こんにちは、楽しかった思い出の場所記事コンテストの武漢の記事でSPOTデビューした東大生ライターのナカヤマ(@yushonakayama)です。
皆様は王子にある飛鳥山公園をご存知でしょうか。
飛鳥山公園といえば桜や紫陽花の名所ぐらいの認識をお持ちの方が多いと思いますが、実は飛鳥山公園は江戸時代、老若男女みんな大好きな行楽スポットで、今で言うと江ノ島・鎌倉並みの一大観光地だったのです!
今回は飛鳥山公園が桜の名所になった経緯から江戸時代の楽しみ方、そして今どのようにして飛鳥山公園を楽しむのかまでご紹介いたします。張り切って長めに書いちゃったのですが最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
「いいから王子の歩き方を教えろや!」という方は第4章まで飛んで見てみてくださいねー!
目次
今の飛鳥山はニッチな桜の名所である
飛鳥山公園は東京都北区にある大きな公園です。最寄り駅はJRと東京メトロの王子駅と都電荒川線の王子駅前駅、飛鳥山駅となっています。
飛鳥山公園といえば桜!
公園内に植えられた数百本のソメイヨシノは公園の空をすっぽりと覆い隠し、多くの人がブルーシートを引いて宴会を楽しむ場所となっています。
また、近頃注目を浴びているのがあじさいです。JRの線路沿いに植えられたあじさいは実に見事で、季節になると散歩中の紳士淑女やカメラマンたちで賑わいます。
しかし、残念ながら飛鳥山公園は観光地としては訴求力が弱い気がします。実際、Googleで「東京 桜 名所」とかで調べても、目黒川、隅田川や上野公園に埋もれて飛鳥山公園はほぼ紹介されていないのが現実です「東京で桜を見に行こう!」ってなっても王子に行く人は少数派ですよね。さながら2軍といったところでしょうか。
でも実は飛鳥山公園の花見って一番歴史が深く、ディープなんです!
第1章:地形図から読み解く飛鳥山公園
飛鳥山公園に切り込むにあたって、まずは飛鳥山公園ってどんなところにあるのか見ていきましょう。
中央上部にあるのが飛鳥山です。色が水色のが低地、黄色が台地です。東京は関東平野で平らだよと言われていますが、実は武蔵野台地といって京浜東北、山手線以西は標高がちょっと高いんですね。
飛鳥山公園はその武蔵野台地のキワッキワに存在します。東側は荒川隅田川が流れる低地、北部に石神井川、西部に古石神井川の無能谷があるため山のように小高いところとなっています。
地図に投影するとこんな感じ。黄色いところが武蔵野台地の標高が高いところです。(だいたいですのでご容赦ください……)
飛鳥山は武蔵野台地の際にあり、石神井川の侵食があったために飛鳥山は標高25.4mの山となったのです。
第2章:飛鳥山公園はなぜ桜の名所となったのか
歴史を見ていくと、西暦1720年に飛鳥山公園は江戸幕府8代目将軍の徳川吉宗公が飛鳥山にソメイヨシノを植えるように指示したことが始まりだとわかります。
当時、花見ができる場所は上野にある寛永寺ぐらいで、その寛永寺も格式高いお寺であったためルールが厳しく、庶民が楽しめる大規模な花見スポットはほとんどなかったそうです。
そこで、徳川吉宗公は庶民が花見を楽しめる憩いの場として飛鳥山に桜、楓を植えました。それ以降、飛鳥山はどんちゃん騒ぎも夜中の花見もできる庶民の花見スポット、行楽地として有名となりました。
当時の花見の様子は浮世絵からも見てとれます。老若男女、身分に関わらず無礼講で花見を楽しむ江戸市民の様子が多く描かれているのがわかります。今のブルーシートを引いて宴会するという花見スタイルも飛鳥山から始まっているのかもしれませんね。その後、隅田川や玉川上水なども江戸市民が桜を楽しめるスポットとなりましたが、飛鳥山はその中でも最も古い花見スポットなのです。
飛鳥山公園の桜の名所としての成り立ちはわかりましたが、ではなぜ吉宗公は飛鳥山公園を市民の行楽地として選んだのでしょうか。好きな場所だったから?風景が良かったから?ここのお酒が美味しかったから?いろいろありそうですが、ちょっと考えてみましょう。
情報1:日光御成街道が近くにある
飛鳥山周辺をドライブすると気になる場所があります。それがこちら。
ここは飛鳥山公園から南に徒歩3分ほどの王子から駒込を通り東大の辺りまで続く本郷通りの西ヶ原駅周辺です。本郷通りは片側2車線の大きな道路なのですが、西ヶ原周辺で、数本の大きな木を避ける形で道路が左右に別れ、その後すぐに合流します。突如として現れるのでドライブでは気を使うところなのですが、なぜ大きな道路のど真ん中に木が植えられているのでしょうか。
実はこれ、西ヶ原一里塚という史跡です。一里塚といえば街道沿いに一里ごとに作られた休憩地点なのですが、ここ西ヶ原一里塚は東京では数少ない現存する一里塚なんです。
実は先程の地形図に飛鳥山周辺の街道と一里塚のおおまかな位置を記入していました。
西ヶ原一里塚は中山道から分離して途中で奥州街道に合流する日光御成街道の一里塚であり、日本橋→本郷追分一里塚(中山道との分岐点)→西ヶ原一里塚といった具合で日本橋から2里であることを示すスポットとなっています。
この日光御成街道、名前の通り日光へ向かう街道であり、なんと代々将軍様が徳川家康公が祀られる日光東照宮へ参拝するのに使われた街道でもあります。飛鳥山はその道中にあるスポットなので、徳川吉宗公も確実に知っている場所であったはずですね。
情報2:日本橋から2里という距離感
先述の通り飛鳥山の近くにある西ヶ原は日本橋から2里、つまり約7.9kmです。
江戸時代、当時の移動手段は徒歩、良くて馬車とかでしょう。片道8kmって電車とか自動車とかなかった時代に日帰りor1泊で訪れる場所としてちょうど良さそうな気がしてきませんか?
ちなみにディズニーランドで丸一日遊ぶと大体20,000歩ほど歩くといわれていますが、これは距離にして約10km。江戸っ子は健脚であることが多いことを踏まえるとギリ日帰り旅行できそうですね。
情報3:北東方向に展望できる地形
地形図に示されている通り飛鳥山の北東方向は低地が広がっています。飛鳥山は標高25.4mとちょっと低いとはいえ、ビル10階分の高さからの展望風景を眺めることができるスポットとなっています。
台地のなか日光御成街道を進むと飛鳥山周辺で北東方向が景色が一気に広がるのは当時の人々にとって絶景であった可能性があります。
その証拠に広重の「飛鳥山北の眺望」には、目下に広がる水田と奥に佇む筑波山が描かれています。
また、同じく広重の「飛鳥山」には富士山も描かれています。北東の筑波山、西の富士山を遠景として眺めることができる飛鳥山は非常に魅力的なスポットだったのではないでしょうか。
情報4:風光明媚な滝野川
飛鳥山がある王子の西側、都電荒川線の池袋方向一帯は滝野川という地名がついています。確かにここには飛鳥山北部にまで続く石神井川が流れており、地名に川がつくのはわかるのですが、滝と野はどこからきたのでしょうか。
調べてみると王子・滝野川は水が豊富な場所であり、王子七滝と呼ばれる大きな7つの滝があったそうです。
これが広重が描いた王子・滝野川の風景です。今の東京の風景を考えると「うそやん!!!」と思いますが、当時の石神井川は渓谷が広がり、周辺には滝があるような風光明媚な場所であったことが伺えます。
ここが描かれた場所から飛鳥山まで徒歩約10分ほど。非常に近いですね。こういった美しい水景が周辺に広がっていたことを考えると飛鳥山がとてもいい行楽地に思えてきますね。
え?「滝はわかったけど野はどこからきたの」って?きっと野原が広がってたんじゃないですかね。
情報5:格式高い神社仏閣たち
飛鳥山の周辺には多くの神社仏閣があります。
飛鳥山公園北部、石神井川を挟んだ武蔵野台地の高台には非常に格式高い王子神社があります。
わたしは神社仏閣に関しては門外漢ですのでどのように格式高いかの説明は省かせていただきますが、明治天皇が定めた「東京十社」の一つに選ばれているそうです。
他にも王子稲荷神社、金剛寺、正受院、無量寺など様々な神社仏閣が周辺に点在しています。ひょっとすると飛鳥山周辺には何らかの宗教的な意味合いがあったのかもしれません。
ここまでたくさんの状況証拠が揃ってきました。最後に文献の情報を見て答え合わせをしましょう!
答えは「吉宗公が紀州出身で王子一帯が紀州に縁があったから」です!吉宗公は日光東照宮参拝時だけでなく鷹狩りで頻繁に飛鳥山あたりを訪問していたという記録もあり、それほど飛鳥山周辺がお気に入りだったことが伺えます。
飛鳥山博物館だけでなく王子神社の看板にも同様の説明があったため、これが文献上の答えであることは明確だと思います。ただ、紀州に縁があるからということだけでなく情報1~5のような考えもあったのかもしれませんね。いや、結構調べたのでそうであってほしいですわ。
第3章:江戸時代、飛鳥山周辺は自然・建物・食が揃った一大観光スポットだった?
なんやかんやあって吉宗公が飛鳥山に桜を植え、花見の名所としての飛鳥山が誕生しました。では江戸っ子はどのようにして吉宗公が整備した飛鳥山を楽しんだのでしょうか。第3章ではそこを掘り下げていきます。
過去を知るには古地図が一番いいとタモさんもいっていましたし、とりあえず飛鳥山周辺の古地図を見てみましょう。
この地図は染井王子巣鴨辺絵図という地図で、王子から巣鴨までの古地図です。(ちなみにですが染井村はソメイヨシノが生まれた場所でもあります。)
また、江戸時代の名所といえば江戸時代の観光ガイドブックこと「江戸名所図会」を参考にするのが一番。この地図に江戸名所図会に取り上げられているスポットをプロットしていきます。
するとこんな感じになります。結構色々ありますね。当時はJRや東京メトロなどあるはずもなく、街道が移動の大動脈であったはずなので主要な街道も併記してあります。
日光御成街道と中山道が近くにあるし、江戸名所図会に紹介されているような面白そうなスポットを周遊できますので、日光御成街道↔(緑のところ)↔中山道みたいな感じで旅行していたと仮定しましょう。理由は私だったらそうするからです(雑)
何個か取り上げて一つ一つ深堀りしていきます。
スポット①:飛鳥山と飛鳥橋
まずは飛鳥山です。
まずは花見です。先述の通り無礼講でどんちゃん騒ぎ、江戸っ子大好きの花見スポットとなっています。遠くには富士山と筑波山が望め、酒を飲み、花見の余興として瓦投げで遊ぶのが当時のスタイルだったようです。
面白いのが江戸名所図会の文章。
飛鳥橋のあたりは、貸食舗の亭造壮麗にして後亭のまえには皎潔たる音無川の下流をうけて生洲をかまう。この地はるかに都下を離るるといえども常に王子の稲荷へ詣ずる人ここに憩い終日流に臨むて宴を催し沈酔するも多し。夏日は殊更凛々たる河風に炎暑を避て帰路におもむかんことを忘るるの輩も又少からず
飛鳥山北部の飛鳥橋、音無川(石神井川)周辺には多くの料亭があり、王子稲荷神社へ参拝する客で溢れていたとのこと。更に、音無川(石神井川)の河風が涼しかったことも記述されています。夏には避暑に飛鳥山周辺に訪れるというのもあったようですね。
スポット②:王子稲荷神社
吉宗公のくだりで登場した王子神社を抑え、それ以上に面白かったのが王子稲荷神社です。
社は都下を遥かに離るるといえども、常に詣人絶えず。飛鳥山のあたりより、旗亭、貨食舗、或いは丘に対し、或いは水にいどんで軒端をつらねたり。実にこの地の繁花は都下にゆずらず
飛鳥山から王子稲荷神社にかけて料亭、茶屋が多く軒を連ね、江戸から遠いにも関わらず賑わいを見せていたことがわかります。(実際に染井王子巣鴨辺絵図にも料理屋多し、茶屋多しという表記が見られます。)今で言う浅草寺的なポジションだったのでしょうか。いまの王子からは想像できませんね(笑)
実際に王子稲荷神社を取り上げた浮世絵がたくさん描かれていることからも非常に人気なスポットであったことがわかります。
また、江戸の料理屋さんランキングである江戸料理番付でも海老屋、扇屋といった王子の料亭が登場しています。しかも大関と小結とかなり上位。この辺りの飲食店はかなりハイレベルだったようです。
スポット③:不動の滝
当時は絶景スポットもありました。王子七滝の一つ、不動の滝です。
正受院の本堂の後ろ坂路を廻り下る事数十歩にして飛泉あり。滔滔として峭壁に趨る。此境は常に蒼樹蓊鬱として白日をささえ、青苔露なめらかにして人跡稀なり
江戸名所図会の解説文から不動の滝は人の手が入っていない自然風景であったことがわかります。
また、広重の浮世絵で描かれた不動の滝を見るに、江戸っ子はここで滝浴み(たきあみ)をしていたことがわかります。音無川(石神井川)の河風が涼しかったという記述もあるので、夏に避暑で日帰り旅行に来る場所というイメージは合ってそうです。
スポット④:松橋弁財天洞窟
渓谷美が感じられた音無川(石神井川)ですが、自然の洞窟もあったようです。ここの江戸名所図会の解説文はこんな感じ。
この地は石神井河の流れに臨み、自然の山水あり。両岸高く桜楓の二樹枝を交へ、春秋ともにながめあるの一勝地なり。
なんと王子滝野川、桜だけでなく楓、つまり紅葉の名所でもあったことがわかります。
紅葉の風景は広重の浮世絵にもあります。春は花見、夏は納涼、秋は紅葉。どんだけ欲張りなんでしょうか。勘弁してほしい。
と思ったら冬は雪見のスポットでもあったようです。
あすかやま 梢もわかす 降埋む 雪にゆふへや あらそひの松 (呑桝)
4季折々の景色が楽しめる場所。飛鳥山とその周辺一帯はそんな場所であり、江戸市民が旅行先として楽しめる場所だったのです。
豆知識のコーナー
コラム①:外国人も絶賛する王子
幕末に王子を訪れたプラントハンターのロバート・フォーチュン氏は自身の著書である『幕末日本探訪記』にて、以下のように書いています。
Ogee is the Richmond of Japan, and its celebrated tea-house is a sort of “Star and Garter Hotel.” Here the good citizens of Yedo come out for a day’s pleasure and recreation, and certainly It would be difficult to find a spot more lovely or more enjoyable.
王子は日本のリッチモンドであると書かれています。
リッチモンドはロンドンの人気な景観地です。1819年にロマン主義のターナーが発表した「イングランド:摂政皇太子の誕生日のリッチモンドヒル」でリッチモンドから眺めるテムズ川が描かれていますが、王子がこのリッチモンドのようであると評したのです。今の王子からは全く想像できません。
王子が非常に風光明媚で、余暇を過ごすのに最適な場所であったことは英国人のロバート・フォーチュン氏にも伝わっていたことがわかります。また、田園都市を構想した都市計画家のレイモンド・アンウィン氏は幕末日本探訪記の王子の記述の影響を受けたとも言われていることから、王子が田園都市のルーツである説すらあります。王子すげぇ。
ちなみにリッチモンドのこの景色は「リッチモンド、ハムおよびピーターシャムオープンスペース条例」(Richmond, Petersham and Ham Open Spaces Act 1902)によって保護され、現在に至るまで似たような景色を楽しむことができます。一方で王子の滝、渓谷、丘陵景色は市街地化で失われました。どっちが良かったかはここでは議論しないことにしましょう。
コラム②:現代に続く飛鳥山公園の景観保護
王子の丘陵・渓谷風景が失われた一方で、飛鳥山の桜に関しては手厚い保護がなされていることがわかります。
飛鳥山の下には首都高が通っているのですが、その建設の歴史がとても面白いのです。
首都高をここに通そうと計画したとき、飛鳥山の周辺は都電荒川線、名所の飛鳥山とそのしたに東京メトロ(当時は営団地下鉄)南北線、武蔵野台地を抜けてJR京浜東北線たち、新幹線、そしてまた都電荒川線、すぐとなりに石神井川と複雑な地形でした。一番簡単なのが飛鳥山公園の上を高架が通るようにしちゃうことですが、それでは江戸時代からの伝統である飛鳥山の景観が台無しです。そこで飛鳥山公園の下をブチ抜く飛鳥山トンネルが作られました。この飛鳥山トンネルですが、飛鳥山を守るために特殊な方法で建設されています。
まずはトンネルの工法。山岳国家であるヨーロッパのオーストリアで生まれたNATM工法というコンクリートをスプレーのように吹きかける特殊な工法が採用されました。これにより、飛鳥山の桜の根っこを守りつつ地下鉄南北線のトンネルへの影響が最小限に留まっています。
また、首都高は無理やり市街地に通したため池袋側も江北側も上下2段の高架になっているのですが、飛鳥山のトンネル部分は上に桜の根っこが、下に南北線のトンネルがあって高さが確保できないため横並びとなっています。
このように、(首都高で景観が損なわれた日本橋とは違って)現代に至るまで飛鳥山の景観は守られています。それだけ飛鳥山公園の桜は大事なものであるということなのです。
第4章:現代の飛鳥山周辺の楽しみ方
「SPOTっておでかけメディアだよね……?」とお考えの皆様、おまたせしました。これらの情報を踏まえて飛鳥山周辺の面白いスポットをご紹介いたしましょう。
飛鳥山エリア
飛鳥山公園
現在の飛鳥山公園も多くの桜が植わっているのでまずは桜の季節にぜひ訪問してみてほしいです。
おすすめの楽しみ方はやはり宴会スタイル。江戸っ子の楽しみ方に思いを馳せつつブルーシートを引いて大人数で花見するのが飛鳥山の桜の楽しみ方でしょう。
桜ほどではないものの紅葉も楽しめます。涼しい秋の時期に訪問するのもおすすめです。
飛鳥山公園にきたときにぜひ乗って欲しいのが飛鳥山モノレール「アスカルゴ」。日本では数少ないモノレール式の斜行エレベーターであり、エスカルゴのような見た目からアスカルゴという愛称がついています。
高齢者や小さなお子様も高低差のある飛鳥山を楽しめるように北区が設置したものであり、誰でも無料で楽しむことができます。運行時間は10:00-16:00、結構すぐ終わってしまうのでお気をつけください。
桜や紅葉の季節以外は小さな子供が喜ぶような遊具がたくさんあります。本物のSLや昔の都電の車両の展示もあり、お子様連れには最高の公園だと思いますよ!
近くに都電荒川線や新幹線がバンバン走っているところでもありますので特に電車好きな人におすすめなスポットです。
飛鳥の小径
飛鳥山公園には戦後の公園整備の一環でJRの線路沿いの崖に紫陽花が植えられています。このあじさいが植えられている道は飛鳥の小径と呼ばれており、今でも見事な紫陽花を見ることができます。
梅雨の時期に飛鳥の小径を訪問すると電車と紫陽花という風景を見ることができます。
こんなインスタ映えするような写真を撮ることもできますよ~
飛鳥の小径はそこまで人が多くないのでおすすめのあじさいスポットです。
この風景は電車の中からも眺めることができますので電車で王子駅を通過する際にでもいいので是非見てほしいです。
飛鳥山博物館
飛鳥山公園の中にはなんと3つも博物館があります。一番のおすすめは飛鳥山の歴史を展示した飛鳥山博物館!
飛鳥山博物館は飛鳥山や北区の考古・歴史・民俗・自然に関する資料が展示されている郷土風土博物館です。有史前から現代に至るまで、本日私が紹介したこと以上の内容が実際の文化財とともに展示、解説されています。時間に余裕があったらぜひ訪問してほしいスポットです。
飛鳥山博物館
営業時間:10:00-17:00
入館料:300円
公式HP:https://www.city.kita.tokyo.jp/hakubutsukan/
旧渋沢庭園・渋沢史料館・紙の博物館
今回はほとんど触れませんでしたが飛鳥山は次の一万円札の肖像画になる渋沢栄一氏の別荘地でもありました。飛鳥山公園内では渋沢栄一氏や同氏が立ち上げた王子製紙の生い立ちなどの歴史などに関しての展示もなされています。
今回の飛鳥山の花見文化や江戸っ子の飛鳥山の楽しみ方という焦点から少しずれていますが、飛鳥山を知る上で重要なスポットですので一応簡単に紹介しておきます。
まずは旧渋沢庭園。空襲で消失した渋沢栄一氏の庭園を再現したものとなっています。夏季は9:00-16:30、冬期は9:00-16:00に開園、入園料は無料です。ちなみに私が訪問したときには整備工事中でした。残念。
次に3つの博物館の一角、渋沢史料館。渋沢栄一を知り、学び、考える拠点ですが、現在は新型コロナウイルスの影響で完全予約制となっています。詳しくは公式サイトをチェック!
最後に紙の博物館。こちらは和紙、洋紙を問わず古今東西の紙に関する資料が展示されています。紙漉き教室といったイベントも開催されているので、興味がある方にはオススメのスポットとなっています。営業時間は10:00-16:00、入館料は400円です。
音無親水公園
飛鳥山公園の北部、都電荒川線や明治通りを挟んだ先にあるのが音無親水公園です。
音無親水公園のあたりは石神井川が武蔵野台地を抜ける点であり、川幅が狭く水流が限られてしまうため上流で頻繁に洪水が起こる原因となっていました。そこで飛鳥山の地下にトンネル(飛鳥山分水路)を掘り、そこに石神井川の水を流すことで洪水を抑えることになりました。音無親水公園は旧石神井川に作られた公園であるため、旧石神井川に関する遺構がたくさん残されています。
まずは飛鳥山分水路そのもの。音無親水公園北部の階段を上がることで橋の上から飛鳥山分水路の入り口を眺めることができます。石神井川の水流が一気に下まで流れていく様子は圧巻です。
また、音無親水公園も飛鳥山公園同様に桜のスポットとなっています。桜の季節にはライトアップも行われるので幻想的な夜桜を見ることができますよ。ここは飛鳥山公園よりも圧倒的に人が少ないので、特に静かにひっそりと桜を楽しみたい人におすすめです。
さらに、音無親水公園の水は石神井川のものではなくろ過された循環水を利用しているため、安心して水遊びができます。東京でも数少ない川辺遊びができるスポットとなっていますので江戸っ子のように川辺で涼み、水で遊ぶなんてこともできますよ!
西ヶ原一里塚
飛鳥山公園から南へ徒歩3分、数少ない現存する一里塚である西ヶ原一里塚もスポットの一つです。
ポイントは植わっている木。樹冠が大きいため、目印になりやすく木陰で休憩できるエノキが植わっています。江戸から北へ向かうときに沢山の人がここで小休憩をしたと想像しつつ訪問するとエモいでしょう。
残念なのが西ヶ原一里塚に近づけないところ。その上、ただ木が植わっているだけなので背景となる知識を知らないと「なにこれ」となるだけになります。私のようなこういう史跡に興奮を覚えるハイレベルな変態であれば行ってみてもいいかもしれません。
王子エリア
王子神社
東京十社に選ばれるほど格式高く、紀州に縁があり飛鳥山が桜のスポットとなった理由にもなった王子神社はぜひ訪問したいスポットです。空襲で消失したものの立派な本殿が再現されており、一見の価値ありだと思います。
境内の中にはたいそう豪華な神輿が展示されていたり、
空襲にあってもなお生き残った大イチョウの木があります。
王子駅から徒歩2分、音無親水公園から徒歩1分という好立地にありますので気軽に参拝してほしいです。
王子稲荷神社
王子神社から北に4分ほど歩くと到着するのが王子稲荷神社。広重の浮世絵にも描かれ、江戸時代には多くの参拝者がいた神社でもあります。
王子稲荷神社は名前の通り狐に縁がある神社です。王子には古くから大晦日に各地から集まった狐が大きな木の下で装束を整えて王子稲荷神社に詣でたという伝承があり、現在も大晦日に狐面と提灯で王子稲荷神社へ行列をなして向かう、狐の行列というイベントが開催されています。
2020年は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、2021年にはぜひ参加したい祭りですね。
もちろん大晦日以外の時期の参拝もありです。
江戸時代には参拝者で賑わっていた一方で、現在は境内に幼稚園ができたことにより園児たちで賑わっています。邪魔にならないように参拝しましょう。
奥に進むと簡素な千本鳥居や御石様などがあります。願い事を考えつつ石を持ち上げ、思ったより重いか軽いかで叶うかどうかがわかるとのこと。
ちなみに私は思った以上に重かったのでまだまだ精進が必要そうです。あと軽いぎっくり腰になったので試してみたい方は注意しましょう。神様の意地悪……
また、広重の浮世絵スポット巡りなども楽しいと思います。あそこに筑波山が見えたんだなぁーとか考えながら散歩すると非常にエモいです。
北区立名主の滝公園
王子稲荷神社からさらに北へ2分ほど歩くと名主の滝(なぬしのたき)公園に到着します。名主の滝公園は武蔵野台地の高低差を利用した日本式の庭園であり、誰でも無料で楽しむことができます。園内には多くのカエデが植わっていますので特に紅葉の季節におすすめです。
名主の滝公園はその名の通り園内に滝がある公園です。名主の滝はかつての王子七滝を構成する滝の一つであり、現在唯一現存するものです。残念ながらこの滝を流れている水は池の水をポンプで汲み上げたものとなっていますが、当時と同じ落差8mの滝は東京だとは思えない迫力があります。
園内は日陰も多く、夏でも涼しそうです。江戸っ子が不動の滝で滝浴みをしていたように、名主の滝公園で涼みに来るというのも良さそうです。
なお、結構高低差があるため足腰が弱い人は無理しないほうがいいでしょう。
名主の滝公園
開園時間:09:00~17:00
※滝が稼働する時間10:00~16:00
金輪寺
王子名主の滝公園と王子稲荷神社の道中にあるのが金輪寺です。金輪寺は歴代将軍の御膳所、つまり日光東照宮へ参拝するときに小休憩する場所でした。
残念なことに現在の近隣時は小さな本堂とお墓があるぐらいです。わざわざ訪れても特になにもないのですが……
お寺の右側の紋章が徳川家の家紋、三つ葉葵であることがわかります。名主の滝公園の道中にありますので「徳川家の家紋あるなぁー」っていうのを見ておくといいでしょう。
北とぴあ
王子エリアで一番オススメなのが北区の複合施設、北とぴあです!
北とぴあの17階は無料の展望施設となっており、ここから様々なものが眺めることができます。
エレベーターを降りてまず見ることができるのは飛鳥山のある南の方向。手前には飛鳥山公園や王子神社、新幹線や都電荒川線、飛鳥山トンネル付近の首都高速が、遠景には新宿や六本木、など東京のビル群やスカイツリーなどを眺めることができます。
桜の季節は飛鳥山公園がピンク色に染まる様子が見られます。公園の中からではなくあえて展望台から花見するのもまた乙でしょう。絶え間なく往来する鉄道がいいアクセントになってくれますよ。
また、すぐ近くを新幹線が通ることもポイントの一つ。新幹線を真上から撮影できる数少ないスポットですので電車好きの子供連れや大きなお友達にもおすすめです。かなり高頻度で新幹線が通るので飽きないいい場所です。
なお、撮影時には望遠レンズを持って行きましょう。スマホで撮影はかなり厳しいです。
少し奥に進むと西側の方向への展望になります。天気のいい日は遠景に筑波山を望むことができます。
北とぴあは浮世絵に描かれていたような筑波山の景色が楽しめる数少ない場所です。晴れていて空気の澄んだ日に訪問すると良いでしょう。
また、更に運が良ければ反対側の富士山も眺めることができます。王子に来たときは北とぴあの展望台に行くことを強くおすすめします。
北とぴあ
営業時間:8:30〜22:00
公式HP:https://www.hokutopia.jp/hall-guide/other/viewing_lobby
滝野川エリア
音無さくら緑地
滝野川エリアで一番オススメなのが音無さくら緑地です。音無さくら緑地は蛇行した旧石神井川の跡地に作られたカーブした低地にある緑地です。
日当たりが少なく人目にもつかない公園ですが、なんとここに滝野川エリアの水資源が豊富だった証拠があるのです。それがこちら。
音無さくら緑地では地層から水がにじみ出ているのを間近に見ることができます。これは自然露頭といって、これこそまさに水資源が豊富な証拠であり、滝や渓谷があったことの状況証拠です。
東京で地層をこんなに近くで眺められるんですよここ! ヤバスギ!
ちなみにこの地層からは貝殻など海の生物の化石が出土しており、10万年以上前にここが海底だったことが示唆されています。
また、それだけでなく飛鳥の地名を冠したシダ植物、アイアスカイノデ(合飛鳥猪の手)の生息地でもあります。音無さくら緑地はジメッとしていて陰鬱な空気がする公園ですが、学術的に非常に面白い場所でもあるのです。
また、公園内にちょっとした吊橋があるのも面白いポイント。結構揺れますのでご注意ください。
ちなみに私が訪問したときは人目につかないベンチで高校生カップルがいかがわしいことをしていました。良い子は真似しないでね!
音無もみじ緑地
音無さくら緑地に行ったら隣にある音無もみじ緑地も一緒に訪問してみるのもいいでしょう。
ここは江戸名所図会にもあった松橋弁財天窟があった場所。今となってはほとんど面影もないですが、護岸工事で遠くなってしまった石神井川の川沿いに降りることができる数少ないスポットですよー
都電荒川線飛鳥山停留所
滝野川エリアで飛鳥山に比較的近いところにあるのが都電荒川線の飛鳥山停留所。東京唯一の都電がゆっくり見られるだけでなく、一直線に伸びている線路を端っこから眺めることができるスポットでもあります。
望遠レンズを持っていけば
こんな写真や
こんな写真を撮ることができますよー!
金剛寺
広重の浮世絵にも描かれている金剛寺は今でも現存しており、紅葉の名所となっています。
ただ、結構小さいお寺ですのでこれ目当てで行くとちょっとがっかりしてしまうかもしれません。音無さくら緑地の近くにあるのでついでに寄ってみる程度にするのをおすすめします。
正受院
また、江戸名所図会でも紹介されていた正受院も現存します。
これまた紅葉がきれいな場所である一方で、小さいお寺なのでついでに訪問するレベルだと思います。
ちょっと面白いのが変わった形の鐘があること。ここ一帯の除夜の鐘は正受院のこの鐘で行われるそうですよ。
飲食店
最後におすすめの飲食店をご紹介しましょう。
石鍋商店
飛鳥山と王子稲荷神社の間、王子駅から徒歩5分ほどのところにある和菓子屋さんの石鍋商店はぜひ訪問してほしい場所です。
ここのおすすめは暖簾にもあるように久寿餅です。しっかりと弾力のあるもちもちとした食感の久寿餅はデパートで売られているものよりも美味しく、ぜひ食べてほしい一品です。
また、店主さんいわくあんみつもおすすめとのこと。粉ではなく天草を使っており香り高い仕上がりになっているそうですよ。書いていて食べたくなってきました……
石鍋商店がおすすめなのはお菓子が美味しいだけではありません。店主のおじさんが浮世絵のコレクターであり、店内に沢山の浮世絵が展示されているのです。運が良ければ店主のおじさんと浮世絵や王子稲荷神社の狐の行列などについて教えてもらうこともできますよ!かつて江戸っ子が楽しんだ飛鳥山から王子稲荷にかけての飲食店街に思いを馳せつつ浮世絵を楽しむのが風流でおすすめです。
また、換気やアルコール消毒、マスクは机に置かないように案内されるなど新型コロナウイルス対策もバッチリしているお店です。もちろんテイクアウトも可能ですよー
石鍋商店
営業時間:9:30-18:00
定休日:日曜日
扇屋
江戸料理番付で小結と評価されていた扇屋ですが、実は現存します。
王子駅から徒歩1分の好立地にある扇屋。1648年創業で、当時は料亭だったものの現在は玉子焼きのテイクアウトのみの営業となっています。
扇屋の玉子焼きは落語「王子の狐」にも登場しています。甘めの味付けが特徴で現代までその味が受け継がれています。
私が訪問したときは定休日だったため未だにここの玉子焼きをためせていませんが、興味がる方は扇屋の玉子焼きをお土産にしてもいいかもしれません。
なお、扇屋は予約してから訪問することが推奨されていますので、訪問する際は電話で一報入れるといいでしょう。
扇屋
営業時間:13:00-19:00
定休日:水曜日
最後までご覧いただきありがとうございます!
王子・飛鳥山については「桜がきれいなんでしょ?」「梅雨の時期のあじさいが綺麗だよね」ぐらいまで知っている方が多いと思います。しかし、そこの成り立ちや歴史を深堀りしていくことで「実は宴会スタイル花見の発祥地」「江戸っ子に愛された観光地だった」「飛鳥山の周りも面白い!」などの違った視点が生まれ、街歩きがより面白くなります。
これは王子・飛鳥山に限った話ではありません。特に東京は資料が多く、どこでも面白い話がたくさん転がっているはずです。この記事で少しでも風景の背景に興味を持っていただければ幸いです。
話が少しそれてしまいましたが、王子・飛鳥山の歩き方のご紹介、楽しんでいただけましたか?とても面白い街ですのでぜひ訪問してみてくださいね。それでは、ごきげんよう~