【ルート3776】海抜0mから富士山に登ってみたら地獄だった

富士山の麓の街「富士市」では「富士山へ0からの挑戦」と銘打って「登山ルート3776」というものを設定しています。単純に言ってしまうと、五合目から登山もいいけど、標高0から富士山に登ってみない?という提案です。この「ルート3776」を、実際にライターが登ってみました。

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皆さんは「ルート3776」というものをご存知でしょうか。

富士山は7月から9月初旬の2か月余りしか登山期間がない山であり、一般の方が登山するにはごくごく限られた期間しかありません。それでありながら年間の登山者数は天候によってばらつきがありますが、おおむね25万人から30万人と多く、これらは世界遺産登録後さらに増加していると言われています。言うなれば最も人気のある山の一つと言えるでしょう。

富士登山には大きく分けて4つの登山ルートがあります。吉田ルート、須走ルート、御殿場ルート、富士宮ルート。いずれも五合目が登山口、つまりスタート地点となっているわけですが、その標高は以下に示すようになります。

 

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いずれのルートもそこそこ高い位置がスタート地点に設定されている点にお気づきでしょうか。富士山の標高は3776mなので、御殿場ルートを除いて3つのルートが半分以上の標高から始まっているのです。このスタート地点までは道路が舗装されており、バスなりなんなりでいくことができる。つまり、富士山は高い山だと言っても、実際に自分の足で登る部分は半分くらいしかないといえるのです。

もちろん、何度か富士登山を決行した僕から見ても、五合目からの登山でも十二分にきついですし、なかなかの覚悟と根性と体力を必要とします。むしろ、さらに半分くらいの設定にして欲しい、できればちょっと登れば頂上、くらいにして欲しいと思うほどなのですが、この度、そんな「五合目からの登山」という概念をぶち壊す登山ルートを推奨している自治体があると聞き、早速調査をしてみたのです。

 

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富士山の麓の街「富士市」では「富士山へ0からの挑戦」と銘打って「登山ルート3776」というものを設定しています。単純に言ってしまうと、五合目から登山もいいけど、標高0から富士山に登ってみない?という提案です。なるほど、狂ってやがる。富士市が紹介するルート3776より引用させていただきますが、富士市はこのようなルートを提唱しています。

 

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富士市の海岸である「富士塚」もしくは「ふじのくに田子の浦みなと公園」のどちらかからスタートし、富士市の市街地を抜けるコース。途中のチェックポイントを経由し、最終的には富士宮ルートの登山道に合流して0から3776メートルの標高まで駆け上がるコースだ。全長は42キロと距離だけならフルマラソンと同じになっているゴキゲンなコースだ。

 

富士市がフリー素材として提供している写真をみると狂気具合がよくわかる。

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完全に距離設定がおかしい。本来の登山スタートである五合目が遥か先じゃねえか。五合目までいけるかどうかすら怪しいぞ、こりゃ。

というわけで、あまりのコース設定に唖然とするのですが、コースがあるのならこりゃもう挑戦するしかない。それが僕の率直な気持ちだ。イギリスの登山家ジョージ・マロリーは当時処女峰であったヒマラヤになぜ挑戦するのか質問されてこう言った。

「そこにそれがあるからだ」

だから僕も言いたい。ここにルート3776というコースがあるから挑戦するのだと。

というのは完全に綺麗ごとで、実際にはちょっとした軽口で「えへへ、今度友人と富士山に登るんっすよ」と編集部に話したら「へえ、じゃあ海抜0mから登ってきてよ」と言われたからであり、彼らが頭おかしいのは別に今に始まったことではないので、そうね、0mね、と登ることにしたのです。別に挑戦とか高い志があるわけでもなく、言われたから行く、ただそれだけのことなのでした。

ちなみに一緒に登る予定だった友人に海抜0mから登ることになった旨をカミングアウトしたところ、俺たちは俺たちで普通に五合目から登るから俺たちのことは気にせず気兼ねなく取材に行ってきてくれ!俺たちのことは気にするな!俺たちに構わずいけぇぇぇぇ!と大変熱いエールを頂いたのでした。

 

1日目スタート 静岡県富士市 東海道本線JR吉原駅

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なぜそうなのかは分からないが、ルート3776のスタート地点は2つある。一つは「田子の浦みなと公園」でもう一つは「富士塚」と呼ばれる場所だ。田子の浦を挟んで対岸同士に当たるこの2つのスタート地点、どちらからスタートするか迷ったけど、駅から近い、という理由だけで「富士塚」をチョイスした。

 

吉原駅から海の方角に徒歩数分。ほんとうにごくごくありふれた普通の住宅街を抜けると突如としてスタート地点の「富士塚」が現れる。

 

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神社みたいな敷地の中に石を積み上げて作った塚が存在する。こういった富士塚の由来を調べてみると、どうやら富士山信仰に基づき、富士の代わりとして造営されたものらしい。この塚を富士山と思って信仰する。こういった塚は関東を中心にいくつかあるようだ。こんな本物の富士山のお膝元にもあるのだから、どれだけ信仰が深いのかが伺える。

 

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富士塚へと続く入口、鳥居があって完全に神社感がある(そもそも本物の富士山の8合目より上は神社)場所の脇に青いボックスがある。

 

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どうやらここが起点のようだ。おごそかにボックスを開けてみる。

 

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中にはスタンプラリーの台紙とスタンプ、それに挑戦計画書なるものが入っている。実は富士市は、このルート3776のチェックポイントにスタンプを設置しており、スタンプラリーをしながら富士山を登れるようにしている。

 

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早速、台紙を1枚取り、スタート地点のスタンプを押す。あとは「よもぎ湯」「表富士グリーンキャンプ場」「富士山六合目」とスタンプを集めていけばいい。まあ、なんかこの台紙をみてるとやれそうな気になってくる。なんとなくスタート地点の下に書かれている「海抜0メートル」の表記が誇らしく思えてくる。

ただね、少し不安に思ったことがあるんですよ。不安になることがあるんですよ。キョロキョロと周りを見渡します。ここ富士塚はそれこそ街の中の小さな神社といった佇まいで住宅街の中にポツンと存在します。周りは全部住宅。その光景を見てふと思ったんです。

「ここほんとに海抜0メートルか?」

どうも周りを見渡すと0メートル感がない。こうなんというか0メートルにありがちなひりついた感じがしない。ここが海抜0メートルでないとしたら、これは大問題ですよ。やったー0から富士山頂まで3776メートル登ったぞーって達成した後になって「実は君がスタートした場所は海抜3メートルだったんだよ。よって0からの挑戦ではない」とか訳知り顔のメガネがメガネをクイックイッやりながら言ってきたらどうしますか。別にどうもしませんけどなんだか悔しいじゃないですか。

 

ということで早速、スマホの高度計アプリをダウンロードし、現在の高さを調べてみました。

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なんか3つの高度が出ているんですけど、どうやら3種類の測定方法で高度を算出しているらしく、それら全てが表示されているみたい。一番上が衛星GPSデーターから算出した高度で、真ん中が位置情報から算出した高度、一番下が近隣の空港で測定された気圧と比較して計算された高度らしい。気圧的には0mなのでベストなのだけど、衛星と位置情報が10mを越えている。これではメガネをクイックイッとやられてしまう。

仕方ないので、こんな高度計に頼るのはやめて、海まで行けば確実に海抜0メートルだろうと考え、海を目指した。順路とは完全に逆方向で富士山から遠ざかるのだけど、地図で見ても海はさほど遠くないっぽい。10分くらい歩くとすぐに海岸に出た。

 

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海だ。

これが田子の浦ってやつで、対岸に見えている公園がもう一つのスタート地点だと思う。万全を期して海の中まで入ってやりたい気分でしたが、とても危険そうだしそもそもカメラとスマホが壊れるのでやめておきました。立ち入り禁止ではないギリギリの場所まで進んで海面に近づきます。

 

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近づいてみると結構波が荒くて怖い。先の方では立ち入り禁止区域に入り込んで釣りをしている人たちがいた。というか、登山の記事なのにこう何枚も海の写真が続くことがそもそもおかしい。

 

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安全な場所に降りていき、テトラポッドの隙間から海面を見る。よし、ここは完全に海抜0メートル。誰にも文句は言わせない。一応、確認のために高度計を立ち上げて測定してみる。

 

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もう何が何やらわからねえな。どれを信じていいんだか。気圧からの高度なんか-11mとかめちゃくちゃなことになっている。もういいや、ここに海面があるんだ。ここが海抜0だ。そしてここからスタートする。メガネをクイクイやりたきゃ勝手にやってろ。こうして、僕のルート3776アタックが始まった。

 

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またもや富士塚のほうに舞い戻り、今度はきっちり富士市が推奨するルートを辿っていく。

 

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このように推奨ルートの電柱に表示がなされている。とても安心する。こんな狂気の沙汰みたいな行為を誰も設定してすらしていないのに勝手にやってやがる、みたいな状態を避けることができる。ちゃんとコースを設定した人がいて、準備している人がいる。僕が勝手にやっているわけじゃない。そう再確認できる頼もしさみたいなものがある。

 

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道路にもこういった塗装が施されていて僕のことを励ましてくれる。お前は勝手にやってるわけじゃねえ、ちゃんと俺たちが設定したことやってんだ、って勇気づけてくれる。本当に頼もしい。しばらく歩くと、先ほど降り立った吉原駅に舞い戻っていた。どうやら駅横にある歩行者用地下道みたいなものを使って線路の向こう側にいくらしい。

 

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なんか地下道、怖くない?

すげーおどろおどろしい雰囲気がして、魑魅魍魎とか棲みついてそうで怖い。地下道入り口にはこのような看板が掲げられ注意喚起されていた。

 

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夜間婦女子の一人歩きは危険らしい。とんでもない通路だ。婦女子が夜間に挑戦したらここでリタイアだ。

 

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ビクビクしながら入ってみると子供たちが絵を描いて塗装しているみたいで明るい雰囲気。ただし、すごい天井が低い。成人男性なら中腰体勢じゃないと頭が当たってしまうほど低い。それでも明るい雰囲気で安心と体を屈めながら進んでいくと、

 

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なんの脈略もなく防空壕みたいな外壁に変わりやがった。一瞬、別のトンネルに飛ばされたのかと思った。トンネルを抜けるとそこは異世界で「現実世界で海抜0から富士山に登っていたら異世界に飛ばされてハーレムだった件」みたいなこと考えていた。

まあ、トンネルを抜けると、不思議の街だったとか異世界転生だったとかなくて、普通に駅の反対側に出ました。当たり前だけど。そのまま道案内に従って進んでいきます。

 

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川を越えると一気に工業地帯みたいな感じになってくる。トラックが通れるようにしているのか道路が広く、大きな工場だとか倉庫みたいな場所の中心を歩かされる。まさか登山してて工場の横を歩くとは思わなかった。普通に街歩きしているだけで、誰も僕が登山をしているとは思うまい。

 

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もちろん、富士市は普通に街なのでコンビニも沢山ある。街にコンビニがあるのは当たり前だけど、登山道にコンビニがあると考えると途端に困惑してくる。今は登山中だぞ、登山ってもっとストイックなものなんじゃないのか。そんな、コンビニに寄るなんてあっていいのか?まあ、あるもんは仕方ねえよなと納得し、「そこにコンビニがあるからだ」と意味不明なことを喋りながら威風堂々と入店、普通にからあげクンとか食べてた。

 

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おおよそ登山とは思えない道路を通りながら歩く。これから富士市の繁華街的な方に向かうようだ。道路が大きくなり、交通量が増えてくるとあれほど掲示されていた「ルート3776」の道案内がなくなってしまった。かなり難しい分岐があったため、ハッキリ言ってしまうと富士市の推奨ルートから外れてしまった。この辺は本当に困惑するのでできればもうちょっと案内を増やして欲しい。

空模様が少し怪しくなってきて、予報では曇りだったはずなのに、ちょっと雨が降り始めた。山の天気は変わりやすい。山ではないけど変わりやすい。ただ、霧雨という感じなので体も濡れず、ほとんど苦にはならない。

 

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とても登山道とは思えない賑やかな通りを進んでいく。

 

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バッティングセンターがあった。いい汗かこう!と何のためらいもなく書かれている。おいおい~!今は登山中だぞ。どこの世界に登山中にバッティングセンターに行くやつがいるっていうんだ。勘弁してよ~。登山中にバッティングセンターなんて~。

 

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カキーン!

いやー全然当たらないのな。一番遅い球速でも全然打てないからムキになって3回もやっちまった。手の皮剥けた。

いやいや、今は登山中ですがな、登山中にバッティングセンターなんて言語道断。登山とはもっとストイックであるべきだ。気を取り直して歩き始めます。ちょっと歩くと目の前に大きな建物が現れた。

 

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ラウンドワンか……。ボウリングねえ。おいおい、今は登山中だぞ。どこの世界に登山中にボウリングするやつがいるんだ。もっとこう登山ってのはストイックであるべきで、やれストライクだとかスペアだとか、そういうのじゃないんだよ。勘弁してよ~、登山中にボウリングなんて。

 

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パコーン!

いやー、久々にやったけど全然ダメね。100もいかなかった。ムキになって3ゲームやったけど全然ね。早くも右腕が筋肉痛ですわ。

いやいや、今は登山中ですがな、登山中にボウリングなんて言語道断。気を取り直して歩き始めます。ちょっと歩くと目の前に魅惑的な建物が。このストリート誘惑多すぎでしょ。

 

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マクドナルド……!?

おいおい登山ちゅ

 

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うめー! とにかくうめー! 登山中のマクドナルドうめー!

腹も満たされたので、もうちょっと真面目に登山をする必要があると急に思い直しましてね。もうお店とかそういった誘惑には負けないと固く決意をして歩き始めます。

 

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踏切を渡り富士山に向かって直進していきます。どうやら推奨ルートから外れているようで道案内が皆無なのですが、おおよその方角が合っていれば大丈夫なので進んでいきます。山の上の方だったら生死にかかわりますが、まだ全然街ですから大丈夫。

 

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道に迷いすぎてガチガチの住宅街に入ってしまう。それでも富士山の方角に歩いていけばいいので心配する必要はない。

 

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富士市の市役所に出る。垂れ幕でしっかりとルート3776をPRしている。やはり富士市としてかなり力を入れているようだ。

 

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やっと正規の推奨ルートに戻ってきたみたいでルート案内が復活する。これに従ってどんどん進んでいく。ここまで3時間くらい歩いてきて全く登山を感じさせないフラットなルートを歩いてきたのだけど、栄えている部分を過ぎた辺りから、ついに登り坂が目の前に現れた。

 

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けっこうゆったりとした登り坂が延々と続く。ここにきて初めて明確な登り坂が来たような気がする。やっと登山らしくなってきた。

 

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さすが登山だ。長いこと登り坂を登ったことにより息切れしてきた。これだけ登ったんだからさぞかし標高も上がったのだろう。僕の見立てでは300メートルくらいの標高になってるはず。なにせもう3時間以上も歩いてるし、あれだけ坂を上ったのだ。300、あるいは400メートルはいってるはず。すぐさま高度計を取り出す。

 

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標高14メートル。

嘘だろ!? あれだけ歩いて標高14メートル? は? 確かにバッティングしたりボウリングしたり、僕にだって至らない点は少しあったと思いますよ。マクドナルドも食った。それでも14メートルはないでしょ、14メートルは。もう汗だくよ? 息も切れてるよ。なのに14メートル? なにこれ? ペテン? おれ3776メートルのぼるんすけど、まだ14メートル? は?

完全に混乱しちゃいましだよ。でも、よくよく考えたらこれって普通なことなんですよね。富士山の写真を見ると良く分かりますが、富士山は他の山と接触のない独立峰になります。他の山の支えなしに山体を維持しているわけですから、裾野が広がった美しい形をしているのです。富士市が配布しているルート3776パンフレットから引用すると、今回のルートの標高は次のようになります。

 

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この図からも分かる通り、初期は広がった裾野を進んでいきますから距離のわりに標高は上がりません。すごい進んだはずなのに標高14メートルも納得です。ここは試練の時と割り切って進んでいきましょう。

 

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このようにルート上の様々なお店がのぼりを掲げてルート3776を応援しています。

 

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進んでいくと民家とか減っていき、そろそろコンビニもなくなるんじゃないかなって雰囲気の場所に出てきました。ちょっとは標高も上がったはずです。ここらで高度を測定しておきましょう。

 

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お、100メートル越えた。やっぱりこうやって標高が増していくと嬉しいものだね。

さらに道路に沿って歩いていき、少しだけ雨の強まりを感じてこりゃ完全に天気予報外れだなとか考えていると大きな檻に遭遇した。奥の方からひょこっと何かがこっちを覗いている。

 

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なんだろうと近づいてみてみると

 

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ヤギでした。むちゃくちゃ人懐っこい。一般家庭で飼われているのかな。

この辺りはまだまばらではあるけど民家があったり大きな病院があったりするのだけど、進んでいくと徐々にそれが減っていき、道路の両脇には深い緑が存在するだけになる。小雨の中降り注ぐ僅かな太陽の光もその両脇の木々に阻まれ、道路は暗く鬱蒼としている。完全に「街」から「山」に入ったと実感できる状況だ。

しばらく進むと看板が見えてきた。

 

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右に曲がると「よもぎ湯」という施設があるらしい。これはルート3776の一つ目のチェックポイントだ。メインの道路を外れ、奥深い森の中へと誘われる。

 

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本当にこれ合ってるのか? 乙事主さまとかでてくるんじゃないか、と不安になりながら歩いていると、ついに第一チェックポイントの「よもぎ湯」が目の前に現れた。

 

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よもぎ湯建物の遥か手前、駐車場の入り口にルート3776ボックスが存在する。

 

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ここは中継点、海抜は370mですと書いてある。後で測定してみよう。

 

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けっこう雨が降ってきたので箱の中でスタンプを押す。これで2つ。残りもあと2つだ。

さて高度計の測定結果がこちら。

 

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こうしてみると一番上のデーターが最も信頼できるのだろうか。

さて、全行程からみた現在の位置がこちら。

 

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かなりの距離を歩いたが、標高的には完全に駆け出しで驚愕する。本当に頂上までいけるのだろうか。もう結構疲れてきている。

さて、この「よもぎ湯」、ただのチェックポインではない。もともとルート3776を設定した富士市はかなり余裕を持った設定にしており、この3776mの登山を3泊4日で行きましょう、と推奨している。つまり、この「よもぎ湯」は宿泊施設なのでここで宿泊していきなされ、ということらしい。

実際にスタートから移動してきて感じるが、この推奨ルートはかなり余裕を見ている。実際には体力が有り余ってる。まあ、ここから富士山頂までかなり各酷な行程が続くので今日はこの辺で休息をというこだろうが、正直言うとまだまだいける。できることなら第2チェックポイントのキャンプ場まで行って1日目を終わりとしたい。

ということで次のチェックポイントまで歩き出そうと思ったが、どうやらこの「よもぎ湯」日帰り入浴もやっているらしい。ここまでずいぶんと歩いてきて汗ばんでいる。雨に打たれて体も冷えている。おまけにどういうわけか手の皮は剥けているし腕は筋肉痛だ。体を癒さなくてはならない。よし、入浴だ。

 

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温泉、というわけではなく薬草風呂という位置づけのようだ。どこかの部活の合宿が宿泊してるようで館内は賑わっていた。入浴料は600円。

脱衣所に行くと、脱衣所の窓から外が見えるようで、どうやら露天風呂があるようだった。お、露天風呂があるとはやるねー、是非とも入ろう、と思ったが、その露天風呂の横に立て看板があって何のためらいもなく相撲取りみたいなぶっといフォントで「水」と書かれていた。

「水?」

完全に不可解だった。いや、こういった入浴施設に水風呂があることは決して珍しいことではないけど、それを露天に持ってくるのかという話だ。露天風呂といえば風呂の花形だろう。一つしかないその花形をあえて水にするか、答えは否である。きっとあれは何かの間違いなのだ。もしくは部活の合宿できてるジャリガキがイタズラとかしたんだろう。

風呂へと突入し、体を洗ったり、よもぎ湯に浸かったりと風呂を楽しんでいても、やはり露天風呂が気になる。あれが水であるはずがない。そもそも水風呂を用意する風呂ってのは多種多様な風呂を用意している施設であることが多い。決して種類が多いとは言えないこの風呂で水風呂を用意する理由も、それを露天に持ってくる理由がない。

そう分かっているはずなのに、露天風呂へと続く風呂からの出口を見ていると不安になってくる。全然力を注入されていない、窓に毛が生えた程度の出口がそこにあった。使わない桶とか積み上げられてた。この先に花形である露天風呂があるとは思えない出口だ。やはりあれは水なのか。

ええい、迷っていても仕方がない。行けば分かることだ。なあにきっと極上の湯がそこにあるさ。マジで露天風呂の爽快感は異常だからな。行ってやるさ!あれが水であるはずがない。お湯だ。

不安になるしょぼい出口を出て露天風呂に向かう。裸体に雨が打ち付ける。「水」と書かれた看板の横を通り、これが水であるものか、あるはずがない! 意を決して飛び込んだ。

水でした。

なんなんだよあれ。水なら水って書いとけ。書いてあったわ。

露天に水を持ってくる意図が良く分からず、困惑のまま入浴を終えたのでした。これだから富士山は恐ろしい。

 

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気を取り直して第2チェックポイントに向けて歩き出す。当初の予定では楽勝で第2チェックポイントに到達できるはずだったのに、ちょっと予定より遅れている。たぶんバッティングセンターとボウリングが原因だろう。それでも、途中で日は落ちるだろうけど決して到達できない距離ではない。なんとか第2チェックポイントであるキャンプ場に辿り着いてそこでキャンプといきたい。

 

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もうこれ完全に山ですわ。バッティングセンターとか行ってたあの頃が懐かしい。

どんどん日が落ちてきて、しかも道路には明かりもほとんどなくて、という孤独な状態を経て歩いていると、雨が激しくなってきた。登山用のレインウェア着ていたのだけど、それを突き抜けてくるかって勢いで激しく、たまらず屋根のある場所で雨宿りした。

 

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こんなに降るはずじゃなかった。山の天気は変わりやすいと実感する。しばらく動けないので雨宿りしつつ最後のコンビニで購入した食料などを食べる。するとちょっと雨足が弱まってきたので先に進むことにした。しばらく歩いていたら雨が止んだ。

すっかり日が落ちたが、歩いていると大きな道路と交差する交差点に出た。ここで久々にあののぼりを見る。

 

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「登」のところにすげーでかい蛾がとまってるのはご愛敬だが、ちょっと不安になったりもしたがこのルートで合っているらしい。ただし、ここから先は林道のようになっていて、暗く、道も細く、迷宮のようになっているようだ。どうせならこの交差しているほうの大きな道路を通りたいが、そうはいかないらしい。

林道ゾーンに入ってみて30分ほど歩いてみて分かったが、完全に危険すぎる。登山用のヘッドライトを装備しているので暗いことはさほど問題ではないが、雨上がりのせいなのかかなり濃厚なモヤがかかっており、俗に言うガスってる状態で全く先が見えない。ヘッドライトの光が乱反射されるせいで、もう一寸先も見えないほどだ。周囲は完全無欠の林道なので一歩足を踏み外せば転落する状態の場所もある。夜間、おまけにガスってる、そんな状態でここを通ってはいけない。

これは完全に危険なので来た道を引き返す。30分前に懐かしいのぼりをみたあの位置まで戻り、交差していた見通しの良い大きな道路を通行をすることを決意。推奨ルートから外れ、少し遠回りになるが安全であることの方が大切だ。無謀と勇気は違うのだ。

戻ってみると、やはり「登」のところにすげーでかい蛾がとまったままだった。

ここからは車通りも多く、街灯もふんだんに設置されている大通りを歩いていく。かなり大回りになるっぽいのだけど安全には変えられない。どんどん坂を下って行って、せっかく稼いだ標高すらも失っていく感じなのだけど、やはり安全には変えられない。

そうやって歩いていると、小康状態を保っていた雨が激しさを増してきた。ちょっと強い雨かな、でも良い雨具を装備しているから安心、とか思ってたらシャレにならないレベルの大雨になってきて、良い雨具を突き抜けて体内に雨が侵入してきやがる。

でもまあ、正直、「雨程度なら」っていう思いもあったんですよね。夏真っ盛りでそこまで標高も高くないですから体温が奪われることもないですから、なんとか進んでいけるって思ってたんですけど、そうこうしていたらビカッ!と空が光ってドガラガッシャーン!って物凄い音が鳴り響いたんです。

見まごう事なき雷で、それを皮切りに連発でドッカンドッカン雷が落ち始めるんです。もし神的な存在がボタンを押して雷を落としているとするならば完全に悪ノリレベルで連打しとる。雷平原でルールーの最強武器取る時みたいになっとる。

雨はまだしも山での雷は桁外れに危険と聞いたことがあるので、ここは安全を考慮してこれ以上先に進むことを断念。絶対に雷が落ちてこないであろうトンネルみたいな場所で休息をとることにしました。トンネルから見える空の闇がずっと雷でビカビカ光ってるのすげー怖かった。

あまりに激しい雨過ぎてトンネルの中まで川みたいに水が流れてきたので座ることもできず、立ったまま寝ていたら朝を迎えました。

 

2日目

太陽が出て明るくなり、雷が過ぎ去って視界は良好になっていたが、それでも変わらず雨は降り続けていた。そろそろ大通りから離れて脇道に入り、標高を稼いでいかなければならない場所に到達したので、林道のような場所に入っていく。

 

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ちょっと神秘的な感じすらする。このあたり一帯は管理されている林なのか、ある程度仕切られた区画(それでもかなり広い)に「〇〇管理」と書かれた看板がたてられている。どこかの団体が保有していて管理しているみたいで、そのためか、ものすごく入り組んだ細い道路が迷宮のように連なっている。地図で見るとこんな感じ。

 

血管かよ。こんなの絶対に迷うでしょ。おまけにどこを見ても同じ風景、それでいて雨ですから疲労も手伝ってかどんどん頭がどうかしそうになってくる。富士市が推奨するルートを通ればそんなことはないと思うのだけど、コースを外れたばっかりにとんでもない迷宮に迷い込んでしまった。それでも舗装されている道路なので安心といえば安心だ。

 

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もう完全にゼルダとかに出てきそうな風景。

この迷宮のような林道たち、おそらく通る人もほとんどおらず、工事をするときか木を伐採するときくらいしか通らないのか、基本的に道路の状態が良くない。

 

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通れねえよ。

 

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何のためらいもなくミラーが落ちてたりする。何があったのか気が気じゃない。

そんな林道ラビリンスを抜けると、やっとこさ富士市推奨ルートに合流できたのか、懐かしすぎるほど懐かしい例のものが姿を現した。

 

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やったー!ルート3776だー!

道を踏み外してしまった青年が、なんとか堅気として堅実に生きる道に帰ってきたみたいな感慨があるな。とにかく第2チェックポイントはもうすぐだ。迷宮のような道を歩き続けること3時間半、ついに第2チェックポイントが見えてきた。

 

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表富士グリーンキャンプ場。本来なら昨日の夜にここに到着し、テントで眠るはずだったのだが、思わぬアクシデントに見舞われてしまったため、かなり遅れての到着となった。

 

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おなじみの青いボックスは建物から少し離れた場所にある。どうやら標高が1100mとついに1000の大台に乗ったらしい。早速、手元の高度計でも調べてみる。

 

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そこそこいい数値が出てる。というか、いつのまにか「富士市」から「富士宮市」になってたんだな。

 

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スタンプの台紙が雨でべろべろになってしまったが。これで3つ目だ。残すは6合目と頂上のみ。さらに台紙だけでなく、この記事の取材のために使った経費の領収書が雨で溶けてしまったため、完全自腹が決定した。心が折れそうだが頑張って進んでいこう。ちなみに現在地はこちら。

 

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距離的にはかなりきたけど標高的にはまだ1/3にも達してない。ただ、ここからはかなり傾斜がきつくなりそうなので一気に標高を稼げそう。

さて、ここ表富士グリーンキャンプ場はインフォメーションセンター的な建物が休憩所の役割を果たしている。売店があって、そこで食料や水を買うこともできるし、登山用品やアウトドアグッズも買うことができる。食事ができるテーブルはもちろん、ハンモックやキッズコーナーもあってゆっくりと過ごすことができる。

この日は雨ということもあって、せっかくキャンプに来たのに雨、という家族連れが沢山、建物内を賑わせていた。僕もちょっと失礼して休憩させてもらい、水とカップラーメンを購入した。

 

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五臓六腑に染み渡る美味さ。世界一うめえ。

予定からかなり遅れてるのでいち早く出発しなければならないことは分かってるけど、どうにもこうにも体が動かない。もうちょっと休憩させてくれ、なんか雨も弱まりそうだしもうちょっと休憩させてくれ、と懇願しながら座っていると、前方に座っていた一人の男が僕に向けて熱視線を送ってきていた。完全にジリジリと僕に話しかけるタイミングを伺ってやがる。

見ると向こうも単独登山者っぽいのだけど、まだ五合目登山口から遠いこの位置にいる登山者ということは、同じように「ルート3776」のチャレンジャーである確率が高い。ハッキリ言わせてもらうと、この「ルート3776」、挑戦する人間はそう多くないのでチャレンジ中に同じ仲間を見ることはほとんどない。下手したらやってるのは自分一人なのでは?という不安な気持ちが湧き上がってくるが、こうして仲間に出会えることは喜ばしい。

ただ、今はすごい疲れててこれからさらに登るための体力を蓄えているところだ。今は休憩させて、話しかけてこないで、見るとアンタはこのキャンプ場に宿泊してリフレッシュした感じやん、でもこっちは雷に襲われて死にそうなんだ。できれば話しかけてこないで!休ませて!と心の中で懇願してると普通に話しかけてきました。

「すいません、ルート3776挑戦者の方ですか?」

「ええ、はい、そうです」

こうしてルート3776トークが熱烈に始まってルート3776あるあるみたいな会話になったんです。

「分かりにくい分岐ほどあれだけあった案内表示がなくなる」

「推奨ルートより裏道使った方がワクワクする」

「昨日ここでキャンプしたんだけど雷すごかったね。え、あれに巻き込まれたの?うわー写真撮りたかった」

みたいな会話をしてたんですけど、どうやら彼、なかなか経験豊富な登山経験者らしく、すごい意識が高い感じなんですよ。こう、登山に人生を見出してるみたいな感じで意識高い発言がポンポン飛び出してくる。

「そこに山があるから登る、そこにルート3776があるから挑戦する。それが人生だろ?」

「山とは人生。ゆるやかな傾斜は楽だけどそこまで結果がついてこない。傾斜がきついほどきついけど結果がついてくる。ルート3776はそれを実感するね」

「山の景色は宝石よりも輝いてる。俺の心の宝石も」

みたいな発言が何の臆面もなくポンポン飛び出してくる。

「おたくはどうしてルート3776に挑戦しようと?」

すごい意識高い感じで質問されるんですけど、これって完全に意識高い返答を求められてるわけじゃないですか。ここで意識低い返答、例えば「編集部にやれと言われたから」ですとか「途中でバッティングセンター行った、マックも食った」なんて言ったらぶん殴られますよ。だから頭をひねって意識高い発言を捻りだしましたよ。

「山とは頂を征服するものではない。自分自身を征服するものだから」

ドヤァ、意識高いやろって見てたら

「プッ」

って鼻で笑われました。

え、なんで、もしかして意識高いの笑われた?なに恥ずかしいこと言っちゃってんのって感じで笑われた?そんなん絶対にお前の方が意識高いわ、鼻で笑いたいのはこっちだわと思いつつ、微妙に負けた気がし、納得いかないまま登山再開となりました。

さて、ここからは富士宮口5合目を目指すわけですが、地図を見る限りそこまで距離はありません。おまけにかなり立派な道路がズドンと伸びてる。特にルートで困ることはなさそうですが、やはり傾斜がかなりきつい。でも、傾斜がきつい方が標高が上がる。人生と同じだね。と意識高いこと呟きながら登っていきました。

 

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もやあ、っと視界が悪くなりますが、昼間ですし道路が大きいのでそこまで危険性はありません。ちなみに、富士山は登山客が多いため、ほとんどの五合目登山口でマイカー規制が行われます。つまり、五合目まで車で行けるんだけど、すぐいっぱいになっちゃうから入ってくるのやめてね、下の方の駐車場に停めてバスで来てね、ってなってるのです。その駐車場が見えてきたので、5合目が結構近くなってきたと実感しながら登っていきます。

途中、道路わきに完全に打ち捨てられていて苔むしているベンチがあったのですが、あまりに疲れたのでそこに座って休憩しているとパトカーが通りかかってすごい訝し気な熱視線を向けられました。職質されたらどうしよう、なんでルート3776挑戦しているのか聞かれたらどうしよう、やはり制覇するのは自分自身だからみたいなことを答えるべきか、そんなことを考えていたら普通に素通りされました。

途中、意識高い系登山者に教えてもらった林道を通ったりしてショートカットし、雨も上がり快晴みたいな雰囲気になったところで、ついについに、富士宮五合目へと到着したのでした。

 

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おお、こんなに登山者が!

ここまでこの世界に僕と意識高い系登山者しかいないと錯覚してましたが、こうして五合目に来てみるとこんなにも登山者がいるのです。この五合目は一般的な登山者のスタート地点になるわけですからみんなフレッシュなのな。よーし登山しちゃうぞーって顔してる。けれどこっちはもうこの時点でボロボロですからね。疲労困憊だわ、レインウェア突き抜けて雨はいってきてグッショリだわ、完全に一般人に紛れ込んだゾンビみたいになってる。

 

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とりあえずここから一般的な富士登山が始まるので空腹を満たさなければならないと五合目の食堂で食事をとります。カレーにおにぎり3つ、ゆでたまご、とオーダーします。ちなみに3つもおにぎりあるのに中の具がおにぎり三連星でした。

 

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静岡市の職員と名乗る方が話しかけてきました。

「登山客の混雑緩和のために登山者の行動記録をとっています」

とのこと。このGPSを持ったまま登山してほしいらしい。黄色いバンドは協力のお礼としての記念品のようだ。GPSで行動を記録されるなんて一時的に保護されて山に帰される野生の熊みたいだなと思いつつ、リュックの底に忍ばせた。

 

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さて、登山開始だ。この富士宮5合目は5合目として最も標高の高い2400mだ。0から登ってきた者としてはかなり感慨深い数値だ。

 

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そこそこいい数値がでてる。

 

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また視界が悪くなってきたが、とにかく登るしかない。完全にふとももがギシギシいってる。周りのみんなはすごいフレッシュでサクサクいってるのにこっちはゾンビのような動きだ。

「なにこいつ、スタートしたばかりでなんでそんなにボロボロなの?」

みたいな視線を投げつけられる。違うんだ。僕はゼロから登ってきたんだ。

 

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視界悪すぎだろ。と思ってるとパッと視界が開けた。

 

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雲の上だ。なんかわからないけど物凄く感動する。すげえな、こんな高いところまで登ってきたんだ。異様に壮大な景色を眺めながら歩く。

5合目から小一時間ほど歩くと6合目の山小屋に到着する。

 

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確か6合目は最後のチェックポイントがあったはずだスタンプを押さなければならない。ここまでにあったあの青いボックスはどこにあるのかと探すけど、全然見つからない。ここはすごい難易度が高くてチェックポイントを探すのが本当に難しかった。完全に初見殺しですわ。さて、チェックポイントはどこにあるのか。

 

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正解はこの山小屋。

この山小屋に入っていって店員さんに「すいませんルート3776のスタンプを……」と申し出ると厳かに店の奥からスタンプが出てくる。これ、人見知りの人とかだったらスタンプ押せないな。

 

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ついにスタンプコンプリート。あとは頂上にいくだけだ。ここまで長かった。やはり傾斜はきついけどそれを乗り越えると標高という結果がついてくる。まるで人生のようだね。

 

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現在の標高は2500m程度。けっこう来た感じがするけど3776mがゴールであることを考えるとまだまだ先は長い。

 

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山小屋を抜けると目の前に結構な傾斜のルートが出現してくる。5合目からここ6合目まではそうたいした険しさではなかったが、どうやらここから本格化してくるらしい。これはなかなかハードだぞ。心が折れそうになりながら歩き始める。

 

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360度どこを見渡しても登山的な景色である。登山とはこうでなくてはならない。朝方の雨は何だったのだろうかいうほどに青空が綺麗だ。

 

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進んでいくと岩肌がゴツゴツとしてきて植物もなくなってくる。おまけにまた視界が悪くなってきて、彩のない死の世界を歩いてるような錯覚に陥ってしまう。どんどん日が傾いてきて夕刻が近くなってきた。完全に体がバラバラになりそうなので早めに休息にありつきたい。上の方を見上げるとぼんやりと砦のような、要塞のようなものが見えた。

 

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完全にあれ山小屋ですわ。今日宿泊する予定の山小屋ですわ。やっとこさ横になって休むことができる。何せ昨日はトンネル内で立ったまま寝たからな。あともう少し、もう少しで横になって寝ることができる。時間は午後5時くらいだった。

 

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新七合目山小屋。本日僕が横になって眠ることができる場所だ。富士山にはこのように山小屋が点在しており、水や食料を購入することはもちろんだが、宿泊までできる。ただし、宿泊はほぼ予約必須だ。週末などはすぐに満員になってしまうので注意が必要。

山小屋の消灯時間は早い。飯食って午後7時から8時には消灯となってしまう。配給みたいな夕食を食べてちょっと体を解したりしているとすぐに消灯時間となる。寝る場所も結構過酷で、死体安置所みたいにずらっと横に並んで眠る必要がある。それでも横になって眠れることはありがたい。指定された寝床に行き、安眠を貪って明日への活力にするつもりだった。

結果だけ先に申し上げると、ほとんど眠れなかった。

自分の寝床に行くと両隣がレスラーみたいに巨漢のオッサンで、僕に与えられたスペースが異様な狭さで、おまけに両方とも僕のスペースの方に寝返りを打ってるもんですから、スペースの形状がリアス式海岸みたいにいびつな感じになってるんですよ。なんとか無理して体を押し込めてみたんですけど、両隣からの吐息が右側は生暖かく、左側が冷たく、その吐息が僕の体の上で温度差によって渦を巻いていたのでそれが気になって完全に眠れませんでした。あと、いびきが高音と低温で完全にハモってた。

なんとか楽しかった少年時代とか思い出して眠ろうと思ったのですが、もしかして今、寝てた?みたいな瞬間が3回くらいはあったのですが、もうしょうがないので起床することにしました。時計を見ると夜の12時。山小屋の外に出てみると半月がすごく綺麗に輝いていました。

いつもより少しだけ距離が近い月に、冷たく澄んだ空気、下を見ると弾丸登山のため夜中も登り続ける登山者のライトが列をなしています。さらにその下を見ると、麓の町の夜景がぼんやりと輝いていて、それを隠すようにうっすらと雲がかかっているのです。なんだかその光景がすごく幻想的で、この世ではないような、死んだらこういう光景を見るんじゃないか、そう思わせてくれたのです。

同じように幻想的な月を見ながら体育座りをし、何やら語り合ってる高校生と思われる男子二人がいました。軽装ですので彼らも山小屋の宿泊客でしょう。僕と同様に眠れなくて外に出てきた感じでした。

「なあ、夢とかってある?」

「ん?」

「なりたいものとか、やりたいこととか」

「あるよ」

「おれ、声優になりたい」

「俺は銀行員。お互いになれるといいな」

「そだな」

青年二人に思わず夢を語らせてしまう。この月にはそんな魔力があった。これも富士登山の魔力なのだ。こんなベタな夢の話、富士山でしか、それもきれいな月の下でしかできないですよ。

それにしても眠らないと体力が続かないぞと、レスラーの間にムリムリと入っていったのだけど、やはり眠れなかった。ここで無理して寝たら絶対に圧殺される夢を見る。そうこうしていると何やら周囲がゴソゴソと慌ただしい。時間は深夜1時くらい。このくらいの時間になると起きだして出発する人が出てくる。

実はこれがこの位置の山小屋ではスタンダードで、深夜1時くらいに出発すれば余裕をもって朝日が昇るころに頂上へと到達することができる。そこで見る朝日を「御来光」といって登山の目的にしている人も多いのだ。朝日が出るまでに頂上に行こうと思ったら標高が低い位置の山小屋ほど早い時間に出発しなければならない。この山小屋ではこの時間くらいに出ればちょうどよいといいうことだろう。ならば僕も出発しよう。

レスラー二人に別れを告げ、荷物をまとめて出発する。レスラーはいびきで返事をした。

 

3日目

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闇夜の中を黙々と登っていく登山者の隊列は一種異様な雰囲気がある。みんな御来光を目指すので登山道は結構混みあってくる。場所によっては行列になっていて少し待機してから登らないといけないほどだ。登山者が多すぎて完全にキャパを越えてる。

 

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ここにきて体の疲労が如実に表れてきた。完全にペースが遅い。元気な子供とかにもガンガン抜かされていく。それでも標高が3250mまでやってきたっぽい。あと500mほどだ。気力を振り絞ればいける。

 

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なんか趣味の悪い杭が二本立ってるな、なんだあの模様、って近づいてみると

 

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むちゃくちゃ硬貨がぶっさしてあった。狂気に近い。こんなの登山道だからいいけど廃屋とかで見つけたら絶対に悲鳴を上げる。

 

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ついに9合目までやってきた!あと少し!

8そして9合目ときたら次は10、つまり頂上だろ。上の方にぼんやりと見えるあの明かりの集合体がきっと頂上だ。もう少しだ。がんばれ。体に鞭を打ちながら登る。がんばれ、あと少し。きっとあそこが頂上。がんばれ。もう少し。がんばれ。ついたーーー!やったーー!

 

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九号5勺。

9.5合目ってことでしょうか。刻んでくるなあ。

ここが頂上だと思ってたのですがどうやらここからさにら上に行かないと頂上ではないらしい。そうなってくると御来光に完全に間に合わない。もううっすらと山際少し明かりてみたいな状態になってる。しょうがない。頂上で御来光を見るのはあきらめてここ9.5合目で見よう。そうしよう。

 

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でるぞでるぞー。それにしても雲海がものすごい。こんな場所に御来光出でてきたら完全に何かの御利益とかありそう。あと、結構寒かったので防寒着を完全装備して御来光に備えた。

 

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ほうら、でるぞー!でるぞでるぞー!

 

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でねーーー!

完全に太陽が出きったレベルの明るさなんですけど、山影に隠れて全く見えない。御来光もクソもあったもんじゃない。どうやらこれ富士宮ルートの特性らしく、他の登山ルートは大体どの位置でも御来光を眺めることができるのですが、富士宮ルートは方角的に頂上以外で御来光を見ることが難しいようなんです。だから富士宮ルートではみんな躍起になって日が出るまでに頂上に行く、みたいなことを隣にいた登山のベテランみたいなオッサンが言ってました。そういうことは早く言って欲しかったな。

さすがにこれじゃああまりにも残念すぎるので、今日は特別に、全く同じ日、全く同じ時間に別の登山口から富士登山をしていた友人から御来光の映像を提供していただきましたので、それをご覧になってください。

 

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これ完全にご利益あるやつでしょ。すごいね。山影の向こうではこんな景色があったんだね。僕、知らなかったよ。太陽がこんなにまぶしいの、僕知らなかったよ。富士宮ルートで御来光を見たいならとにかく死に物狂いで頂上に行かなければならない。覚えた。

さて、気を取り直して頂上を目指す。もうこの3日間ずっと登ってていい加減足がバカになってきてる。

 

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このくらいの標高になるとなかなか気温が低く、地形の都合で日の光が当たらない場所では雪が残ってる。1年を通して溶けることのない万年雪として残っているらしい。外国の登山者でおそらく南の方の国の人が「雪が残っている」という概念が良く分かってないらしく、「あれは雲か?」みたいな会話をしていたので「雪だよ」って教えてあげたら腰が抜けるほど驚いていた。

 

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ついに頂上が近くなってきた。下の方をみて改めて感じるが、なかなかすごいところを登ってきている。もう岩がごつごつしていて登りにくくてしょうがない。

 

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今度こそ正真正銘の頂上だ!ついにやりとげた!

 

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頂上からの景色。愚民どもに見せてやりたい。

 

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頂上には神社とか売店、食堂があって人でごった返してる。いやーしかし0から3776mまで上がってきましたなー。雷平原ではどうなることかと思いましたけど、人間やればできるものです。完全に体がボロボロでもう一歩も動けない感じですけどやり遂げた達成感はなかなかのものです。さてさて、ここらで一発、高度でも測定してみましょうか。

 

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は?

なんか足りなくない?

相変わらず測定結果がばらけてますが、一番高いもので3736m、低い結果で3633mです。ルート3776と銘打ってるのに3776mを越える測定結果がないのはけっこうまずいです。「へえ、ルート3776なのに3776m越えてないんだ」ってメガネをクイックイッやられてしまう。

実はこれ、けっこう普通のことで「山頂」が「一番高いところ」であるとは限らないわけなんです。特に富士山は顕著で、まず「山頂」と呼ばれる部分が非常に広い。富士山頂はかなり大きな火口があり、その周囲をぐるっと火口壁が覆っている。この火口壁の部分を山頂と呼んでいる。一周2.4kmほどある環状の山頂で、すべての登山ルートの山頂と合流できるようになっている。かなり広大だ。

その山頂の中で最も高い場所が「剣ヶ峰」と呼ばれる場所で、こここそが「最も高い3776m」らしいのだ。後の場所は山頂といいつつもやや低い。せっかくこだわって海まで行って海抜0からスタートしたのだ、この剣ヶ峰に行ってしっかり3776mを制覇しないとメガネをクイックイッやられてしまう。

 

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もういっこ山がありやがる。

山頂に到達したのに、山頂にもう一個山があるってこんなの絶対におかしいよ。

 

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結構傾斜がきつい。おまけに砂がずるずる滑って歩きにくい。死にそうになりながらなんとか登る。

 

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ついたー!

どうやらこのコインが置かれてるあたりが日本で最も高い場所らしい。さっそく高度を測定してみる。

 

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一番上の衛星による測定結果だけしっかり3776mを越えた。もうこれ以上高い場所は日本にはないし、これで良しとしよう。

ということで、なんとか「ルート3776」制覇することができました。

富士山はシーズン中は登山道が整備され、人も多く、山小屋もたくさんある比較的登りやすい山です。だからといって油断は禁物で、装備をきちっと整え、余裕をもって不測の事態に備えましょう。ちなみに富士市が推奨する「ルート3776」は3泊4日の行程を想定しています。この記事では1泊分を短縮していますが、なるべく余裕を持った行程を組むようにしましょう。

ルート3776を制覇するとこんなおまけがあったりします。

 

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必死になって各チェックポイントで集めていたスタンプですが、スタートから6合目山小屋までのスタンプを押した台紙に、頂上で撮影した写真を張り付けて富士市に送付します。雨にやられてすげえベロベロになってますが、まあ、なんとかなるでしょう。

 

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すると大体3週間くらい経過後に富士市から返信が来ます。

 

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ルート3776制覇の証、ピンバッヂが貰えます。

これはなかなか制覇した感があって良い。富士山の開山期間は概ね7月から9月上旬まで。我こそはと思う方は登山シーズンになったら挑戦してみてはいかがだろうか。くれぐれも準備は入念に。

今回、海抜0から挑戦し、苦しい中でも自分を見つめなおし、目的を達成することができた。つくづく山とは頂を征服するものではない。自分自身を征服するものなのだ。

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