2016年4月に発生した熊本震災から4年が経ちました。熊本の温泉地も大きな被害を受け、いまだ休業中の施設や閉鎖を余儀なくされた施設もあります。4年という歳月は長いようで、被災地が復興の道を歩むにはまだまだスタートラインですらないのかもしれません。
それでも、土砂崩れでむき出しになっていた阿蘇の山肌は徐々に緑を取り戻し、被害の大きかった温泉地も営業再開を始めています。今日は、熊本の温泉を3湯紹介したいと思います。
震災による被害を乗り越えて営業を再開した温泉地を2湯と、震災による直接的な影響は大きくありませんでしたが、少子高齢化・過疎化の進む日本において確実に失われつつある温泉宿1湯を紹介します。
天草の美しい海岸線をドライブしてたどり着く泉質抜群の温泉や、細い山道をずっと上った先にある山奥の秘湯、素朴で牧歌的な雰囲気の残る名宿……。どこもその温泉地だけで一日ゆっくり過ごしたくなる場所です。
現在新型コロナウイルスの影響とそれに伴う緊急事態宣言で、旅行の計画を建てるのが厳しい状況かと思います。自宅でゆっくり記事を読みながら熊本の美しい景色や温泉の写真を楽しんでいただければと思い公開いたします。終息した時の旅の参考なれば幸いです。
1. 大洞窟の宿 湯楽亭
熊本県上天草市大矢野町の弓ヶ浜海岸から少し内陸に入った閑静な地域に「大洞窟の宿 湯楽亭」はあります。
島々と海の織り成す天草の美しい海岸線をドライブしながらたどり着きました。
こちらの夕焼けは高舞登山(たかぶとやま)から。日が沈むにしたがって、天草の島々が黒い影になっていく様子が印象的でした。
「大洞窟の宿 湯楽亭」の魅力はなんといってもその泉質。「新赤湯」と「白湯」の2種類の名泉が楽しめる温泉宿です。
初代館長は不思議なお告げのような夢を見て、この地に温泉が湧くと確信してボウリング作業で温泉を掘り始めました。そうして1977年に弱アルカリ性単純温泉の「白湯」、1996年に炭酸水素-ナトリウム-塩化物泉の「赤湯」の掘削に成功。
しかし、2016年4月に発生した熊本震災の被害で源泉を引き込むパイプがずれて「赤湯」が出なくなってしまいました。パイプの修理は難しく、掘り直しの決断を迫られました。
「赤湯」の源泉は1000メートルほどのところにあるので、堀り直すには時間がかかります。鉄骨の櫓を建てて掘り進めました。途中、クレーンが小さすぎて鉄骨が持ち上がらず、クレーン車が浮いてしまう事態にも……。次の日には巨大クレーンを使いなんとか組み立てに成功。
2年以上にも及ぶ工事の末、2018年10月に「赤湯」が復活。勢いよく湧き出す温泉に現場が湧きました。以前の「赤湯」とは泉質が異なることから、この源泉は「新赤湯」と呼んでいます。
勢いよく湧き出してあたりに流れ込んでしまうほど。嬉しい悲鳴が上がったそう。
そうして復活した「新赤湯」。なんと震災前よりも成分がグレードアップ。復活後は二酸化炭素の含有量が増えて、「含二酸化炭素-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉(高張性中性高温泉)」となりました。源泉の温度は50℃。
温泉好きで泉質分析書をきっちり見るタイプの方はこれだけで驚かれることと思います。
含二酸化炭素泉(炭酸泉)は日本では極めて珍しい泉質で、九州だと竹田温泉が有名ですが、大抵の含二酸化炭素泉は温度が低めです。温度が上がると二酸化炭素が抜けてしまうためです。それなのにここの赤湯は源泉の温度が50℃の含二酸化炭素泉、さらにナトリウムや炭酸水素など他の成分も濃厚だからだから驚きます。きわめて貴重な温泉と言えるでしょう。
この「新赤湯」の泉質の秘密は、浴室に張られた熊本大学准教授横瀬久芳氏の解説をお読みください。ちょっと難しいですが、温泉が地球深部からの恵みであることを実感できるような内容が記載されています。
入浴した瞬間、ふわっと体が軽くなったような感じがします。血行促進効果のある含二酸化炭素泉は、数分も浸かっていると体がポカポカしてきます。ナトリウムの効果で湯上りはしっとり。入浴中も入浴後も心地よさを感じられる素晴らしい泉質のお湯です。
成分濃厚で浴槽は析出物で覆われています。
屋外には露天風呂と
宿の名の通りの大洞窟が! 33メートルもの広さを誇る洞窟風呂があるのです。
赤湯に満たされた不思議な洞窟空間が広がっています。家族全員で掘り進めて作られたそう。野趣満点で、こうもりが出現することもあるのだとか……!
白湯。赤湯が出なかった2年間は、この白湯が湯楽亭を支えました。弱アルカリ性の単純温泉で、源泉の温度は33℃。赤湯との温度差を利用した交互浴が楽しめます。クセのない柔らかな泉質でさっぱりと入浴できます。飲泉も可能。
湯楽亭には、隠れ宿と本館があり、様々な価格帯の宿泊プランがあります。予算や目的に応じて自由に選べるのが魅力。隠れ宿は古い建物で6畳のシンプルな和室ですが「食事なしの離れ素泊まりプラン」で4,830円(税込・入湯税150円別)~から利用できるのがうれしい。ビジネスや長期滞在の方、夜着いて寝るだけの方におすすめです。
私は本館の「一泊朝食付きプラン」8,500円(税込・入湯税150円別)~を利用しました。本館のお部屋は上(画像)のような純和室です。観光でゆっくり楽しむなら本館の方が良さそうです。
特にあら汁が最高においしかったです。天草は新鮮な海産物がおいしい土地なので、夕食付プランで天草の海鮮を楽しむのも良さそうです。
朝食後に、白湯で淹れた珈琲のサービスがあります。
最後は看板猫のゆなちゃんが見送りに来てくれました。
大洞窟の宿 湯楽亭
熊本県上天草市大矢野町上弓ヶ浜5190-2
0964-56-0536
宿泊:素泊まり4,380円(税込・入湯税150円別)~
日帰り入浴:大人600円、小学生400円、2歳~小学生未満300円、0歳~1歳無料(10:00~15:00、18:30~20:00)
http://yurakutei.jp/
2.地獄温泉 青風荘.
熊本県南阿蘇村の山奥にある「地獄温泉 青風荘.」。古くから名湯として知られ、多くの湯治客を迎え入れてきた歴史ある温泉地です。しかし、2016年4月に発生した熊本震災、同年6月の集中豪雨による土砂崩れで大きな被害を受けて長らく休業を余儀なくされていました。
震災から3年目の2019年4月に「すずめの湯」が復活。さらに2019年11月に「元の湯」「たまごの湯」が復活。現在は日帰り入浴のみの受付ですが、今年夏の宿泊営業再開に向けて奮闘中です。(※新型コロナウイルス対策のため5月6日まで休業中。最新情報は公式サイトをご確認ください。)
大地の力強さを感じられるような素晴らしい泉質の温泉が豊富に湧いている土地です。これからレポートして参ります。
まずは2018年4月に復活した「すずめの湯」からご紹介。「青風荘.」の一番手前側にある施設です。混浴のため、水着か湯あみ着を着て入浴。水着を忘れた人は湯あみ着を受付で購入(女性用ワンピース1,100円 男性用トランクス600円)できます。日帰り入浴の料金は大人1,200円(貸しバスタオル付)子ども600円。
屋根に覆われた半露天風呂で、温泉で温まった肌に吹き抜ける風が心地良く感じられます。あつめの湯(写真手前)とぬるめの湯(写真奥)の2つの浴槽があります。
泉質は酸性の単純硫黄泉。いかにも温泉地らしい硫化水素の薫りが漂っています。さらに、ここのお湯は全国でも珍しい足元湧出! 源泉の温度が48℃とちょうどよく、加水する場合も冷たい温泉で調整しているため、新鮮そのもの、成分の濃いままの温泉を堪能できます。美肌成分・メタケイ酸も豊富です。
「すずめの湯」の由来は、ぷくぷく湧いている温泉がすずめの鳴き声のように聞こえたことから。「震災で被害を受けた後も変わらずこんこんと湧き続ける様子に復興への力をもらった」とオーナーの河津さん。常にぶくぶく湧いている源泉が湧き続けており、もちろん源泉かけ流し。
以前の「すずめの湯」は温かい温泉のみでしたが、2018年4月の再開にあたって新しく冷泉の浴槽も併設されました。メタケイ酸豊富な冷泉で、温度は18℃くらい。交互浴が楽しめます。阿蘇の自然に囲まれた山奥での交互浴は爽快です。
「すずめの湯」は、北欧サウナをイメージしているそう。サウナで汗をかいて、湖に飛び込む北欧サウナのように自然の中でリフレッシュできるように作られています。施設の雰囲気も北欧を彷彿とさせます。阿蘇の景観に白い建物が美しく調和しています。
交互浴で湯疲れしたら、屋根のある休憩室スペースで休むこともできます。半露天で常に新鮮な山の空気を吸えるせいか、とにかく爽快でした。
男女別の脱衣所は、木の温もりが感じられる落ち着いた空間。
さて、次にご紹介するのが2019年11月に復活した温泉。
震災前は「元湯」の名前で親しまれていましが、復活後は源泉の元地獄・たまご地獄にちなんで「元の湯」と「たまごの湯」と名前を改めました。男女日替わり入れ替え制です。水着着用とはいえ混浴が苦手な方はこちらの利用がおすすめです。
脱衣所。ロッカーはかの有名な「いろは歌」にちなんで「い」「ろ」「は」「に」……と割り振られています。数字でもアルファベットでもなくひらがなを使うところがなんとも粋ですね。
こちらが「元の湯」。以前の「元湯」の浴槽に使われていた石をそのまま利用してあります。洗い場は完全に屋内にあり、浴槽だけ半露天になっています。そのため、冬の寒い時期に体を洗ったり髪を洗ったりするのが比較的楽になりました。外の景色も楽しみながら利用する人が快適に過ごせるように隅々まで配慮されています。
こちらは「たまごの湯」。
「たまごの湯」の向こうには阿蘇の風景が広がっています。
「たまごの湯」には震災や土砂崩れの後も無事残った露天風呂「仇討ちの湯」が併設されています。
泉質は酸性の単純硫黄泉。「すずめの湯」と似た泉質ですが、違う源泉なので成分が微妙に異なります。どちらもしっかり体が温まり、体のコリをほぐしてくれます。私は長時間運転して何度か地獄温泉に通っていますが、温泉に浸かると疲れが吹き飛びます。
静かな山の空気に包まれて、時間を忘れて過ごせました。宿が再開したらのんびり静養したい場所です。
地獄温泉 青風荘.
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2327
TEL:0967-67-0005
営業時間:10:00~17:00(受付16:00迄)
定休日:水曜日
入浴料:すずめの湯 大人1200円、子ども600円(バスタオル付、水着か湯あみ着持参)
元の湯・たまごの湯 大人800円、子ども400円。
すずめの湯+元の湯・たまごの湯 大人1600円、子ども800円。
※現在は日帰り入浴のみです。
※新型コロナウイルス対策のため5月6日まで休業中。(4月上旬執筆時点。最新情報は公式サイトをご確認ください)
http://jigoku-onsen.co.jp/#
3.小田温泉きらくの湯
のどかな田園風景の中に広がる小田温泉。黒川温泉街から車で5分くらいの位置にあり、素朴な里山の雰囲気が魅力です。
小田温泉は熊本震災で大きな被害を受けた宿や閉業した宿などはなく、震災前と変わらず営業しているようです。しかし、少子高齢化、後継者問題など、地方の温泉地の宿命か、昔ながらの民宿が徐々に減ってきていると聞きました。
小田温泉には数軒の宿がありますが、その中で今回取り上げたいのは「きらくの湯」。旅行サイト等に情報をのせておらず、ネットで探すのが難しい知る人ぞ知る名宿です。予約は電話で対応。
1泊2食付き7,500円(+入湯税150円)~というお手頃な値段にも関わらず、食事や温泉が驚くほど素晴らしく、素朴でアットホームな雰囲気が魅力です。九州にはこんな予約サイトではたどり着けない牧歌的な雰囲気の残る温泉宿がたくさんあります。
部屋は和室。掃除の行き届いた畳の部屋。洗面台もついています。トイレは別。
湯上りはこたつでゆっくりお茶を飲んだり、テレビを見たり。これぞ温泉宿でのくつろぎ方ですね。
きらくの湯はお風呂が3つ。どれも家族湯なので完全貸切で、24時間いつでも利用できます。露天風呂が1つ、内湯が2つ。
各お風呂には簡素な脱衣所と浴槽があります。
外からの目隠しで木の塀で覆われています。外から吹き込む風がお湯で温まった体を心地よく冷やしてくれます。石造りのお風呂に植物が植えられており情緒ある雰囲気に。
お湯は無色透明ですが、ほんのりブルーがかって見えて神秘的な美しさです。もちろん源泉かけ流し。泉質は塩化物泉。メタケイ酸が豊富で湯上りの肌はしっとりします。飲泉もできますよ。
こちらは内湯。窓が大きくて自然光差し込む気持ちのいい空間です。夜はしっとり静かな雰囲気に。
「きらくの湯」の魅力はお湯もさることながら料理にもあります。なんと1泊2食付き7,500円(+入湯税150円)~で、こんなに充実した夕食を出していただけるんです。
刺身や焼き肉から熊本名物の馬刺しまで! 品数も内容も充実しており、ほんとうにどれもおいしい……!(※メニューは日によって変わります)お水がいいからか、お米もおいしくておかずが進みます。
これは別日に出たメニューですが、旬の山菜まで提供してくださいます。ふきのとうの天ぷらや、ぜんまいと筍を煮たもの。季節を感じられます。温泉に浸かって力が抜けた体にこういう料理が染みるんですよね。
施設は新しくありませんが、掃除は行き届いていますし、素晴らしい温泉と優しいおもてなしのお宿です。九州の温泉地にはこんなアットホームで牧歌的な雰囲気の温泉宿がまだたくさんあります。しかし、そんな宿も徐々に閉業して減ってきているように感じます。それでもいつまでも続いてもらいたいと願わずにはいられません。
民宿きらく
熊本県阿蘇郡南小国町小田温泉
0967-44-0507
※家族経営の宿なので外出中など電話に出れない時間帯もあります。比較的午前中が連絡がつきやすいです。
宿泊:1泊2食 7,500円~
日帰り入浴:300円(10時~15時・不定休)
さいごに
ここ数年ずっと災害が続いているように感じます。
九州地域で言えば2016年4月の熊本地震、2017年7月の九州北部豪雨、20018年の西日本豪雨、2019年8月の九州北部豪雨……。阪神・淡路大震災や東日本大震災など大規模な災害が続いたことから平成は「災害の時代」とも言われました。そして現在の令和二年は新型コロナウイススの影響で先が見えない閉塞感に包まれています。
さらに、少子高齢化・過疎化が増々進んでいく日本。地方の温泉宿に限らずこれからの経済はいろいろな面で変化が求められ、経営が厳しくなっていく時代なのかもしれません。でも、だからこそゆっくりいい温泉に浸かって、土地のおいしい食事を頂いて、日常の喧騒から離れて静養する。そんなシンプルで心休まる過ごし方のできる温泉宿はこれからも求められ続けるのではないかと思います。
地獄温泉で河津さんから聞いた話が印象的でした。「災害大国である日本ではこれからも天災は避けられない運命にあるのかもしれません。それでも、地獄温泉は復興のために奮闘して、絶望的な状況からも復活できるという一つの例を見せたい。その姿でだれかを勇気づけられたら」
震災後は、震災後はむき出しの山肌やブルーシートに覆われた建物が多く見られた阿蘇。しかし季節は巡りゆき、山肌は徐々に緑を取り戻し、阿蘇の桜は毎年美しく咲いています。
熊本の自然はいつだって力強く、美しいです。今の状況が落ち着いたら緑輝く阿蘇の草原や天草の美しい海岸線を見に出かけてみてはいかがでしょうか?