まるで映画パプリカ。夢と記憶を共有する廃校宿泊施設「雪月花廊」にダイブしてきた

不思議な場所って聞くと行ってみたくなりますよね。

でも、不思議ってなんか懐かしい思い出も相まっている気がしませんか?

今日はそんな不思議だけど懐かしい廃校宿泊施設へ行ってきました。

 

その名は雪月花廊(セツゲツカロウ)

北海道、喜茂別町。
檜山郡江差町から苫小牧市に至る国道276号線にあるのが、廃校宿泊施設『雪月花廊(セツゲツカロウ)』。

玄関を通って見渡すと長い長い廊下が。平家の校舎のようです。

歴代校長の写真がずらり。元は双葉小学校という地元の子どもたちが通う小学校でした。

「なんだ。結構普通の学校じゃないか」
そう思いましたか?

この廊下1つでも、よく見てください。何か不思議じゃないですか?

廃校をリノベーション活用! なんて最近では珍しくない話題かもしれません。

でも、ここはきっとニュースで見るようなものとは違います。

さっそく部屋の数々を見てみましょう。

 

夢を渡り歩ける校舎

骨董の渦

1番奥の部屋に入ると……、骨董たちが押し寄せてくるような感覚に驚きます!

時代や国がバラバラでも、どこかでみたことがあるような。でもどこで見たかな?
そんな骨董たちが所狭しと、天井まで。飲み込まれそうです。

振り向けば、壁に左右に貼り付けになった剥製たち。
入室者を監視しているようにも見えますね。

奥にも部屋があります。
ここも骨董部屋でしょうか?

 

西部劇の流れ者

気分はウエスタンギャング。
奥にあったのは『ウエスタンルーム』。宿泊可能な部屋の1つです。

ロフトからの眺めはこんな感じ。
カーボーイハットやレザー、西部映画の写真などがディスプレイされています。

ロフト下のベッドにはビデオデッキがあり、ラインナップも世界観にぴったりなものとなっていました。

骨董の渦の中を抜けたら、そこは西部の世界。
様々な夢の中を目紛しく行き来しているようで、主人公が夢の中にダイブする映画『パプリカ』を彷彿をさせます。

 

鉄道の寝息

5、6年生の教室。ここも宿泊できる部屋。
扉を開けると。

国鉄の歴史を物語る品々がずらり。

かつて賑わった北海道の国鉄駅胆振線。
昭和61年に全廃止されました。
地元喜茂別で愛されていた御園駅にあったものがここに移されています。

目一杯働いた鉄道の遺産が、暗い静寂の中で眠っているような。

その奥には何があるのでしょうか。

 

森の別荘

湖畔の別荘のような部屋が。

木の温もりとアンティークの組み合わせにうっとりします。

この『森の部屋』では薪ストーブがあり、夜には宿泊者が自由に薪をくべて使うことができます。

最初の着付けはマッチでおこなうのですが。

この箱に書いてある『横山温泉ホテル』。
調べたところ、今から22年前に道路の拡大工事に伴って時代と共に閉業した宿でした。

そんなマッチが綺麗なまま置かれているとは。

 

富士の終着

懐かしいお風呂の暖簾を潜ると。

脱衣所も兼ねた通路に、やはりたくさん写真や貼り紙が。

公衆入浴施設の料金表がたくさん貼ってありますが、それぞれ値段が違うので、いろんなところから集めてきたもののようです。
きっと、この1つ1つの施設はもう、同じ姿ではこの世にないのでしょう。

壁に富士はなくとも、銭湯の歴史の一端がここに流れついて集まっているわけです。

 

羨望の宝物

ピカピカの1年生の学び部屋。

ランドセルや昭和の勉強道具の展示と共に、駄菓子屋がそのまま再現されています。

実際のところ駄菓子は並んでいないのですが、よくみるとおもちゃの数々に。

昭和アイドルの写真入りペンダントや。

ヘアピンなんかも綺麗に残っています!

これはなかなかのお宝ではないでしょうか?
とは言っても、子供ではなく大人にとってのピカピカの宝物です。

校舎全体でも、大人を子供に引き戻す宝物があちこち展示されていました。

イナズマンや仮面ライダーのソフトビニール人形。

ビックサイズも。

寅さんが様々な町に流れつく人間模様を描いた『男はつらいよ』の歴代ポスター。

前に並べたお人形は、さしずめヒロインたちを表しているのでしょうか?

相性判断ゲーム。

ゲームセンターで見たことがあるような。
読者の中には、甘酸っぱい思い出がある人もいるかもしれませんね。

内蔵された冷蔵庫でビールを冷やし、プルを開けてジョッキに注いでくれるまでを自動でしてくれるロボット。
ビールを飲むまで恐ろしく時間がかかったそうですが、当時はこれがカッコよかった。

 

遊戯の数々

不思議な空間の数々と、大人がワクワクしちゃう品々。
ここが物思いや懐古にふける場なのかというと。実はそれだけじゃない。

体育館

学校といえば、もちろん! 体育館もあるのです。

体育館はなんと開放されていて、体を動かして遊ぶことができます!

跳び箱にバスケットゴール!
大人になった今こそ、やってみたいものがたくさん。

宝船をバックにトランポリンに興じることも可能です。

ステージにはマイクやアンプ、音響機材がありました。
ここでライブをしたら面白そう。

 

廊下

「廊下は走るな」。
子供の頃よく言われましたね。

もちろん、闇雲に走って誰かとぶつかったら大変なのは変わりありませんが。
なんと、この学校。キックボードに乗るのはOKなのです!

長いまっすぐの廊下を滑走してクイックターンを決める日が来るとは。

子供の遊びが大人に許された学校です。

 

遊戯室

もっと落ち着いた遊びがしたい方もご安心ください。

宿泊客は、こちらの遊戯室のビリヤード台とダーツを使うことができます。

レコードもたくさん!

 

宿泊プランは様々

ここまでみて「泊まってみたいかも」と思った方もいますよね?
宿泊プランがたくさんあるので、自分にあった方法で泊まっていただければと思います。

ゲストハウス、ライダーハウス

まずはゲストハウス、ライダーハウスとしての宿泊。

最初に紹介した『ウエスタンルーム』『森の部屋』など個室をはじめ、大人数で泊まれる合宿向けの『青の部屋』『緑の部屋』があります。

ライダーハウスは寝袋持参で他のお客さんと雑魚寝というスタイル。

 

女性専用部屋

女性だけど、他の人と大部屋はちょっと。
という場合はこちらの図書室を使わせてくれます。

本棚はそのままですが、ストーブや簡単な寝具がありますね。

本棚を見れば、見たことのあるタイトルが。
児童書を眺めているだけで1日が過ぎていきそうです。

 

キャンプや車中泊

校舎裏はキャンプ場となっており、テント泊や車中泊での利用ができます。
水道はキャンプ場内にあり、トイレは校舎のものを使います。

 

竪穴式住居

ワイルドな体験がしたい方におすすめなのが、竪穴住所。

泊まってもよし、レンタルスペースとして過ごしてみるもよし。

中はこんな感じ。畳の小上がりがあり、寝袋ひとつで眠れそうでした。

 

食事があったかい

ここは食事を提供しているラウンジ。
宿泊時にはオプションで食事をつけることができます。

暖炉の温もりと往年のジャズのBGMがホッとさせてくれます。

この時は秋の寒い日。
廊下は寒くともラウンジは昼夜問わず暖かく、つい長居してしまいました。

猫もレコードの上でくつろいでいます。

こちらが本日の夕食。

カツの卵とじ、トマトのサラダ、カボチャ煮、お漬物。そして熱々の味噌汁とご飯。
気取らない美味しい家庭料理。オーナーさんの手作りの温かい食事です。

また、このラウンジは、昼間はカフェレストランとして営業しています。宿泊しなくても入れちゃいますよ!

人気なのがこの豚丼。

分厚くて大きなお肉が何枚も重なり豪華です。

この豚丼とレトロなラウンジの雰囲気に惹かれて、リピーターも結構いるのだとか。

 

意志を継ぐ人たち

レコードの上で眠っていた猫が起き上がって、あるテーブルへ向かいました。
そこには家族で食事をする人たちが。

 

家族の物語

「私たち家族はこの学校に住んでいます」

実はこの女性がオーナーの『カカさん』。
この廃校宿泊施設『雪月花廊』を切り盛りし、温かい食事を出しているその人です。

なぜこのような場所を作ったのでしょう。

「すべての始まりは阪神淡路大震災。学校で避難生活をする人々を見た夫が、何かあった時に集まって生活できる場所を作りたいと思ったのがきっかけなの」

元々札幌で骨董屋やバーを営んできたが、全てやめてしまってこの学校に初めてきたのが2006年のこと。
最初は学校に移り住むなんて、カカさんは驚いたり反対したりしなかったのでしょうか。

「全然! トトさん(夫)がやるって言ったら、やるんだろうなって」

と、カカさん。

クリエイティブなトトさんは部屋ごとにテーマを決めてディスプレイを施していったそうで。
たとえばあの骨董の部屋は「捨てられる可哀想なものたち」。
新しい物をあつらえずに、お店で使っていたものや友人から譲り受けたものを基本としてこの学校を作り上げたのでした。

トトさんの豪快ぶりと、それに引っ張られた仲間たちの手作りの宿泊施設。
そして家族の住まいでもあったのですね。

カフェ営業で提供されるスイーツは娘さんの手作り。
来年からは製菓が学べる高校へと進学するのだと教えてくれました。
息子さんが好きな女の子のタイプをおどけて話しながらお皿を運んでいきます。

それらを見て微笑む宿泊客たち。
そこにトトさんはいません。

2017年に発起人のトトさんは病で旅立ってしまったと語られました。

 

作り手として帰ってくる旅人たち

次の日、朝早くから木を削る男性が。

「ここ2年ほど、ここの修繕や改装をしている者です。ここでは親方って呼ばれています」

彼は以前『雪月花廊』に来たことがある旅人。

「久しぶりに訪れた『雪月花廊』は床が傾いていたりと大変な状況で、これではいかん。と腰を据えて修繕を行うことを決めました」

修繕の他に、廃材や貰い物の工具を使いながら、低予算で裏手のキャンプ場への立派な出入り口を作りあげた親方。

エクステリアも作られキャンプ場の使い勝手も良くなり、今年からはRVパークもオープンしました。

北海道の外からきて、この2年で学校の修繕や設備の土台作りをやりきったという。
なぜそこまでするのだろう。

「まだ学生だった10年前、スーパーカブで北海道一周の旅をしてました。学校の前を通ったら、木の下で佇むトトさんがいて。『君、ここで働いてみない?』って言われたんです。映画のワンシーンみたいに覚えてる。今思うと運命だったな」

トトさんは強烈な人だったよ! と写真を眺めて楽しそうに語る親方。
一緒にこの場所を作った思い出が、彼にとって大切なものに違いありません。

別のところでは薪つくりをしている男性が。

彼もまた、道外からの旅人。

過去に『雪月花廊』に宿泊したことをきっかけに、再来のたびにできることを手伝うのだといいます。
こんな旅人が全国にいて、その年その年、誰かが帰ってくるのです。

校内にあるたくさんのアート作品。

その中には、旅人がアーティストとなってここに帰って来た際に寄贈したものがあります。

この看板もその1つ。
インスピレーションを与えてくれる『雪月花廊』にぴったりのエピソードです。

「最初は全然人が来なかったの。でもトトさんには、たくさんの人がくるビジョンが見えてたんだと思う。最近、それが現実になってきたなって思うな」

カカさんの言葉を思い出しました。

映画みたいだ。夢みたいだなんて。とんでもない。
ここには紛れもない、リアルに生きる家族と旅人たちのノンフィクションな物語がありました。

 

雪月花廊 詳細

雪月花廊

〒044-0461
北海道虻田郡喜茂別町中里392
JR倶知安駅から南バス伊達駅前行きで約1時間、双葉小学校前下車すぐ

冬は雪に囲まれ、ライダーハウスとしての営業はお休み。

それでも、ゲストハウスとして温かく人を迎える『雪月花廊』。
冬を越えるたびに改装されたり、それに合わせて置かれた物は変わっていきます。
それは、関わる人も訪れる人も。流動的なものを大きく受け入れる生きた場所ゆえ。

ぜひ読者にはここに来て、筆者が感じた心地よい既視感を共有してほしいです。

「いつかは」では勿体無い。
だけれども、「いつか」でもいいかもしれない。
ここで目に見るのは、いつ来ても人々の想い出の年輪で間違いないのだから。