【徒歩で125 km】廃線になった三江線の全駅を死にそうになりながら記録してきた
廃止となったJR三江線を、ライターのpatoが再び訪問!2018年3月末までの営業をもって惜しまれながらも廃線となったJR三江線の全駅を、patoが歩いて巡ります。島根県江津市・江津駅から広島県三次市・三次駅までの35駅、総歩行距離125km以上の道のりを、旅の記録にアプリ「駅メモ! - ステーションメモリーズ!-」と「駅メモ!おでかけカメラ」を使用しながらレポートします。(読了時間:40分)
目次
駅No.10 石見川本駅 12:54 徒歩38.2 km
石見川本駅は静まり返っていた。かつては、上りと下り両方の三江線車両が同時に停車し、剛の者はそれを撮影しようと舞い踊り、地元の人々が青いハッピを着て観光案内パンフレットを手にお出迎え、川本町の町長まで出てきて賑わっていた。さながら竜宮城のようで、行きかう人々の熱気のようなものがこの駅にはあった。三江線沿線で最も活気のある駅だったのだ。
駅舎に入ることができる。ただ、人影は一つもない。
かつてはここに有人の切符売り場があった。以前来たときに「東京から!?」と話しかけてくれたあの人ももういない。
待合所もあの日のまま残されている。
もうここには誰もいない。
静けさだけが永遠に来ない列車を待っているように思えた。
なんだか妙に寂しい気持ちになってしまった。感傷的とでも言えばいいだろうか。ただでさえ全線徒歩という地獄なのに寂しさでテンションを下げてしまってはいけない。こういう時は「でんこ」に頼るべきである。
よし。テンションを上げていこう。
ここ石見川本駅でついに4万歩の大台に乗ってしまった。こらーー! 地獄かーー! 歩きすぎだろー! ぎゃわー!
ちょっと無理にテンションを上げてしまった感は否めない。無理がある。やはりいつもの調子で歩いていくべきである。
石見川本駅の周辺は商店街のようになっている。かつてはこの地域全てを司る官公庁がこの駅周辺に集中しており、ずいぶんと栄えていたようだ。その後、規模が小さくなっていったものの、この地方の中心として駅前の商店たちが存続していった。
最近では、三江線のダイヤによっては石見川本駅で90分ほど停車することがあったらしく、その時間を利用して駅周辺の商店でランチ、などの取り組みもあったようだ。駅から出てすぐの場所にある新栄寿司もその一つだ。季節によっては旬のアユなども食べさせてくれるお店らしい。もちろん、廃線後も営業中。是非とも立ち寄ってみて欲しい。
ポスターを見つけた。三江線の最終日となる2018年3月31日に石見川本駅でも盛大にセレモニーが行われたようだ。このポスターをじっと眺めていたら近隣の人だろうか、作業服のおじさんが話しかけてきた。
「すごかったんだぞ、三江線最後の日」
「そんなにですか?」
「あんなに賑わったの初めて見たわ」
「すごかったんですねえ」
「わしらの葬式だってあんなに人が来んけん」
確信した。これはこの沿線の人たちの鉄板ネタになっているんだ。
駅前を離れて次の駅へと歩き出す。しばらくは住宅が連なる街並みが続いていたが、川が見え始めるとまたすぐに自然豊かな光景へと変わった。
興味深いものを見つけた。どうやら三江線サイクリングコースなるものがあるらしい。三次から出発して江津まで、三江線と共に江の川を見ながら下っていくコースだ。基本的に、三次から出発すると中国山地から下りてくる形になるので下りが多くなる。サイクリングにはうってつけじゃないだろうか。(三江線サイクリングコースの詳細は、三江線活性化協議会が運営するぶらり三江線WEBで http://sankousen.com/enseninfo)
逆を言うと、江津からくるとかなり上りが多くなる。サイクリングですらなく、徒歩で、しかも上り主体というコースを選択した愚か者なんてこの世にいるのだろうか。まさかいないだろう。全駅歩いているやつとか。
川沿いを淡々と歩いていく。どうやらこの辺りは世界遺産にもなった石見銀山が近いらしい。車などの移動手段があればすぐに行くことができる。僕は徒歩なのでそんなところに寄り道するだけで死を見るので泣く泣く断念する。
やはりここまで来るとけっこう歩き疲れていて、だんだん頭がボーっとしてくる。
なんか川辺の休憩所がセーブポイントに見えた。セーブしてえ、続きは明日、とか訳の分からないことを考えていた。
良く分からないことを悶々と考えていると、民家の隙間から次の駅が見えた。
やった。
駅No.11 木路原駅 13:19 徒歩40.9 km
石見川本駅からほど近い場所に木路原駅がある。ホームと簡易的な待合所を兼ね備えた駅だが、このスタイルの駅は基本的に立ち入り禁止なので一切入ることができない。
許可されているギリギリまでいってホームを撮影するとこんな感じ。花が咲いていて綺麗だった。
駅へと上る階段はなぜかトタンの屋根みたいなものが飛んできていて、暴力的な廃墟みたいな雰囲気を醸し出していた。
マコもけっこう好みで、るるも捨てがたいし、どうしようかと悩ましい展開になってきた。
そもそもこの木路原駅周辺はいくらか昔ながらの住宅が立ち並んでいるが、少し駅を離れると真新しい新築の住宅が並んでいる。これらの一部は川本町が提供する定住促進住宅らしい。川本町外から移住してくる場合は、いくつかの条件をクリアすればこれらの住宅に格安の家賃で住めるようだ。前回来たときは、まだ建築中の住宅もあったが、しっかりと完成し、しっかりと定住してきた人が住んでいた。
そういった真新しい住宅が立ち並ぶ一角を歩いていると、前方に黄色い物体が見えた。普通に考えて道路上に黄色い塊があることなんて異常だ。あれなんだろう、あの黄色いのなんだろうと色々と想像を膨らませながら近づく。一体、黄色い物体とはなんだったのか。
けっこう面白みがないものが転がっていた。今日はとても風が強いので、おそらくどこかから飛んできたのだと思う。
さらに歩いていると、真新しい住宅の玄関から年の頃は4,5歳だろうか、女の子が出てきて話しかけてきた。
「今日は風が強いねー!」
無垢な感情をぶつけてくるかのように話しかけてくる幼女。
「そうだねー」
と歩きながら答える。
「どこにいくのー?」
と彼女の純粋な問いかけに、どす黒い心を持つ僕は
「SPOTというおでかけ体験メディアの編集部の策略で江津から三次まで歩くんだよ。汚い大人たちさ。いいかい、お嬢ちゃん。なんだってそうだ。やらされるよりやらせる大人になりなさい」
って言おうと思ったんだけど、後ろに立っていた幼女のお母さんがすごく怪訝な顔をしていたので、不審者がいると通報されてはかなわん、と、幼女の「どこにいくのー?」という問いかけに対し、
「ここではないどこかへ」
と無難に答えたつもりで訳の分からないことを言っていた。通報される。
川沿いを伸びるこの道路は道幅も広く、交通量も多い。車たちがかなりのスピードで追い抜いていくが、歩道もしっかりとあるので安心して歩くことができる。
ただ、足がめちゃくちゃ痛い。この辺を歩いていて、ぶちゅっと足の裏のマメが潰れる感触がしてさらに痛みが増した。今頃、足の裏が大惨事になっているに違いない。ここにきて限界が来たので初めて休憩らしい休憩を取った。座り込んで足を休める。
休憩を終え、気を取り直して進んでいくと川本町が終わり美郷町へと入った。まだまだ島根県である。先は長い。それでも一歩一歩進んでいこう。
進んでいくと、前方に標識が見えた。竹駅が近いという標識だ。駅が近いと分かると途端に元気が出てくる。
駅No.12 竹駅 14:12 徒歩44.4 km
三江線におけるスタンダードなスタイルの駅だ。当然、立ち入り禁止。
なぜかこの竹駅には3組の先客がいた。県外ナンバーだったので、遠くから廃線後の三江線を見にきたのだろう。しかしながら、その3組ともが線路に立ち入り、立ち入り禁止の柵を乗り越え、当たり前のように撮影していた。ある組は良いアングルを探したのかかなり手前の方から線路に入り込み、線路上を移動しながら駅を撮影していた。車で移動しながら各駅でこういうことを繰り返してきたのだろうか。もう列車はこないので危険性はないものの、やはり立ち入り禁止の場所に入り込むべきではない。
「るる」か「マコ」かで僕の心は揺れ動いている。ずっとこの二人で撮影していきたいところだが、いろいろと華やかなのでここからは使用している4キャラ以外の「でんこ」、手持ちの「でんこ」を総動員して撮影していきたい。みんなの好きな「でんこ」はでるかな?
ここまでで48,000歩ほど。なかなか長い距離を歩いてきた。
トンネルを抜けて次の駅に向けて歩き出す。やはり足が痛い。このトンネルの付近には「さあ、三江線に乗ろう」という利用促進キャンペーンのぼりが立てられていた。前回来たときはそれを撮影していたが、当然のことながらあるべき場所にのぼりはなかった。
足の痛さがそろそろ大変なことになっている。前回より明らかに早い段階で出ている。これが老いというやつだ。痛い、我慢、それでも痛いという世間一般でいう「痛み」という部分などとうに通り越していて、今ではもう、そもそも「痛み」とはなんであろうか、という哲学的な問いかけに到達している。痛みとは本当にそこに存在するのだろうか。ただそう感じているだけではなかろうか。我々人類は本当に痛みを感じているのだろうか。
訳の分からないことを考えながら歩いていたら目の前に集落が見えてきた。たぶん、あの集落の真ん中に駅がある。ここからは江の川と大きめの道路から離れる形で三江線が進んでいく。こちらも集落に「降りていく」という感覚をもってメインっぽい道路から離れていく。
集落に降りると、かなり近道なんだけど本当かよ、と言いたくなるようなルートがバンバン出てくる。石で作られたなんともか細い橋などを通る。本当に僕の体重を支え切れるのか不安になってくる。
ここまで50 km歩いてきたところで沸々とした怒りみたいなものが湧いてきた。なんで僕は折りたたみ自転車を持ってこなかったのか、なんで僕はレンタカーを借りなかったのか、さも当たり前のように歩いているのか。マメが破れた場所にまたマメができて訳の分からないことになっている。痛い。もうこの距離は人間が歩く距離ではない。馬とかが歩く距離だろ。そんな怒りに震えていたら次の駅が見えてきた。
駅No.13 乙原駅 14:50 徒歩46.9km
今までのパターンでいくとホームに入る直前に立ち入り禁止となっていたが、ここはかなり手前に立ち入り禁止が施されていた。なかなか撮影者泣かせの規制だ。
全くもって近づくことができないのでホームの様子を撮影できなかった。
この「でんこ」は「ハル」。忍耐強く強気な「でんこ」とのこと。ちょっと服装と季節がミスマッチだった。ちなみに駅メモ!はラッピングチケットというもので衣装を手に入れれば、「でんこ」を好みの衣装に変えることが可能である。僕は持ってないので「ハル」は季節感のない「でんこ」のままになってしまった。是非とも頑張って入手してあげたい。
次の駅に向かって歩いていると、この辺に住む子供だろうか、自転車に乗った男の子がずっと僕の後ろについてきた。なんだか補助輪なしの自転車に乗れる雄姿を僕に見せつけているかのようだった。
こういった、三江線沿線のような「過疎地域」というものは高齢化が進んでおり、お年寄りしか住んでいないようなイメージを持ちがちだが、実はけっこう子供が多い。外で遊んでいる姿を見なくとも、軒先に真新しい三輪車などが停められている光景などを見ると、思っていたより子供がいると感じる。ただ、通う学校がないなどの理由で成長すると街を出て行ってしまうのだろう。
「ねえ、どこにいくの?」
男の子が話しかけてくる。
「三次だよ」
不審者にならないように心がけて質問に答える。
「遠くない?」
「遠いよ」
こんな小さな子供にも三次が遥か彼方にあることを理解しているらしい。
「歩いて?」
「うん、歩いて」
「なんで?」
「(それは僕にも分からない)」
いつの間にか男の子はいなくなっていた。その問いかけはずっと僕の内面にあるものなのだ。そうそう答えが出るわけではない。
日差しが強くなってきた。クラクラしてくるが、それ以上に足が痛い。僕がもし理性を失ったケモノだったら、さっきの子供の自転車を奪っているんじゃないか、それくらい足が痛い。見るのが怖いくらい足の裏が大変なことになっている。
橋が見えた。僕の記憶が確かなら、橋の赤みが増しているので、たぶん一度塗りなおされている。
綺麗だものね。絶対に塗りなおししている。
バス停も新しくなっており、三江線廃止による代替バスがここにも走っている。ただ、時間は合わないし、どこに連れていかれるか分かったものじゃないので乗るわけにはいかない。知らない土地のバスはとにかく難易度が高いのだ。
バス停を眺めているとめちゃくちゃウンコをしたい欲求が高まってきた。ここで重大な事実に気が付く。前回訪れた際、何度か便意が襲ってきたが、三江線の駅は比較的高い確率でトイレを備えていた。さらに三次に近づくにつれてトイレ完備率は高かった。つまり、沿線に商店などはほとんどないが、トイレには困らなかったのだ。しかしながら、廃線となったいま、多くの駅が立ち入り禁止になり封鎖されている。それは同時にトイレも使用できないことを示唆していた。
「どうするんだよ」
あまりの恐怖にぞっとした。まあ、あまり大きい声では言えないですけど、小ならね、ほら、まあ、あれじゃないですか、だめですけど、ほら、まあね、でも大となると、どうしようもないじゃないですか。みずから人糞ゾーンを作り出すことになりかねない。どうするんだと思っていたら目の前に簡易トイレが現れた。
救いの神! 山の神!
と駆け寄る。
おそらく、橋を塗る工事用の仮設トイレらしく、厳重に封鎖され、関係者以外立ち入り禁止となっていた。目の前にトイレがあるのにできない。我慢しながら進むしかなかった。次の駅にさえ行けば、駅が解放されていてトイレに行けるかもしれない。そんな一縷の望みに賭けて前へと進んだ。
石見簗瀬駅の標識が見えた。駅は近い。もってくれよ! 俺のアナル!
駅No.14 石見簗瀬駅 15:39 徒歩50.2km
単刀直入に申し上げると、トイレはできなかった。確か、この駅は駅舎があってそのままホームに躍り出るとそこから駅舎横のトイレに行けるような構造になっているはずだった。そのトイレに望みを託したが、ダメだった。
駅舎に入る段階で強固に扉が閉ざされており、入ることはできなかった。よく見るとドアの鍵だけでなく南京錠までかけてある徹底ぶり。絶対にトイレにはいかせないぞ、という熱い気概みたいなものを感じる。
この駅にも先客がいた。福山雅治が持っているような、攻撃力が高そうなカメラを持っている剛の者だった。どうやらそのファイナルファンタジーの最後の方で手に入る武器みたいなカメラで廃線後の駅を撮影して回っているらしい。実に素晴らしい。僕の代わりに行ってくれ、駅メモのチェックインとおでかけカメラを駆使して撮影もしてそのスクリーンショットを送ってくれ、と言おうと思ったが、やめておいた。
「いやー困りましたね、この駅のホームを撮影したかったんだけどなあ」
剛の者が話しかけてくる。
「いやー、僕も困りましたよ(ウンコできないので)」
「この駅のホームは雰囲気が良くてですね。期待してたんですよ」
「僕も期待していたんですけどねえ(主にウンコのことで)」
「しょうがない。ギリギリまで入ってみて撮影しますわ」
「じゃあ僕もギリギリまで(ウンコをギリギリまでは非常に危険)」
ぶっちゃけた話、竹駅にいた先客みたいなことは簡単にできるんです。立ち入り禁止と言ってもすぐ乗り越えられるような柵ですし、誰かが見張っているわけでもない。さっと入って撮影くらい、本当にできるし、している人も多いと思う。でも、それをしない剛の者に深く共感した。
二人でギリギリまで行って身をよじりながら撮影したホームがこちら。なかなか難しい。意気投合した剛の者がなかなか高級な外車で来ていたので、次の駅まで乗せて行ってくれないかなーって淡い期待をしたけど、逆方向に行く感じだったので断念した。
おでかけカメラで撮影したら、彼女も僕の気持ちを代弁するかのように同様に残念がってくれている画像が撮れた。ここにきて彼女のことも好きになってきた。
次の駅はどうだっただろうかと、前回、自分が訪問した時の記事を確認する。急いでワープ列車に飛び乗った駅だったのであまり詳細な記録はなかったが、残念なことにトイレを備えているような構造の駅ではなかった。たぶんない。絶望だ。とにかく、次のその次の駅に期待である。
4時を回り、日が傾いてきた。山の中は日が落ちるのが早い。今日はどこまで進めるだろうかと考えつつ、急いで進んだ。
目の前に発電所のような設備が見えた。思い出した。前回来た時はこの周辺で野生の猿に囲まれたのだった。野生の猿が牙一族のようになって僕を包囲し、食料をつけねらっていたのだった。
慎重に、警戒しながら進んだが、猿はいないようだった。今、猿が襲い掛かってきたらびっくりしてウンコ漏れる。キキーッブリブリブリってなる。
悶絶しながら歩いていると、ついに駅が見えた。どう好意的に解釈してもトイレがなさそうな駅だ。何かの間違いでトイレないかなって期待していたけど、絶対にないわこれ。
駅No.15 明塚駅 16:15 徒歩52.6km
やはりトイレはない。つまり希望もないということだ。未来もないのかもしれない。三江線によくあるスタンダードな構造の駅だ。周囲に数件の民家がある。
おそらく運行最終日に使われたであろう「ありがとう三江線」という横断幕がそのまま残されていた。夕暮れが近い時間ということもあってか、周囲に人の姿もなく、特に寂しい気持ちにさせてくれる駅だった。
ホームにポツンと便器とかねえかなあ、と撮影してみるが、やはり便器はない感じだった。
「トイレ、なかったですね」って真面目そうなメガネっ子に言われている感じがする。彼女は「いおり」。人間の男性と話すときは極度の緊張のため、ぎこちない感じに。恋愛小説が好きで空想ロマンスに憧れを抱いているらしい。このプロフィールから考えるに、男性である僕に向かって「トイレ」とは言わない気がする。
さて、次の駅はきっとトイレがあるはずだ。それだけを頑なに信じて歩き出す。ちなみにここまでの歩数は57,000歩ほど。
山を切り開いてソーラーパネルが設置されていた。なかなか大規模だ。
だんだん過酷な道になっていく。このへんでうんこできるんじゃ? などと邪な考えが浮かぶが、それはよくないことだ。それでも次の駅にはきっとトイレがある。それだけを信じて歩き続ける。
どんどん深い森に誘われているような気がする。日が傾いてくると不安と恐怖でモヤモヤしたものが心の中を支配し始めるのだ。これはある意味、人間が持つ本能に近い。都市部の生活では忘れてしまいがちな本能的な感覚だ。
また踏切と橋が連続している場所があった。相変わらず律義な看板だ。
歩きながら新たな足の痛みを感じた。足の裏のマメが潰れてさらにそこにマメができて、さらに潰れたような状態で、そこをかばいながら変な体重のかけ方で歩いていたせいか、右膝に激痛が走った。完全に膝をやってしまった状態だ。
あまりの痛み、そしてウンコをしたい気持ち、そんなのが入り混じって沸々と怒りみたいな感情が湧き上がってきた。なんなんだこの旅は! 鉄道を使ったアプリゲーム、駅メモがスポンサードしてくれている旅なのに、俺、1秒も鉄道に乗ってないぞ。どうなってんだ。おかしいだろ!
怒りながら歩いていたら、はるか彼方に駅が見えた。あそこまで遠いなあ。おまけにダイレクトに行く道がないのでけっこう回り込んでいかないといけないんだよなあ、としょんぼりしてきた。こういう旅をして限界が近くなってくると感情の揺れ幅が大きくなる。怒ったり落ち込んだりである。
駅No.16 粕淵駅 16:55 徒歩56.0km
粕淵駅は立派な駅だ。駅舎自体は美郷町商工会館と同時に使われていた。しかも、その商工会の職員に業務委託するという形で、有人の切符売り場窓口まである駅だった。三江線の廃止に伴い、駅としての機能はなくなったが、商工会館はそのまま存続しているようだ。
駅舎部分はそのまま残されており、入ることもできる。なぜ天井からビニール傘が吊り下げられているのか完全に謎だが、窓口が閉まっていること以外は変わらず、あの日のまま残されていた。
駅舎から通路を渡ってホームに出る構造の駅だが、ホームの手前で立ち入り禁止となっていた。
周囲に集落も沢山あり、しかも同居する商工会館には人の出入りがあるためか、駅自体に寂しさは感じない。さらにこの駅の素晴らしいところは……。
トイレがある!
駅舎の横に備え付けられた公衆トイレはもちろん利用可能。救いの神とはこのことか。
「でんこ」もトイレがあった喜びに満ち溢れている。彼女は「ひいる」という名前。一見すると派手な感じだが、プロフィールによると「根は地味なのをとても気にしている」らしい。すっぴんは誰にも見せたことがないとのこと。
さて、ここから次の浜原駅まではそう遠くない。というか、なかなか近い。おまけに山間部を通るわけではなく、そこそこ住宅のある集落を抜けていく。気が楽な反面、不安要素もある。まず、かなりの勢いで日が暮れてきたという点だ。山間の日没は予想以上に早い。おまけに、右膝が誤魔化しの効かないレベルで痛み始めたという点だ。
もう体重をかけることができないので、引きずるようにして歩いている。そうすると、装備していた歩数計は歩いた際の振動でカウントする仕組みなので、振動が伝わらず、ほとんどカウントアップしなくなってしまった。
ズルズルと足を引きずりながら、夕飯の支度と思われる一家団欒的な音がそこかしこから聞こえる街並みを歩き、次の駅に到着した。
駅No.17 浜原駅 17:25 徒歩58.2km
足の痛さに意識が朦朧とし始めていて、この駅でチェックインするのを忘れていた。けっこう後になってからその事実に気が付き、レーダーという離れた駅を取ることができるアイテムで取る羽目になってしまった。
この駅は三江線の中心に位置する重要な駅であった。三江線は江津と三次を結ぶ路線であったが、この2つの駅をダイレクトに結ぶ列車はほとんどなかった。ほとんどの列車がここ浜原駅行きとなっており、ここで乗り継ぐようになっていたのだ。それだけ重要な駅だったといえる。
三江線全線開通の碑がなんだか物悲しい。
浜原駅のトイレも使えるようだった。なかなかデキるヤツだ。
この駅も駅舎に入ることができる。どうやらバスの待合所的に使われているようで、漫画まで置かれてちょっとした漫画喫茶みたいになっていた。
やはりホームに出ることは一切できない。かつては上りと下りの三江線車両が長い時間停車する立派なホームであったが、その様子を窺い知ることはできない。
ちょっと漫画でも読みながら休憩、としゃれこみたかったが先を急ぐので出発することにした。「でんこ」もマンガ読みたそう。彼女は「エリア」という名前で、テクノロジー皆無の野生で育った超自然児らしい。ということは漫画もあまり読んだことないのではないだろうか。是非とも読ませてあげたい。けっこう名作が揃っている。
さて、次はついに三江線の後半突入である。そして最大の難関とも思える沢谷駅に行かなければならない。なぜこの駅が難関なのか、それはちょっと次の地図を見てもらいたい。
ここ浜原駅から沢谷駅はそう遠くない。途中で道を間違えない限り難なく到達するだろう。しかしながら、問題はそのあとだ。沢谷駅から次の潮駅に向かう道中、地図中の赤で示した領域は、線路しか存在しない場所だ。長々とトンネルが続く場所で、並行する道路が一切ない。つまり、沢谷駅に行った後にここを通ることができないのだ。来た道を引き返して別のルートで潮駅を目指さねばならず、大変な大回りになってしまうのだ。
前回は、ここは絶対にワープ列車に乗らないと死んでしまうと考え、なんとか最終のワープ列車が来る時間ギリギリに沢谷駅に到着し、この難所を乗り切った。しかしながら、何度もう言うように、もうここに列車は来ない。前回、「大回りしたら死んじゃう」とまで言い切った大回りを敢行しなければならないのだ。地獄か。
とにかく、「行きたくない、歩きたくない」と駄々をこねたところで、救助隊が来るわけではないので歩き出す。まずは沢谷駅、そして地獄の潮駅だ。どんどんと日が落ちてきた気がする。とても不安だ。
駅No.18 沢谷駅 18:15 徒歩62.2km
第一関門突破である。なんとか沢谷駅に到着した。山の中でどんどん日が暮れてくると本当に不安な気持ちが高まってくる。おまけに、日が落ちるほど野生生物の活動が活発になるようで、茂みからガサゴソと比較的大きい感じの動物が動く音が聞こえてくるようになる。本当に怖い。
沢谷駅に到着する少し手前で、おじさんとすれ違った。おじさんはかなり怪しい男を見る目線でこちらを見てきたので、通報されてはかなわんと話しかけて三江線の遺構を巡っているんですと告げると、少しだけ三江線の思い出を話してくれた。
「自分たちは車があるから三江線に乗ることはほとんどなかった。でも、子供が都会に出て行く時や、孫を連れて帰ってきたときなど、節目の思い出に三江線があったような気がする」
「ただ、やはりなくなると寂しいね。線路に雑草が生えてくることはそんなに寂しいことじゃない。生命だからね。ただ線路がどんどん錆びてくることが寂しいね」
この沢谷駅にもきっとそんな思い出が数多くあるのだろう。日常に使う人がほとんどいなかった駅であってもそこに思い出があるのだ。
沢谷駅がもし僕らの話を聞いてくれていたら、この「でんこ」の照れたような表情をしてくれていたかもしれない。そんなことを思いながら写真を残してみた。彼女はの名前はチコ。非常にプライドが高く、ちやほやされていないと気が済まない性格。僕のお気に入りであるマコの姉。
さあ、ついに次は難所の潮駅だ。たとえどんなに遠回りなったとしても行くしかないのだ。来た道を引き返す。こういった旅においてこの行為はかなり精神的負担が大きい。追い込まれてくると、ただ前に進んでいるという事実だけが大きな心の支えになるのだ。それなのに前に進まずに後退していくことは、仕方ないとはいえかなり重く、苦しい。
ただ、好材料もけっこうあって、このまま一気に日が落ちて暗くなり、完全なる闇の中を歩くことになるのかな、などと考えていたら、思いのほか空は明るいままだった。日が長い季節に決行できたことが幸いしたのだろうか。
なんとか分岐点まで戻り、後退ではない新たなルートで潮駅を目指すことになった。前回はワープ列車に乗ってしまったので歩くことがなかった道だが、思っていた以上にアップダウンあり、トンネルありの険しい道だった。
トンネルを出ると、並木道にでた。もうずいぶんと暗くなってきたので上手に撮影できなかったが、どうやら桜の並木道らしい。桜の季節にはさぞかし綺麗だったんじゃないだろうか。
そんな並木道を歩いていると、散歩をしているっぽいおじいさんに出くわした。また怪しまれないように話しかけて事情を話す。おじいさん曰く、やはりこの並木は桜らしい。
「毎年、4月に入ってから桜が満開になるんだが、なぜか今年は三江線最終日の3月31日に桜が満開になった。本当に綺麗だった」
最後の三江線が満開の桜の中を走る光景。是非とも見てみたかったものだ。例年より早く、そして三江線最後の日に満開になるなんてなんて粋な演出だろうか。
駅No.19 潮駅 19:35 徒歩68.5km
ついに難所を攻略した。ここ潮駅は、三江線随一の絶景駅として知られている。先ほど通ってきた桜並木もそうだが、駅のホームから見える川の景色もそれはそれは綺麗なものだったようだ。
しかしながらホームに上がれないので、絶景を見ることは叶わない。
おまけに、まだ空は少し明るいけど、周囲はけっこう暗い。せっかくの絶景駅を堪能することはできなかった。
あら、せっかくの絶景を堪能できなくて残念ね、って言われているような感じがする。名前は「リオナ」。情報処理能力に優れた「でんこ」。一見なんでも完璧に見えるのにとんでもない欠点があるとか……。すごく意味深なプロフィールだな。
さて、今日の目標はここ潮駅までだった。なんとか目標を達成できて感無量だ。実はここ潮駅にほど近い場所には潮温泉があり、前回はそこで日帰り入浴を楽しみ、疲れた体を癒すことができた。しかしながら、その後も歩き続けた結果、宿泊場所に困り、ついでにテントの建て方も分からず難儀することになってしまった。
結果、その記事のコメント欄にも「あの日帰り温泉に泊まればよかったのに。バカなの?」
みたいなことを書かれてしまうことになってしまった。今回は絶対にそんなコメントを書かせない。つまりこういうことだ。
あの日帰り温泉のあった「大和荘」の宿泊予約をしてあるのだ。なかなか大人気のようだったが、なんとか1部屋だけ空いていたので予約できた。前回の旅から進歩し、今回はきちんと宿泊して休息を取ることができるのだ。この用意周到さは目を見張るものがある。
早速チェックインし、風呂に行く。宿に着いた瞬間に気が抜けたのか、足の痛みがマックスになり、まともに歩けなくなってしまった。それでも足を引きずって風呂へと向かう。
お風呂の中なので撮影できません。ごめんね。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
体の芯まで温まるとはこのこと! 五臓六腑に染み渡る!
もう生き返るとかそういうレベルの話じゃねえぞ。これはもう、何らかの不慮の事故で死んでしまったけど、向こうの世界でこれまでのすべての罪が許され、もう一度やり直そうと決意したらこっちの世界で息を吹き返した、レベルの話だぞ。あ、それ生き返るっていうのか。とにかく大変なことですよ。これは。
そして食事。
たまるか! こんなんたまるか! もう生ビール飲んだ瞬間に死ぬかと思った。こうなんていうの? エナジーみたいなもんというか、生命力をそのまま飲んでいるような感じすらする。食事もけっこう多いなって思ってたらここからさらに牛肉とてんぷらが運ばれてきて大変なことになっていた。
この神からドロップされたかのような食事とビールを広い食堂で堪能していたのだけど、向こうのテーブルにかなり泥酔しておられるおじさんがいた。
おじさんのテーブルはおじさんの部下っぽい男性と、妙齢の女性が座っていたのだけど、泥酔したおじさんは女性に向かって「ケツ触らせろ」とか、このご時世に大変にストロングスタイルなセクハラをしておられた。あと、食堂のテレビから阪神タイガースの話題が流れていたのだけど、それを聞いて「阪神なんて何も新しくねえじゃねえか!」とちょっと意味不明な悪態をついていて、なんだろう、体制が古いって言いたいのかな、分からん、とずっと悶々と考えていた。
部屋に戻り、足のマッサージをし、明日の準備をして布団に入った。そして寝る前にすべてを理解した。あのおじさん、「はんしん」の「しん」を「新」だと思ってるんじゃないだろうか。それなら全てが繋がる。
「あのやろう、阪神のしんは新じゃねえ、神だ」
と呟きながらこの日は就寝となった。
さて、こんな素敵な宿である「潮温泉大和荘」の宣伝もしておきます。
潮温泉大和荘 温泉の効能:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、間接のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、動脈硬化症、きりきず、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、高血圧症 日帰り入浴可。料金は一般(中学生以上)420円、小学生210円 宿泊は1室5,400円より(泊まった部屋は7,500円でした)
しっかりと宣伝したところで大変申し上げにくいのだけど、この神の宿であるところの大和荘、建て替えのため2018年の5月いっぱいで一旦休業となってしまう。2020年4月にリニューアルオープンするようなので、その際には是非とも利用して欲しい。ということで1日目のまとめはこちら。
【次のページ】2日目に突入!三江線、35駅達成まであと16駅!
「駅メモ!」と一緒に旅にでかけよう!
アプリをダウンロード