男性保育士に「うちの子を着替えさせないで」。保育園の様々な問題を、現場に行って色々見てきた

男性保育士問題、待機児童問題、保育園不足問題など、何かとメディアで取り上げられることの多い「保育園問題」。実際に保育士はどんな仕事をし、このような問題をどのように感じているのでしょうか。実際に保育園に赴き、保育士の仕事実情を探ってみました。

どーん

どーん。千葉市役所です。

心が広い千葉市長は、私のような無名ライターのインタビューに答えていただけるということです。(すごい)

今回の問題を提起した、千葉市の熊谷俊人市長

今回の問題を提起した、千葉市の熊谷俊人市長

熊谷市長が例に挙げた「男性保育士による女児の着替え」をめぐり、Twitterでは様々な意見が飛び交いました。
今回はその「男性保育士問題」はもちろん、世間を賑わす「待機児童問題」、「保育士不足問題」など、保育全般について訊いていきます。

nagahashi

「早速ですが、ここ最近、待機児童問題や保育園設立の反対運動など、保育園を取り巻くニュースが広く扱われていますが、なぜこんなに取り沙汰されるのでしょうか」

 

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「はい。私が感じていることですが、年々保育園に預ける方々が増えてきているという背景がひとつあると思います。元々、『保育園に預けることは子どもよりも自分を優先している』『子どもを預けるんじゃなくて自分の手で育てるべき』という考え方が保守層を中心に昔は根深くあって、保育園は全員が絶対に必要なものなんだっていう社会ではなかったんですよね。私が最初に議員になった10年前は、「保育園をなんでそんなに整備するんだ。専業主婦を応援しろ」っていう質問が議会で出るくらいだったんですから。それが今は、時代がどんどん変わっていって、保育園に預けるのが当たり前になっていきました。また、政府が「女性活躍推進」を掲げる中で、社会全体が保守層を含めて保育園が必要なんだという認識に変わっていったわけです。その中で保育園が注目を浴びるケースが多くなってきているのではないかと思います」

 

nagahashi

「なるほど。ただその「保育園」に関するメディアの報道ですが、どれもネガティブイメージなものが多い気もします。保育園には設立反対だとかっていうニュースもありますよね」

 

tibashityo

「そうですね。以前、千葉県市川市で保育園を作るのに、“近所の人がうるさいから作れなかった”という形の報道ががありました。実はこれ、このニュースを知った多くの人たちは、『住民の方がけしからん』という感じなんですよね(実際は地元の人の言い分にも理があるのですが)。日本の全体論的には、保育園とか子どもは応援しなければだめだろと。仕事と子育て両立はいいじゃないかと。そういう方向に段々となってきていると思います」

 

nagahashi

「なるほど」

 

tibashityo

「ただし、社会としてはそういう流れとしても、ひとりひとりの話になってくると、やっぱり子育て経験があるかないかで変わってきてしまうんです。自分と関わりがないときには、子育て側を応援して、むしろそうじゃない側を比較的叩く。とはいえ、自分に関することになるとやっぱり自分を優先してしまう。そのズレが、こういうものには出ているんではないかと思うんですよね。例えば、「なんで電車の中にベビーカーなんて乗せてくるんだ」っていう意見は、通勤当事者、かつ子育て当事者じゃないとハッキリわからないんですよ」

 

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nagahashi

「そんな中、市長は今回の「男性保育士活躍推進プラン」を作られましたが、きっかけはどこから生まれたものだったのでしょうか」

 

tibashityo

「このプランは、元々“ダイバーシティ※”から生まれたものなんです。様々な立場の人たちが活躍できる社会が大事だよねという“ダイバーシティ”の中で、今は“女性活躍”がスポットライトを浴びています。以前は女性が働きにくい環境にあったので、それを是正するために『女性を応援しなくては』ということになるわけです。ただし、働きづらい環境にある人を応援するってことは、男性が働きづらい場合であれば、当然ながら男性を応援するのも必要だよね。ということ。その中で働きづらい環境の男性の職業を考えた時に、“保育園”が浮かんだんですね」

※ダイバーシティとは、多様な人材を積極的に活用しようという考え方のこと。 性別や人種の違いに限らず、年齢、性格、学歴、価値観などの多様性を受け入れ、広く人材を活用することで生産性を高めようとするマネジメント方法
コトバンクより参照

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「そこで、2016年の初めに、千葉市で働いている男性保育士の方とランチミーティングをしたんです。『実際はどうなのか?』という話をすると、予想通り更衣室やトイレなど、以前女性がまさに困っていて改善されてきたような職場環境が整備しきれていないというのがよくわかりました。そういう会話をしていくなかで出てきたのが、『オムツ替えから外してくれ』、『プール遊びから外してくれ』と言われたことがあるということ。そこはちょっとおかしいでしょと私も思い、じゃあ『男性保育士活躍推進プラン』の中にそれらも含めていこうってなったんです」

 

nagahashi

「そういう現状を改善するために、今回の推進プランを掲げられたということですね。ちなみにこの「うちの子を着替えさせないで」という意見をもし採用するとなると、どんな不利益が出てくるのでしょうか」

 

tibashityo

「それはやっぱり、保育現場に負担がかかります。特に3歳未満児の保育ですよね。3歳未満児については、当然ながら手厚い保育士の配置が必要です。その中で、自分の担当している子どもがオムツ替えの時だけ別の人に変わるとなると、当然ながら現場の流れに負担がでてきますし、そんな言われ方をされた人は、どうも使いづらくなっちゃいますよね。そもそも、保育士にとって欠くことのできない業務から外されるってことは、その子どもとの関係にとってもよくありませんから

 

nagahashi

「確かに子どもから見ても、保育士への愛着心が消えてしまいそうですね」

 

tibashityo

「そうですね。例えば自分の子どもがうんちをしたときに、お手伝いさんを呼んで処理をしてもらう。そんな子育ての仕方ってどうなんでしょうか。愛着心のある良い親子関係ではないですよね。そう考えると保育士と子どもの関係も、同じように愛着心が必要なわけです」

 

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nagahashi

「着替えやオムツ交換の際に、体調管理のチェックなどもできますしね。ちなみに先ほど保育園に行って初めて知ったのですが、着替えやトイレの際に付いていく保育士はひとりじゃないんだとか

 

tibashityo

「そうなんですよ。実はこのプランに反対する方のほとんどは、保育園の仕組みを知らない人たちなんです。保育士をベビーシッターのように思っちゃっているのではないでしょうか。そもそも保育園は集団保育という面で、常に複数の保育士が複数の子どもを見ています。トイレもドアをオープンにして中が見える状態にしなければなりません。ですから、当然ながらトイレで男性保育士と女の子が、密室状態で二人きりなんていうシチュエーションは基本的にないわけですよ」

 

nagahashi

「勝手な思い込みっていうのが結構あるってことですね」

 

tibashityo

「ええ。家庭のように、トイレの中で一対一なんていう環境は、基本的にはないですね」

 

nagahashi

「それは全国的に共通なのでしょうか」

 

tibashityo

「そうですね。国に認められた保育の基準がありますから」

 

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nagahashi

「市長ご自身も、お子さんを保育園に預けられていたとお聞きしました」

 

tibashityo

「はい、娘と息子です」

 

nagahashi

「預けた前と預けた後、考え方は変わりましたか?」

 

tibashityo

もう、全然違いますね。私も保育行政を預かる側として、理念的に保育士と保育園については理解をしていましたが、生の保育園、保育士と接して、保育士という職種がいかに専門職なのかっていうのを十二分に理解をしました。保育士さん達は子育てのプロなんです。我々がいくら親だからと言っても、経験も知識もあるプロの方には敵わない部分がありますから。それを解った上なら、今回のような話は想像すらしなくなると思いますよ」

 

nagahashi

「そんなに変化があったのですね」

 

tibashityo

「私が思うに、男性保育士とは接したことがなくても、女性保育士と接したことがある人であれば、この問題について嫌悪感を感じる人は相当減ると思います。男性保育士の問題ではなく、保育士そもそもが理解されていないと思いますね

 

nagahashi

「今後、保育園に子どもを預けたいという保護者に伝わるといいですよね」

 

tibashityo

「そうですね、これは保育ですから。託児ではないんです。保育士は親代りになるからこそ、子どもを預けているわけですからね。子どもの命を預かる大変なお仕事です。保育士は現場でその思いでやってきているわけですから。そういう信頼があれば、親子関係と同じ考え方に立てるのではないでしょうか」

 

nagahashi

「私のような若い世代は、“保育”について無知な人が多いと思います。ただ、子どもが生まれたら必ず向き合わなければいけないところでもありますよね」

 

tibashityo

「ええ。今の時代って、子育てに悩んだ時に相談できる人が周りに必ずしもいるわけではないですよね。それに対して保育園っていうのは専門的に実践してきている人たちが集まっている場所なわけです。保育園の責務の中には“子どもだけではなくて保護者も守る・支援をする”というのが理念として掲げられているんですね。悩んだ時のアドバイスであったりとか、毎日の保育レポートだったりを通して、子どもっていうのはこういう生き物なんだっていうのがものすごくわかるわけですよ。だから、そういう存在が、世の中にはちゃんとあるっていうのを知って欲しいですよね。私もそれはいっぱい教えられましたから。親以上に、日々の成長を専門職として気づいてくれているんです

 

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nagahashi

「保育士の現場の疲弊に対して、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

tibashityo

「千葉市でいうと、国の配置基準より高い水準の基準で保育士を配置しています。それでも保育現場っていうのは、なかなか良い状況ではないです。もっともっと保育士を配置しなければなりません。そういう意味では、決して楽な職場ではないと思いますね」

 

nagahashi

「これから保育士を目指そうという若い男性が増えると良いですよね。ちなみにメディアで良く取り沙汰される「保育士不足問題」と「待機児童問題」は、そこまで関係がないのでしょうか」

 

tibashityo

「関係は当然あると思います。例えば、我々がお金を積んで保育園を整備しても、待機児童の問題は満たせなくなってきています。もうお金の問題じゃなくなってきているってことですね。保育士の数が足りていないから、“子育て予算”をいくら政府が積んでも、子どもを預かれないんです。そのためには所得も、保育士の給料もあげていかなくてはなりません。これは絶対です。その一方、所得以外でも、まだまだ改善できるところはあります。特に男性保育士は、潜在的に増える余地のある人たちですよね。だったらもっと男性保育士が増えていくような社会として、促していかなければいけないと考えています

 

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nagahashi

「今回市長が掲げたプラン。ここまで議論を呼ぶと思っていましたか?」

 

tibashityo

「いえ、ここまで注目をしてもらえると思っていなかったので、ちょっと驚いていますよね。ただ、社会の人たちに男性保育士の置かれている状況と保育園のことを知って欲しかったという思いがあって、そういう思いを込めてプランを掲げました」

 

nagahashi

「Twitter、FacebookなどのSNSで様々なツッコミがあったと思います。反論をしている方々は子育て世代ではないという肌感を、どこで感じたのでしょうか」

 

tibashityo

「実は、TwitterやFacebookに意見をくれたユーザーがどんな方なのかを、全部チェックしました。プロフィールから過去の発言も全部追いかけて

 

nagahashi

「マジですか」

 

tibashityo

マジです。この問題は、真面目に研究しなくてはならないと思いまして。で、調べていくと、“ジェンダーフリー”の生き方を持った方々で、例えば女性の権利を守るために活動している方が非常にこだわっていらっしゃることも分かりました。もちろん、保育園に預けていた経験のある方で反対意見を出していた人もいましたけれども、それは本当にレアなケースで。例えばその人たちの中には、“旦那が自分の娘のオムツを替えているだけでも嫌”みたいな意見を言っている人もいました。でもそれはもう、ポリシーの話ですからね。生き方の」

 

nagahashi

「はい」

 

tibashityo

「そして、反対している人の多くは、女性なんです。母親ではなくて、“女性”です。それはもう、ご自身の女性としての“お考え”なんですよね。男性に対する哲学的な全体評価も含めて。なぜ反対されるのかっていうのを色々見てみると、そこには男性全体に対する根深き不信っていうのがあったので、これは保育士云々の話ではないっていう感じがしました。もちろんそういった方々が人生で色んな経験をされて、その上で男性不信があったとしたらそれは否定するつもりはありませんが、この保育士の話とは分けて考えて欲しいんです」

 

nagahashi

「ジェンダー論に巻き込まれてしまった感じですね」

 

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tibashityo

「そうそう、それでは意味がないので、それは基本的に切り離して考えています。そうして突き詰めていくと、残っていくものって限られてきちゃうんですよね。なぜ反対するのかっていうのが」

 

nagahashi

「とはいえ、例えば“性犯罪の9割が男性だ”という意見なども出ていました。こういう意見は、男性として受け止めなければいけない現実っていうこともありますよね」

 

tibashityo

「それはある種の真実でもあるし、そのご意見に至るなんらかのご経験をされてきたことを受け止めなければならないと思います。しかし、我々が議論しているのは、保育という世界の話です。ですから、保育という中において望むべきものについて、少なくても公的な側はしっかりと筋を通さなければならないと思います」

 

nagahashi

「様々な意見を踏まえた上で、市長のお考えは変わったのでしょうか」

 

tibashityo

「基本的には変わらないです。ただ、私は父親からの反対意見が多いのではないかと思っていたんですよ。『俺の娘を』って。しかし蓋を開けてみれば反対意見はほとんど女性でしたので、なおさら男女問わず、保育園の相互チェック体制をより確立しなければならないとも思いました。さらに言えば、保育園に預けたことのない方々の意識がだいぶ違うということが明るみに出たので、保育士がもっと外に出て、保育士と保育園のことを説明していく機会を作っていかなければならないんだなっていうのを、改めて思っています。それも実は『男性保育士活躍推進プラン』の中に入っているんですよ。“男性の子育て”を多くの市民に理解してもらうという意味もありましたけど、なおさらその必要性を理解しました」

 

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tibashityo

「今回は様々な人達からの応援をいただき、大変ありがたかったです。反対して来られた人の意見も十分理解できるものもありましたから、それはしっかり受け止め、これからの保育園行政に生かしていきたいと思います」

 

nagahashi

「本日はありがとうございました」

 

まとめ:実際に現場に行ってわかったこと

さて、男性保育士、女性保育士、千葉市の熊谷俊人市長に話を伺い、また保育園での仕事を身にもって感じることで、いくつか判ったことがあったのでご紹介します。

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■実際に現場に行って見えてきたこと。

率直に言って「保育士さんって、大変な仕事だなぁ」と思いました。「子どもの命を預かっている」というのは言われてみれば確かにそうなんです。危ない事がないか、ケンカをしている子はいないか、いじめは無いか……、いろんなことに気を配りながら子どもたちの成長を見守るのは、簡単ではありません。そんな中で一生懸命働いていると、男性とか女性とかそういう事はどうでもよくなる、というのは本当のことなのかもしれません。保育士の皆さんはとにかく子ども第一に考えてお仕事をされているように思えました。ちなみに、熊谷市長のお話の中にあった保育士の「所得」の問題。実は公立保育園の保育士は「地方公務員」ということもあって、昇給幅も多く、全国水準としても平均的な公務員と同程度の収入が確約されるんだそう。逆に、私立保育園に勤める場合は昇給幅が少なく、平均年収も大幅に違うとのこと。それを踏まえると、国の支援策も重要ではありますが、私立保育園でも労働条件の環境が整えば、保育士の離職率は下がり、増えるのではないかとも思えます。うまくいけば潜在的保育士(現在は離職している保育士資格取得者)も現場に戻ってきて、様々な問題の解消にもつながるのではないでしょうか。

■保育全体を、応援しなきゃ。

今回の「男性保育士問題」、そして「待機児童問題」や「保育士不足問題」など、日々さまざまな論争が巻き起こり、世間では「保育」に対しネガティブなイメージが大きくなっているかもしれません。しかし、記事執筆をしていくなかで、保育の現場が世間にもっと知られ、保育士が仕事のしやすい環境になるよう、社会全体が応援をしないといけないと強く感じました。保育の現場が混乱していると、まわりまわって社会全体の問題に波及します。そう考えると男性保育士の推進プランは、社会全体で保育を考えるひとつの足がかりになるかもしれません。

■「子どものための社会を作る」ってことが大事。

保育士のみなさん、そして熊谷市長のお話しにもありましたが、なによりもまず考えなければならないことは「子どもたち」のこと。そこに目線がいけば自然に、今回論争になった男性保育士・女性保育士の隔たりはなくなっていくのではないでしょうか。どうするのが子ども達にとって良いのか、という目線で考えるのが一番ではないかと思います。我々はみんな、昔は子どもだったのですから。

さまざまな発見があった、今回の取材。
この記事を参考に、ぜひ皆さんも保育士・保育園について興味関心を持ってみてはいかがでしょうか。

よりよい社会が作られることを願っています。

(あれ、このサイト、おでかけメディアだったっけ……?)

ライター : 長橋 諒 (@nagahashiryo