Zumba® de 脂肪燃焼!でダイエットした31日間の記録

Nintendo Switchのソフト、Zumba® de 脂肪燃焼!を使いダイエットしました。ストロングゼロをやめることができず、暴飲暴食の限りを尽くしてきたおじさんの31日間の記録です。

「patoさん、ダイエットしましょう!」

それは編集部からの突然の提案ではじまった。

皆さんはこのような経験があるだろうか。

他者から唐突に「ダイエットをしろ」と提案されるのだ。挨拶があるわけでもなく、ワンクッションあるわけでもなく、遠回しに言うのでもなく、突如として「ダイエットしろ」である。これは道行く人にすれ違いざまに突如として「お前はデブだ」と言われているのとそうそう変わらない。あまりに唐突すぎる。よくよく考えたらなかなか失礼だ。

こういったものは非常にナイーブな内容を含むものだ。だから、きちんと時候の挨拶を絡めて手順を踏んで提案するべきである。

「吹く風もすっかり夏めいてまいりましたが、pato様にはその後もお変わりなくご精勤なさっていることと拝察いたします。さて、ダイエットしたらどうでしょうか」

こう言ってくれれば、僕も「おお、ダイエットしなきゃ」という気分になってくる。そうして欲しかった。そうあるべきだった。ただまあ、編集部に言い分もあるのだと思う。そこはきっちりと理解してあげたい。

かねてより、編集部は僕の健康を気遣ってくれていました。ストロングゼロをやめることができず、暴飲暴食の限りを尽くし、まさに資本主義の象徴のごとくみるみる太っていく僕に心を痛めていたようです。

このままpatoが太っていき、健康を害するようなことになったら誰が100キロ以上も歩く記事を書くというのか、誰が5日間くらい電車に乗り続ける記事を書くというのか、誰が自転車で外国の島を一周する記事を書くというのか。

「patoには絶対に健康でいてもらわなければならない!(そうでなきゃ俺のボーナスが減る!)」

そんな強い想いがあったようなのです。

まあ、健康を害しそうな過酷な取材をさせるために健康を守らせねばならない、という現代における「矛盾」の語源になりそうな事象は置いておいて、すごく純粋に受け止めるとそうやって健康を気遣っていただけることはありがたいことです。

けれども当の本人は「大丈夫、そのうちガツッと痩せますよ」「そのうちガリガリのもやしっ子になりますよ」「ヒョロヒョロじゃないか! と湯婆婆に言われますよ!」と意味不明な供述をしつつ、どんどん太っていく始末。まさに醜く肥え太った資本主義のブタ。

そこで編集部は考えたようなのです。

「豚、いいやpatoさんは、本当に面倒くさがりで何もしないクズで、請求書を出してくるのが遅いし、しかもたいてい間違っているし、父親に似て本当にどうしようもないやつだ。だけど、なぜか記事を書く時だけ異様な力を発揮する」

しれっと家族まで一緒にディスられてる事は置いておいて、記事だけはちゃんとやる。つまり「ダイエットを記事にしよう」と提案すれば、あのクズといえども異様な力を発揮して成功させるのではないか。健康を維持できるのではないか。失敗しそうになったらナイフで肉を削ぎ落としてでも成功させてくるのではないだろうか。そう考えたようなのです。

ナイフで肉を削ぎ落して体重を落とすことを果たして成功というのかは別として、まあ、確かに、記事にするならやらないこともない。なかなかわかってやがる。

「いいですよ、やりますよ」

そう返事をすると、すぐに我が家にゲームソフトが届いた。本当にすぐに届いた。

Zumba® de 脂肪燃焼! [Nintendo Switch:SEGA]

ZUMBAとはコロンビアのダンサーであるベト・ペレスによって創作されたフィットネスプログラムだ。ラテン音楽を中心として世界中の音楽で踊るプログラムである。世界中で人気のフィットネスプログラムであり、そのZUMBAがついにゲームソフトになった、と注目のソフトらしい。

これが我が家に届いたということは、「これを使って痩せろよ、ブタ」ということのようなのだが、あいにく、とてもじゃないがゲームソフトで痩せるとは思えない。むしろ、そんなものに頼らなくとも痩せてみせる。痩せないなら肉をナイフで削ぎ落してでも結果を出す所存だ。

というか、僕もちょっとした自虐で「デブデブ」と揶揄していますけど、本当はそこまでデブだとは思っていませんからね。まあ、ちょっと筋肉質かな? くらいの感覚ですよ。ということは、そもそもダイエット記事として成り立たないのではないか? そんな心配があったのです。

あまり太っていない、なんならマッチョ寄りの人間である僕がダイエット記事を熱烈に書いても、読者の方には「まーた、太ってないやつのダイエット記事だよ、こういう自虐風自慢はもううんざり」「おっさんでごめんな、とか言いつつ本当は自分の事をおっさんだと思ってないタイプの人間。嫌い」などと思われてしまう可能性があります。それってつまり、そこそこに美人な人が「あーん、自分の顔きらい、ブスブス」とキメキメの自撮り画像(加工済み)を上げるのに近い構造があると思うんですよ。

だから、僕のダイエット記事で嫌味にならないかな、と思いつつも、まあ引き受けてしまったわけですから、やるわけです。何はなくとも、まずはダイエット開始前の体重を測ることにしたのです。これがないと何も始まらないですからね。

「111.5 kg」

みまごうことなきクソデブじゃねえか。

自虐風自慢でもなんでもねえよ、ダイエットしろ、デブ。

おかしい、こんなはずじゃない。確か僕の体重は98 kgくらいだったはず。なんでこんなことになってるんだ。体重計が壊れてるんじゃないの。単位がポンドとかじゃないのこれ。本当に疑問に思ったので、別の体重計でも測ったのですが、やっぱり111.5 kgでした。

ちなみにこれがどれくらいの重さなのかいまいちピンとこない人のために説明しますけど、111 kgというと、国際規格の卓球台がだいたいこれくらいの重さです。ASL-25Ⅱあたりがぴったりその重さ。お値段は17万3千円。テレビニュースとかで卓球の国際大会が映ることあるでしょ、あの卓球台くらいの重さだと思ってください。

というか、本当に98 kgくらいだと思っていたのに、まさか国際規格の卓球台くらいになっていたとは。ステイホームをいいことに食っちゃ寝、食っちゃ寝、ストロングゼロ、を繰り返していた結末がこれです。これはもう、本格的にダイエット開始するしかない。ZUMBAを使ってダイエットするしかない。やるぞ!

こうして、僕の31日間のダイエットチャレンジが始まったのでした。

 

1日目

ついに卓球台のダイエットが始まってしまった。こういった流れで「ダイエットするぞ!」という熱い決意を持つと、いきなり意味不明にランニングを始めたり、絶食したり、ジムに入会したりと過激なことをしがちだが、おそらくそれでは長持ちしない。こういったダイエット過激派は往々に失敗するのだ。

やるなら、厳かに、静かに、まるで京都の朝のごとく落ち着いてダイエットを始めるべきだ。だから今日は特に過激なことはしないことにした。普段通りの食生活、まだZUMBAにも手を出さない。意識だけ「ダイエット中」と脳に刷り込む作業を行う。

お昼ご飯だけは、食べるものがなかったのでこんにゃくで済ませた。

今回の企画に沿ってLINEグループ内に作られていた「罵詈雑言ダイエット部」という、みんなで罵詈雑言を浴びせ合いながらダイエットを頑張ろう、というインターネット内の「罪」みたいなものが具現化したグループ内でダイエットを始めたことを宣言する。すぐに「失せろブタ」といった趣旨の罵声のリプライがついた。さすがインターネットの功罪における「罪」である。

朝食:すき家たまかけ朝食大盛り

昼食:こんにゃく

夕食:ピーマン、鶏肉、キャベツ、米

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×3

体重:111.7 kg

ZUMBA:プレイなし

 

2日目

この日、ついに「Zumba® de 脂肪燃焼!」に手を出す。食べる量を減らせばそりゃ体重は減るだろうが、食べる量が戻れば容易にリバウンドする。ダイエットにおいてはこの失敗が異常に多い。そうやってぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ、僕はその繰り返しだった。そうならないようにきちんと運動をあわせて脂肪が燃焼しやすい体を作るべきだ。

ランニングをしたり、ジムに入会したり、そんな手段を考えたが、せっかく「脂肪燃焼」とまで銘打ったゲームソフトが我が家にあるのだ。これをやらない手はない

Zumba® de 脂肪燃焼!

このゲームソフトは、もちろん、ZUMBAを踊ることを第一の目的としているわけだが、ユーザーが長続きするよう、ゲーム要素も取り入れている。

ユーザーはSwitchのコントローラーをこのようにし、手に持って踊る。これによってきちんと踊れているかが判定される。「GOOD」「GREAT」などと判定されるが、その最上級が「ZUMBA」で、きっちり踊りながらこの「ZUMBA」のコンボを繋げていき、高得点を目指していく。

プレイを始める。いきなり何も前情報なしに画面の中のインストラクターが踊りだして面食らうが、どうやらZUMBAとはもともとそういうものらしい。

まず、昨今のゲーム事情に慣れ親しんだ僕らとしては、チュートリアルも詳しいナビもなしに、いきなりZUMBAの世界に投げ込まれ、驚いてしまうが、ZUMBAの精神とはそういうもののようなのだ。

スタジオなどで踊る場合も、基本的にインストラクターから踊りの説明はなく、振付の練習もない。いきなり踊りだす。見よう見まねで踊る、そこにZUMBAの真髄がある。「正しさにこだわるのではなく、踊ることの楽しさを知ろう」そんな考えがあるんじゃないか。知らないけど。

なので、いきなり「レギュラープログラム」という4分くらいの曲を8曲連続で踊る30分のプログラムに手を出した。これがまあ、めちゃくちゃ汗が出る。激しいダンスというわけではなく、比較的ゆったりとした動きなのに、信じられないくらい汗が出てくる。

「これはなかなかキツイですな、めちゃくちゃ汗が出る」

みたいな趣旨の内容を「罵詈雑言ダイエット部」に書き込んだところ、「汗じゃなくて豚汁だろ」みたいなリプがついた。これはもう、インターネットのカルマだ。即刻閉鎖しなければならない。

朝食:すき家たまかけ朝食

昼食:カップラーメン

夕食:キャベツ、米、豚肉

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:110.3 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム1)

 

3日目

この日は休日のため、朝からZUMBAをプレイする。レギュラープログラムの2番だ。基本的にこのゲームには31曲のZUMBAミュージックが収録されている。1曲が4分程度で、激しい動きを伴う高負荷な曲から、比較的ゆったりめの低負荷な曲まで様々だ。それらを組み合わせて15分程度のプログラムにしてくれる「ショートプログラム」と30分程度の「レギュラープログラム」そして60分の「ロングプログラム」が存在する。

昨日、レギュラープログラムをやった感覚としては、「ギリギリ生存可能な辛さ」という感じだった。そう、おそらく30分が限界だ。30分でも死にそうなのに、ロングプログラム60分なんかやったら死んでしまう。ZUMBAに殺されてしまう。よって今日も30分のレギュラープログラムを選択する。

同じレギュラープログラムでも楽曲の組み合わせによって10種類くらいのプログラムがある。昨日は「レギュラープログラム1」をプレイしたので今日は「レギュラープログラム2」をやってみる。何曲かかぶっている曲があるが、やはりめちゃくちゃ汗が出ることには変わりない。

踊り終わっても汗が止まらず。なんだか何も食べる気がしなかったので、朝ごはんと昼ご飯を抜くことになってしまった。なんだか罪の意識を覚えるからだ。

罪の意識とはどういうことだろうか。

例えば、この「レギュラープログラム」をフルに踊り終わると、すげえ汗出ているし、体もヘロヘロだ、3000カロリーくらい消費しただろ、体重も2kgぐらいは減ってるはずだ、そうじゃないとおかしい、と自分で自分を褒めたたえるが、ゲーム画面には無慈悲にも消費カロリーが表示される。

たったの300カロリーちょっと。あんな死ぬ思いをして、ダクダクに汗をかいて300カロリーだ。ご飯の大盛りが400カロリーくらいなので、あれだけ汗をかいても大盛りご飯分も消費できないわけだ。それを考えると、ちょっとした食物でも「これがZUMBA30分ぶん」「これだとZUMBA60分」などと躊躇してしまう。

僕はダイエットにおける運動の効果はそこにあると思っている。もちろん、代謝をよくするなど、消費カロリー面だけでない運動効果もあるわけだが、単純に普段から体に取り入れているカロリーを運動に換算してくれる効果がある。それによって好き放題に食べていたライフスタイルが変化する。こちらの効果の方が大きく、運動による消費なんて微々たるものだ。

そう言った意味では、さっそく意識に変化が起こったので成功と言えるだろう。

朝食:なし

昼食:なし

夕食:寿司

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:109.2 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム2)

 

4日目

この日もZUMBAをプレイ。おさらいとして「レギュラープログラム1」をプレイする。ZUMBAの振り付けは基本的に難しい。特にステップが複雑な曲があるので、初見ではパニックになってほぼボロボロになる。けれども不思議なことに2回目になるとまあまあ踊れるようになってくるのだ。そこが面白いし楽しい。だからもう一度プレイする。

最初に比べてかなり踊れるようになっている。チュートリアルも何もなく、何も説明されない投げっぱなし具合は、決して怠慢などではなく、別にうまく踊れなくてもいいけど、何回もしていたら上手くなるかもね、それでいいじゃん、みたいなZUMBAイムズを感じる。

ここまで数曲をプレイしていて、ある事実に気が付いた。

例えばこれは[Azukita]という曲なのだけど、ちょっとシュールな背景を背負ってインストラクターが出てくる。そのまま何の説明もなしに「スリーツーワンZUMBA!」みたいにして曲が始まる。ただ、ここからが不可解だ。

踊っているインストラクターだが

突如として3人に増殖する。スーッと亡霊のように出てくるのでちょっとびっくりする。

こちらは[Be As One]という曲だが、

スーッ!

やはり増える。

増えるのは全然かまわない。むしろ殺風景だった画面が華やかになる。だから増えるのは構わない。ぜんぜん構わない。ただ、そのタイミングが意味不明なのだ。曲がサビになったとか、変調した、とかそういうタイミングでもない。やや不可解なタイミングで分裂する。

「こんなわけのわからんところで3人に増えるなら、最初から3人でいいのでは?」

なんてことない些末なことなのだけど、いちど気になってしまうともうダメで、おまけにどの曲をプレイしても必ず意味不明なタイミングで3人に増えるからもうダメだった。

そういった旨を、「罵詈雑言ダイエット部」のグループチャットに「ZUMBAのゲーム意味不明なタイミングで3人に増えるから笑ってまう」とコメントしたところ、「私もデブなんでダイエット頑張ります」と、どう考えても太ってなくて、ガーリーでかわいい雰囲気の画像を投下した女が降臨していたので、みんなそっちに夢中で、罵詈雑言すら浴びせられなかった。女がいるだけで異様に盛り上がる初期のYahooチャットみたいだった。早く閉鎖しろ。

※高評価をある程度獲得すると増えるそうです。

朝食:フレンチトースト

昼食:カップラーメン

夕食:カレー

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:109.4 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム1)

 

5日目

この日も「レギュラープログラム1」をプレイする。

もちろん、3回目ともなるとかなり上手に踊れるようになる。そうなってくると「ZUMBA」コンボを狙いたい気持ちが強まってくる。知らず知らずのうちにこのゲームにのめりこんでしまったようだ。

手に持ったコントローラーのおそらくジャイロ機能によって、きちんと踊れているかどうかの判定が行われている。「GOOD」などの判定の中で「ZUMBA」が最上級で、その結果によって星が溜まっていき、最終的に五つ星を目指す。星5つで曲が終わるとなかなか嬉しい。

気が付くと「あそこのステップは判定が厳しいので、もっと大げさに動いた方がジャイロが判定されやすい」などと攻略法を考えるようになっていた。あと、ZUMBAはキャッチ―な楽曲が多いので、プレイしていないときでも頭の中を音楽が流れるようになる。

ただ、初日から感じていたことだが、このプログラムをプレイしているとなんだか妙に心が締め付けられるのだ。なんだろう、これはなんだろうとずっと考えていた。

この曲だ。この曲が僕の心をざわつかせている。

これは「Chica Practica」という曲で、インストラクターは「Gina Grant」という人物らしい。調べてみると、ZUMBA界ではなかなかのインストラクターで、ひとかどの人物のようだ。

ゲームの公式ホームページにも「ZUMBA®のアイコン的人気インストラクター」と記載されている。やはりなかなかの人物だ。

もちろん、この曲でも意味不明に3人に増える。絶対に増える。

なんだろう。この思いは。なんだろう。踊りながら記憶の断片が紡がれていく。まるでパズルを組み合わせていくように、断片化された記憶が連なっていく。それはまるでZUMBAコンボのようでもあった。

そんな時、ふと小学生の頃の自分の記憶が、脳内でフラッシュバックした。

「アリ―だ!」

そう、彼女は僕の記憶の中にいる、あのアリ―に似ているのだ。記憶の断片が紡がれた瞬間だった。

朝食:マフィン

昼食:カップラーメン

夕食:サラダ、鶏肉

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×3

体重:109.6 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム1)

 

6日目

この日は時間が取れず、ZUMBAのプレイはなしとなった。ちょうどいいので、クールダウン日とし、筋肉痛を癒すことにした。

これは是非とも若い皆さんに覚えていて欲しいのだけど、おっさんになると筋肉痛にはならない。筋肉痛とは若さの宝石だ。

若いころなどは筋肉を使った次の日、激しい筋肉痛に襲われるが、年齢を経るとともに、それが二日後になったり、筋肉痛とは呼べないけどなんか違和感があるな、程度になっていく。どんどん筋肉痛とは無縁の存在になっていく。それがおっさんだ。

そうなると、若さの象徴としてバキバキの筋肉痛が恋しくなるのだ。だから、このZUMBAによって蓄積した筋肉痛はなかなか心地よく、おお、筋肉使っとるな、となる。特に腕にかかる負荷が強いようで、かなりの痛みを感じる。やっているときはそう感じないが、筋肉痛になるところを見ると、なかなか筋肉を使っているようだ。

そんなことよりも、アリ―である。

「Chica Practica」という曲のインストラクター「Gina Grant」がアリ―に似ている。だからZUMBAを踊りつつもなんだか胸が締め付けられる気がするのだ。これは重要な気づきだった。

アリ―とは、僕が小学生の時に、国際交流だか語学教育だが忘れてしまったが、学校にやってきた外国人女性だ。

いまでこそ、グローバル化の名のもとに子供の頃から外国人の方に触れて語学を学ぶってのは珍しいことではないのかもしれない。ただ、当時としてはやはり珍しかったし、僕の育った田舎町においては本当に先進的で挑戦的な試み、みたいな感じだった。

聞いたことのない流暢な英語で自己紹介をするアリ―は本当に僕らと同じ生物なのだろうかと思うほどに美しかった。アリ―の横には担任の教師が立っており、なにやらアリ―にごにょごにょ話している。そしてとんでもないことを言いだした。

「じゃあ、クラスを代表して誰かに自己紹介してもらおうかしら」

担任はそう言ってクラスの面々を見回した。みんなそれとなく視線を逸らす。まるで時間が停止したような空気が訪れた。

悪いことに、僕があてられた。大変なことになった。

いまでこそ小学校から英語教育があるらしいが、当時は中学から始まるものだった。別に普通に日本語で自己紹介すればいいし、担任もそのつもりで当てたのだろうけど、なぜか英語で話さなくてはならない! と強く思った僕は唯一知っている英語を口にしていた。

「ミッドナイト」

直訳すると真夜中だ。クラスを代表して「真夜中です」と自己紹介したことになる。何者だ。

例えばこれが逆の立場だったらどうだろか。どこかの国に行って、子供たちが僕の流暢な日本語に驚いている。そこで子供たちが自己紹介する「真夜中です」。申し訳ないけどちょっと笑ってしまうと思う。ただ、彼女は笑うでもなく、バカにするでもなく、真剣なまなざしで

「Oh, midnight」

と頷いた。たぶん、このときから僕はアリ―に恋をしたんだと思う。たぶんそうなのだろう。

静かにゆっくりと停まっていた時間が動き出したように感じた。それはまるで真夜中で静まり返り、信号が点滅するだけの町並みを、一台のスポーツカーが爆走する感覚に近かった。きっと、何かが動き出した。

このざわめきをあえて表現するなら、心の筋肉痛だ。そして、それはやはり若さの宝石なのだ。

朝食:セブンイレブンのたまごサンドウィッチ

昼食:そば

夕食:焼肉

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:108.1 kg

ZUMBA:なし

 

7日目

本日は「レギュラープログラム2」をプレイする。

ここまでプレイして分かったが、ダンサブルな激しめの曲よりも、ゆったりとした曲の方がZUMBAコンボの判定が厳しめだ。激しい曲は勢いに任せてイケイケでやっていれば、細かいズレはそうそう影響してこないが、ゆったり目の部分はかなり正確に踊る必要がある。この辺はビートマニアなどのいわゆる音ゲーに通じる部分がある。

そして、これはかなり本質だと思うのだけど、ZUMBAの振りは動かす振りより、動きを止める動作に真理がある。

腕や手を勢いよく動かして踊るのはそう難しいことではない。ただ、綺麗に踊ろうとすると、その動いた手や足をピタリと止める必要がある。これがなかなか負荷がかかる。おそらく、ここを意識することでZUMBAという踊りの本質に近づく。どちらかというとダンスより太極拳に近い。それが真髄だろう。

「I Like it」という曲だ。またアリ―が出てきた。

やはり3人に増える。増えなかったことがない。

踊りながら、記憶の中のアリ―が僕に囁きかける。

「ちゃんと止まらなくては駄目よ」

アリ―は確かにそう言っていた。

あれはアリ―が紹介されたその日のことだった。僕の小学校には、何に使うのか意味不明な12畳くらいの畳の部屋があって、「いちょうの部屋」と呼ばれていた。いま思うと、たぶん教師が仮眠とかする部屋だったと思う。

アリ―は、僕のクラスでひととおり喋った後、他のクラスでも話をすると足早に去っていった。なかなかタイトなスケジュールらしい。ただ、昼休憩は「いちょうの部屋」にいるから、もっとアリ―と話したい人はどうぞ、みたいにアナウンスされた。

絶対に行くしかない。そう思った。

そう考えたのは僕だけではなかったようで昼休みに「いちょうの部屋」に行くと、部屋の前に30人くらいの児童がひしめき合っていた。みんなもっと交流がしたくて訪れたのだ。その多くが男子児童で、おそらく同じようにアリ―の美しさに恋をしたんだと思う。

ガラッと「いちょうの部屋」の扉が開く。アリ―が顔をのぞかせた。集結した児童の多さにアリ―は目を丸くしたが、すぐに笑顔になって皆を招き入れた。

部屋に入ると、外国人が3人に増殖していた。

いや、普通に考えて当たり前のことだ。アリ―だけでなく、他にも2人の外国人が来ていて、みんなで手分けしてクラスを回ったのだろうけど、ただでさえ珍しい外国人が3人に増殖したように思えて、混乱して泣きそうになってしまった。

アリ―以外の外国人は男性で、やはり集まった児童の多さに目を丸くして驚いていた。想定を超える人数にちょっとどうしていいのかわからない様子で、まごまごしていた。

ひとりは、今思うとタイプ的にはこのインストラクターに似ていたと思う。
名前は「Mauricio Camargo」。

公式サイトに記載はないが、調べてみるとYoutube動画とかがたくさんひっかかるので、こちらも世界的人気のZUMBAインストラクターのようだ。このちょっとチャラそうな感じと笑顔があの時の彼によく似ている気がする。

そのマウリシオが切り出した。

「みんなでゲームをしよう」

それはとても単純なゲームで、簡単にできるものだった。詳しくは覚えていないのだけど、彼の動きを真似するというゲームだった。彼が手のひらを前後に出して魚の動きをまねたポーズをとると、それを真似る。確かポーズは3種類しかなくて、魚と鳥と、あとは犬だったように思う。けっこうコミカルに動くのでその説明だけで児童には大うけだった。

で、マウリシオがやるその3種のポーズを真似るのだけど、マウリシオが意地悪にフェイントをかけてくる。「フィッシュ!」とかなり大きな声で叫びながら、犬のポーズをやるのだ。声に釣られて魚のポーズをする児童が続出し、これまた大爆笑だ。

そんな中、僕はポーズを確定させずに常に揺らめいた動きをしていれば間違えない、というよく分からない考えで「こ、これは……トキの動き……!」みたいな卑怯なことをしていたら、アリ―がそっと近づいてきて囁いた。

「ちゃんと止まらなくては駄目よ」

アリ―はけっこう流暢な日本語でそう言った。たしか、教室では日本語は全く話せないということだったのに、お前それ絶対に話せるだろ、みたいな発音だった。それはなんだかアリ―が僕にだけを秘密を打ち明けてくれたような気がして、僕の動きはピタッと止まったが、何か内なる別なものが動き出したように思えた。

朝食:セブンイレブンのたまごサンドウィッチ

昼食:そば

夕食:ピーマンとキャベツと豚肉を炒めたやつ

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:108.2 kg

ZUMBA:なし

 

8日目

「お腹が減る」という感覚について考え始めていた。

明確に食べる量を減らし始めて8日目だ。最初は、めっちゃくちゃきついな、腹減ったな、餓死するわ、と思うのだけど、8日も経つとその感覚がなくなってくる。思うに、たくさん食べているときはその食べたものを消化するのにエネルギーを使うので、余計に腹が減るのだ。

酔えば酔うほど強くなる酔拳ではないが、デブの世界では「食えば食うほど腹が減る」が本当に起こりうる。それがデブの真髄だ。さっき食べたのにもう腹が減っている。おじいちゃんお昼はさっき食べたでしょ、がけっこうな正気で起こりうる、これがデブを呼び込んでいくのだ。逆に言えばその境地まで至ってないならまだまだデブではない。けれども、食べないのが当たり前になってくるとそこまで腹が減らない。

やはり運動だけで消費されるカロリーなんてたかが知れているので、食べる量の調節と運動を同時にこなしていく必要がある。ただ、無理して食べる量を減らしてもかならず歪が生じるので早めにこの「食べてないから腹が減らない」という状態に持っていかなければならない。

この日は、早い時間に風呂に入ってしまったのでZUMBAのプレイはなし。風呂の後にプレイしたらめちゃくちゃ汗をかくのでまた風呂に入るはめになるからだ。

「罵詈雑言ダイエット部」にダイエットの進捗を報告したが、「出てくんなブタ」みたいなドストレートな罵倒を受けて就寝となった。「ここに反社の集まりがありますよ」とLINE社に通報するべきか迷っている。

朝食:なし

昼食:なし

夕食:マグロ丼

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:107.9 kg

ZUMBA:なし

 

9日目

少しだけ悩んでいた。

ダイエットを開始し、その際の運動としてZUMBAを採用しているわけだが、そこまで長時間プレイをしているわけではなく、「レギュラープログラム」と呼ばれる30分のプログラムをこなすだけでヒーヒー言っている状態だ。ただ、このゲームはプレイが終わったあとに踊りを評価するリザルト画面が出てくるのだが、その最後に「今日の目標」みたいなものとその目標の達成率が出てくる。その中に、

「1日に60分プレイする」

と正気の沙汰とは思えない目標が表示されているのだ。30分のプログラムでも汗だくで死にかけているのに。それを60分やれというのだ。完全に殺しにきている。世が世なら殺人罪に問われている。

このゲームは踊りの出来によってポイントを稼ぎ、星を重ねていく。その結果によってレベルが上がっていくのだけど、最初はドコドコ上がって行って「おいおい、青天井か~」みたいになるのだけど、レベル10を超えたあたりから途端に上りが悪くなる。「え? そんだけ?」みたいになる。

こうなると、「今日の目標」を達成することによって得られる大量ポイントをあてにするしかない。つまり目標である「1日に60分プレイする」を達成しなければならないのだ。

ただ、60分は本当に正気の沙汰ではないので、まずはワンクッションとして「レギュラープログラム」の30分と「ショートプログラム」の15分を組み合わせ、45分プレイすることにした。これでいけるなら60分も行けるだろう。

結果だけを先に申し上げると、60分は無理だ。汗もでる。体もつかれる。呼吸も乱れる。けれども、なにより深刻なのが、腕が上がらなくなることだ。四十肩のひどいバージョンみたいな状態になり、思うように腕が上がらない。それなのに、天に向かって拳を打つ、みたいな振り付けの曲が怒涛の様にやってくるので、死にそうになる。本当に腕が上がらなくなる。

そう、あの日の僕のように腕が上がらなくなるのだ。また、あの時のことを思い出していた。

朝食:なし

昼食:カップラーメン

夕食:野菜炒め

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:107.5 kg

ZUMBA:45分(レギュラープログラム3、ショートプログラム1)

 

10日目

ZUMBAをプレイ。やはり肩が上がらない。そういえば、それこそ20歳くらいの頃からずっと肩が上がらないことがあった。その時は「おいおい、この若さで四十肩か~」と揶揄して笑ったりしたことがあったが、そのノリで今まさに「おいおいこの若さで四十肩か~」と揶揄しようと思ったら、とっくに齢四十を超えていたので、まあ、四十肩、比較的に普通のことだった。

手が上がらない。そのことで一つ思い出したことがあった。

アリ―が小学校にやってきたあの日、アリ―のお世話をする係を決める学級会が行われた。アリ―はその日だけでなく、これから一週間、毎日学校にやってくるということだった。そこで日本の文化や教育を学び、逆に海外の文化や教育を伝える、そんなプロジェクトだったように思う。

そこでクラスの中から「アリ―係」を決めることになった。学校にいるアリーを案内したり話し相手になったりする係だ。

「誰か立候補しませんか?」

委員長が、少し大きな声を出し、同時にざわめきが教室内を覆った。「私やろうかなあ」「お前やれよ」「やだよ、スイミングあるし」「おれも公文あるし」口々にそんな言葉をかけあっていた。

事前に「授業中だけでなく、放課後にもアリ―と共に行動することがある」と説明されていたので、みんな及び腰だった。あと、全然言葉が通じない外国人と共に行動することを少し恐れているようだった。その中で、僕は完全にアリ―に恋していたので絶対的にチャンスだと闘志を燃やしていた。

僕はアリ―がけっこう流暢に日本語を話せることを知っている。これは僕とアリ―だけの秘密だ。おそろしいことに当時の僕は本当に僕とアリ―で秘密を共有していると思い込んでいた。思い込みが強い子だったんだろう。

そんなアリ―の秘密を知る僕がアリ―係になれば、アリ―も嬉しいと思うし、なにより、より親密になれて僕も嬉しい。これは一気に手を挙げて立候補すべきだ。幸い、まだ誰も手を挙げていない。いま手を挙げればそのまま決まってしまうだろう。そう強く思った。

けれども、手を挙げられなかった。

いざ、手を挙げようとしたら、クラス内の誰かがヤジっぽく言ったのだ。

「そんなのアリ―のことが好きなエロいやつがやればいいじゃん」

この瞬間、立候補するやつはアリ―のことが好きなエロいやつ、みたいな定義になってしまった。そうなるともう、手を挙げることなどできなかった。まるで小学生という若さで四十肩になったかのように、その右手は張り付いて動かなくなっていた。

漫画デスノートは「名前を知られたら死ぬ」という明確な構造が読者に受けた。それと似た構造で小学生くらいの男子は「好きという気持ちを他人に知られたら死ぬ」という不文律があった。だれだれのことが好き、と他人に知られることは死に等しい感覚があり、絶対的に隠し通さねばならないものだった。つまり、アリ―を好きなことを知られてはいけない。こうなればもう手を挙げることなんてできなかった。

「じゃあ俺、エロいからやるわ」

お調子者の前川が颯爽と手を挙げた。とんでもない新星が現れた。自分ができないことを平然とやってのける男が目の前にいる。それはなんだか敗北以上の何か、強い劣等感を感じるものだった。

ニューフェイス前川の登場に、僕は一気に追い込まれることとなった。

朝食:セブンイレブンのたまごサンドウィッチ

昼食:山かけそば

夕食:餃子

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:107.1 kg

ZUMBA:45分(レギュラープログラム4、ショートプログラム2)

 

11日目

ここまでレギュラープログラムを1から4までプレイしてきて、今日は5をやるつもりだったが、まちがって6をプレイしてしまった。ただ、このプログラム6はいままでのレギュラープログラムの中でも群を抜いてよい編曲だった。

これまでプレイしてきて、「ChaCha Swing」と「Si Como No」という曲が気に入っていた。どちらも曲がいいし、踊りもそこまで難しくないのに、いざ踊ってみるとやりきった感覚があるものなのだ。

おススメの曲は? と聞かれれば即答でこの2曲を挙げるポテンシャルだ。そして、このレギュラープログラム6にはどちらの曲も収録されている。

じゃあ、「ChaCha Swing」と「Si Como No」あえて優劣をつけるならどちらがいい? と言われるとそれこそ困ってしまう。これはもう、僕の脳内選挙で決着をつけるしかない。それくらい優劣をつけがたいものだ。

「そういえばあの日も選挙だった」

アリ―係を決める学級会、なぜかエロいやつがアリ―係になるという不文律が出来上がった雰囲気の中で誰も手を挙げられずにいると、おれエロいからやるわ、と前川が手を挙げた。

自分ができないことを平然とやってのける前川、それは畏怖の念に近かったのかもしれない。けれども、それ以上に「エロい」と豪語する男にアリ―係を任せることなんてできない、その思いのほうが強かった。

「僕もやります」

動かなかった手が挙がった。やれたのだ。

結果として僕と前川の二人が立候補したことになった。アリ―係の定員は1名である。こういった場合、クラスのルールでは選挙で決めることになっていた。僕と前川が前に出て、どちらがアリ―係にふさわしいか決めてもらう。当たり前に受け入れていたが、よくよく考えるとおかしな選挙だ。

クラスの内の雰囲気は、「エロいやつがやる」という空気になっていたので、この選挙は事実上の「どちらがエロいか」という選挙になっていた。エロ総選挙だ。

僕ら二人はいかに自分がアリ―係にふさわしいかの演説を行った。女子による組織票、男子による冷やかし票、様々な要因と思惑が絡む熾烈な選挙戦となったが、結果だけを単刀直入に申し上げると、圧倒的大差で僕がアリ―係となった。つまり圧倒的なエロとクラス中に判定されたわけだ。

僕が選挙というもので勝ったことがあるのは、後にも先にもこの選挙だけだったようにおもう。この勝利は、いや果たして勝利なのかもわからないけど、「選挙に勝ったことがある」という事実だけとれば、僕の人生の中で極めて輝く成功体験になっている。

そして、アリ―係としての僕の日常が始まった。

朝食:なし

昼食:山かけそば

夕食:鶏肉、サラダ

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:106.9 kg

ZUMBA:45分(レギュラープログラム6、ショートプログラム3)

 

12日目

どうもストロングゼロが良くないような気がしてきた。

ダイエット開始から一貫して寝る前にストロングゼロを飲んでいるが、ふと思った。ストロングゼロって「ゼロ」ってついているからなんとなく太りにくい飲料のように錯覚していたけど、もしかして太るんじゃないか?

早い話、カロリー的なものがゼロなんじゃないかと勘違いしていたが、実はそうじゃない可能性が出てきたのだ。

どう考えても、あんな暴力的な酒がカロリーゼロなわけない。調べてみるとやはりその感覚は正解でストロングゼロ(ダブルレモン)で100mlあたり54カロリーだった。ぜんぜんゼロじゃない。だれだ、ゼロって言ったの。

このゼロではないストロングゼロを毎日2缶飲んでいるのでその総量は700m。ということは378カロリーだ。これはZUMBAのレギュラープログラム1つぶんの消費カロリーに相当する。

ZUMBAで消費した分のカロリーをストロングゼロで補給している状況。これではなにがなにやら分からない。湯船に一生懸命お湯を入れているのに、栓が開いていて同じだけ流れている状態だ。

ここはきっかりとストロングゼロをやめるべきなのだろうけど、さすがにそれはできない。なぜなら僕がやっているのはダイエットであり、禁酒ではないのだ。

「ストロングゼロってもしかしてカロリーゼロじゃない? ゼロが付いているのに?」と「罵詈雑言ダイエット部」に投稿したところ、「当たり前だろ、ブタ」とレスが付いた。そろそろ自分の名前はブタだったかなと思い始めてきた。LINE社の通報窓口を探しはじめた。

朝食:セブンイレブンのサンドウィッチ

昼食:なし

夕食:カレー

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×3

体重:106.9 kg

ZUMBA:45分(レギュラープログラム5、ショートプログラム4)

 

13日目

異様に高スコアが出るようになってしまった。この結果などは、当たり前のように5つ星を取っているし、達成率に至っては92%。スコアも995,300と1,000,000点に迫る勢いだ。なんとなくスコアを出すコツみたいなものが分かってきた。

このZumba® de 脂肪燃焼!はスコア自体は重要ではない。いかに自分が納得して楽しく踊れるか、それで脂肪を燃焼できるかが命題であり、スコアも、達成率も、星の数も、レベルも、さして重要ではない。ただの指針だ。けれども、それでも高得点を出したいという人にこっそりと攻略法を教えると、重要なのは「手の振り」である。

ZUMBAの踊りは基本的に足のステップが難しい。そこに気を取られすぎてグダグダになるとスコアが伸びない。

ただ、このZumba® de 脂肪燃焼!は手に持ったSwitchコントローラーのジャイロ機能によって踊れているかを判定している。ここまでプレイした感覚でいうと、それだけに手の振りと足のステップではその判定の精度が違う。手に持ったコントローラーで足のステップを判定するのは難しいからだ。

よって、ここはステップが難しいわ、という場面ではそこまでステップに注意を払わずに手の動きに集中する。そうすることで他がおざなりにならずに高得点が出てくる。ただ、繰り返しになるが、スコアはさして重要ではない。いかにしてZUMBAを楽しむか、のほうがずっと大切だ。

朝食:おにぎり

昼食:かけそば

夕食:カレー

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×3

体重:106.5 kg

ZUMBA:45分(レギュラープログラム7、ショートプログラム5)

 

14日目

夕暮れ時、近所の公園に散歩に行ってみた。

広い公園だ。緑もたくさんある。歩きながら、頭の中でお気に入りの「Si Como No」が流れていて、ついつい踊ってしまう。こういう解放感の中で踊るのも悪くないのかもしれない。

やはり、Zumba® de 脂肪燃焼!は家庭用ゲーム機であるSwitch用のゲームなので、どうしても屋内でのプレイになってしまう。そうなると、狭い部屋の中で踊るパターンが多い。もちろん、マンションやアパートだった場合は、騒音や振動にも気をつけなければならない。

結果、よほど住宅事情に恵まれている人でない限り、やや狭いスペースですこし縮こまって踊ることになってしまう。それならば開放的な公園の方がいいのかもしれない。

もちろん、公園においても騒音の問題があるし、Switchなので外に持ち出せると言っても、できれば大画面でやりたい。解決策は、画面を見なくても踊れる程度に振り付けを覚えて、曲だけをイヤホンで聞いて踊るというスタイルだろうか。なかなかハードルが高そうだ。

「そういや、あんときもこんな感じの公園だったな」

また思い出のアリ―に向かってトリップしていた。それはもう、逃れようがないことなのかもしれない。

無事にアリ―のお世話係になった僕は、お世話というよりは話し相手みたいな感じで放課後になると「いちょうの部屋」に行った。そこでアリ―と話をするのだけど、「日本語ができることはみんなには言わないでね」みたいな趣旨のことを言われた。たぶん、英語教育みたいな目的があったからだと思う。日本語ができるとそれでしか話さなくなるからだ。現に、僕も当たり前だけどアリ―とは日本語でばかり話していた。

そういったアリ―と僕だけが秘密を共有している感覚は、心の中の得体のしれない何かを高揚させていた。年齢だって全然違う。彼女は大人の女性で、僕は小学生だ。住んでいる国も、年齢も、何もかもが違う。それでも僕は彼女のことが好きだったんだと思う。

ただ、気持ちを悟られたら死んでしまう小学生の僕だ、そんなことも言えないまま、毎日が過ぎ、いよいよ、アリ―が学校にくる最後の日がやってきてしまった。ここが終わると今度は同じ市内の別の小学校に行くらしい。

悲しいんだか、寂しいんだか、なんだかよく分からない感情を抱えながら「いちょうの部屋」でアリ―と話していると、急に彼女が切り出した。

「2日後の日曜日、仲間でランチをするんだけど、公園にこない? お父さんお母さんの許可が取れたらおいで」

そんな言葉だったように思う。嬉しかった。

どうやら、うちの小学校に来ていたのはアリ―とマウリシオともう一人の3人だったのだけど、もう3部隊くらいグループがあって、手分けしてうちの市と別の市の小学校を周っているようだった。それらの集団が集結して公園で遊ぶから来ないかという誘いだった。

そんなもの、何があろうとも駆けつけるに決まっている。親が許可してくれないなら親を倒してから行く。本来ならお別れとなるアリ―に会えるのだ。なんだってする。

その日の天気は気持ちのいい晴れだったように記憶している。公園の前に立つとすでにたくさんの外国人の面々が少し小高く作ってある丘みたいな場所に集結していて、なにやら騒いでいた。かなり陽気な感じだ。

公園の入口に立ち、その光景を眺める。僕はそこで、衝撃的な光景を目の当たりにしてしまったのだった。

朝食:おにぎり

昼食:なし

夕食:ベーコン、サラダ、米

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:106.6 kg

ZUMBA:なし

 

15日目

ダイエットを開始して2週間だ。ここまでくると「辛い」だとか「苦しい」という感覚はない。というか、あまり無理をしないスタイルで実行しているので、それらの感情はそこまで深刻なものではない。

ただ、ここまでくると「人はなぜダイエットをするのか」という哲学めいた部分に行きつく。なぜ人は太り、なぜ人はダイエットをするのだろうか。

西暦2700年の未来を描いた「ウォーリー」という映画がある。ゴミだらけになり荒廃した地球に残されたゴミ処理ロボット「WALL・E」を描いた2008年の作品だ。もうどんな映画だったか内容を忘れてしまったが、ひとつだけ印象的なシーンがあった。

それは、地球をゴミだらけにし、巨大宇宙船で宇宙へと逃げた、かつて地球人だった人々の描写だ。巨大宇宙船は700年の間、宇宙を彷徨っていた。新天地を求めて冒険するでもなく、地球を浄化する技術を探しに行くでもなく、ただ宇宙をさ迷っていた。

宇宙船の中は快適で、全てが機械任せになっていて、それこそ一つの国家といえるレベルでかなりの広さがある宇宙船なのだけど、歩かなくても移動できるようになっている。何もしなくても生きていける。結果、中に暮らす人間全員が極度のデブになっているのだ。

そんなことないだろ、と思うかもしれない。いくら機械任せの生活でもダイエットを始めて体型を維持する人が出てくるだろうし、極度にマッチョに鍛え上げる人もいるだろう。極度に鍛えたマッチョは必要ない場面でも上着を脱いで上半身裸になりがちだが、そうするやつが絶対に出てくる。けれどもそんな奴らは存在せず、全員がただのデブに成り下がっているのだ。

おそらく「かなり堕落した人類」という描写のために「全員がデブ」という表現を用いたのだと思うが、核心はそこじゃない。おそらくここでは「価値観の変遷」が起こったのだろうと思う。

作品内では「700年、宇宙を漂っている」という点が重要だ。宇宙船内では何代も世代交代が起こっていて、かつての地球を知るものはいない。それくらい時間が経過している。今の日本の700年前というと、室町時代と鎌倉時代の間、南北朝時代になる。そこから考えると文化も生活も大きく様変わりしていて当たり前なのだ。

つまり、あの宇宙船の中では「デブが普通」という価値観の変遷が起こっているわけだ。むしろどれだけデブか、みたいな尺度が魅力の一つになっている可能性すらある。

おそらく、栄養状態が良く、何事も便利なこの文化的な現代社会において、普通にその流れに乗っていたら多くの人が太る。けれども、まだ現代社会ではそこまで価値観の変遷が起こっていないので、それを修正しようとダイエットをする。つまり、ダイエットとは価値観の変遷に抗おうとする修正行動なのだ。

つまり、無理してダイエットをするより、デブは普通、みたいな啓蒙活動を活発にする方が重要なのではないだろうか。そう、ダイエットとは人類の進化に対する逆行なのだ。退化だ。ノーモアダイエット! われわれはデブになって進化する必要がある! デブになる必要がある!

朝食:おにぎり

昼食:そば

夕食:そば

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:106.1 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム6)

 

16日目

昨日の自分はどうかしていた。進化とかなにいってんだ。やはりダイエットは大切だ。頑張っていかねばならない。

そろそろ禁断の60分のワークアウトに挑戦せねばならない。「1日に60分のワークアウトをしましょう」みたいな、婚姻を迫る貴族たちにかぐや姫が出した無理難題みたいな目標がゲーム内に提示されるが、これをクリアしないことには何らかの壁を越えられないような気がしてくるのだ。

ただ、何度も言っているように30分のレギュラープログラムでもかなりハードだ。たまにいけそうなときに15分のショートプログラムを付け足しているが、かなり瀕死の状態になる。そこである秘策を思いついた。

「30分を2回やればいいのでは?」

当たり前の思い付きだが、ことはそう単純なものではない。

30分と15分のプログラムをこなすのがきついのは連続してやるから。だったら連続でやらなければいいのではないだろうか。目標に「60分のワークアウトをしましょう」なんて表示されたら「一気にやらねばならないのでは?」と思いがちだ。けれども目標には「一日に」としっかり記載されている。

つまり、朝に30分のレギュラープログラムをやって、日常生活を過ごし、夜になって心が忘れたくらいの頃合でもう30分やる。多分これでも目標達成になる。これならいけるんじゃないだろうか。

早速、朝に30分のレギュラープログラムをこなし、朝っぱらから汗だくになって過ごした。けれども、夜になって、すっかりZUMBAのことなど忘れて、狂ったように別のゲームをプレイしてしまった。

やはり、60分の壁はなかなかに高い。どうあっても僕の前に立ちはだかろうとするのだ。

 

朝食:なし

昼食:フルーツ盛り

夕食:鶏肉、レタス、ピーマン、もやし、米

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:106.3 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム6)

 

17日目

お気づきの方もいるかもしれないが、「レギュラープログラム6」の編曲がなかなか気に入ってしまって、ここ数日はこればかりプレイしている。

ここで、このレギュラープログラム6のラインナップを紹介したい。

Muevete Duro

Si Como No

Hey Alicia

Sola

Todo El Mundo

ChaCha Swing

Internacionales

I Like It

以上の9曲だ。この中でも[Si Como No]と[ChaCha Swing]がお気に入りで、音楽アプリに入れてヘビーローテーションしたいくらいになっている。これだけを30分踊ってもいいくらいだ。

[Si Como No] ともてもリズムよく、踊りもいいリズムで踊りやすい。

もちろんこれも3人に分裂する。

[ChaCha Swing] このゲームのタイトル画面にも使われている音楽で、おそらくメイン的な扱いなのだろう。

これもよく分からないタイミングで3人に増える。

絶対に増える。

お気づきだろうか。このお気に入りの2曲。どちらもインストラクターが同じ人なのだ。彼の名はBETO PEREZ、他の場面でもちょくちょく出てくるし、なんか偉そうにしているし、なんだろうな、と調べてみると、ZUMBA®の創始者らしい。とんでもないZUMBA界の大物じゃねえか

このペレス、曲と曲の合間に「トレーニング後にお腹がすいたらナッツを食べるといいですよ」と優しい言葉をかけてくれ、柔らかく包み込んでくれるような感じを受けるのだけど、僕にとってはあまり良い印象ではない。なぜなら、あの男に似ているからだ。

おそらく、本当はあまり似ていないのだけど、この髪形がもうそれにしか見えないのだ。このペレスは、あの男だ。

僕は公園の前に立っていた。

公園の入口には意味不明に複数本のトーテムポールが設置されていたのだけど、その隙間から、丘の上に佇む集団が見えた。

アリ―に呼ばれてやってきた僕は、そのトーテムポールの隙間を見ていた。そして、たくさんの外国人の集団の中にアリ―の姿を見つけた。そこでみたアリ―は学校見るアリ―とは異なり、少しくだけたファッションだったように思う。「いちょうの部屋」とは違うアリ―のようだった。そして、そこで見たものは本当に決定的だった。

アリ―は明らかに、別の外国人男性と親しげにしているのだ。それはもう、スキンシップみたいな枠を超えていて、ベトベトに絡み合っており、周りの外国人の反応を見るに、公認の仲、みたいな感じだった。僕はもう、それがショックで、その場から一歩も動けなくなっていた。

その親しげな男こそが、ZUMBA®創始者であるペレスに似ていた。もしかしたらペレス本人だったかもしれない。ここでいちゃついた後にZUMBAを創始したのかもしれない。いいや、もうそうにしか思えない。

公園の中には、僕の知らないアリ―がいる。ずっとずっと、その場から動けないでいた。妙に陽気な色合いのトーテムポールが、妙に腹立たしかったのだけを覚えている。

朝食:おにぎり

昼食:フルーツ盛り

夕食:ラーメン

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×2

体重:106.4 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム6)

 

18日目

ZUMBA®の創始者であるBETO PEREZが好きだったアリ―と親しくしていた男に似ている、そう気づいてしまったためZUMBAへのモチベーションが上がらない。このゲームをプレイすると必ずニンマリと語りかけるBETO PEREZが登場してくる。そのたび、心の傷を抉られたかのように感じるのだ。

そんな深刻な内容を「罵詈雑言ダイエット部」に投稿したらどうなるだろうか。罵倒されるだろうか。むしろ罵倒された方がいいのかもしれない。いいや、罵倒されるべきだ。

ちょっと覗きに行くと、そこに常駐しているメンバーはけっこう仲良くなっていて、あまり罵倒も見られなくなっていた。良いことだが、今の僕は罵倒をして欲しいのだ。これでは暖かく受け入れられてしまうかもしれない。そんな雰囲気があった。

僕はそっとグループチャットを閉じた。

でも、ここまで頑張ったのだからやり遂げなくてはならない。さもなくばナイフで肉を削ぎ落すことになりかねない。

なんとかSwitchを起動し、ZUMBAをプレイし始めるが、

やはりBETO PEREZが出てきた時点でやめてしまった。

もう、僕はダメなのかもしれない。

朝食:なし

昼食:そば

夕食:ハンバーグ

深夜:ストロングゼロ(ダブルレモン)350ml×3

体重:106.1 kg

ZUMBA:起動だけ

 

19日目

モチベーションもなく、そろそろ濃厚な中華とか食いまくってやろうかと、醤油ラーメンとチャーハンのセットを思い描く。近所の中華屋は、よくある、なぜかこの値段で異様に量が多い中華を地で行く店で、明らかに一人前の醤油ラーメンに、明らかに一人前のチャーハンがついてくる。合計で2人前だ。

普通ならこの構成なら1000円以上取られてもおかしくないが、なぜかこの店は、このデブ御用達しみたいなセットが750円だ。このセットメニューには「ワンパクセット」という名前がついていた。以前はなにが「ワンパク」なのか全然分からなかった。デブにとって普通に当たり前に存在するセットだったからだ。

けれども、いまならわかる。あれはワンパクだ。ワンパクすぎる。こうして食事を減らしてみてわかるが、あのセットは暴君以外の何物でもない。一人前のラーメンに、一人前のチャーハンだ。狂気の沙汰。カロリーの暴力。

「それに気がつくってことは、少しはダイエットの効果があったのかな」

何も考えず、ワンパクセット級の食事をとる日々に疑問を持った。それは自分が変わったことを示しているのかもしれない。

「自分を変えたかったの」

また、アリ―の言葉を思い出していた。あの日、アリ―は確かにそう言っていたのだ。

朝食:なし

昼食:フルーツ盛り

夕食:レタス一玉、豚肉、米、キュウリ

深夜:なし

体重:105.9 kg

ZUMBA:なし

 

20日目

モチベーションが上がってこない。もうSwitchもどこに置いたのか忘れてしまった。

僕がZUMBAに対する興味を失っていても、変わらず毎日はやってくる。それはなんだかあの日の気持ちに重なる部分がある。あの日も、僕の気持ちなんてお構いなしで、普通の日常が流れていた。

 

どれだけ僕が傷つこうが、喚こうが、変わらず日常はやってくる。あの日、トーテムポールの前でアリ―とペレスを見つめていた僕は、どうやって家に帰ったかをあまり覚えてはいない。妙に悔しいとか泣き叫ぶという感情もなかったように思う。ただの空白がそこにあった。不思議なほど、本当に、何もなかった。

月曜日がやってきて、普通に学校にやってくる。

そこで、アリ―に手紙を書こう、みたいなイベントが担任によって提案された。この小学校にはもう来ないアリ―だけど、今は市内の別の小学校にいる。先生が必ず渡すから手紙を書きましょう、みたいな提案だった。道徳の時間を使って書いたが、書ききれない人は放課後を使って書き、必ず本日中に提出すること、とアナウンスされた。

けれども僕はそれを書かなかった。いいや、書けなかった。

ただ、アリ―係だった僕が書かないのはあまり良くないらしく、次の日には「締め切りを伸ばしたから今日中に書け」とかなり厳しめに言われてしまった。こうなるとこの先生はかなり怖い。

前川も「なんでもいいから書いちゃえよ、エロいこととか」などと、エロ総選挙で僕に負けたくせに焚きつけた。いよいよ進退きわまった僕は、もうどうしようもなくなって、青い紙に一文字だけ書いて提出した。

「ミッドナイト」

それで何かを伝えたかったわけではない。それしか書けなかったのだ。なぜなのかは今でも分からない。ただ、何もなかったんだろうと思う。

朝食:トースト1/4

昼食: そば

夕食:カレー

深夜:なし

体重:105.7 kg

ZUMBA:なし

 

21日目

その人がその人をたらしめている一番大きな理由は、周囲の人間だ。僕らは自分で考え、ひとりで我が道を行っているように思っていても、周囲の影響を大きく受けて生きている。誰かの言葉や、誰かの想い、それを受け取って、自分の中で消化して自分を形作る。人が人であるために、周囲との関りは絶対に必要だ。

それを踏まえて、もう一度、ダイエットとはなんであろうかと問いかけてみる。

単に体重を軽くすることだろうか、見た目をよくすることだろうか、いずれにせよ、自分を変えようとして起こすアクションであることには変わりがない。周囲との関係の中で自分を変える必要があると感じたから、人はダイエットをし、見た目を整えるわけだ。

けれども、ただ単に「自分を変える」とだけ考えてダイエットをした場合、短期的には成功するかもしれない、けれども、多くの場合、長期的に見るとリバウンドなどの失敗を伴う。なぜなら、変えることが目的だと、変わってしまった後には目的がなくなるからだ。そしてそのモチベーションを維持できなくなってしまう。

「変わる前にきちんと自分と向き合わなければならない。それをしないチェンジは本当のチェンジではない」

これはある人物が僕にくれた言葉だ。その人も自分を変えたいと思った。そして行動した。そこで自分と向き合うことが大切だと言った。

僕だって何度となくダイエットに挑戦し、成功し、そしてリバウンドしてきた。そこには単に体重を落としたいとかの動機があって、自分への向き合いはなかったように思う。だから、体重が落ちた後は時間をかけて元に戻るだけだった。ぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ、ずっとその繰り返しだった。

「もう一度、自分に向き合ってみるか」

忘れていた大切なことを思い出した。どこにやったのか忘れたSwitchを探し始める僕がいた。

朝食:トースト1/4

昼食: なし

夕食:卵、レタス、米、鶏肉

深夜:なし

体重:105.5 kg

ZUMBA:なし

 

22日目

ダイエットとはなんであろうか。突き詰めると、それは内なる自分を見つめることだ。

痩せて見せたい、よく見せたい、綺麗に見て欲しい、こういった外に向けた意識の向こうには内側の自分がいるのだろう。

思えば、ぶくぶく太っていく期間は、全く自分に向き合っていないような気がする。体重計にも乗らず、好き勝手に食べてストロングゼロを飲む。鏡も見ない。もうどうなってもいい。そこには自分という意識がない。他者から見た自分どころか、自分から見た自分という意識すらない。だから太っていく。どうでもいいとすら思ってる。だから人は太っていく。

「自分を変える前に自分に向き合う」

体重を落とすことがダイエットじゃない。食事を抜くことがダイエットじゃない。ジムに行って筋トレすることがダイエットじゃない。ダイエットとは自分に向き合うことだ。

なぜ僕はダイエットをするのか。記事に書けと言われたから。そうじゃない。自分自身で内なる自分を殺すのが嫌になったからだろう。だから引き受けたんだろう。違うのか。

もう自分を無視するのをやめた。モチベーションが上がらないだとか、ペレスがあの男に似てるから嫌だとか、こんなの、向き合ってないから出てくる言葉だ。

もう無視はしない。

Switchはソファーの隙間に落ちていた。やる。

朝食:トースト1/4

昼食: なし

夕食:カレー

深夜:なし

体重:105.7 kg

ZUMBA:15分(ショートプログラム)

 

23日目

「自分を変えたかった」

小学校の卒業文集にそんな記述がある。そこには当時の僕の気持ちが綴られていた。どうやら僕はなかなか殊勝な子供だったようで、何か変わらなきゃいけないと行動を起こしたようなのだ。

僕は本当にダメな子供で、運動もできないし、勉強もできるわけではないし、字も汚かったし、家も貧しくて、いつも同じジャージを着ていた。怠けグセがあって面倒くさがりで、なんでも途中で投げ出す傾向にあった。いわゆるクズなのだろう。

ただ、そんな自分を良しとはしない自分も確かにいて、なんとかしなきゃという思いだけはあった。たぶん自分に向き合ったんだと思う。ただ、それはあくまでも思いであって行動ではない。具体的になにをするかも分からない。そんな気持ちだった。

そんな僕は飼育委員長になった。

各クラスの飼育員を束ねる長、学校の飼育を統べる飼育委員長になったのだ。誰もやりたがらない役職だったので、簡単になることができた。なぜなったのか。特に深い理由はなかったけど、なんだかそういった「長」みたいな役職が付けば頑張るかもしれない。なんとなくそう思っただけ、そんな理由だった。

小学校の中庭には大きな小屋があって、そこにウサギやニワトリが飼育されていた。この小屋を掃除したり、餌をあげたり、なかなか大変な作業で、連休などになると誰も世話する人がいなくなるので、飼育委員長が学校にやってきて世話をしなければならなかった。だから飼育委員長は人気がなかった。

そんな人気のない飼育委員長を、僕みたいなどうしようもない人間がなぜやるのか、それは「自分を変えたかった」から、そんな気持ちが連綿と文集に綴られていた。なかなか立派な子供だと思うが、この言葉や考え方は自分自身で考えたものではない。すべてある人物の受け売りだ。

確かに僕は、自分でそう考えて飼育委員長になった。ただ、それが「自分を変えるために」「自分と向き合う」という考えの末だったことは、後にもらった言葉によって言語化されたものだ。

その誰かとは誰であろうか。

そう、他でもないアリ―なのだ。もう会えないと思っていたアリーに僕は会ったのだ。

朝食:トースト1/4

昼食: なし

夕食:うどん

深夜:なし

体重:105.5 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム6)

 

24日目 Muevete Duro

もうアリ―にも会えず、せっかくのチャンスだった手紙にも「ミッドナイト」なんてわけのわからないことを書いちゃったなと後悔する日々を送っていた。

それでも変わらず休日はやってくるもので、飼育員長として、学校に登校してウサギやニワトリの世話をしなければならなかった。休日なので校舎は固くカギが閉ざされ、入ることができないが、飼育小屋は校舎に囲まれた中庭にあるので、秘密の通路みたいな場所を通って入ることができた。

その日は雨だった。

しとしとと雨粒が中庭に降り注ぐ、冷たく静まり返った校舎に囲まれたこの空間は、光が入りづらくて少しだけ暗い。ちょっと不気味な怖さすら感じる場所だった。

飼育小屋は2階建て構造になっていて、下の階がウサギ、上の階がニワトリとなっていた。まずはウサギ部分に入り込んで掃除をするのだけど、土を入れてあるその部分はウサギが穴を掘りまくっており、ボコボコとその穴を踏み抜いて転んでしまう状態になっていた。いわば、天然の落とし穴だ。

落とし穴を踏んでしまって、避けようとさらに別の場所に足を運ぶとそこも落とし穴、全く進めない状況。そんな僕の乱入にウサギたちも大興奮してお祭り騒ぎになっている。いつもそんな感じだった。

「全然進めないよ!」

ウサギ相手にぼやく。自分で口にしながら、今の自分が置かれている状況をよく示しているなと思った。ただただ一生懸命にやっているだけなのに、何かに絡みつかれて進めない。そんな気がした。

そんなこんなで足が半分くらいはまった状況で、ふと校舎の隙間の秘密の通路に視線を移すと、青い傘が見えた。原色で少し派手に見えるその傘は、雨に濡れる花のようにくるくると回りながら秘密の通路を抜けてきた。

こんな休日に、この秘密の通路を抜けて中庭に入ってくる人などいない。穴にはまりながらだれだろうと眺めていると、顔が見えた。

アリ―だった。

なんで? という疑問が沸き上がるのと同時に、なんだか、頭の中で「進め!」と言われているような気がした。

飼育小屋2階のニワトリが、何かを暗示するかのようにコケコッコーと高らかに鳴いた。

朝食:トースト1/4

昼食: なし

夕食:とんこつラーメン

深夜:なし

体重:105.3 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム1)

 

25日目 Si Como No

足元では、早く餌をよこせとウサギが群がって、二階のニワトリも騒がしい。雨が少し強くなったようで、飼育小屋につけられていた簡易的な雨どいの水が今にも溢れそうになっていた。

 

アリーは飼育小屋の中の僕の存在に気づいていないようで、クルクルと青い傘を回転させながら、中庭を取り囲む校舎に沿って歩いていた。手にはカメラを持っており、どうやら誰もいない校舎を撮影しに来たようだった。

まるで、この小学校での思い出を確かめるように校舎を撮影したかと思うと、今度は中央にある花壇を撮影し始めた。そして、そのままの流れで飼育小屋まできてしまった。

「あ……」

金網越しにアリーと目が合う。また、ニワトリがコケコッコーと鳴いた。

どうしていいのか分からずにいると、アリーの方が先に口を開いた。

「やっぱりここにいた」

意外な言葉に驚く。僕に会いに来たような口ぶりだ。

「どうしてここがわかったんですか?」

そうたずねると、アリーはにっこりと笑った。

「あの通路も、ここでウサギの世話をしていることも、君が教えてくれたんじゃない」

それは、「いちょうの部屋」で僕が話したことだった。

「覚えていてくれたんですか。そして、もしかして、僕に会いにきたんですか?」

その言葉に、アリーはさらに弾けそうな笑顔を見せた。

「もちろん」

また、2階のニワトリが「コケコッコー」と高らかに鳴いた。

朝食:フルーツ

昼食: なし

夕食:レタス、米

深夜:なし

体重:105.1 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム2)

 

26日目 Hey Alicia

飼育小屋を出て、体育館の裏のほうに移動する。体育館もこの中庭を形成する壁の一部で、そこには裏口があって、その裏口を守るように申し訳程度の屋根がついていた。たった3段くらいしかない階段を登ってその屋根の下に到達した。

アリーと一緒にそこに腰掛ける。コンクリートの冷たい感覚が伝わってきた。

はじめてこんな場所に座ってみたけど、ここから眺める中庭はなんだか神秘的で、神様っぽい何かを感じた。山道を歩いていたら、緑とコケが茂ったちょっとした神社があって、そこだけ日が差さず、森の音も聞こえず、少しだけ温度が低い、中庭がそんな神秘的な場所のように思えた。

建物に囲まれた中庭は、おりから降る雨で日差しが弱いことも手伝って、本当に夜みたいに暗かった。それは時間の感覚を忘れてしまうものだった。

「夜みたいだね」

アリーも同じように感じていたようだった。

「真夜中みたいです」

僕の言葉にアリーは笑った。

「ミッドナイト!」

こちらを指差しながら、外国人特有のバカ笑い、みたいなジェスチャーを見せた。いつもより真っ赤に見える彼女の唇がダイナミックに動き、その空間で妙に存在感がある物質に思えた。

少しだけ沈黙が訪れた。

雨が地面を叩く音が妙に耳に届いて、雨粒が地面に反射して舞い上がり、もう一度地面を叩く音まで聞こえてくるような気がした。

その沈黙を破るように、アリーが口を開いた。

「なにか私にききたいことはない?」

いま思うと、これは「もう最後だから」という彼女のメッセージだったのだと思う。最後に何か聞きたいことはないか。そう言っているのだ。

もちろん、たくさんあった。どうして今日、僕に会いに来たのか。あの日、公園のあの男はなんなのか。そういった少なくとも僕の中では核心に迫ることを聞きたかったが、聞けなかった。たぶん、僕の望む答えじゃないからだ。

それなら、もっと無難なことを聞こうと思った。例えば、「アリー」って愛称なの? 愛称だったら本当の名前は? そんなことを考えたが、それも場違いに思えた。

「どうして日本に来たの?」

困った僕は、なんだかよく分からないことを質問していた。どうしてそれを聞きたかったんだろうか、と言いたくなる質問だ。

また、雨音がよく聞こえるようになった気がした。

朝食:なし

昼食:もらいもののお菓子

夕食:ハンバーグ定食

深夜:なし

体重:104.8 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム3)

 

27日目 Sola

アリーは少し斜め上を見て、さらに逆側の上を見る素振りを見せていた。どう答えるか考え込んでいたようだった。なんでこんなことを質問したのか、当時は自分の心情が分からなかったけど、いま考えるとなんとなく理由がわかる気もする。

そりゃあ、例えば僕自身が大人になって、どこか外国の片田舎の小学校を周って言語や文化を伝えたい、などと考えるかというと、たぶんそれはない。そうすることが嫌だとかそんな次元ではなく、そういった行為があることにすら到達しないと思う。だから純粋に、アリーがその行為に行きつき、こんな片田舎に来るに至った動機に興味があった。けれども、それ以上にある答えが欲しかったんだと思う。

「どうして日本に来たの?」

その問いの言葉に、ほとんどの人がこう答えると思う。特に、自分から望んで来ている人はこう答えるだろう、ひどく簡単な予想だ。

「日本が好きだから」

その答えが欲しくてそう聞いたんだと思う。たぶん僕は、アリーとは全然違う人間で、生まれ育った国もこれから生きる場所も年齢も考え方も文化も全てが違うことをどこかで理解していて、彼女のことが好きという気持ちは、クラスの女子のことを好きってことと大きく事情が違うと気づいていたんだと思う。

だから、彼女が僕のことを好きって思うことは絶対にないだろうし、そうあってはならないとどこかで理解していた。だから、「日本が好き」って言ってほしかった。なぜならその日本には僕も含まれるから。

彼女がゆっくりと口を開く。

「日本はあまり好きじゃないんだけどね、自分を変えたくて来た」

 

それは期待した答えではなかった。

「日本語の勉強は好きだけどね、別に日本のことは好きじゃなかったなあ」

彼女は付け加えるようにして言った。意外な答えに少なからずショックを覚えた。

「君はいつも一人でウサギの世話をしてるの? どうして?」

今度は彼女が質問してきた。彼女が口にする「一人で」が妙に意味深いものに思え、僕自身も答えに詰まって斜め上を見てしまった。

朝食:トースト1/2

昼食:そば

夕食:米、鶏肉、フルーツ

深夜:なし

体重:104.8 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム4)

 

28日目 Todo El Mundo

雨が強まった。勢いを増した雨粒は斜めに降り注ぐようになり、小さな屋根で守られたこの領域を少しずつ侵食し始めていた。コンクリートの端が雨に濡れ、徐々に濃い灰色に色付けされていた。

「飼育委員長だからです」

それが飼育委員長の仕事だから仕方がない。そんな答えだ。

「じゃあ、どうして飼育委員長になったの?」

彼女はさらに続けて問いかけてきた。どうして委員長になったのか。あまり考えてなかったけど、おそらく自分自身がどうしてダメなのか考えた時に、何か理由がないと何もやらないから、という部分に気づいたからだと思う。

それはもう性質の問題で、できない人間が何も理由がなくても漠然と頑張る人間になるかといったら、それは難しい。じゃあ理由をつければ頑張るのだろうと考えた。「『長』がつく役職になればその責任から頑張るんじゃないかなあと。だから飼育委員長になった」そう答えたように思う。

僕はたぶん理由がないとあまり頑張れない。だから将来的には「記事だから頑張るだろう」という理由をつけてダイエットをやる羽目になるかもしれない。

「それは素晴らしいことだ!」

彼女は目を丸くして、また外国人特有のオーバーリアクションで褒めて見せた。ただ、「頑張ろうと思った」という部分を褒められたのかと思ったら、どうやらそうではないらしい。

「君は自分を変える前に自分に向き合っている」

彼女曰く、自分を変えようと行動することは良いことだが、その多くが、その前段階で自分に向き合っておらず、それを経ずに変えようとしても結局、本質的に何も変わらない、ということだった。ちょっと難しくてこの時はあまりよく分からなかったけど、なんだか褒められているみたいで、悪い気はしなかった。

「私は自分を変えようとしてただ、何かしようと日本に来た。でも、それは意味がない行動だった。だって自分に向き合ってなかったから」

「たぶんきっと、日本でなくても、世界中どこにいっても無意味だったな。向き合ってなかったから」

「世界中ですか?」

なんだか彼女の言葉は意外を通り越しているような気がした。

僕の周りには、こうやって自分の失敗を口にする大人はいなかった。親も、先生も、親戚も、失敗なんかしないみたいな顔で暮らしていて、正直に子供に言うことなんてなかった。だから、彼女がこうして自分の行動を「意味がなかった」と口にすることがすごく印象的だった。

「変わる前にきちんと自分と向き合わなければならない。そうしないチェンジは本当のチェンジではない」

もう一度、彼女がそう言った。それは僕にではなく、自分自身に諭しているようなトーンだった。

 

朝食:なし

昼食:なし

夕食:キュウリの漬物、米、鶏肉、フルーツ

深夜:なし

体重:104.9 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム5)

 

29日目 ChaCha Swing

雨がひどくなってきた。もうこの場所ももたないので移動しなければならないと、立ち上がった。彼女がふと、後ろにあったドアノブに手をかけると、驚くほど簡単に扉が開いた。どうやら誰かが体育館裏口の鍵を閉め忘れたようだった。

「内緒で入っちゃおうか」

彼女はそう言って、また笑った。また秘密を共有しているような気分になった。

靴を脱いで体育館の中に入る。上の方に据え付けられた窓から微かな光が入り、茶色の床面に白い四角形が綺麗に整列していて、その光がさらに反射して、中庭より少しは明るい空間が出来上がっていた。雨の音が反響し、ゴウゴウと鳴り響いているようで、暗く静かだった中庭とは対照的な空間ができあがっていた。

端の方にはバスケットボールやらバレーボールを押し込めたカゴがあって、その隣には黄色いプラスチックの箱が置かれていた。彼女がその中をゴソゴソと漁り、卓球のラケットとピンポン玉を取り出した。

「やろう」

満面の笑みを見せる。

どうせなら、ちゃんと卓球台を出してやろうと、さらに奥の隅に畳んで置かれていた卓球台を引き出そうとしたが、あまりに重いし、広げ方が分からないのでやめておいた。それは、下に車輪がついていて運びやすくなっていたけど、僕らではどうしようもないほどあまりに重かった。たぶん111 kgくらいあったと思う。

結局、卓球台を出さずに、床を使ってテニスみたいにしてプレイしたけど、卓球の小さなラケットでそれをやるのは思いのほか難しかった。ピンポン玉は床に貼られたミニバス用のテープの段差程度で軌道が変わってしまうのだ。だから空振りばかりだ。

スウィングして空振りするたびに二人でバカのように笑った。

雨の音と体育館のワックスの匂い。いつまでもこの時間が続くと思ったけど、一通り笑った後に彼女が言った。

「キミは大丈夫だと思う」

アリーのその言葉が、お別れの言葉だった。雨の音が体育館にこだましていた。

朝食:なし

昼食:なし

夕食:カレー

深夜:なし

体重:104.4 kg

ZUMBA:30分(レギュラープログラム5)

 

30日目 Internacionales

僕らはいつも、明日から頑張ろうと考える。

その気持ちに偽りはなくて、現状ではよくないと感じ、何かを変えたいと決意し、そう思うのだろう。こんだけだらけてちゃだめだな、逃げてちゃだめだな、よし、そろそろ動き出すか、みんなそう決意する。けれども、往々にして明日から頑張ることはない。

それは怠けグセがあるからとか、人間としてクズだからとか、決してそういうことではない。自分と向き合ってないからだ。

「どうして頑張らなくてはならないのか」

「なぜ頑張れないのか」

「頑張るためにはどうしたらいいのか」

自分に向き合うとは、それらを考えること。それを考えてから動き出す必要がある。

アリーはそれを言いたかったんじゃないだろうか。僕はアリーからその考えをもらえたことは大きな糧だったように思う。田舎の小学生が国際的な考えに触れることができた。それは大きな糧だったように思う。

人はなぜダイエットをするのだろうか。そして失敗し、リバウンドするのだろうか。僕の知っているあの子も、何度もダイエットに挑戦し、夢破れていく。僕自身もそうだった。

それはきっと、ダイエットの前段階に自分に向き合うことがたりなかったのだろう。なぜダイエットをしようと思うのか。どうすれば続くようになるのか。どうすれば自分という存在を受け入れられるのか。

体重を落とすことも、運動をすることも食事を抜くことも、ジムに入ることも、それはあくまで手段や結果であり、ダイエットの本質ではない。ダイエットとは自分自身に向き合い、自分自身を認めることだ。

30日目にしてやっとこの考えに至った。

 

31日目(最終日) I Like It

アリーへ。

お元気ですか。今これを書いているのは真夜中です。そう、真夜中です。

あれからずいぶんと時間が経ってしまいましたね。僕もすっかりおっさんになり、四十肩になりました。アリーは大丈夫ですか? 肩は上がりますか?

アリーはあのとき「日本に来たことに意味はなかった」と言いました。あんなことを言う大人は周りにいなかったので、すごくびっくりしました。自分に向き合わず、ただ変えようと行動したからそこに意味はなかったみたいに言われ当時の僕はなんとなく納得してたけど、今の僕はそうは思いません。

意味のない行動も、ダイエットの失敗も、リバウンドも。きっと自分に向き合うきっかけになるから。だって失敗を経験しないと、自分に向き合えないでしょう? この歳になるとわかります。人は失敗するから変わろうと思うし、自分に向き合える。

だからアリーが日本に来てくれたことも、あの日、中庭に来てくれたことも、きっと意味があったことだと思います。

「きっとキミは大丈夫」

アリーが最後にいったこの言葉、ぜんぜん大丈夫じゃなくて、嘘じゃねえか、あの女、と思ったことがたくさんありました。長い人生ですからね。でも、やはり心のどこかで大丈夫なんだろうと思ってる部分もありました。

だから、もう少し頑張ってみようと思います。いろいろと。

あの日は言えませんでしたが、たぶんきっと、僕はアリーのことが好きだったんだと思います。ただ、それはLOVEというほどしっとりとしたものでもなく、youと限定するにはその姿は遠く朧気で、あえていうなら[I Like It]が近いのかもしれません。

それでは、いつまでもお元気で。

 

朝食:すき家たまかけ朝食

昼食:そば

夕食:天ぷら、米

深夜:なし

体重:104.3 kg

ZUMBA:60分(レギュラープログラム6×2)

※ダイエットの記事らしく、「ダイエット前」→「途中経過」→「ダイエット後」と体型の変化が分かる画像を撮影していたのですが、予想していたより劇的な変化はなく、「全部同じじゃね?」みたいな感じで、3つの写真を並べても、ただ単に僕が唐突に3人に分裂したみたいな感じになるので、割愛しました。

 

おわり