【徒歩で125 km】廃線になった三江線の全駅を死にそうになりながら記録してきた

廃止となったJR三江線を、ライターのpatoが再び訪問!2018年3月末までの営業をもって惜しまれながらも廃線となったJR三江線の全駅を、patoが歩いて巡ります。島根県江津市・江津駅から広島県三次市・三次駅までの35駅、総歩行距離125km以上の道のりを、旅の記録にアプリ「駅メモ! - ステーションメモリーズ!-」と「駅メモ!おでかけカメラ」を使用しながらレポートします。(読了時間:40分)

2日目 6:00

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一晩眠れば足の痛みが癒えているだろうと甘い考えを持っていたら、一晩寝ても癒えていなかった。痛い。本当に歩けるものなのか不安になるけれども、歩くしかないので歩き始める。足の裏のマメによる痛みは、靴下を2枚はいてクッション性を上げるという名采配によってマシになった。それでも右膝の痛みはかなりのものだ。

 

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足を引きずっているので歩数計がぜんぜんカウントアップしない。もう使い物にならない。

 

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宿泊した大和荘は、潮駅からほど近い。こうやって見てみると潮駅の絶景がなんとなく雰囲気だけでも伝わる。たぶんこんな感じの景色なんだ。

 

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右手に川を見ながら進む。三江線はちょっと高い位置を通るようになっていた。三江線の橋脚が植物に呑まれようとしている。

 

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気温は8℃となかなかの歩きやすさ。そんなに汗もかかない。しばらく歩いてみて分かったのだけど、右膝の痛みはある程度歩くことで麻痺してくる。ただ、ちょっとでも休憩するとまた痛みが再発してくるので、ここは止まることなく進んでいくことにする。

 

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進んでいくと駅が見えた。高い位置にあるのが「石見松原駅」であり、その下にあるのが自転車置き場だ。たしか、ここから隠し通路みたいなものを通って駅に行くはずだ。

 

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あった。これだ。本当にこれかよ? と思うかもしれないがあくまでもこれは近道的ルートだ。逆側にちゃんとした正規のルートがあるが、それは遠回りになるのでこちらのルートを通るのだ。

 

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とんでもないルートを登っていく。けっこう傾斜がきついので息が切れてくる。

 

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見えた。駅だ。

 

駅No.20 石見松原駅 6:40 徒歩72.0km

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メインの道路から登った場所にあるこの駅は、ひっそりとしていた。廃駅となった今はこんな高い場所まで訪れる人もいないのだろう。そこに人の痕跡はなかった。山からの水が豊富に湧き出る場所のようで、あちこちから滝の音が聞こえていた。

 

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ホームはそのまま残されているが、苔が生え始めている。あまりにも「そのまま」であるが故、強烈に三江線が終わってしまったと実感してしまった。

 

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シーナ。なんか正月ぶりに会った気がする。なんか彼女の顔を見ているとむちゃくちゃ大回りとかさせられそうな幻覚が見えてくる。

さて、次の駅に向かって歩き出す。あちこちの茂みから水の音が聞こえる道路を通って下っていく。

あちこちの茂みから水の音が聞こえる道路を通って下っていく。

 

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水のせせらぎの中、遠くに先ほどの石見松原駅が見えた。

 

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メイン道路に戻ると、駅の案内表示がそのまま残されていた。廃止となっても標識は残るのか、それともこれから撤去されるのか。

 

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また川に沿って進み始める。しばらく進むと、とても思い出深い場所に出た。

 

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この場所がなんなのかというと、前回、僕が真夜中に妖怪のようにヒタヒタと歩いていたらよほど怪しかったらしく、パトカーに職質された場所だ。

 

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こうして明るいうちに歩いていれば職質されることもない。自信をもって進み始める。この画像のように、道路と三江線は何度かクロスする。

 

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道路脇に出ている水がとても冷たくて気持ちよかった。

 

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川を横目に見ながら、立派な橋を何本か通過すると、集落が見えてくる。その集落の入り口に道の駅がある。道の駅から始まるこの一帯はなかなか栄えていて、商店やらJAやら体育館などがある。この周辺地域の中心部的な役割だ。

 

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道の駅の横には特産品や地元で採れた野菜などを売る店が軒を連ねている。

 

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その中の1店舗に「ツバメ進入禁止」と掲示されていた。ツバメに言っているのか、僕らに言っているのか、ちょっと良く分からなかった。たぶん「ツバメが入るからドアを閉めてくれ」って意味だと思うけど、既にちょっと開いているし。

 

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ここで三江線が完全なる高架になる。まるで都会の鉄道みたいだ。これ工事とか大変だったんじゃないだろうか。しばらく高架に沿って進み、大きな集落が現れてきた。その集落の中心に次の駅があるはずなので土手を走るようにして伸びていた道路から下っていく。すぐに次の駅を見つけることができた。

 

駅No.21 石見都賀駅 8:18 徒歩78.1km

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この駅は集落を見下ろすような高い位置にあるため見つけやすい。ただし、駅の入り口は少し離れた場所にあるので見つけにくい。

 

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少し離れた、一見すると駅と全く関係ないような場所にあった入り口は、やはり封鎖されていた。ここから洞窟のような通路を登ってホームへと出る構造だったが、入ることができないのでホームがどうなっているのか知るすべがなかった。

 

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こうしてホームを見上げることしかできない。

 

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これまでで一番ホームに近づけなかった駅となってしまった。なので「でんこ」はかなりズームして撮影してみた。彼女は「シャルロッテ」。ドイツ製の「でんこ」で、日本のあらゆることに興味を持っていてあっちこっち行っている。ちょっと他人事じゃないな。

 

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集落の中を歩いていく。どうやらここも三江線代替バスが走っているようなのだけど、かなり本数が少ないようだ。ワープ利用は望めそうにない。

歩いていると、早朝からどこかの家の誰かが爆音で音楽を聴いているのか、ノリノリの音が聞こえてきた。よく耳を澄ましてみると、それはQueenの「WE WILL ROCK YOU」だった。進むほどその家が近づいてくるのか音量が大きくなっていく。

ズダダン、ズダダン

重低音が刻まれていく。そしてついにミュージックは佳境に差し掛かる。サビのズダダンという音楽に合わせて茂みから婆さんが出てきて、まるで婆さんの入場曲みたいになっていたらからむちゃくちゃツボってしまった。ちょっと強そうに見えたもんな。

ちなみにROCK YOU婆さんに爽やかに挨拶したところ

「三江線を見にきたの?」

と質問されたので笑顔で返事をしたら

「三江線は蘇るのよ。来月に」

「え!? ほんとですか!?」

「嘘よ」

と、意図も狙いも意味も何も分からない、果たしてそれで誰が得すというのかと唸るしかない嘘を平然と笑顔でぶっこんできた。なんかこええよ。完全にROCK YOUだわ。

ROCK YOU婆さんと別れ、気を取り直して歩く。

 

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飛び出し注意の看板が見るも無残なことになっていた。飛び出すとこうなるぞ、次はお前の番だ! と言われているようでやけに説得力がある。

 

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「自動販売機」「自動販売機」と大々的に銘打たれているが、そこに自動販売機はない。

 

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いよいよ、三江線で最も著名ともいえる駅、天空の駅ともいわれる「宇都井駅」へと続く分岐に到着した。ここからはいったん国道を離れ、宇都井駅に向かって細い道を歩いていく。比較的歩きやすかった国道から、歩道なしの道路へと変わるので注意が必要だ。

 

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三江線の高架も同じ方向に向かって伸びていく。

 

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いい感じの国道から突如としてこのレベルの道になるので頭が混乱してくる。ただ、歩きやすいと言えば歩きやすい。なぜなら、全く車が通らないからだ。先ほどまで歩いていた国道はショートカットして三次へと延びている。多くの車はそちらを通行する。つまり、特別に宇都井に用事がある人でない限りこの道路を通ることはないのだ。現に、宇都井駅までの間、一台も車が通ることはなかった。

 

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ただ、サイクリングコースにはなっているようで、シャーっと音を立てて颯爽と自転車が追い抜いていく。ええなあ、なんで僕、自転車で来なかったんだろう。

 

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道路がさらに劣悪な感じになってくる。

 

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また、シャーっと外国人の男女が自転車で追い抜いていく。何か大声で話しながら僕を見ていた。英語なので全然聞き取れなかったけど、「crazy gonna crazy」みたいに聞こえたので、多分僕のことをバカにしているんだと思う。

 

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橋が見えてきた。たぶん三江線が川を渡るための橋だ。

 

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ここまでくればだいたい駅間の半分といったところだろうか。

 

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本当にこの先に駅があるんだろうか不安になってくる道だ。

 

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橋が見えた。僕の記憶が確かならば、あの橋を渡ってすぐに宇都井駅があったはずだ。もう少しだ。

 

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あの山間の風景に全く似つかわしくない巨大建築物。あれが宇都井駅だ。

 

駅No.22 宇都井駅 10:25 徒歩85.3 km

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この地域に駅を造ることは決まっていたものの、どうしても高架にするしかなく、仕方なく地上20メートル、116段の階段の上に駅を造ることになった、それが宇都井駅だ。地上高としては日本一の高さを誇っていた。

 

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宇都井駅にはエレベーターやエスカレーターといった設備がない。この団地の階段部分みたいな場所を116段のぼっていかなければならなかったのだ。しかし、階段の入り口で立ち入り禁止となっている。心の底から安堵した。

正直に言わせてもらうと、確かにホームの様子とか、天空の駅の見晴らしなんかをもう一度見たかったですけど、下手にホームの手前まで入れるようになっていたら116段の階段をのぼらないといけないじゃないですか。絶対に行かないといけないじゃないですか。いまの足の状態でそんなことしたらたぶん、足が取れる。それくらい限界が近かった。だから立ち入り禁止ありがとう、そう言いたかった。

 

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宇都井駅のすぐ隣の空き地に人が集まっている。三江線沿線でこれだけ人が密集している光景を見ることはほとんどない。なんだろうと近づいてみる。

 

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なんでも「レールカフェ」という催しのようだ。調べてみると、期間限定のイベントらしい。けこう人が入れ代わり立ち代わりやってきていて宇都井駅の人気と相まってなかなかの人出になっていた。

 

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オーダーした飲み物なんかをレールに乗せて運んでくれるっぽい。そういった意味でレールカフェなのだろうか。

 

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三江線グッズも販売されている。けっこう色々な種類がある。

 

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三江線を取り扱った漫画同人誌「三江線クルーズ」や書籍「ローカル線の旅ガイドブック」なども販売されていた。面白い本なので見つけた際には是非とも購入して欲しい。

 

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レールカフェから見上げると少しだけ宇都井駅ホームの様子が見える。たぶん、看板だけが取り外されて、それ以外はあの日のまま残っているのだろう。

 

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彼女は日本縦断でも大活躍した「モエ」。純真無垢であらゆることに疑いを持つことをしらない。そういうのけっこう嫌いじゃない。そういう人ってバカ正直とか言われるかもしれないけど、僕は人を疑っている人の方が悲しいと思う。なんでも疑うなんて気狂いピエロさ。悲しいことだよ。と、なぜか感情が昂ってるのは、それほどきついからです。

さて、ここまで騙し騙しやってきたが、宇都井駅に到着した瞬間に右膝が限界を迎えた。痛すぎて立っていられない。歩くにしても何かに掴まってじゃないと、とてもじゃないが痛みに耐えられない。いやはや、とんでもないことになったものだ。

とにかく、前に進まないことにはしょうがないので歩を進めるのだけど、そのたびに激痛が走る。ちょっとガニ股で歩けば膝への負担が少なく、あまり痛まないことを発見したのだけど、それでもちょっと進めばまた同じように痛み出した。

次に、エロいことを考えながら歩くと痛みがやや和らぐという事実を発見し、けっこうエロいことを考えながら歩いていた。

 

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兄貴がいるが故にちょっとエロいことに詳しくてクラスのエロ博士として扱われていた竹本君の言っていたエロ話を思い出しながら歩いていると、県境を越えてついに広島県入りとなった。しかも三次市である。

もう三次市に入ったといっても、これは合併に合併を重ねて、こんな場所まで三次市になっちゃったのかよというパターンの場所なので、まだまだゴールの三次駅は遠い。というか、ここからしばらくは川のこっち側が広島県、向こう側が島根県という場所を歩いていくので、何度か県境を越えることになる。

いよいよ竹本君のエロ談話も効き目がなくなってきた。女には背中をフェザーにタッチするといい、もう虜よ、という話をいくら考えても痛いものは痛い。

 

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広島県入りしたとしても景色は変わらない。山に森に川に道路である。それだけだ。ただ、昨日の強風の影響だろうか、木の枝が多数、道路の上に転がっていた。

 

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もしかしてこれを杖にしたら膝への負担が減るのでは? そう考えて手ごろそうな枝を手に取ってみたけど、短すぎてダメだった。おまけに謎の粘液がついていて持った瞬間にネチャアとなった。でも杖という考え方は悪くない。手ごろな枝が落ちていたら杖にしよう。

 

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川に誰かいる、と近づいていみるとカヌーを楽しんでいる人がいた。とても楽しそう。カヌーで川を下ってきたんだろうから、あの人たちは右膝が痛いとか絶対にないんだろうな。うらやましい。

 

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良さそうな枝を見つけた。長さといい太さといい申し分ない。杖になるためだけに生まれてきたような枝だ。これを使って歩いてみると、嘘のように痛みを感じなかった。すごい。完全に文明の利器だ。

 

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膝の痛みによってペースが落ち気味だったけど、杖によってまたパワフルに進めるようになった。遥か先の方にうっすらと見える集落っぽいあたりに次の駅があると思う。あんな遠いのかよ。絶望する。

しかし、杖を突いて歩く姿は完全に満身創痍そのもの。途中、何台か車が追い抜いていったのだけど、いずれの車もちょっとスピードダウンしてマジマジと僕を凝視していた。あいつ、命からがらじゃねえ? とでも言いたげだった。そう思うなら乗せて行ってくれよ。

 

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やっと命からがらで駅に到着した。ここまで杖をついてきて分かったんだけど、杖、重いわ。あと、思ったより効果がない。杖を使ったのは完全に失敗だった。同じように枝が落ちている場所に放置していこう。僕らには杖なんか必要ないんだ。

 

駅No.23 伊賀和志駅 11:58 徒歩89.2 km

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驚くべきことに、あとから見返してみてこの伊賀和志駅の画像が上記の1枚だけだった。どれだけ意識朦朧としていたんだろうか。もうちょっと色々と撮るべきだったと思いつつ、しっかりとおでかけカメラでも撮影していたので安心した。

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あ、おでかけカメラって「でんこ」をアップにした方が構図的にいい感じになるね。最初からそうしておけばよかった。彼女の名前は「いろは」。極度の心配性で「どうしよう」が口癖。どうでもいいことで悩む。とある。なんだろう、けっこう「でんこ」の性格って自分を投影してしまう部分がある。誰もが心の中に「でんこ」を抱いているんだ!

さて、ここからは前回も苦しめられた難所だ。別に難所というわけではないけど、前回は精神的な負荷がかなり大きかった。ちょっとこちらの地図を見て欲しい。

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伊賀和志駅から次の口羽駅は、線路長としてはかなり短い。歩いても20分くらいで行けてしまうんじゃないだろうか。前回もここは駅間が短いぞ、とワクワクしながら歩いたが、実際に行ってみると、ピンクで囲った部分は川を渡る鉄橋で、線路しか通ってなかった。つまり、列車しか通れなかったのだ。

結果、川に沿って死ぬほど遠回りする羽目になってしまったのだ。3倍くらいの距離を歩くことになったと思う。短いぞーと期待していただけに、その精神的負担はかなりものだった。ただ、今回は違う。最初から遠回りすることを理解しているのだ。最初からそれだけ歩くつもりなら怖いものはない。杖を捨てた僕は颯爽と歩いた。麻痺したのか、いつの間にか膝の痛みはましになっていた。

 

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初めから分かり切っている遠回りなど屁でもない。

 

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それでも、この鉄橋の上を歩けたらいいんだけどねえ、と恨めしく眺めながら遠回りする。

 

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ずーっと大回りして、あの遥か先の赤い橋を渡ることになる。

 

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なんとか赤い橋に到着。ちなみにこの橋の中間地点からまた島根県に入る。橋を渡り切ったらけっこう大きな集落がある。その集落を突っ切ったさきに駅があるのだ。

 

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集落に入ると、なぜか道に落ちている布団が出迎えてくれた。なんでこんなところに落ちているんだろう。遠目には人が倒れているように見えて、しばらく来ないうちにとんでもないスラムになったのかと思ってビクビクしていた。

 

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ついに駅が近づいてきた。まだ道路の案内標識は残されているみたいだ。

 

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この口羽駅にほど近い場所にも三江線全通記念碑がある。

駅No.24 口羽駅 13:26 徒歩94.0 km

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もっと山奥に行くトンネルがあり、そこに続く高架道路がある。口羽駅はその脇にある。かつてはこの高架道路の下を三江線が潜り抜けていた。この駅はホームと待合所が続きの構造になっておらず、それぞれ独立して存在している。

 

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もちろん、ホームに入ることはできなかったが、遠目に見てもわかるように、ほぼそのままの状態で残っている。三江線が動いている頃は口羽駅始発の列車が1本だけ設定されていた。上下線の列車がすれ違う必要があったのか、三江線の駅にしては珍しく2面のホームが生きていた。その名残が「江津行き/三次行き」という看板からも読み取れる。

 

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駅舎の方はほぼそのまま残されていた。もちろん、中に入ることもできる。たぶんバスの待合所として使われているのだろう。ただ、前は使えたはずの簡易的なトイレは封鎖されていた。

 

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その代わりなのかなんなのか、駅の向かいにめちゃくちゃ綺麗な公衆トイレが新設されていた。かなり立派できれいなトイレだ。

 

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多目的トイレまで兼ね備えた立派なトイレだ。

こんな風にして口羽駅を撮影しまくっていると、一組の親子連れがやってきた。お父さんと思わしき人と、5歳くらいの子供だ。

「もうここに電車こないの?」

子供は駅を眺めながらそんなことをお父さんに訊ねていた。雰囲気から察するに、どこか都会から帰省してきた親子が故郷の駅が廃駅によってどうなったのか見にきた様子だった。

「もうこないよ」

お父さんがそう言うと、子供は駅を眺め、線路を眺め、全て揃っているのにただ列車が来ないだけという事実に困惑した様子だった。

「お父さんは乗ったことあるの?」

「あるよ」

「僕も乗りたかったなあ」

子供がそう言うとお父さんは笑った。

「乗ったことあるよ。生まれてすぐにお父さんとお母さんと3人で乗ったんだよ。それで爺ちゃんの家まで来たんだよ」

「へえ、そうなんだ」

お父さんがどういった気持ちで生まれたての子供と三江線に乗って帰省してきたのか分からない。何か理由があったのかもしれない。それでも、一度だけでも乗ることで三江線がなくなったとしてもこうして思い出に浸ることができるのだ。

なかなか良い話を聞かせてくれてありがとう。なんだかしんみりしちゃったよ、と次の駅に向けて歩き出したら、先ほどの新しい公衆トイレから件の親子の声が聞こえてきて

「お父さん! たくさんウンコ出た!」

「爺ちゃんの家のトイレ怖いもんな。我慢してたんだ。綺麗なトイレあってよかったな」

「みてみて。すごいたくさんでた!」

その声を聞きながら、いくらたくさん出たからって「みてみて」はないだろとか思っていたら

「うほお、ほんとだ、すげえ」

とお父さんの声が聞こえてきて。本当に見にいったんかいと思うと同時に、一体全体どれだけ出たんだと気になって仕方なかった。恥を忍んで僕も見に行くべきか真剣に迷った。

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おお、四国お遍路編で大活躍した「スピカ」だ。久しぶりじゃない! 元気だったか?

さて、次の駅を目指すため、少しだけ来た道を戻って先ほどの橋の場所まで行く。そうしなくとも山の中を突っ切って行くコースもあるようなのだけど、そういったコースは失敗したときに地獄を見るのでやめておく。川を頼りに歩く方がなにより安全なのだ。

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歩いていると、前方にサルの大群がいた。

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うおー、猿だ! と妙にテンションが上がってしまった。そういえば前に来たときは、先ほどの口羽駅で穏やかそうなおばちゃんと列車が来るのを待っていたんだ。物静かで品の良いおばさんだったけど、駅のホームで猿を目撃した瞬間に豹変し、「うおー殺せ! とにかく殺せ!」とデスメタルみたいなこと言いだして怖かったんだ。あれも、大切な僕と口羽駅の思い出だ。

 

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進んでいくと、「車両通行止」の看板に出くわした。なんでも、この先で土砂崩れが起きていて車が通れなくなっているらしい。この辺の地域は土砂崩れしやすい地域らしく、こういった表記はあまり珍しくないが、これから進む先の道路が通行止めになっていては困る。ただまあ、「車両」としか書いていないのでたぶん徒歩では通れるんだろうと判断し、そのまま突き進むことにした。

あと、通行止めの区間指定が〇〇さんの家~〇〇さんの家までってなっていて。どこからどこまでなのか地元の人にしか分からないようになっていた。

 

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なかなか過酷そうな道が続く。途中、民家がポツンとあって、そこで洗濯物を干している婆さんがいたので話を聞いてみた。本当にこの先の道路は車両だけが通行止めなのか不安になったからだ。

「すいません、駅まで行きたいんですけど、通行止めって書いてあったんですけど、このまま進んで駅までいけますか?」

「駅!?」

婆さんは目をひん剥いて驚いた。このままあの世まで旅立っていかれるんではないだろうかという勢いで驚いておられた。

「駅って、あんた、もう廃線になってるよ!」

「いや、理解はしてますけど、とにかく駅に行きたいんです」

「なんで? 汽車もこないのに?」

「ええ、まあ」

「歩いて?」

「ええ」

「なんで?」

「(それは僕にはわからない)」

何度も「廃線とはもう列車が来ないことだ、だから駅に行っても意味はない」という趣旨の説明をされて、僕の知りたかった土砂崩れについてなかなか教えてもらえなかったんですけど、なんとか「あっち側にはあまり行かないのでどれだけの土砂崩れなのか分からない。行ってみるしかないんじゃない?」みたいな言質を引き出すことに成功した。つまり、事態は何も進展しなかったということだ。行ってみるしかない。

本当はシャレにならないレベルの土砂崩れで、車だろうが人だろうが通ることはできないんだけど、こんな場所を徒歩で通るやつはおらんやろーというノリで「車両通行止」としたのかもしれない。もしそうだったらかなりの距離を引き返さなければならなくなる。

 

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また「車両通行止」だ。いよいよ事態は深刻なのかもしれない。その手前のバス停にも説明が書いてあって、どうやらこの道路も1日1本だが代替バスが走っているらしい。しかし、土砂崩れで車両が通れないので大きく迂回するよ的なことが書いてあった。いよいよ深刻だ。こりゃ人も通れないレベルの土砂崩れなのかもしれない。

 

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ついに土砂崩れポイントに差し掛かった。頼む、人間くらいは通れるレベルの土砂崩れで頼む。もしダメだったら戻ってる時間も元気もないので川を泳いで渡って向こう側の道路に行く羽目になってしまう。そしたらたぶん流されて死ぬ。頼む。

 

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土砂崩れはたいしたことなかった。

 

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綺麗に片づけられていて、平然と通れるレベル。というか、これなら車両もいけるんじゃないだろうかと感じた。

 

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泳いで川を渡らずに済んだ、と安堵し先に進むと、赤い橋が見えた。僕の記憶が確かならばあの橋の近くに駅があったはずだ。

 

駅No.25 江平駅 15:01 徒歩98.5 km

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もちろん駅に入ることはできなかった。そもそもこの駅は小さなホームと簡易的な待合ベンチがあるだけの駅だった。こういう構造を棒線駅というらしい。覚えた。この手の駅はホームに入れなくともだいたい様子を知ることができる。

 

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単純な構造の駅ほどそのままの状態で残される傾向にある。ただ、完全に壊して撤去することも簡単なので、なくなる時は一瞬でなくなるような気がする。

花が綺麗で、森の中にぽっと現れる駅。廃線となった今でもそこにある。なんだかずっとこのままでいて欲しいと思った。そんなことを考えていたら、おでかけカメラで撮影するのを忘れていた。とんでもないことで4駅くらい先で気付いたのだけど、すぐに編集部に電話して「撮影しに戻りましょうか?」と言ったところ、「足が痛いんでしょ、大丈夫だよ。撮り忘れくらい」と言われました。鬼の目にも涙とはこのことかと思うと同時に、いつかまた行けと言われる理由ができた気がして怖くなった。

 

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さて、久々に登場の歩数計だ。足を引きずり始めてからほとんどカウントアップしなくなっていたが、それでも80,000歩を刻んでいる。実質的には100,000歩は越えていると思う。

 

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また川を眺めながら先へと進む。少しだけ夕暮れの気配がしてきた。

 

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途中に「川の駅」という施設があった。かなり自動販売機を設置しているし、食事もできるらしい。あと、三次まで行く三江線代替バスの発着場にもなっているようだ。代替バスは細やかな区間に分かれて運行されているが、いよいよ三次駅まで到達するバスが出てきた。ゴールは近い。

 

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ここまでの代替バスは1日に1本とか2本といったダイヤ設定が多かったが、この路線はなかなか多い感じだった。けれども、やはり時間が合わないし、本当に途中の駅まで行ってくれるのか分からなかったので諦めた。やはり徒歩で進んでいくのみである。こんなに本数が多いのに乗れないバスを見ると、まるで僕だけがやれないヤリマンに会ったような気がしてくる。

 

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ヤリマンの、じゃねえや、代替バスのバス停は廃線後にできたものなのでまだ新しい。かなり立派な待合所を兼ね備えていたりする。このバス停から橋を渡った先に次のバス停がある。

 

駅No.26 作木口駅 15:51 徒歩100.4 km

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この駅もまた、簡易的な作りですぐにでもなくなってしまいそうな雰囲気が漂っていた。目の前には立派な集会所があり、そのコントラストがなんとも物悲しかった。

 

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ここにきて体力の限界が近いと感じられてきた。足が痛いことには随分と慣れてきたが、それ以上に前に進む気が起きない。あと10駅で三次駅と到達するところまできたが、もういいかな、という気持ちが湧き上がってくる。とてもじゃないが最後まで歩き通せる気がしない。別に歩ききったってそこに何かがあるわけじゃない。なのに、なぜ歩くのだろうか、そんな考えが浮かんでは消えていた。

ついに階段に座り込んでしまった。ここまでほとんど休憩を取らずにきていたが、ついに座り込んでしまった。そうなると人間とは本当に脆い。もう立って歩き出す気にならない。それどころか麻痺していたあちこちの痛みが一気に噴出してきた。もう無理だろ、そんな考えが頭の中を支配していた。

とにかく、ルールなのでおでかけカメラで「でんこ」と駅を撮影しようと立ち上がる。

 

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「フレームアームズ・ガールズ」とのコラボイベントの際に入手した「マテリア クロ」という「でんこ」だ。なんだかサイバーな衣装と肌の露出感が寂れゆく感じの作木口駅と全くマッチしていない。場違いもいいところだ。僕がマテリア クロだったら断る仕事だ。ちょっと私のイメージには合わないので……と断る案件だ。

それでもマテリア クロは断らなかった。おでかけカメラで呼び出されたのなら満面の笑みでフレームに収まる。それが彼女の覚悟だ。

「もうちょっと歩いてみるか」

マテリア クロの覚悟にプロフェッショナルとは何なのかを教えられたような気がした。まだまだ歩ける。行くしかないのだ。僕はまだやれる。

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旧道の方を歩いていくと結構な大回りになるはずなので、もう一度、橋を渡って国道を進んでいく。並行して流れる川が上流っぽい雰囲気になってきた。いよいよ佳境だ。

 

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ここまで歩いてきて、このように基礎だけを残して取り壊されている建物がやけに多かった。そうかと思えば、完全に放置された空き家も数多く存在する。今にも崩れ落ちそうで危険だが、取り壊す人すらいないのだ。

 

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人口減少地域において空き家問題は根深いものなのだ。

 

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一時的に離れた場所に通っていた三江線の線路がいよいよ近づいてきた。駅は近い。それにしても足が痛い。自分でもなぜ歩けているのか分からないくらいに足が痛い。

 

駅No.27 香淀駅 17:22 徒歩106.2 km

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この駅は以前はホームと簡易的な待合所だけを設けたスタンダードな駅だった感じがする駅だった。自転車小屋の向こうに見えるものがまさにそれだろう。おそらく、その後に手前の駅舎や自転車置き場を増設している。木造のこれらはとても綺麗で新しい。

 

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もちろん、その駅舎にも入ることができる。おそらくバスの待合所として活用されているようで、これまでの駅舎と同じように駅ノートが置かれていた。

 

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「三江線ありがとう」の言葉と共に三江線の写真がいっぱい貼ってあったであろうボードがあった。ただ写真は画鋲だけ残して片づけられていた。しかしながら、なぜか1枚だけ写真が残されている。もしここで殺人事件が起きたらこの写真が重要なヒントになりそうな貼り方だ。

ちなみに貼られている写真は、おそらくINAKAイルミの写真だと思う。宇都井駅のあの橋脚と駅をライトアップしてめちゃくちゃ幻想的な風景を作り出す人気のイベントだ。三江線廃止後にも存続するイベントなのか定かではないが、存続するなら是非とも行ってみたいイベントだ。

 

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場違い感に殺害現場、もう何が何やら分からない感じになってきたな。それでも衣装がかっこいい。気に入っている「でんこ」の一つだ。

さて、ここからのルートだが、三江線は山を迂回するようにして流れる江の川に沿って同じく山を迂回していく。もちろん、寄り添うように道路もあるがそんなところを歩いていたらとても時間がかかってしまう。ちょっと国道まで戻ればそのまま山を突き抜けるトンネルに出ることができるので、そこを歩いて次の駅を目指す。

 

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ずいぶんと日が落ちてきた。昨日よりさらに山奥へと進んだので天気予報サイトで見る日没時間よりずいぶんと早く暗くなり始める。

 

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トンネルを歩く。歩道がかなり広いトンネルだが、それでも歩くのは怖い。たまに走ってくる車はF1かというほどの激走をしているし、音が響いて怖い。雰囲気も暗くて冷たく不気味なものだ。

 

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何の躊躇もなくトンネル内にストロング氷結の空き缶が落ちていた。どんなモンスターがここを歩いたのだろうか。

 

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トンネルを抜けると、まあまあの暗がりが広がっていた。これはもう、闇夜徒歩が避けられない状況になってきたようだ。

 

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この橋を渡れば安芸高田市入りとなる。駅までももう少しだ。

 

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ついた。なんかめちゃくちゃ暗くて怖い。空はまだまあまあ明るいのに駅周辺がめちゃくちゃ暗い。


【次のページ】三江線、35駅達成まであと8駅!

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