真冬の北海道全駅制覇。クリスマスから始まった6日間の記録_PR
北海道の全駅制覇にライター・patoが挑戦。廃線・廃駅・運休路線を含めた道内の「駅メモ!」対象駅・559箇所すべてにアクセスします。極寒の大地で過ごした六日間。悪夢のような旅路の果てに見たものとは?(読了目安時間:50分)
3日目 5:09 苫小牧市内ホテル
朝5時。まだぜんぜん夜が明けていませんがおはようございます。
なぜこんなに早くから街に出ているかといいますと、まず、始発が早い、という事情があります。始発があるならそれに乗らなければならない、それがこの旅の辛いところであります。
今日の作戦としては、赤丸で囲った夕張あたりを攻略しつつ、その後、東へ、釧路、根室方面へと攻め入りたいと考えています。その夕張に行く始発電車が6時なのでこうして5時に出てきたわけです。
それでも早すぎるじゃないかと思うかもしれませんが、安いという理由で駅からめちゃくちゃ離れたホテルに泊まってしまい、駅まで歩いた場合の時間もいまいち読めないので、大事を取ってけっこう早めに出てきました。死んでも乗り遅れるわけにはいかないですから。
早朝の空気は北海道の本気が感じ取れて完全に寒い。とにかく身震いしながら、なんとか苫小牧駅に到着。思ったより早く辿り着けてしまった。
昨日は疲労困憊で全然気づかなかったけど、苫小牧駅の駅ビル、こっち側は何らかのテナントが撤退したのか廃墟みたいにガランとしている。駅前の商業施設らしき建物も工事しているし、廃墟感がかなりある。
5:28 苫小牧駅
6:10の岩見沢行きに乗り、途中で乗り換えます。しかし、いくらなんでも早く来すぎた。あと40分もあるじゃないか。まあ、死んでも乗り遅れるわけにはいかないですからね。これくらい早目の行動が大切です。
ちなみに、北海道の人は早めに駅についてもホームでは待たない。みんな待合室で待つ。寒いからだ。他の地方よりも待合室の利用率は高いと思う。みんなギリギリになってワラワラとホームに出てくる。北海道で暮らすうえでの生活の知恵だ。
6:10 室蘭本線 普通 苫小牧発 岩見沢行
乗客はまばらだった。
列車はまた徐行運転をしながら進んでいく。それでもすぐに乗換駅である追分に到着した。
6:57 追分(運賃1,450円夕張まで)
ここ追分は2つの路線がクロスする重要な駅なのだけど、そういった駅にありがちな騒がしい感じは全くない。どちらの路線もそう本数が多くないからだろう。とにかく静かだ。あまりに静かで雪が深々と降る様子が気に入ったのか、何枚も写真を撮っている。ぜひとも写真から伝わるその静かさを堪能していただきたい。
ちょっと乗り換え待ち時間がある感じだ。ホームにいたら寒いので駅舎に入って時間を潰すことにした。何気なく運賃表を眺めていたらちょっと異常な部分に気がついた。
これから目指す夕張は、新夕張という駅から分岐する支線の先にある。夕張までの運賃は840円だ。分岐する新夕張までは540円だ。
なのにこれおかしくない?
新夕張まで540円、夕張まで行っても840円。なのに新夕張の1つ隣の占冠(しむかっぷ)まで行って1,070円。なんだこれ。1つ隣の駅なのに支線を一番奥に行くより高い。
JRの運賃は基本的に距離に応じて計算されるはず。だからこそこれはおかしい。いったいここで何が巻き起こってるのか。変な山賊みたいなのが跋扈していて、通る列車から通行料を徴収しているとかそういう理由しか考えられない。何があるんだ、ここに。
7:08 石勝線 普通 追分発 夕張行
先ほどの列車はほとんど人が乗っていなかったのに、今度の列車はけっこう人が乗っていた。それも結構な数の剛の者が乗っていた。何かあるのかな、と調べてみたらどうやら新夕張から分岐して夕張へと至る支線は、2019年4月1日、廃線となるらしい。廃線になる前に乗っておこうと集まってきたわけだ。
廃線前にここに来れたのは僕としてはラッキーだった。単純に廃線前に乗ってみたかったという思いもあるが、同時に、廃線後でも駅メモ対象駅なので、全部取るために歩かされる、なんて狂気の沙汰みたいなことをやらされる可能性があったからだ。廃線後を歩くことは普通に地獄なので絶対に避けなければならない。
支線へと入り、廃線予定区間に入ると一段と雪深くなった。車窓を流れる景色はまさに雪国のそれだった。
川が半分凍ってるっぽい。こんな川に落ちたら一瞬で心臓止まりそう。
8:17 夕張
チェックインした駅 東追分(廃駅)、十三里(廃駅)、川端、滝ノ上、南清水沢、夕張、鹿ノ谷、清水沢、沼ノ沢、新夕張(228/559駅)
ここ夕張駅は支線の終端なのでここで線路が終わっている。
雪に埋もれた終端、いいね。
あと100日あまりで廃駅となる夕張駅はひっそりとしていた。
このように廃線を惜しむポスターがあったりする。
駅舎はかなりこじんまりとした感じで、豪雪に埋もれてしまいそうだ。
駅舎内には廃駅までのカウントダウン表示と駅ノートが置かれている。実に多くの人が廃線および廃駅を惜しみ、ノートに書きこんでいた。
ちなみに、駅メモにも「駅ノート」という機能が存在する。駅ごとに訪れた駅メモユーザーが書き込みを行う掲示板のようなシステムだ。
時には、「駅からちょっと歩いた場所に飲食店がありました!」といった生命を繋ぐ重要な情報が書き込まれていたりするので、困ったときはチェックするのもいいのかもしれない。
それにしてもすごい雪だな、こりゃ。
8:25 石勝線 普通 夕張発 千歳行
さてさて夕張駅にはたった7分の滞在でとんぼ返りだ。さきほど乗ってきた列車にもう一度乗る。これを逃すと次は4時間後とかなので、絶対に逃してはならない。乗って来た剛の者も全員、この列車に乗り込んでいた。
8:49 新夕張
新夕張で降りて、東方面へ行く列車に乗り換える。しかも、ここからは特急に乗るので自然と胸が高鳴る。あと、占冠の謎が解けるので楽しみだ。
この隣は占冠駅。たった1駅なのに運賃が跳ね上がる占冠駅だ。僕は山賊が跋扈していて通行税を取られると予想したけど果たしてどうなのか。
この駅も列車が来ないと本当に静かで、雪が降り積もる音が聞こえてきそうだ。
8:57 特急スーパーとかち1号 新夕張発 帯広行
ついにやってきた。いよいよ占冠の謎が解ける。こいや、山賊!
乗ってしばらくして分かった。これ、山賊はいない。そもそも鉄道運賃は距離によって決まってるから1駅でこれだけ運賃が跳ね上がるのはおかしい。山賊が通行税を徴収してるんだ! という理論だったが間違っていた。普通に距離によって運賃が決まっていた。
そう、ここ新夕張―占冠間、めちゃくちゃ距離が長い。特急で20分くらい走ってやっと到達する距離。調べてみたら駅間距離が34.3キロあるらしい。
こんな位置関係なので、新夕張から夕張行くより、占冠の方が全然遠い。そりゃ運賃も跳ね上がる。すげえスケール感だな、北海道。
特急はビュンビュンと走っていく。新得駅に差し掛かる手前辺りでレーダーを使っていくつかの駅を取っておいた。
少々戦略的な話になってしまい申し訳ないが、この路線図の赤丸で囲った部分、これは新得駅から分岐して富良野へと至る根室本線なのだけど、どういうプランを立ててもここを取るのがかなり苦しい。
調べてみると、こちらも一部区間が台風の被害を受けて運休中でバスによる代行運転がなされているようだ。しかも日に5本とその数は少ない。バスによる代行と聞くと、昨日の悪夢が思い出されウッ、頭がッ! となるので、ここはもうレーダーで取ってしまう。誰が何と言おうと取ってしまう。文句あんのかよ。
新得駅よりちょっと手前でレーダーを作動させるとけっこうなところまで取れるのでおススメだ。
10:36 帯広駅(運賃4,290円)
チェックインした駅 占冠、金山[北海道]、下金山、山部、幾寅、東鹿越、布部、落合[北海道]、トマム、新得、十勝清水、羽帯(廃駅)、御影[北海道]、芽室、大成、西帯広、柏林台、帯広(246/559駅)
帯広駅はかなり大きな駅だ。ここを境に北海道の東側の路線と西側の路線に分かれるようだ。駅の造りもそうなっていて、二つのホームを挟むようにして改札が存在する。乗り換えのために一度改札から出なくてはならないこともありそうだ。
どうやらこの辺りは朝ドラの舞台になるらしく、駅構内では大々的にフェアが催されていた。
乗り換え待ちが1時間くらいあるっぽい。昼食には少し早いが、次はいつ食べられるかわかったもんじゃないので、ここで昼食にすることにした。駅直結の商業施設みたいな場所にカフェがあったのでパスタセットを食べる。コンセントがある座席もあるのでかなりありがたい。
注文したパスタを取りに行くと、店長っぽい男性に話しかけられた。
「それ、めっちゃいいカメラですね」
僕が首からぶら下げていたカメラを指差してそう言う。
「いや、そんないいカメラじゃないですよ、一番安いヤツですし」
「いやいや、いいカメラでしょー」
「いいカメラじゃないですよー」
どうしてもいいカメラということにしたいらしい。良く分からない問答がしばらく続いた後、店長が口を開く。
「そんないいカメラを持ってどちらにいかれるんですか? お仕事かなにか?」
「いやー、ちょっと取材で、北海道の全駅を制覇しようと思いまして」
「なんでそんなことを?」
「(それは僕にも分からない)」
こんな心温まるやり取りがあり、パスタセットを食べたのでした。美味かった。
11:40 特急スーパーおおぞら3号 釧路行
どうやらこの特急は札幌から来た特急らしく、帯広到着時点で車内はかなり混みあっていた。それでもまあ、自由席に座れないほどではなかったのでなんとか座席を確保した。
座ってすぐに異変に気付いた。
けっこう先の方に隣の車両に行くためのドアがあるのだけど、そこが開いたままの状態になっていて、ハゲたおっさんが薄ら笑いを浮かべながらずっとこっちに向かって「おいでー、おいでー」と手招きしている。
「なにあれ?」
明らかに異常な光景で、ずーっと手招きしている。周囲を見てみると、そのおっさんには気付かない様子で涼しい顔してやがる。なになに、もしかして僕にだけ見えるとか、そういうやつ? 鉄道好きの霊がやっと特急に乗れて、こっちの世界にも特急あるよ~と手招きしてるとかそういうやつ? 怖くなっちゃいましてね、なるべく見ないようにしてたんですけど、どうしても視界に入ってくるんです。
そしたらその霊、こっちに近づいてくるじゃないですか。薄ら笑いで手招きでこっちに近づいてくる。
ひいいいいいいいい、悪霊退散!
みたいに思ってたんですけど、なんてことはない。普通に僕の前の座席に座る友達を呼んでるだけでした。
「早く来いよ、こっちにトイレあるから」
みたいな感じでした。むちゃくちゃ怖かった。
釧路に近づくにつれて平原の景色が増えてた。そこに雪が積もり雪原となっています。釧路湿原というくらいですから、こういった平原や湿原の景色が増えてくるのかなあとか考えてました。
逆側には海が見えた。久々に海を見たような気がする。
湿原っぽい景色も見えてきた。いよいよ釧路が近いようだ。
13:20 釧路 (運賃4,290円)
チェックインした駅 札内、稲士別(廃駅)、幕別、利別、池田[北海道]、十弗、豊頃、新吉野、浦幌、上厚内(廃駅)、厚内、尺別、直別、音別、古瀬、白糠、西庶路、庶路、大楽毛、新大楽毛、新富士[北海道]、釧路(268/559駅)
完全に帰省ラッシュにぶち当たったみたいで釧路駅はかなり混みあっていた。ホームが人で溢れ、改札を通るのも一苦労だった。ちょっと混みあいすぎていて釧路駅を堪能する余裕がない。
おまけに、ここ釧路駅からは、赤丸で囲った、通称・花咲線という列車が出ている。これの乗り換え時間が僅かしかないっぽいので、急いで行かなければならない。
たぶん、今後の展開を考えるにもう釧路駅に来ることはないと思う。なぜなら、花咲線を取った後はこの隣の東釧路駅から乗り換えて網走方面へと向かうプランだからだ。そう、ここにはもう戻ってこない。
「ああ、釧路駅というか釧路の街を見たかったのになあ」
と後ろ髪引かれる思いだったが、これから行く花咲線はかなり本数が少ないので、逃すわけにはいかない。仕方がないことよ、と呟きながら釧路駅に別れを告げた。サラバ釧路駅。
13:25 根室本線 普通 釧路発 根室行
乗り換え時間5分というかなりタイトな乗り換えだった。花咲線の車内は、やはり駅構内の混雑がそのままやって来たような混みっぷりで、やっとの思いでロングシートの片隅に腰をねじ込むことができた。左右に人がぎゅうぎゅうに詰まる状態は、長い時間かけて乗車をする上でかなりきつい。
これまで北海道の色々な駅を見てきて一つ気付いたことがある。どんな小さな駅であろうと、無人駅であろうと、必ず駅舎というか待合所みたいな建物があるという点だ。おそらく寒さが厳しく、生命の危機があるからだ。画像のように、廃列車を利用したみたいな駅舎も登場してくる。
隣の若者が、あまりに暇になったのか、カバンから大きなタブレットを取り出してネットサーフィンをし始めた。そのタブレットがあまりに大きく、盗み見る気がないのに見えてしまう。どれどれ何を見てますかな、と視線を移すと、18きっぷで日本縦断した人の記事を読んでいた。ワシの記事やんけ。
実際に読んでる人はじめて見るなあ、と思いつつ様子を伺っていると、やはり作者として次第にエキサイトしてくる。そこが笑いどころだ、ほれ笑え! みたいな感じで身を乗り出すのだけど、若者は微動だにしない。クスリとも笑いやがらねえ。あれかな、笑顔をどこかに置き忘れてきた人なのかな。復讐を遂げるまで笑顔は見せぬと誓った人なのかな。
結局、最後まで読んでもらえず、途中で閉じられてしまった。長いもんね、その記事。ほんとごめんね、精進します。
笑顔を忘れた青年と僕を乗せた列車はけっこうな大自然の中を走っていく。
これはなんだろう。池が凍っているのかな。とにかく想像を絶する寒さであることは伺える。
途中、茶内という駅で銭形のとっつぁんがいた。なんだろう。なんでこんなところにいるんだろう。別に何も駅名と関連もないし、完全に場違いな感じがする。誰かがイタズラで置いたんだろうか。ちょっとよく分からない。
別の場所にもいた。ルパンと銭形。これ絶対に悪ノリじゃないだろ。何らかの関連があって意図的にやられてるだろう。ということで調べましたよ。
ルパンの原作者であるモンキーパンチさんの出身地が根室市の隣町、浜中町であり、そこを通る花咲線はルパンを推しているようなのです。各駅にそういったキャラクターが存在し、ルパンラッピング列車も走ったりするそうです。なるほど、勉強になった。
そんなルパンだらけの花咲線を走っていると、どんどんと日が傾き始めていた。やはり東に来るほど日没は早い。そう東だ。この花咲線はもちろん日本最東端の路線で、最東端の駅も抱えている。ただ、その事情が少し複雑だ。
この路線はずっと東に向かっているわけで、感覚的に終着駅である根室駅が一番東にあるという感じがするが、上の図のような位置関係なので、その手前の東根室駅が最東端の駅となる。まあ、「東」ってついてるしね。つまり、終着駅の根室まで行くか、それとも手前で降りて最東端の駅を見るか、その選択をせねばならない。
もちろん、終着駅まで行けばまた線路の終端を見ることができるだろう。ただ、この花咲線は列車の本数がかなり少ないので、すぐに折り返す列車に乗らなければならないはずだ。きっとその時間は僅かだ。
逆に、東根室で降りれば、列車が折り返してくるまでにある程度の時間的余裕がある。終端は見れないけど、最東端の駅を堪能することはできる。もちろん、根室駅はレーダーで簡単に取れる。
さんざん悩んだけど、手前の東根室駅で降りて最東端の駅を堪能することにした。記事は全部読んでもらえなかったけど、最南端から最北端に行ったんだ。ここで最東端に行っておくべきだ。
列車はグイグイと最東端の駅へ向けて走っていく。
さあて、到着するぞ。最東端の駅だ。
15:55 東根室駅(運賃2,490円)
チェックインした駅 門静、厚岸、糸井沢、浜中、花咲、根室、東根室、姉別、西和田、昆布盛、落石、別当賀、初田牛、厚床、茶内、尾幌、上尾幌、別保、武佐[北海道]、東釧路(288/559駅)
さすが最も東だな。まだ15時55分なのにちょっと暗くなり始めている。
本当に日没が始まってるので恐ろしい。あまりに早すぎる。
そして最東端駅の碑。
駅には東根室で降りた剛の者っぽい人が3人くらいいて、所在なくウロウロしていた。やはり駅周辺には何もなく、この最東端の駅があるだけなので、折り返しの電車を待つしかない。ただ、何もない駅だけど、ここから見える日没は圧巻だった。ほんと、いいものが見れた。
遠くに見える家々のシルエットの向こうはまだ少し明るくて、すぐ上の空とコントラストを形成している。そこにヘッドライトを灯した折り返しの列車がやってきた。その光景がなんだかすごく幻想的で、この世のものじゃないかもと思えるものだった。
14:12 根室本線 普通 東根室発 釧路行き
帰りの列車に乗り込む。やはり手前の東根室駅で降りたのは正解だった、いいもの見れた。そう思いながら座席に座った。
もうどっぷりと日が暮れたし、今日の旅はここで終わりと思うかもしれないが、じつはまだまだ先に行ける。ここから釧路方面に戻り、釧路の1駅手前の東釧路で降りる。そうすると10分の待ち時間で、北へ、網走方面へと向かう列車に乗り換えることができるのだ。これで一気に網走までいける。
帰り道はもうすべて取った駅なので必死になって駅メモにチェックインする必要はない、たまにポチポチしながらボーっとしていると、自分の精神がかなり摩耗していることに気が付いた。
ここまで淡々とこなしてきたが、朝から晩まで列車に乗りっぱなしも3日目である。おまけに昨日の日高本線の熱闘のダメージがかなり大きい。今日だってずっと乗りっぱなしだ。この花咲線にしたってサクッと記述しているが、片道2時間半、往復で5時間の長旅だ。そんな精神的な軋轢が、僕の精神をかなり蝕んでいた。
そう、東根室で折り返しの列車に乗ってからの記憶がほとんどない。ポチポチ駅メモにチェックインしていた記録があるので、寝ていたわけではないと思う。ただ、茫然と、何をするでもなく、空間を見つめていた。覚えているのは、白い椅子だ。目の前に白い椅子が浮かんでいた。
その椅子は丸っこい形状をしていて一見するとクッションのようなのだけど、触ってみると分かる。まず思っていたより表面に毛糸感がある。それでもって、ちゃんと骨格があって、背が低い椅子になっている。そこに座るとまるで包まれるようで、絶大なる安心感もたらされる。
その椅子が、決して妄想なんかでなく、目の前にあるのだ。触れる、感触もある。柔らかい、ほらっ!
気が付くと、列車が東釧路駅を出たところだった。
ええええええええええええええええええええええええええ。
東根室駅で乗り換え必須、それで網走まで行く。乗り遅れるなんてありえない。朝から連呼していたのに、思いっきり乗り遅れてしまった。え、うそ何やってたの、なんで椅子とか訳の分からないこといってんの。え、うそ。
すぐに時刻表を調べます。網走行きの列車は東釧路で乗り換える必要がありますが、始発駅は釧路駅なわけで、上手くいけば釧路駅で乗り換えられるはずです。タイトな乗り換えとはいえ、行けるはずです。祈るような気持ちで時刻表を見ました。
乗り換え時間1分
タイトすぎるだろ。なんだこれ。いけるのか、だめなのか。ぎり行けるだろ、めちゃくちゃ走ればいけるだろ、最後はまってー! とか叫べばいけるかも。そう思っていたら、今乗ってる列車が普通に5分遅れで運行していた。だめだああああ。絶対に間に合わない。
19:06 釧路駅
失意の釧路駅。
あまりのショックに、劇場版バトルロワイヤルで出席番号1番の赤松がボウガンの矢を外して、それを拾いに行くときみたいな感じで
「うわー、なにやってんだ、俺は~」
と叫んでしまった。
僕もすぐにあきらめたわけではなく、走って駅の外に出てですね、タクシーに「今出た網走駅の列車に追いつけたりしますか?」と聞いてまわったんですけど、
「無理」
「不可能」
「なんでそんなことするの? 追いついてどうするの?」
「(それは僕にも分からない)」
と、全部断られました。というわけで、今日の旅はここまでとなりました。二度とこないと思うけど、アバヨ、と昼頃に言ってた釧路駅にまた戻ってくることになってしまった。むちゃくちゃかっこ悪い。
こういった、自分のミスによって旅の進行が遅れることを僕は許せません。自分で自分を許せません。怠惰ゆえのミス、これはこういったチャレンジ系の旅では許されることではありません。僕自身の気の緩みがミスとして現れたのでしょう。これは決して許されることではない。何のために旅をしてるんだ。
二度と同じ過ちを繰り返さない、明日からの自分を戒める、という意味で今日はここ釧路の街で自分自身に罰を与えたいと思います。それは「普段絶対にやらないことをやる」です。
奇しくも、急遽取った釧路のホテルの近くにめちゃくちゃ入りにくそうな居酒屋があります。常連がたくさん巣食い、店のマスターと奥さんが切り盛りする店。マスターも常連の会話に入って盛り上がったりします。そんなオーラがプンプンに漂ってくる居酒屋がここにあります。
普段なら僕はこういう店は完全に居心地が悪いですから絶対に入らず、吉野家とかコンビニ弁当でお茶を濁すのですが、今日は罰です。こういう居心地の悪そうな店にあえて入ります。
店に近づくと、ドアから楽し気な笑い声が聞こえてくる。
「もうママったら~!」
完全にこれ居心地が悪い店だ。新参には居心地が悪い店だ。そんな禍々しいオーラがドアの隙間から溢れ出てきている。早くも引き返したい。でも、これは罰だから。
ガラッとドアを開ける。
店内にいたすべての人間の視線が僕に注がれ、その次の瞬間に「なんだこいつ?」みたいな雰囲気が蔓延する。帰りたい。
店内にはパンチパーマ風のマスター、その嫁さんと思われるおばさんもエプロン姿で立っている。そしてカウンターには常連風のスーツ姿のOL、その横に常連風のヤサ男、その奥には飲んだくれてる常連風のおっさんだ。こんな完璧な布陣あるか。完全に入りにくい店じゃないか。ドッキリじゃないのこれ。
カウンターの隅に座る。ママは常連OLとのおしゃべりに夢中で注文を聞きに来ない。これだよ、これ。
店内にはずっと有線から「日曜日よりの使者」が流れていた。誰も注文を取りに来ず、みんなでここにいない常連のアキラ君の話で盛り上がっていた。
「すいません」
このままでは永遠に放置されるので、ママを呼び寄せ、唐揚げ定食を頼む。パンチ風のマスターが気遣って話しかけてくるのだけど、
「今日はどちらから」
「東京からです」
そこで会話が終わってしまう。続かない。早く帰りたい。早く帰ってホテルの部屋でストロングゼロ飲みたい。
「アケミちゃんは彼氏作らないの~」
ママがそう言った。OL風の女の名前はアケミというらしい。
「いや、わたしなんて全然っすよ、こうやって一人で飲んでる方が気楽なんで」
女はそう言ってハイボールのジョッキを握って胸元で構えながら、ペロリと舌を出した。
「そんなにカワイイんだからすぐにできそうなのに~」
「えー、そんなことないですよー」
「じゃあさ、彼なんてどう? ちょっと年上だけどいい男よ」
ママはそう言ってもう一人の常連であるヤサ男の両肩に後ろから手を置いた。
「いやー、ははははは」
この会話はそこで終わり、僕のところにも唐揚げ定食が運ばれてきた。ただ、ヤサ男はまんざらでもない感じで、OLの隣に座って口説き始めた。
「まささんは知ってる? 知らない? あー、最近は来てないもんなー」
ヤサ男のセリフから推察するに、OLもヤサも常連だが、そこまで濃厚な常連ではなく、二人が会話をするのも今日が初めてっぽい。
「休みの日は何してるの?」
ヤサの攻勢が始まる。
「何もしてませんよ、寝てばかりです」
ただ、OLはその気がないのか、ひらりひらりとかわしていく。
「好きな芸能人とかは?」
ヤサが質問した。
「ん、伊藤健太郎とかですね」
僕はそれを聞きながら誰だろう誰だろうって考えていた。それはヤサも同じだったようで。
「わかんないや。というか、おれテレビ見ないから芸能人とか一人も知らないや」
とか言い出した。じゃあなんで好きな芸能人聞いたんだよ。聞いてもわかんないだろ、と心の中でツッコミを入れたところで唐揚げ定食を食べきったのでタイムアップ。僕の罪は赦されたと判断し、店を出た。
いやー、ほんと、居心地が悪い店だったぜ。悪すぎて唐揚げ定食の味が分からなかった。
こんな居心地の悪い思いは二度としたくない。今日のようなミスは絶対にしないと誓い、3日目、おわり。
まとめはこちら。
取得駅数 74駅(総数288駅) 移動距離 551 km(総距離 1,434km) 運賃 15,010円(総金額35,700円) 制覇路線 石勝線、根室本線(新得~釧路)、根室本線(釧路~根室)
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