縁もゆかりもない町へ旅をする – 熊本県八代市
Google Mapをひらいて、場所を検索する。 周辺を調べようと、画面をさわる。 うっかり指をすべらせすぎて、すわーっと画面が流れた瞬間、もうそこには見たことも聞いたこともない地名がならんでいる。 それなりに長く生きてきて、それなりに旅行もしてきたつもりではあるけれど、日本国内ですらまだまだ行ったことのない場所の方が多いという当たり前の事実にときどき愕然とする。
※この記事は「SPOT 旅に出たくなる記事コンテスト」の入選作品です。
ライター : 山田
Google Mapをひらいて、場所を検索する。
周辺を調べようと、画面をさわる。
うっかり指をすべらせすぎて、すわーっと画面が流れた瞬間、もうそこには見たことも聞いたこともない地名がならんでいる。
それなりに長く生きてきて、それなりに旅行もしてきたつもりではあるけれど、日本国内ですらまだまだ行ったことのない場所の方が多いという当たり前の事実にときどき愕然とする。
京都や福岡といった大都市であれば、おそらく今後の人生で一度くらいは行くこともあるだろう。
だけど、それが小中規模の地方都市だったらどうか。あるいは、さらにそれよりももっと小さな町や村だったら。
狭い日本国内で、行こうと思えばすぐ行けるにも関わらず、観光でも出張でも名前の挙がらないそういう町には、自分か結婚相手の実家でもない限り、おそらく今後も行くことはない。
なぜなら、”行く理由”がないからだ。
***
熊本県八代市。
人口約13万人。県下で2番目に人口の多い工業都市であると同時に、畳の原料となる「いぐさ」の生産地としても知られている。
が、僕にとってはまったく何の縁もゆかりもない土地だった。
2014年8月。
そんな八代市で、廃校を舞台にした文化祭「八代廃校文化祭」が開催された。
文化祭といっても、いわゆる誰もが想像する学生たちのお祭りではない。
もう使われていない廃校にアート作品を展示し、アーティストを招待してワークショップを行うという、いわば町おこし的なイベントだ。
その第一回目となる2014年の開催情報をどこで目にしたのかはもう覚えていない。
ただ、なぜかこのまったく知らない町のイベントに強烈に惹かれる自分がいた。
しかし、ただ見に行くだけでは物足りない。
文化祭というからには、何らかの形で”つくる側”に関われないか。文化祭の楽しみ方とはそういうものだろう。
そう考えながら開催概要を眺めていると、どうやら八代廃校文化祭には写真展示もあり、その展示作品は全国から応募されたなかから選ばれるということがわかった。
条件は一つ。「八代市で撮影された写真」であること。
「これだ」と思った。
僕はカメラと写真が好きで、写真を撮るためだけに旅行することもある。
これまでは有名な観光地や撮影スポットをまわることがほとんどで、インターネットを探せばいくらでも出てくるようなベタな写真を量産しては悦に入っていた。
そんな僕が何の縁もゆかりもない八代市を訪れて、撮る。
それっておもしろくないか。
久しく感じたことのなかった高揚感を覚えながら、僕は即座に東京から八代市までのチケットを手配した。
***
仕事の都合をつけ、八代市に飛んだのは、それから数週間後のことだった。
熊本駅から肥薩線に乗り換えて40分。
八代駅に降り立った僕の目の前には、なんてことのない、ごくふつうの町並みが広がっていた。
「……どうしよう」
そうつぶやいたのは、東京から一緒にやってきた妹だった。
実は今回の話を妹にしたとき、「おもしろそうだから混ぜろや!」とカメラを片手に着いてきたのだ。
そんな妹のつぶやきの意味はよくわかった。
八代市は、あまりにもふつうなのだ。
県下第2の人口を誇る町だから、決して規模が小さいわけではないのだが、いわゆる都市でもないし、有名観光地でもない。
ただ、ごくふつうに地元の人が行き交い、生活を営んでいるというだけなのだ。
それは町としてはきわめて正しい姿なのだけど、旅行といえば観光地だった僕のような人間にとっては、「正しいルートがわからない」とどうしていいかわからないのである。
これが京都なら、降り立った瞬間から「観光客向けの正解ルート」がいくつも用意されているだろう。
もちろん、八代市にも観光スポットはあるのだが、今回僕はあえてそれを調べずに来ていた。よそ者ならではの視点で八代市の魅力を撮ってやろうと意気込んでいたこともあり、なるべく「ここが魅力である」という先入観を持たずに町を見てみたかったからだ。
しかし……。
見渡す限り、目の前には、ごくふつうの商店と家が建ち並んでいるだけ。
ここからどう歩けば何があるのかもわからないし、距離感もつかめない。
最悪、町をぐるっとまわって何もないまま一日が終わってしまうという可能性もあった。
誰もいない駅前で呆然としていると、妹が思いついたように言った。
「その文化祭をやるっていう廃校に行ってみよ」
ナイスアイデア。
旅に必要なのは目的と、目的が何なのかを考えるための時間だ。
まずは廃校に向かい、その間に八代市をどう攻めるかを考えよう。
***
八代廃校文化祭が開催される旧田上小学校は、八代駅から肥薩線で15分ほどの葉木駅より徒歩30分の場所にある。
廃校なので当然学校内には入れないが、その近所にこそ八代廃校文化祭写真展にふさわしい被写体があるのではないかと考えたのだ。
電車の中で、何かおもしろいものはないかを検索する。
着いてから足で探してもいいのだけど、何しろこの電車は3時間に1本しか走らない。
降りた後に「隣の駅におもしろそうなものが!」となっても取り返しがつかないのだ。
しかし、今はインターネットのおかげでそういう無駄足がほとんどなくなった。インターネットバンザイ。
「なんか、葉木駅の隣の坂本駅の近くに怪しい建物があるみたい」
妹が何かを見つけた。……怪しい建物? よくわからないが、それでいこう! 直感で決めた。
ほどなくして電車は坂本駅に到着した。平日の中途半端な時間だからか、降りる人はいない。
ホームに降り立った瞬間、それとわかる山の木々の匂いが漂ってくる。木造の風情ある駅舎に時代感覚を狂わされそうになった。
駅を出てみたが、あたりには何もなかった。
八代市の”何もない”は観光地的な意味合いだが、こっちは本当に何もない。
山と緑に囲まれていて、共生するかのように建物が生えている。
「怪しい建物って……どこだ?」
ポツリとつぶやく。
さすがのGoogle Map先生も、「怪しい建物」では検索できない。
……こんなにも不安な気持ちになる観光は初めてだ。
いや、これは”観光”なのか?
しばらく周辺を歩いているうち、川にたどり着いた。
と、向こう岸に何かが見える。
撮影:妹
赤い建物。
明らかに人がいる気配はない。間違いない、あれだ。
川沿いの木々の緑と、くすんだ赤い建物のコントラストが、なんともいえず不思議な雰囲気を醸し出して、異世界を垣間見たような妙な感覚にとらわれた。
「もっと近くに行ってみよう」という妹の案に乗って、大きな橋をわたり、山道を進んでいく。
正直、近づいているのかよくわからなかったが、まったく知らない土地の知らない山道を歩いているというシチュエーションがおもしろいじゃないか。
気分は地元の子どもだ。そういえば、うちの実家の裏山もこんな道があったっけ。
突如、視界が開けた。
目の前に広がっていたのは鉄橋。そして踏切。
山の中に線路が走っていたのだ。……あれ、もしかしてこれは僕らが乗ってきた肥薩線か?
よく見ると、踏切の前に誰かがいる。
男女……夫婦?
こちらに気づいた女性の方が「あら」という表情になる。
「あなたたちもSLを撮りに?」
SL?
女性がいうには、この肥薩線にはSL人吉という鉄道ファンには有名な機関車が走っているのだとか。
そして、この鉄橋がその絶好の撮影スポットなのだ。
二人は地元の夫婦で、夫が鉄道ファンだという。
「東京から!? お二人もよっぽど電車が好きなのね」
……いろいろ勘違いなのだけど、あえて何も言うまい。
SL人吉を撮りに東京から来た鉄道ファン。そういうのも悪くない。
後で知ったのだけど、SL人吉は1日に2本しか走らないのだという。
僕らはたまたまそのうちの一つが走る時間帯に、偶然この場所にやってきたのだ。旅はこういう偶然があるからおもしろい。
しばらくして目の前を通過したSL人吉は、なるほど鉄道ファンでなくても惚れ惚れしてしまう精悍で美しい機関車だった。
撮影:妹
これもまた、よそ者から見た八代の一部。
しっかりとカメラに収め、夫婦に挨拶して、僕らは八代駅へと戻ることにした。
***
午後は八代市内をまわることにした。
電車を待つ時間はなかったので、タクシーをつかまえて八代駅を指定する。
しかし、あいかわらず「八代市をどう攻めるのか」という問題は解決していなかった。
悩みながらタクシーに揺られていると、運転手のおじさんが話しかけてきた。
「どこから来たの?」
開口一番、これである。
完全によそ者だとバレている。
いつも不思議に思うのだけど、どんなに装っていてもバレてしまう「よそ者オーラ」ってやつはどこからにじみ出ているんだろう。
この際だからということで、運転手のおじさんに相談してみることにした。
東京からきたこと、写真を撮ってまわっていること、八代駅周辺をどうまわればいいかわからず途方に暮れていること。
一通り話したところで、おじさんは力強くうなずいた。
「よっしゃ、なんとかするわ」
八代駅に到着したおじさんは、僕らを車内に残して、別のタクシーの車に近寄っていった。
「おう」
「おう、どうしたよ」
「あのな、このニイちゃんらが八代を観光したいって言ってるのよ。すまんけど、半日貸し切り○○円でまわってやってくれん?」
なんと、運転手のおじさん、別のタクシーの運転手に僕らの半日ガイドをお願いしてくれたのだ。
しかし、○○円とは……(きっと特別料金だったのでここでは金額は出さないが)いいのだろうか。どう考えても貸し切るには安すぎる金額なのだが……。
「しょうがないな」
あっさりOKが出た。
「大丈夫よ、こいつオレと同じ中学の同級生だから」
そういう問題ではない気もするが……いや、そういうことでいいんだろう。
ちなみに最初のおじさんがそのまま案内できないのは、会社的なテリトリー云々があるとかないとか。
ということで、ここで新たな運転手のおじさんにバトンタッチ。
「それじゃあまずは八代神社からかな」
頼もしい。
駅に着いた当初の僕らの戸惑いもどこへやら。タクシーは八代市内の観光地をスムーズに回っていく。
八代神社、八代宮、水島……。
はっきり言おう。
車がないとぜったいに無理だった。
“田舎あるある”で車が必須というのがあるが、それを身をもって体験した気分だった。これもまた、観光地ではないふつうの町を旅する上での注意点だ。
車でまわってみると、八代市はまた別の顔を見せてくれる。
特にすばらしかったのは水島だ。
堤防に隣接する小島で、日本書紀にもその名が残る由緒正しい無人島である。
この景色のすばらしさは、言葉を尽くすよりも写真で見てもらうのが早い。
運転手のおじさんと一緒にしばし佇み、神々しい静寂を楽しんだ。
「……八代はどうよ」
運転手さんが口を開いた。
「いいですね」
どう答えていいかわからず、ザ・無難な返事。
「熊本ではけっこう大きい町なのよ。けど、熊本市とはちょーっと差がついちまってるけど」
「そうなんですか」
まぁ、そうだろう。
八代市へくる前に熊本市にも立ち寄った。
都市らしい華やかさにあふれ、若者でにぎわう熊本一の都市。
どの県でも1位と2位には大きな隔たりがある。それは仕方ない。
「ここ、いいだろ」
「いいですね」
そんな会話をして、僕らは水島を後にした。
「次はどうする?」
「最後にいぐさの収穫をやっていれば見たいんですが……」
いぐさは八代市が日本一を誇る特産品で、畳の減量になる農作物だ。
ちょうどこの時期が収穫と聞いて、ぜひ見てみたいと思ったのだ。
「うーん……もうほとんど収穫は終わってるんよな」
「あ、そうなんですか……」
「とりあえず駅までの道をゆっくり走るから、それで見つかればな」
ほんの少し来るのが遅かったのか。
しかし、八代といえばいぐさ。
よそ者の目で八代を写すなら、外したくない風景の一つだ。
しばらくタクシーを走らせるが、たしかにどこも収穫作業をしていない。
これはダメか……。
そう思っていると、
「おっ」
運転手のおじさんが声を上げた。
「あそこでやってるわ」
指差す方に目をやると、もりもりと茂ったいぐさの畑があった。
耕運機のような車がガリガリと緑の畑の中を走っており、まさに収穫の真っ最中だった。
しかし、忙しそうな収穫を撮影させてくれなんて、どう頼めばいいのか。
ただでさえ東京から来た怪しいよそ者なのに……。
「よっしゃ、交渉してくるわ!」
マジで!?
タクシーを飛び降りた運転手のおじさんを呆然と見守る僕と妹。
そこまでしてくれるのか。
なんだこれ、すごいな!
ほどなくして、運転手さんが戻ってきた。
「OKよ」
「ありがとうございます!」
さすがの交渉力で話をまとめてくれた運転手さんに感謝しつつ、いぐさの畑へ。
撮影:妹
「東京から来たんだって?」
にこやかに話しかけてくれる農家ファミリー。
すごい。
朝、駅で途方に暮れていたときと同じ一日とは思えない。
「ここ最近はいぐさの収穫量も落ちていてね」
「そうなんですか」
「中国のいぐさは安いからね、どうしてもね」
「ああ……」
「でも品質では八代が一番よ。本当にいいものを作っているからね」
そうか、そもそも畳自体も減ってそうだもんな……。
その土地の土産物屋をのぞいただけではわからない生の声。
いぐさも畳もまるっきり素人の僕は曖昧な返事をすることしかできず、無言で目の前の光景をカメラに収めたのだった。
撮影:妹
***
八代駅に戻ってきた僕らは、タクシーの運転手さんに別れを告げ、今度は自分たちの足で駅周りを散策することにした。
阪本町、発電所遺構、SL人吉号、八代神社、水島、いぐさの収穫……八代市をよそ者視点で見たとき、足りないものがあるとすれば、あとは自分たちの足で見つけたものだろうと思ったからだ。
駅周りにはそれほど目立つ建物はないのだが、一つだけ、着いたそのときから目を引いていたものがあった。
撮影:妹
工場である。
八代市のど真ん中に佇む巨大な建物は、日本製紙の製紙工場だ。
製紙会社としては日本第2位の超大手企業である。
八代市を訪れておきながら、これだけ存在感のある工場を放っておくわけにはいかない。
よそ者である僕には日本製紙工場の存在が八代市民にどう受け止められているのかはうかがい知れないが、この圧倒的な工場風景を切り取ることが、八代市をテーマにした写真展に欠かせないピースである気がしたのだ。
そう思って工場周辺を歩き回ってみたものの、なかなかいいスポットが見つからない。
いかんせん壁が高すぎて、工場ならではの骨組みが見えないのだ。
この日は真夏日で、体がもう溶けそうな状態だった。
たまらず、近所の商店に駆け込み、アイスを買う。
「どこから来たの?」
また話しかけられた。
やはり、隠し切れないよそ者オーラ。
「東京です」
「へー!」
廃校文化祭の説明をしたが、いまいちピンときていない様子だったので、とにかく写真を撮るためにいい場所を探しているんだと説明する。
「それならほら、あそこの陸橋」
「陸橋ですか」
たしかにそんなものがあった気がする。
「がんばってね」
応援して送り出された。
少し歩くと、なるほど陸橋があった。
登ってみると、ちょうどいい高さだ。
これなら撮れる。
あとは待つだけだ。
撮るなら夜景と決めていたので、近所の公園で時間をつぶしながらひたすら待った。
5時、6時、7時……次第に日が落ちていく。
撮影:妹
完全に太陽が消え、夜がやってきた。
さあ、これで八代の旅もフィナーレだ!
カメラを抱えて陸橋を上る。
この時間になると、もはやあたりに人影はほとんどない。
そんななか、工場は昼間と変わらず煙を吐き出しながら動き続けている。
これもまた八代のシンボルなんだ。
夢中になってシャッターを切った。
満足いく写真が撮れたころには、もう夜の9時をとっくにまわっていた――。
***
7月25日
「八代廃校文化祭写真コンテスト作品応募」と題したメールが届いた。
開封すると、そこには僕と、僕の妹の写真が八代廃校文化祭写真コンテストで入賞したというお知らせが記されていた。
作品は廃校文化祭で展示され、多くの八代市民の方に見てもらうことができた。
あの日まで、八代市は僕にとって何の縁もゆかりもない土地だった。
なぜなら”行く理由”がなかったからだ。
狭い日本国内で、行こうと思えばすぐ行けるにも関わらず、観光でも出張でも名前の挙がらないそういう町は全国にごまんとある。
そういう町にこそ行ってみよう。
きっかけは何だっていい。
そんなことを思いながら、僕はGoogle Mapをひらいて指をすべらせるのだ。