真冬の北海道全駅制覇。クリスマスから始まった6日間の記録_PR
北海道の全駅制覇にライター・patoが挑戦。廃線・廃駅・運休路線を含めた道内の「駅メモ!」対象駅・559箇所すべてにアクセスします。極寒の大地で過ごした六日間。悪夢のような旅路の果てに見たものとは?(読了目安時間:50分)
6日目 5:40 すすきの
6日目ともなるとさすがに寒さに慣れてきた。ただどうしても慣れないことが1つだけある。
完全に余談になってしまうのだけど、僕はビジネスホテルの朝食が大好きだ。できれば常に食べたいと思っている。こうして知らない街にやってきてビジネスホテルに泊まると朝食を思ってワクワクする。ただ、こういった取材の旅でビジネスホテルに泊まっても、始発に合わせて4時やら5時やら常軌を逸した時間にチェックアウトするので、たいていのホテルが朝食をやっていない。下手するとフロントに人がいないこともあるくらいだ。
なぜホテルの朝食はたいてい6時半くらいからなのか。もうちょっと早めてくれたらいいのに、そんなことを考えながら今日も札幌駅に向けて歩く。けっこう距離がある。いよいよ最終日だ。
ちなみに今日取りに行く路線はこちら。なぜか地味に高難易度と言われる札沼線を取りに行き、その後、函館本線の残りの駅をとって長万部に至る。これで北海道全駅コンプリートだ。絶対に無理だと思ったけどコツコツやればできるもんだな。
6:58 札沼線(学園都市線)札幌発 石狩当別行
車内に人はまばらだった。何人か若者が乗っていたが、雰囲気からするに朝帰りっぽかった。朝までバーとかで飲んだ帰り、という感じだろうか。
車窓の景色は雪化粧を色濃く反映していた。雪に彩られた札幌のビル群はすぐに消え、ただただ白雪を湛えた平原が広がり始めた。昨日、さんざん見たやつだ。また気が狂いそうだ。
「でさ、いるよね、そういう人」
後ろの座席の朝帰りと思われるギャル二人の会話が耳に入ってきた。
「いるいる」
「イケメンなのにイケメンじゃないやつっているじゃん」
「そうそう」
イケメンなのにイケメンじゃない、ちょっとよく分からないな、と思いながら話を聞いていると、ギャルたちもヒートアップしてきた。
「そのイケメンなのにイケメンじゃないやつがめっちゃ絡んでくるからうざかった。ああいうやつツイッターやってそう」
「やってるやってる。なうとか言ってそう」
「ツイッターやってるからイケメンなのにイケメンじゃないんだよ」
「いまごろ呟かれてたりして。口説くの失敗なう、とか」
「やめてよー」
衝撃の事実だった。ツイッターってここまで揶揄されるのか。俺たちツイッターユーザーがなにしたっていうんだ。
そんな会話をしながらギャルたちは途中の駅で下車していった。
札幌から離れれば離れるほどどんどん雪深くなっていった。
7:38 石狩当別
チェックインした駅 桑園、八軒、新川[北海道]、新琴似、百合が原、篠路、太平、あいの里教育大学、拓北、あいの里公園、石狩太美、石狩当別(512/559)
石狩当別には思ったより早く到着した。何があったのか不安になるくらい駅名看板が雪をかぶっているが、そこまでの苦労はなかった。なかなかの高難度路線と聞いていたが拍子抜けだなどと考えていたら大間違いだった。
実は、この1つ先の北海道医療大学駅から先と、札沼線の終着駅である新十津川駅の間は2020年5月7日で廃止になることが決まっている。北海道は廃止のニュースばかりだ。それに伴ってかは知らないが、北海道医療大学から先の区間は途中の浦臼まではそこそこの本数があるが、浦臼から新十津川までは1日に1往復だけという衝撃のダイヤ設定がなされているらしいのだ。
つまり、これから乗る新十津川駅行きの列車は1日に1本しかないめちゃくちゃ貴重な列車なのだ。なるほど、これは高難度だ。(ただし新十津川駅は昨日、一昨日と通った滝川駅から距離的に近いのでそこからとれる可能性がある)
7:45 札沼線 普通 石狩当別発 新十津川行
大変貴重な列車がやってきた。
車内はとても混雑していた。ここまで札幌から複数車両の列車でやって来たが、ここから1両編成になるので急に混雑しだした。なんとかボックス席に座れたが、もう車内は満員だ。そして座った瞬間に衝撃の事実に気が付く。
「この列車、乗客全員が剛の者だ」
まるで聖書の如く時刻表の冊子を小脇に抱えた人がたくさんいる。みんな撮影している。会話の内容も鉄道のことばかりだ。すげえ、剛の者列車だ!
考えてみれば当然のことで、1日に1往復、それも朝だけという列車を日常の足として使う人はほとんどいない。行ったきり帰ってこられないのだから、泊りがけの覚悟が必要になる。そうなると、廃線前に乗っておくかあ、という剛の者ばかりになる。自明の理だ。
剛の者だけを乗せた列車は新十津川に向けて雪の中を走っていく。
途中、駅に停車すると何人かが大移動して駅看板を撮影しようとする。中には体をかなり捻って撮影する猛者までいるほどだ。これが一般的な車両の場合、「なにあの人、なんで看板撮影してんの? 頭おかしいの?」みたいな冷ややかな視線が注がれるが、この剛の者トレインにそんなものはない。「ああ、あの人は看板を撮影するタイプの人ね、俺は違うけどね」という理解だけだ。
「いやあ、いい天気になってよかったですなあ」
ふいにボックス席の向かいに座る気の良さそうなおじさんに話しかけられた。剛の者だ。ふと外を見ると、さっきまで濃厚に曇っていたのに、真っ青な冬晴れの空が広がっていた。
「そうですねえ」
これをきっかけにして鉄道トークが始まった。おじさんはビデオカメラに車窓の風景を収めながら話しかけてくる。
「この札沼線に乗っておかないといけないと思いましてね。オタクもそうですか?」
「ええ、ちょっと北海道の全駅を制覇してまして、ここが最後みたいな感じで」
「それはいいですなあ」
今度は僕が質問する番だ。
「他にはどこか行かれたんですか?」
「明日ね、夕張に行く予定です。あそこも廃線になる前に乗らないと」
「あ、僕乗りましたよ数日前に。そんなに混んでなくてスキーの人とかもいましたからこんな雰囲気ではなかったですけど」
剛の者ばかりで満たされたこの列車を指してそう言うとおじさんは笑った。
「今晩中に千歳まで行ってレンタカー借りるんですわ、それで早朝に新夕張までいって乗ります」
「え、なんでレンタカーなんですか?」
ついつい言ってしまった。本当にちょっと訳が分からないからだ。なぜなら千歳でレンタカーを借りなくとも、例えば苫小牧まで行って、僕のように始発で行けばゆうに夕張まで行けるのだ。レンタカーを借りる理由がない。
「いや、実はですねわたし、明日は大晦日なのでさすがに午前中には帰らなきゃいけないんですよ」
これもおかしい。僕のようなルートを通れば普通に午前中に乗れる。帰ってくることも可能だ。
「でも、借りなくても乗れますよね」
僕がそう指摘すると、おじさんは言った。
「ええ、でも、レンタカー借りて6時半までに新夕張に行けば、夕張行きの始発に乗れます。すると、すぐに引き返して、また新夕張からもう1回夕張行きに乗れるんです。午前中で2往復できる方法はこれだけです。6時半までに新夕張に行く方法はレンタカーしかないですからね」
つまり、おじさんは夕張―新夕張間を午前中に2往復したいがためにレンタカーを借りるらしい。
「なんでそんなことするんですか?」
僕がそう聞くと
「(それは僕にも分からない)」
と言いたげな表情をしていた。
「さすがに大晦日には帰らないと妻に離縁されますから、2往復したら帰ります」
そう言っておじさんは豪快に笑った。2往復してないで早く帰ってあげてください。
9:28 新十津川(運賃1,640円)
チェックインした駅 本中小屋、月ヶ岡、知来乙、石狩月形、中小屋、豊ヶ岡、晩生内、札的、浦臼、鶴沼、豊沼、於札内、南下徳富、下徳富、新十津川、札比内、石狩金沢、北海道医療大学 (529/559駅)
ついに新十津川駅までやってきた。もう少しだ。もう少しで終わる。
到着したのはいいものの、特に行く場所はない。他の剛の者も同じようで、所在ない感じだった。
駅はこのように雪に埋もれていて、それ以外は何もない感じだ。
駅から少し歩いた場所に店があって、そこで記念グッズなどを売ってる感じだった。ただ、雪がすさまじいので、そこまで行くのも大変だし、雪の壁があって店に入るのも大変だ。でもここくらいしか行く場所がないのでみんな列をなして行ってた。
これが新十津川駅の時刻表。むちゃくちゃだ。10時00分しかない。終電が朝の10時だ。始発=終電だ。とんでもない。
とりあえず、これを逃すと大変なのでみんな駅の近くで待機している。あとは記念入場券を買う人などが多かった。
待ってる間にも青空の快晴だったり、吹雪きだったりと天気がクルクル変わっていた。
10:00 札沼線 新十津川発 石狩当別行
始発であり、終電でもある列車が出発した。車内の剛の者は少しだけその数を減らしていた。もしかしたら、新十津川からバスなりタクシーなりで滝川の方に抜けるルートを使ってるのかもしれない。
11:17 北海道医療大学駅
ここで乗り換え。ここ北海道医療大学までは廃線とならず残る路線なので扱いが良い。札幌まで行く電車のダイヤも豊富だ。目の前に大きな大学があるが、完全に休み期間なので人っ子一人おらずひっそりとしていた。
やや長い待ち時間があったので探索してみたが、本当に人類のいなくなった町、みたいな感じで誰もいなかった。
11:29 北海道医療大学発 札幌行
また精神的摩耗がピークに達し始めてきた。長いことこういう列車に乗りっぱなしの旅をやっていると分かってくるのだが、精神的摩耗の次の段階は、他者との境界線が曖昧になる。知らない人のお話に混じりそうになるのだ。そして、その次の段階が幻聴、幻覚だ。そんなことないやろーと思うかもしれないが、本当に起こるのだ。
なんとかそんな事態にならぬよう、気をしっかり持ちながら札幌へと舞い戻った。
12:15 札幌駅(運賃1,640円)
札幌駅に舞い戻ると、ちょっと大変なことになっていた。
ここから小樽方面へと行く列車に乗り、フィニッシュを決めるつもりだったが、どうやらその小樽方面行きの列車が来ないらしいのだ。快速列車も普通列車も全然来ない。大雪の影響なのか予定時刻を過ぎても全く来ない。
ホームには列車待ちの行列が溢れ、さらに「小樽行きエアポート快速3番乗り場に変更します」みたいにクルクルと乗り場が変わる。そのたびに民族大移動だ。
やっとこさやってきたエアポート快速に体をねじ込んだが、やはりたいそうな混雑だった。
12:43 エアポート快速 札幌発 小樽行
この旅最大の混雑に揉まれながらなんとか小樽駅へと到着した。
13:35 小樽駅
チェックインした駅 琴似[JR]、発寒中央、発寒、稲積公園、手稲、稲穂、ほしみ、銭函、星置、朝里、小樽築港、南小樽、小樽(542/559駅)
小樽駅は吹雪だった。それしか覚えてない。写真もほとんど撮っていない。それくらい疲れた。正直に言う、本当にこの駅でのことを何も覚えていない。何かしたと思うけど本当に覚えていない。
写真もこれしかなかった。
13:50 函館本線 普通 小樽発 倶知安行
小樽駅でも十分にすごい吹雪だったのに、ここからさらに雪深いところへと行くようだ。車内は帰省客が多かったが、なぜか外国人観光客も多かった。
ボックス席に座っていたのだけど、僕の向かいにはやはり帰省してきたと思われる女の子が二人座った。どうやらこの沿線のどこかにある実家に帰る幼馴染のようで、二人で懐かしい話に花を咲かせていた。
「わたしが転校してきたとき掃除当番って風習を知らなくてさ、ずっと掃除せずに帰ってたじゃん」
「うんうん」
「それが原因でリエちゃんにずっと睨まれたんだよね。あの子、掃除しないって」
「あー、だからかー」
「怖いよね、リエちゃん」
その会話についつい入りそうになる。
「でも、それリエちゃんも悪くない? 知らなかったんなら教えてあげなきゃ。あんたもうんうん聞いていないで、当時、教えてあげるべきだったでしょ、掃除当番のこと」
本当にそう言いそうになる。危ない危ない。いきなりこんな勢いで会話に入ったら完全に危ないおっさんだ。
小樽から山深い場所に入っていくにつれ雪が激しさを増していた。ついには倶知安駅の手前、小沢駅で止まってしまった。
こんな状態だ。いよいよ運休してしまうのかと思ったけど、なんとか動き出し、最後の乗換駅、倶知安駅に到着した。
15:21 倶知安駅(運賃1,840円)
チェックインした駅 塩谷、蘭島、余市、仁木、然別、銀山、小沢、倶知安(550/559駅)
ついにここまでやってきた。あとは長万部行きの列車に乗り換えれば北海道制覇だ。残り9駅だ。ただ、この最後の乗り換えがなかなか曲者で、待ち時間が1時間半くらいあった。
それでいてこの雪なので、ちょっと駅周辺を散策、といった雰囲気ではない。
それでも、そういえば何も食べていないのでそろそろ何かを食べなきゃならないと、決死の覚悟で駅の外に出てみた。
これもんだ。吹雪に晒されながら死ぬ気で探索した結果、駅周辺に何軒かの飲食店があったが、全て年末年始の休業体制に入っていた。
仕方がないので駅横のスーパーで半額弁当を買い、雪の中で立ち食いを決めた。
あとはまあ、することないので駅の待合室にいたのだけど、ここ倶知安はなぜか外国人観光客が多い。どうやらここからニセコまで行くみたいなのだけど、かなりの数の外国人がいた。
16:55 函館本線 倶知安発 長万部行
いよいよ最後の列車がやってきた。終着駅の長万部は初日に取っているので、その1つ手前、二股という駅を取れば北海道制覇となる。
途中のニセコ辺りでごっそりと乗客が降りてしまったので、車内に人はほとんどない。雪深い山の中、ひっそりと、なおかつ淡々と、全駅制覇に近づいていく。そして、ついにその時がやってきた。
チェックインした駅 比羅夫、ニセコ、昆布、蘭越、目名、熱郛、黒松内、蕨岱、二股(559/559駅)
ついにその瞬間がやってきた。
やった。ついにやったぞーーー!
ということで、ついにマスターオブ北海道を獲得した。死ぬほど大変だった。もう二度とやりたくない。6日もかかったぞ。日本縦断するより時間がかかる。
ということで、旅のまとめはこちら。交通費だけで86,000円はさすがにひどい。
取得駅数 559駅 移動距離 3,102 km 運賃 86,750円
おわりに
北海道で起こっていることは近い将来、日本で起こることなのだろう、そう思った。
端から端まで北海道を旅し、最初は北海道をただ単純に応援するつもりだった。2018年9月に起こった北海道胆振東部地震は北海道に甚大な被害をもたらしたばかりでなく、その後に起こった旅行の自粛なども大きな被害となった。地震から1か月で90万人余りが宿泊をキャンセルするなど、大きな観光資源を持つ北海道にとってこの風評被害とも呼べる損失はかなりの痛手となった。
ふっこう割などの各種の施策があり、被害の払拭を後押ししている。僕も今回の旅でその手助けができればと思い、こんなにも北海道は綺麗な景色があり、楽しいですよと伝えたいと思った。まあ、単なる地獄報告になってしまったのは僕の力不足なのだろう。
ただ、この北海道を襲った地震の被害は確かに甚大だが、それと同時に北海道の各地で起こっている過疎化、都市への若者の流出、鉄道の廃線に廃駅、自治体の財政破綻、これらも重大で、目を向けなければならない問題だ。そして、それらは近い将来、必ず日本各地で起こる。北海道はちょっとだけ早くそれが起こっているだけだ。
北海道を元気にすることは、近い将来の日本を元気にすることなのだろう。そういった意味で北海道は可能性だ。その可能性を沈めてしまうことは、この国を沈めることに等しい。
すすきのを歩く悪ノリした若者の集団は楽しそうに笑っていた。
代行バスの中ではしゃぐ子供たちは笑っていた。
函館朝市のラッキーピエロで恋人たちが笑っていた。
釧路の居酒屋、常連たちは笑っていた。
留萌駅で迎えのお母さんの姿を見た女の子は笑っていた。
網走のケンタッキーでアルバイトをする女の子はずっと笑顔だった。
北海道には笑顔が溢れている。きっと近い将来の日本にも溢れているんだろう。そう、まだまだ捨てたもんじゃない。きっと大丈夫だ。
がんばれ北海道、そしてがんばれ日本。きっとまだまだやれるはずだ。
ゴールである長万部駅のホームに流れた冷たい風がなんだか頼もしく思えた。
おわり
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