ここのテキーラは、全てリアルよ」
オバちゃんにこう言われたので、「日本では手に入りにくいややマイナーな感じの銘柄で、でも現地の人が愛していて、ハードコアでアンダーグラウンドでラブリーでエキセントリックでロックンロールなテキーラを探しています」と伝えた。
今さらだが、これこそが、本物のテキーラの定義だ。
オバちゃんは少し考えてから、「Don Valente」と言った。なんだそれは。聞いたこともない名前。少し調べてみると、たしかに日本でもあまり売っていない銘柄のようだ。これだ。間違いない。間違いなく本物のテキーラだ。
「では、Don Valenteが作られている工場へ案内して頂こうか?」私がそう言うと、オバちゃんは言った。「工場までの行き方は、バス・タクシー・バン、があるわ。バスが一番安くて、タクシーが一番高い。どうする?」
この、バス・タクシーという交通機関の並びで、「バン」って何?その並列構造は一体、何?と思った私は、落ち着き払った様子で、「I am interested in バン」と言った。
オバちゃんは150メキシコペソ(約1,000円)を要求し、そして私をメキシコ人だらけのバンに詰め込んだ。
車内では、メキシコ人達が楽しげにスペイン語で会話をしていた。話に入りたいが容易ではない。「トイレどこ?」と聞こうものなら、ハイウェイの途中で容赦なく降ろされるだろう。そしてきっと迎えは、二度と来ないのだ。
5章:接近
グアダラハラの市街は小さく、20分も走ると、景色は一昔前のジュネーヴから未曾有のハイパード田舎へと変貌した。確実に、「本物」に近付いている。第六感がそう囁いている。
メキシコ人との渾身のコミュニケーションにより、この辺り一面に生えている、「アガベ」と呼ばれる草が、テキーラの原料になるらしいことを理解した。「アガベ!テキーラ!」と言っていたので、ほぼ間違いないと思う。
窓の外には無限のアガベ。アガベに次ぐアガベ。頭がどうかしているんじゃないかと思うほど、アガベが生えている。
隣に座っているメキシコ人が、突然、窓の外を指差して何かを言った。「あw:おgかw:pげじおあj:呂!!」
私は慌ててカメラを取り出し急いで窓の外を見たが、何を指差しているのか、よく理解ができなかった。さきほどの「アガベ!テキーラ!」とは違い、今度は正真正銘、何一つとして聞き取れなかった。
私は一人で頷いて「oh」と言ってから、日本人特有の曖昧な笑顔で茶を濁し、その後、「Nice」と言った。一体何に言及しているのか、それが本当にNiceなのか、サッパリ分からない。
もしかしたら、彼は、「あそこで人が殺されている!」と言ったのかもしれない。それに対してニヤリと笑って「Nice」と答えてしまっていた場合。私はこの狭い車のなかで、たった今、無事「サイコパス」と認定されたことだろう。
6章:獲得
40分ほど走ると、バンが止まった。「:pkふぉわじご呂〜」と運転手が言った。恐らく到着したのだ。
中に入ると、そこは完全に工場である。リアルだ。土と言う名のリアルがいたるところに散らかっている。
何かをすり潰す機械や、何かをブチこむ容器。そしてテキーラを入れておく用と思われる樽。私は余りのリアリティに、自身のニヤけを抑えることが出来ずにいた。
工場内に、小さな小屋があったので入ってみると、中に、いろいろな種類のテキーラが置いてあった。途方も無い時間をかけ、地道な聞き込み調査により、ついに今自分は「本物のテキーラ」を入手しかけている。
「やあ」
イカした中年の男性が近付いて来て、英語で話しかけてきた。よかった。英語を話せる人がいた。私は「アイ アム リアルマン」と自己紹介し、日本からリアルテキーラを求めてここまで来たことを告げた。
「日本から?!テキーラを求めて?!それは凄いな!!遠かっただろう」彼は驚いてから、日本の札を見せてくれと言った。僕が1,000円札を渡すと、「初めて見たよ!」と言いながら喜んだ。「札がデカいんだな!で、こいつは、誰なんだ?」
私は野口英世を見つめながら、「ジャパニーズ ドクター」と言った。「ドクターが札になるなんて!なんて凄いドクターなんだ!」と彼が言ったので、私は、「ウルトラ ドクター」と言った。「ファンタスティック!」と彼は言った。
「メキシコの札には、歴史的に人気のある王様や、独立に導いた指導者が描かれているんだ。でも医者で札になった人間は、一人もいないよ!NOGUCHI。ファンタスティックだよ、NOGUCHI!」
彼は奥の建物に私を案内してから、テキーラについての、簡単な説明をはじめた。やはり「アガベ」を原料にしてつくるらしい。
「テキーラは、アガベをどれだけ原料として使うかによって種類が分かれるんだ。アガベ以外の原料が入っているテキーラは “ミクスト”、100%アガベで作られたテキーラは ”プレミアム” と呼ばれる。君が普段飲んでるのは、ミクストじゃないか?」
私はよく分からないまま、「オウ、イエス」と答えた。別に、普段からテキーラを飲んでない。しかし、その事実は、一旦隠蔽することにした。
「テキーラにも、ウィスキー同様、熟成年数があるんだ。透明なやつと、色がついたやつと、あるだろう?熟成すると色が出てくる。何年もののテキーラかによって、グレードが変わり、値段も違ってくる。熟成したテキーラっていうのは香りが全然違うんだよ。匂いが最高なんだ」
「ただし、テキーラは熟成させるのが簡単じゃない。なぜならここメキシコは熱いだろう?テキーラを置いとくと、蒸発して減って行くんだ。凄いペースで減るんだぜ。この樽の中の水位が、どんどん下がってきやがる」
「年間に、10%近く減ることもある。何年も放っておくと、全然なくなっちまうよ。だから、20年もののテキーラなんてのは、存在しない」
彼のテキーラの説明はまさに本物のそれだった。日本でテキーラを飲む機会があれば、この説明をそのまま発表しようと心に誓った。その時に私は、「本物の分かる男」になれる。そんな気がした。
「Don Valenteってのは、うちの商品だ。有名な名前で言うと、ホセ・クエルボとか知ってるか?まあ、ああいうのに比べると知名度は低いかもしれないけど、地元じゃ有名な最高のテキーラなんだ」
「Don Valenteとは、どういう意味なんですか?」と私は聞いた。「ああ、Donってのは、英語でMr.みたいな意味だ。それでValenteは、」
「俺の、祖父だ」
「すげえ男だったんだよ」
私は目の前の男がそれなりにスゴいオッサンであることを、ついに知るに至った。彼もまた、リアル・マンだ。間違いない。
テキーラの置かれている小屋に戻り、改めて、このDon Valenteの孫に話を聞く。「で、リアル テキーラは、いったいどれなんですか?」
Valenteの孫は、棚の一番上にあるテキーラを指差して言った。
「きっとあれだよ。さっきから、お前のリアルが何を意味しているのか俺にはサッパリ分からないけど、多分、あれがお前にとってのリアルテキーラだ。9年もののテキーラなんだ」
「ここまで熟成してるテキーラはなかなか手に入らないよ。リアルだろ?」
「ザッツ リアル」と僕は言った。間違いなくリアルだ。本物だ。
しかし、「なかなか手に入らない」と言われてふと、Amazonが頭をよぎった。Amazonでも手に入らないんだろうか。いや、きっと手に入ってしまうんだろう。Amazonを使えばなんでも手に入ってしまう。憎い。僕は初めてAmazonの不便さに気付いた。
値段を見てみると、1,500メキシコペソ。成田空港の京葉銀行が提示しているレートになぞれば、だいたい約1万円だ。思ったよりリーズナブルじゃないか。僕は大喜びで本物のテキーラを買って、工場を出た。「NOGUCHIに宜しくな。」と彼が言った。僕は「イエス」と言った。
7章:天国
本物のテキーラを手に入れた僕がバンに戻ると、トラックを開けて何やら怪しい液体をつくっている運ちゃんが「テキーラ?」と聞いてきた。私は「yes, テキーラ」と答えた。このテキーラの枠には、アメリカでは「we can」が入り、日本では「高須クリニック」が入る。
運ちゃんはテキーラをトニック的なもので割った液体を私に差し出した。濃い。あきらかに日本人の割り方ではない。テキーラをトニックで割っているというより、少量のトニックを怒濤のテキーラで割っている感じだ。私はそれを一気飲みした。
運ちゃんはバンを、グアダラハラとは逆方向に更に走らせた。再び、アガベ畑が始まった。
車内ではテキーラ祭りが始まっていた。隣の太ったスペイン人がアホみたいにテキーラを飲ませてくるので、私は「yes, テキーラ」と言いながら全て飲み干した。すると笑いがとれた。次に、ここを「高須クリニック」にしてみると、今度は笑いは全くとれなかった。
右も左も分からずにお酒を飲まされる。僕はお酒を覚えたての大学生のようになった。
程なくして、街が現れた。バンから降りて、帰りはタクシーかバスでグアダラハラに戻ると言ってバンの運ちゃんに別れを告げた。300メキシコペソ(約2,000円)を要求されたので、払った。
降り立ったそこは「テキーラ街」と呼ばれているらしく、大勢の人で賑わっていた。
大道芸人が10mほどの高さの木の棒に登り、回りながら落ちている。なぜ登ったのか、なぜ回りながら落ちたのか。理由は全く分からないけれども、それをみて、観客が拍手している。リアルだ。
街のいたるところにテキーラが売っていて、テキーラを飲みながら練り歩くのが習わしとなっているらしい。私はテキーラを飲みまくり、一人で街をほっつき歩いた。
控えめに言って、かなり酔っ払っている。テキーラを飲み続けているのだ。酔っ払わない方がおかしいだろう。
途中、独特なバスが街を走っているのを発見したので慌てて飛び乗った。バスはノロノロと街の中を走っていた。車内には陽気な音楽が流れていて、窓もクソもないので外に音楽を垂れ流している。
私は聞いたこともないその曲に合わせてクビを上下に動かし、身体全体でビートを刻んだ。右手にはテキーラ。典型的なパリピだ。しかし一人なので、ピーポーというか正しくはperson。パーティパーソン。「パリパ」。もしくは「パリパソ」。
腹が減ったのでてきとうに店に入ると、その店メニュー表記すら読むことが出来ずに、苦しんだ。「:wa;awrsj:gkera」と書いてある場所をテキトウに指差して「これで」と言ってオーダーする。頼むから、「食べ物」ではあって欲しい。そう祈った。
程なくして、想像を絶する量のタコスが出てきた。明らかにファミリーサイズだ。ワーオ、ザッツメキシコ。自分がメキシコにいるという事実をこれでもかと言うほどタコスが叩き付けてくる。皿の上から、メキシコが溢れている。
街の大きなテキーラショップに入ると奇麗な女の人が立っているのを発見したので、驚いてカメラを取り出した。どうやら店員さんらしい。流暢なスペイン語をブッ放しているが、何を言ってるのか全く理解が出来ない。しかし、どうにか撮影したい。どうにかならないものか。
私は、「トイレはどこですか?」と聞きながら恐る恐る接近し、そのまま、「トイレはどこですか〜?こんにちは。トイレはどこですか〜??こんにちは。トイレはどこですか〜?」と言いながらカメラを構えた。するとポーズを撮ってくれたので、そのまま写真をパシャパシャと撮りまくった。
性犯罪者だと思われたに違いない。
テキーラ街。いや正しくは「テキーラ村」なのか?分からない。分からないけど、良い。観光地としてオススメでしかない。
嗚呼、ここは、天国かもしれない。
私は半日ほどこの街でゆっくりした。真実の工場で本物のテキーラを手に入れ、本物のテキーラを売る町で、本物のテキーラを飲んでいる。遂に私は「本物を知る男」になれたのだ。
8章:終焉
「ドンガラガッシャぁあああ〜ン♪♪♪」という、漫画にしか出て来ないような、わざとらしい音が聞こえた。それはテキーラ街で遊んだ翌日のことで、私は長時間のフライトに備え、グアダラハラのホテルにあるSPA施設で、シャワーを借りている最中だった。
私はスーツケースを持たずにメキシコまで来ていて、大きめのバックに、パソコンやカメラや本物のテキーラの全てを詰め込んでいた。シャワーを浴びる間、そのバックを、更衣室みたいなところにあった私の身の丈くらいの高さに位置するフックに掛けておいた。そのフックがブッ壊れて、バックが落ちた。そしてバックが、床に叩き付けられた。
落ちた時の音でだいたいのことは察したので、不思議と音を聞いても「ヤバい」とすら思わず、その瞬間、自分は意外なほど落ち着いていた。割れたのだ。割れた。間違いない。確認するまでもない。
バックをあけて中を確認すると、パソコンとカメラは傷こそ入ったものの電源はつくようだった。お土産袋を取り出すと、そこには、木っ端微塵に割れた、見るも無惨な9年もののテキーラの姿があった。かつて「リアルテキーラ」とまで呼ばれた一品である。
「充分に熟成したテキーラは、香りが違うんだよ」僕はこの時、彼の言っていたことの意味が、ようやく分かった。バックの中全体に広がる、香ばしいかおり。パソコンからも、カメラからも、下着からも、熟成した深みのあるテキーラの匂いがする。なるほど。最高の香りだ。
フライトの時間を見てもう一度Don Valenteの工場へと出向くことは出来ないことを確認した私は、悲しむでも絶望するでもなくボーっと更衣室のベンチに座っていた。数分後に清掃のオッサンが入って来て私のバックを見て「テキーラ?」と聞いて来たので、「yes, テキーラ」とだけ答えた。
そこはもう、いっそ、高須クリニックにすれば良かった。
「君を歓迎するために本物のテキーラを探してメキシコを訪れ、そしてメキシコの奥地でついに見つけた本物のテキーラを、メキシコの更衣室で叩き割って木っ端微塵に粉砕し、さきほど、無事日本に帰って来たよ。ただいま。本物の分かる男、熊谷と申します。これから宜しくね」
私は日本に帰ってから新人に送る文面を考えながら、グアダラハラの空港に辿り着いた。タクシーを降りて運ちゃんに金を渡す。自分は。この男は。一体、何をしに来たのか。こんなよく分からない場所で、一人で、何をしているのか。押し寄せて来る怒濤の自問自答をよそに、グアダラハラの夜に生温い風が吹いている。
いま私の頭にぼんやりと浮かんでいるのは、テキーラについて熱心に説明してくれた、心優しいDon Valenteの孫。彼の顔である。いつの日か再びこの場所を訪れ、彼に正式に謝罪をしないといけない。あのテキーラは割れてしまったということ。そして、もうNOGUCHIは死んでいるということ。色々してみたが、結局、何も得られなかった。「本物」への道は、長く険しいのだ。
(終)
*********
さて、この一人旅により一つ判明したことがあるとすれば、それはパリピの新人を歓迎したいからと言って、迂闊に「本物のテキーラ」を探しにメキシコに行ってはいけない、ということだろう。そんなことをしている暇があったら、適切なレストランを予約し、「歓迎会」の準備を進めた方が700万倍効率的である。
そして歓迎会を予約するに当たっての伝家の宝刀が、飲食店検索で有名な「ぐるなび」なのです。ぐるなび is 最高。最&高。神。ゴッド。歓迎会を考えている方は、「メキシコ」をググる前に、まずは「ぐるなび」をググるところから始めたい。
歓迎会や送別会が飲み会が多いこの季節、ぐるなびが、「ぐるなび『読んで楽しむ』歓送迎会祭り」というサイトを公開しております。
この記事の他にも、色々なライターが「歓送迎会に関連した記事」を同時公開しているそうなので、ぜひ一度見に行ってください。
『日本では手に入りにくいDon Valenteのテキーラ(+キーホルダー)をプレゼント』
最後に、「本物のテキーラ」を更衣室でブチ割ってしまったライターが半泣きになりながら慌ててグアダラハラのスーパーで購入した「一切本物ではないDon Valenteのテキーラ(750mlボトル)」を、一名様にプレゼントします。
「本物」のテキーラではありませんが、メキシコから持って帰ることの出来た、「唯一」のテキーラです。心優しい方。どうか貰ってやって下さい。これだってなかなか日本では入りにくい一品です。
締切は3月15日。応募方法の詳細についてはこちらのキャンペーン特設サイトからどうぞ!
尚、パリピの新人にはその辺の酒屋で買ったテキーラを、ドヤ顔で渡そうと思います。グラサンでも付けて、「Hey yo」とでも言いながら。
【企画・執筆】
熊谷真士
https://twitter.com/kumagaimanato
ブログ:『もはや日記とかそういう次元ではない』
http://manato-kumagai.hatenablog.jp/
【編集】
SPOT編集部
【提供】
株式会社ぐるなび
https://www.gnavi.co.jp/
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