【ロシア9,288 km】シベリア鉄道に乗って東京の一戸建てをアピールしてきた【6泊7日電車】PR
「ロシアのシベリア鉄道にのってみたい」と言ったライターpatoさん。ウラジオストクからモスクワまでの全行程、移動も宿泊も全部電車の果てしない旅に出ました。 ※記事読了時間目安 : 45分
目次
2日目 7:00 ハバロフスク駅手前
朝起きると朝の7時で、枕元に極太のサラミが落ちていた。どうやらまた夜中に落ちてきたみたいだ。いい加減にして欲しい。
車窓を流れる風景は、ロシアそのもので、広大な平野の中に白樺の木が茂る風景が続いていた。最初こそは「すげえ、すげえ、ロシアっぽい!」と大興奮したものの、この光景がこの先6日間続いたので、最後の方は飽きていた。
とにかく平野が広大で、その先が見えない。日本という島国で育った僕にとっては、この広大すぎる光景はどこか現実感がないものだった。
車内は朝から慌ただしかった。どうやらハバロフスクというかなり大きな町が近いらしく、降りる人が身支度を始めている。イビキのうるさかった豊満なおばちゃんがシーツとかを片付け始めていたので、おお、シーツは毎日交換かと思い僕もシーツを片付け始めたらスパイダー青年に「お前はモスクワまで行くんだろ。降りない人はシーツ片づけないよ」と言われた。なるほど、そういうシステムらしい。
つまり、モスクワまで降りない人は6泊の間、ずっと同じシーツを使い続ける。降りる人はシーツを車掌に返す。今片付けている人は、ハバロフスク駅で降りる人、ということだ。見ると、豊満なおばちゃんと一緒に上の段のスパイダー青年もシーツを片付け始めていた。つまり、二人とも降りるということだ。
僕は漠然と、シベリア鉄道に乗る人はみんなモスクワまで行く、と考えていたけど、実はそうではなく、途中の街で降りる人のほうが圧倒的に多いようだ。むしろずっと乗り通しの人はほとんどいない。思った以上にユニット内のメンバーが入れ替わりそうだ。
スパイダー青年がいなくなって英語が通じる人間がいなくなるのはかなり痛手だ。でも、僕の上の段のサラミの人も次で降りてくれないかな、今夜もなんやかんやと落ちてきたら嫌だぞ、と期待を込めて覗いてみたんですが、シーツを片付ける様子もなく、高いびきで寝ていた。
8:10 ハバロフスク駅 モスクワまで8493 km(乗車時間13時間)
ハバロフスクはハバロフスク地方の中心都市で、人口も約60万人くらい、ウラジオストクと同程度の都市だ。ただ、駅自体はそこまで大きくないように見えた。
ここでは、スパイダー青年や豊満なおばちゃんなどが降りて行ったが、別に降りない人も下車していった。停車時間が30分もあるようなのでみんな外で体を伸ばしたり、タバコを吸ったり(車内は禁煙)、売店で買い物をしたりするようだ。
僕もじゃあ、ちょっと降りますかね、何か東京の一戸建てをPRするネタも探さないといけないし、と出口に向かったのだけど、なぜか車掌さんにめちゃくちゃ怒鳴られた。
前述したように、ロシアのほとんどの駅は改札がないシステムで、誰でも気軽にホームに入れる。切符の有無は各車両の車掌が確認することになる。列車は夜中でも駅に停車するシステムなので、各車両には2名の車掌さんがいて交代で勤務にあたっている。この2名が旅の終わりまでずっとこの車両を守護する存在として働き、掃除までするのだ。車掌さんは基本的に女性だ。
その片方の、圧倒的に不愛想な方の車掌さんが、出口のところで一方的にまくし立ててくる。絶対に顔文字のあれつかってまくし立てている。何言っているのかは分からないけど、ジェスチャーを見る限り、お前は降りるな、って言っているっぽい。みんな降りて休憩とかタバコとかしているのに、僕だけ禁じられてしまった。
ほとんどの人が休憩に降りるので車内はほぼ無人の状態だ。30分の停車時間の間、ずっと座席にいて、なんで僕だけ禁じられたのか、僕は禁忌なる存在なのか、とか考えていたけど、最後まで分からなかった。結局、旅が終わって日本に帰っても分からなかった。というか、ずっとこの先ずっと禁じられたらまずいぞ。なにもできない。かなりまずいぞ、そう考えて焦っていた。
ハバロフスクの駅をこんな感じで恨めしく眺めていた。降りたかったなあ。
さて、完全なる虚無としか思えない停車時間30分が終わり、乗客も車内に戻ってきた。この駅で僕らのユニットに乗ってくる人はいなかったので、対面とその上段は空いている状態になる。かなり広く使えて快適だ。
まあ降りられなかったものは仕方がない。次もチャレンジしよう、そう思い、とりあえず朝飯にした。昨日、乗車前にスーパーで買っておいたコーラゼロとパンを食べた。パンは妙にパサパサしていた。
テーブルで食事をしていると、のそっと上からサラミの人が降りてきた。対面の座席が空いているのでそこに座って食事をするらしい。一発、昨日のリンゴジュースのこととサラミのことを文句言ってやろうかと思ったけど、どうせ言葉が通じないからやめておいた。
ハバロフスク駅を出発してすぐに、電車は大きな川を渡った。かなり大きな川で、周りのロシア人も興奮してカメラをバシャバシャしていたので有名な川なんだろうなって思って調べてみたら、アムール川だった。流域面積世界10位の大きな川だ。
通路側下段にいた金髪のおばちゃんもめっちゃ興奮して撮影している。
アムール川はかなり大きな川だった。
実はオホーツク海の流氷はこの川の水がオホーツク海に流れることで生じるんだぜ、と雑学ネタを披露したかったが、誰一人として言葉が通じないので断念した。
アムール川を眺めながら食事を続けていると、対面に座るサラミが、昨日は悪かったなみたいなジェスチャーを見せて、ウィンクしながらお菓子をくれた。
海外にありがちな明らかに大味っぽいお菓子だ。めちゃくちゃ甘そう。不思議なもので、海外土産のめちゃくちゃ甘そうなお菓子ってたいていめちゃくちゃ甘い。あれ、そんなに甘くない、ってことが皆無。確実に予想通りめちゃくちゃ甘い。
断るのも感じ悪いし、言葉も通じないので貰って食べましたよ。やはりめちゃくちゃ甘い。死ぬほど胸焼けしそう。
サラミは良かれと思っているるのか、この死ぬほど甘いお菓子を次々と渡してくる。もう勘弁して欲しいのだけど、次々と渡してくる。
ハート形まで渡してくる。もう口の中がベタベタだ。もう堪忍して。さすがにこれ以上は食べられないので、いらない、というジェスチャーをし、あなたも食べたらどうだ? みたいに伝えたら、「俺は胸焼けするからいらない」みたいなジェスチャーで返された。なんなんだよ、いったい。
結局、大味な死ぬほど甘いお菓子を一袋食べることになってしまった。吐きそう。その向こうに投げ出している足が見えると思うが、これはサラミの足である。人に食わせて自分は悠々自適である。なんなんだよ、いったい。
そこそこに晴れているのに雨粒が窓を叩き始めた。天気はうつろいやすく、走ってる間にコロコロ変わっていた。
それにしても車窓の景色は本当に何もない。ハバロフスク駅を出てから家らしい家を見ていない。それにしても雲の重厚感と、平野の奥行きがすごい景色だ。
ふと、何か一戸建てをPRしないとなんだけどなーと考えていると、異様な臭いが漂ってきた。めちゃくちゃ臭い。この臭いを嗅いだ鼻が紫色に変色してもげるんじゃないかと思うほどに臭かった。やばい、殺人兵器に近いぞ。なんだ、これ。
とりあえず誰の足が臭いのかはっきりさせないといけないと思い、それとなくごみを拾うふりをして座席に投げだされていたサラミの足を嗅いでみた。ちょっと良く分からない。臭いことは臭いんだけど、ちょっと決定打に欠ける。
通路側の金髪おばさんも決定打に欠ける。そうなると隣のユニットからか!? 隣のユニットから来ていてあの臭さなら、発生源では人が死んでいる可能性すらあるぞ。そう思いトイレに行くふりをして隣のユニットなどの様子を見てみたけど、あまりの悪臭に人が倒れている気配はない。それでも列車全体が臭い。どこにいっても臭さがまとわりついてくるのだ。
まさか、誰かが犯人、というわけではなく僕以外全員が犯人なのでは? シベリア鉄道にありがちなあれではないか、そう考え始めていた。
そう思ったが、普通に僕の足が劇的に臭いだけだった。
ここまで触れてこなかったが、シベリア鉄道には風呂がない。たぶん一等寝台などの高級な場所にはあると思うけど、基本的に二等以下には存在しない。モスクワまで6泊7日間行く場合は、同じ期間を風呂なしで過ごさなければならないのだ。まだ2日目の段階でこれだけ臭いのだから、モスクワに着くころにはテロレベルになっている可能性すらある。
仕方がないので、日本から持ってきたウェットティッシュで足を中心に体を拭き、服や靴下を着替えた。着替えるスペースもないので座席で着替える必要があるが、女の人はトイレとかで着替えていた。とにかく、風呂に入れないって考えると急に頭がめちゃくちゃ痒くなってくるな。
時間も11時となり、少しだけ街並みが見えてきた。駅が近いということだ。次の駅こそは理不尽に怒られたりせず降りられるだろうか。なんで僕だけ怒られるのかさっぱり分からないけど、とにかく挑戦しなければならない。
11:00 ビロビジャンI駅 モスクワまで8320 km(乗車時間15時間50分)
車窓から駅舎が見える。停車している反対方向の電車が邪魔で全容は見えないけど、立派な駅のようだ。なんとしても降りたい。それよりなにより、理不尽に怒られるのは嫌だ。ドキドキしながら下車チャレンジを行った。
お、お、降りられたー! やったー!
実に15時間ぶりの外の空気だ。爽快で気持ちがいい。体を伸ばすとかなりの解放感。比較的簡単に、何も言われることなく降りられて拍子抜けしたんですけど、じゃあ、さっきのハバロフスク駅で怒られたのはなんだったんだって感じですよ。
ついに外界に出ることに成功したので、駅の周りを探索し、何か一軒家のPRに繋がりそうなものを探しましょうかね、とか思って歩き始めたのですが、車掌さんに捕まえられてめちゃくちゃ怒られました。何言っているのか分からないけどめちゃくちゃ怒られた。やっぱり怒られるんじゃん。
彼女の単語だけの英語とジェスチャーから見るに、どうも「停車時間が短いんだからあまり遠くに行くな」ということで怒っているっぽい。
ここで登場するのが、車掌室前に貼られていた運行表。確かにこの駅での停車時間は7分しかない。しかもちょっと遅れて到着したので、もう出発するかのような雰囲気だ。
危ない危ない。荷物置いたまま知らない駅に置いていかれたら本当に命取りになりかねない。注意深く電車の停車時間を意識しておかねばならないのだ。
ただし、アナウンスはロシア語なので、予定より早く出発する旨のアナウンスがあった場合、全然分からないので万事休すだ。早く出発しそうな雰囲気を機微に感じ取るしかない。なかなか難易度が高い。
結局、何もできずに電車に乗り込んだ。
さきほどの駅では束の間の晴れ間だったが、電車が出発するとまた激しく雨が打ち付け始めた。ロシアの天気は変わりやすい。そうではなく、あまりに広大な地域を移動するから必然的に色々な天気の場所を通っているだけなのかもしれない。それくらいこの国はスケールが大きい。
時間も12時となり、車内ではお昼ご飯を食べる人が増えてきた。みんな用意してきたパンやらタッパー入りの食材を食べている。このシベリア鉄道には食堂車も設置されているが、けっこう値段が割高らしい。なので3等寝台にいる貧民は基本的に食堂車には行かない。みんな自分で準備したものを食べる。
僕も話のネタに食堂車でも探しに行こうかなと思ったが、良く分からないのでやめておいた。
車掌室前の運行表、その横にはこの張り紙があって、全部ロシア語なので全く読めないんだけど、おそらくこの列車の設備を紹介しているんじゃないかなって思う。これのどこかに食堂車は何号車って書いてあるんじゃないか、そう思う。でも、いかんせん解読不可なので、本当に顔文字にしか見えない。
こことか絶対に顔文字でしょ。ちょっと混乱している顔文字でしょ。何かを見つけて驚いているみたいな顔文字でしょ。
ということで、食堂車が自分より前の車両にあるのか、後ろの車両にあるのかも分からない状態だ。探索しに各車両を回ろうとも思ったけど、前述したように各車両は車掌さんが責任もって守護していて目を光らせているので、また意味不明に怒られたら嫌なのでやめておいた。おとなしく自分で準備したご飯を食べることにした。
ウラジオストク駅前のスーパーで購入したカップラーメン。なぜか意味不明に「大具山」とか書かれている。調べてみたのだけど、「大具山」なんて山は存在しない。その横の五重塔みたいな建物のイラストをみるに、中国辺りをイメージしているのでないかと思う。
車掌室の前にはこのようなビールサーバーみたいな機械があって、24時間いつでもここから熱湯がでてくる。みんなこのお湯でカップラーメンを作ったり、コーヒーを飲んだり、紅茶を楽しんだりしている。
食べてみると、パッケージ写真みたいに豪勢な具沢山でもなく、大具山でもなく、麺だけのラーメンだったが、めちゃくちゃ辛かった。というかスープが真っ赤で、我慢大会で使われるレベルで辛かった。冷静に見返すとパッケージに唐辛子の絵まで書いてある。なんちゅう辛さだと死にそうになりながら涙を流して食べていると、その様子をみてサラミも昼食の準備を始めた。
ドン、とデカいノートパソコンくらいありそうなパンが登場してきた。すげえパンだな。そのパンをサラミがムシャムシャ食っているんだけど、案の定、お前も食え、と勧めてきた。どうやらサラミは食物に関する共有意識がかなり強いようだ。なんでも食えって寄越してくる。
さすがにラーメン食べた直後だし、そこまで美味しそうなパンでもないし、机にじか置きだし、どんな保存状態だったのかも分からないので食べたくないなーとジェスチャーで断ったのだけど、それでも食え食えとしつこい。
仕方なく食べると、コンクリートのように固いわ、味はしないわで大変だった。本当にノートパソコンを食べたらこんな感じじゃないかってものだった。気が付くと、僕が一人でこのノートパソコンパンを食べている状態になったので、これ全部食べたら吐く、と思い、お前も食べなよ、とジェスチャーで伝えると、サラミは「胸焼けしそうだからいらない」とジェスチャーで返してきた。なんなんだよ。
本当にサラミは食物に関する共有意識が高い。気づいたら机の上に置きっぱなしだった僕のコーラを我が物顔でグビグビ飲んでいた。なんなんだよ。
昼食後のまったりとし時間。みんなゆっくりとした時間を過ごしていた。通路側の金髪おばちゃんなどは布団敷きっぱなしでかなりリラックスしている。シベリア鉄道の車内ではみんな時間を持て余しているのでかなりゆったりとした時間が流れる。各々が好きなことをしてのんびりとした時間を過ごすのだ。こういう時間、最近はなかったな。
僕は景色を眺めながら考えていた。そろそろ僕に課せられたミッションをクリアしなければならないなあ、と。
このペースでは全てをクリアできないなあ、と考えていた。今日はこの中から何個かクリアしておく必要がある。けれども、車窓を流れる雄大な自然と、ちょっとだけ存在する一軒家を見ていると、そもそもここには土地の所有という概念があるのかと不安になってくる。そんなところでこれをPRできるのだろうか。
なんか勝手に家を建てても何も言われないような雰囲気すらある。都市部ではそうでもないだろうけど、田舎はそんなに土地の所有という概念がないような感じがする。それくらい土地が余ってるのだ。そんな中で東京の土地や一軒家をPRできる何かがあるのだろうか。つくづく狂ったミッションだぜ。
なんとかオープンハウスさんのことを……と考えていたらある一軒家が目に留まった。
朽ち果てて屋根がなくなっている。これがほんとのオープン……。絶対に怒られるやつなのでやめておこうと思う。
とにかく、どこかでミッションを達成しないといけない。
いつのまにかタイムゾーンが変更されていた。日本より1時間早かったゾーンから日本と同じゾーンとなった。急に1時間巻き戻ることになった。初めて知ったのだけど、スマホ(アンドロイド)の時刻は、位置情報からタイムゾーンを読み取り、勝手に切り替わるようだ。越えた瞬間に1時間戻った。
こういったタイムゾーンの変更、1時間分の時間を得したと考えるかもしれないが、別に車内では何もすることがないので、巻き戻ったところで、ボーっとする時間が増えるだけである。ここでは時間なんてあまり大きな意味を持たないのだ。
にわかに車内が騒がしくなった。キャッキャという黄色い声が遠くから聞こえる。車輪と線路が擦れる音しか聞こえない静かな車内でその声はよく通る。僕もサラミも何事かと声のする方を覗き込んだ。
この三等寝台にはロシア人と僕しか乗っていないと思っていたが、どうやら遠くの方に韓国人の女の子が二人、乗っていたようだ。年齢も20代前半くらいで若い。その韓国人の女の子が旅の思い出にと車内のイケメン男性と記念撮影をしている感じだった。
女の子は車両の端からイケメン男性に話しかけ、記念撮影をしていく。その判定は緩いらしく、そこまでイケメンでもないだろう、という男性も要請されていた。僕とサラミは顔を見合わせた。
「くる!」
言葉は通じなくてもそう言っているであろうことはお互いに理解できた。あの判定の緩さならここにもくる。サラミは急にジャケットを羽織り始めた。僕は風呂に入れなくて洗っていない髪を正した。
いよいよ、隣のユニットまで女の子がやってきた。サラミ、めっちゃ男前な顔して待っている。多分、僕もそうだったのだろう。くるっ! くるっ!
飛ばされた。
僕らのユニットを飛ばして綺麗に隣に行ってしまった。なんだこれ。なぜか意味不明にサラミと「胸焼けがするから」というジェスチャーをやりあい、悲しさを慰めあった。
18:11 ベロゴルスク駅 モスクワまで7835 km(乗車時間24時間1分)
日が傾き、すっかり夕方の雰囲気が漂ってきた頃、駅に停車した。運行表によると、ここで30分の停車をするらしい。さっそく降りてみることにした。まだビクビクしていたけど、車掌さんに怒られることもなく、難なく降りることができた。
ロシアの特徴なのか、駅には金ピカか銀ピカの像が置かれていることが多い。この駅もそうだった。めちゃくちゃ銀色だな。
反対方向の電車も停車していて両側に壁があるような状態になっている。さらにホームが低いので周りが全く見えない空間になっている。なんか光が届かずより暗い感じすらしてくる。
休憩をしに降りた乗客はみんなゾロゾロと電車の切れ目まで歩いていく。この先に売店とかがあるからだ。
この駅の売店に関して、僕は一つの決断をしていた。ここでコーラとミネラルウォーターを買う、そう決めていたのだ。コーラはサラミに全部飲まれてしまったから必要だし、さらに歯磨きとかする時の水がないので、ミネラルウォーターでやろうと考えたのだ。
緊張が高まる。ウラジオストクのスーパーで買い物した際は、レジで商品を差し出して表示された金額を払うだけで問題はなかった。しかしながら、駅の売店は往々にして小さい窓口だったりする。「あれをくれ」みたいにコミュニケーションが必要になる可能性が高い。
そうなるとロシア語での会話が必須となる。英語は通じないと考えた方がいい。そんな中での買い物が果たしてできるのだろうか。買い物なんて言う日常の何でもない行動すら、言葉が通じない海外では大冒険となる。未知の体験で、これはもう緊張というよりは恐怖に近い。
はっ!
そこで気が付いた。未知の買い物が怖い、というのは、これはもう家を買うことに通じるのではないだろうか。
家を購入する人はほとんど購入経験がないはずだ。なぜならば、家なんて高価なもの、そう何度も買うものではないからだ。いわば多くの人が未知の体験で、恐怖を抱いていても不思議ではない。高額なローン、高額な頭金、それらが人生に重くのしかかってくるのではないか、という恐怖もきっとあるだろう。
でも全然安心だよ、怖がる必要はないよ、と悪魔のように囁いたりはしないが、ここでオープンハウスさんから提供されたデータを見て欲しい。
例えば、年収500万円の一般的な世帯の場合、どのような物件を買う人が多く、どれだけ借入するかの実際にオープンハウスで購入した方のデーターが公表されている。
購入金額(年収500万円)
4000万円前後の物件が最多となっている。まず、正直に言ってしまうと、僕からしたら年収500万円で東京に家を買えるんだ、という驚きが大きい。もっと稼ぎまくっている人じゃないと買えないという印象があったからだ。さらにその購入物件も4000万円台が最も多い。これも驚きで、けっこう良いお値段の物件に手を出しているようだ。次に購入時の自己資金についても見てみたい。
自己資金(年収500万円)
自己資金100万円未満が最多となっている。僕なんかはけっこう慎重な方なので、めちゃくちゃ頭金を準備しないと家を買う資格はないくらいに思っていたのだけど、どうやらそうではないらしい。けっこうみんな大胆だな。次いで多いのが300万円ほどを頭金にするケースだ。自己資金300万円未満、というくくりにすると全体の半数くらいを占めることになる。頭金がなくてもけっこう購入されているということだ。もちろん、「身近で現実的な値段で住宅を購入できるオープンハウスで購入した人」という括りになるため、こういう特徴的なデータになっている可能性もある。
最後に、購入時の住宅ローン借入額だ。
購入時の住宅ローン借入額(年収500万)
借入額もだいたい4000万円までが最多となっている。購入額とほぼ変わらないことから、その全てを住宅ローンで賄う人が多い、ということだ。
住宅ローンに関していえば、2018年現在、かなり有利な状況が続いている。まず、長いこと低水準が続いているというところだろう。住宅は値段が高い分、借入額も多くなる。そうなるとそれにかかる金利がバカにならないのだ。ただ、ずっと低い状態が続いているそうだ。また、住宅減税という制度もある。一人当たり40万円を上限にローンの残額の1%分の税金が戻ってくるというやつらしい。
あと、これが一番大きいのだけど、たいていの住宅ローンについている団信(団体信用生命保険)は大きなメリットだ。返済途中に返済者が病気などで働けなくなった、死亡した、という場合、保険金で残りの残額が支払いされる。例えば賃貸に住んでいた場合、残された家族は家賃を支払い続けなければならないが、住宅ローンで購入していた場合は、ローンが完済されるので住む場所だけは確保できる。守りたい家族がいる方には大きなメリットとなる制度だ。なんだ、自分で説明しておきながら、ちょっとローン組んで購入した方がお得なんじゃと思い始めてきた。
未知の買い物は確かに怖い。高額なものほど、損をしたらどうしよう、失敗したらどうしよう、そんな思いが付きまとうはずだ。だから慎重に考える必要があるのかもしれないが、どこかで決断することも必要かもしれないのだ。少しでも考えているのならオープンハウスさんに相談してみるのも手かもしれない。
さて、こちらも怖がっている場合ではない。買い物をするという決断をしなければならない。未知なる買い物は家だろうと水だろうと怖いものは怖い。
目の前に売店が二つあった。どちらも小さな売店で、日本の駅でも見かけるキヨスクタイプのものだ。まあ、窓口でのコミュニケーション必須といえるタイプだ。
ただし、右側の売店に注目して欲しい。明らかに飲料を詰め込んだヤツがある。コカ・コーラの文字が頼もしい。あそこを開けてそれをはいっと差し出せばロシア語必要ないんじゃないか。問題なのはロシア語でコーラと水をくれって伝えられないだけで、あそこから出してドンとやればいいだろ。日本の駅でもそうやってやるし。
近づいて開けようとすると、思いっきり鍵がかかってた。それどころか盗もうとしてるように見えたらしく、売店内からロシアの上沼恵美子みたいなおばちゃんが飛び出してきて、むちゃくちゃ怒られた。殺されるかと思った。ロシアに来てから怒られてばっかりだな。
「すいません、すいません」
気が動転して完全に日本語で謝っているんですけど、なんとか上沼恵美子も分かってくれたらしく、これはね、窓口でこうやってボタンを押して開けるのよ、だから買うときは教えてね、と教えてくれた。最初に告げなきゃいけないのね。というか勝手に取り出せる日本の売店が異常なんだな。
ということで怒られながらもコーラとミネラルウォーターをゲットした。これで喉の渇きを潤すことができるし、歯磨きもできる。決断してよかった。
買い物が成功したことにやや興奮して電車に戻る。画像中央に何やら謎のチューブが見えていると思うけど、これが電車に繋がれて何やら吸い出しているのか、補給しているのかドクドク動いていた。たぶん水を補給しているか、トイレの汚水を抜いているのかどちらかだと思う。長い停車をする駅ではかならずチューブが繋がれていた。
列車が走り出すと、すぐに日が暮れた。もう夜の19時だ。周りも慌ただしくなり、各々が夕食を取り出した。僕はまだお腹が減っていなかったのだけど、昨日の感じだと20時半には消灯となる感じなので、早めに食べておかなければならない。暗闇の中で食べることになりかねないからだ。
ここでもウラジオストクで購入したカップラーメンを食べることにした。昼に食べた大具山は酷い辛さで地獄を見たけど、今度は大丈夫そうだ。ポップなデザインのパッケージだし、唐辛子のイラストも描かれていない。これはいける。
めちゃくちゃ辛かった。なんなら大具山より辛かった。完全に殺しにきてる。なんだなんだ、ロシアには辛いラーメンしかないのか。死ぬ気で全部食べた。
サラミは当然といった顔で僕の対面の下段ベッドにいるが、本来は上の段の住人である。あくまでも空いているからここに座っているに過ぎない。途中の駅で本来の下段の持ち主が乗車してきたのでサラミはまた僕の上の段に追いやられることになり、そこで眠ることになった。
新しくやってきた乗客は、めちゃくちゃデブのおっさんだった。いや、僕もデブなおっさんなのだけど、それと比べても有り余るデブで、これだったら僕がモデル体型といえるほどだった。そのおっさんが持っているリュックには「グリズリー(灰色熊)」ってかいてあってちょっと笑った。
9時10分くらいに電車内の照明が落とされた。昨日と全然違う時間だ。どうやら消灯時間はけっこうアバウトみたいだ。
暗くなると、グリズリーが別のユニットにいた友人を自分の席に呼び寄せていた。たぶん、同じユニットのチケットが取れなかったのだろう。なんだか仲良さげに話をしている。注意深く見ると、グリズリーの友達、何かビニール袋に隠した瓶を持っていて、その中の液体をしきり飲んでいる。隠れるようにしてコソコソ飲んでいる。
「あ、これ、お酒飲んでいる」
そう思った。どんどんグリズリーの友達の顔が赤くなってくるし、完全に酒だこれ。でもなんでそんな隠しながらコソコソ飲んでいるんだろう。
そういえば、ロシア人は酒好き、酒豪という印象が強いのに昨日の夜は車内でお酒を飲んでいる人がいなかった。考えてみると不思議だ。なんでだろうか。疑問に思って調べてみると、どうやらロシアにおいては列車内での飲酒が禁止されているらしい(食堂車でオーダーしたお酒は飲める)。このルールに違反すると、長距離列車に必ず同乗している警察官によって拘束などされるようだ。なるほど、だから誰も飲んでいなかったし、グリズリーの友達は隠れて飲んでいるのか。
一応、僕も日本からストロングゼロを持ってきていたけど、禁止されているのなら仕方がない。封印することにし、歯磨きをしてから寝ることにした。
今日は買いものに成功して善き日だった。そう思いながら買ってきたミネラルウォーターで歯磨きしようとすると、ミネラルウォーターと思って買ったあれ、炭酸水だった。めっちゃシュワシュワしている。これだから文字が読めないと困るんだ。買い物成功してないんじゃん。歯磨きしながらシュワシュワするという謎の体験をした。
グリズリーとグリズリーの友達が盛り上がるのを聞きながら、ロシアの夜は更けていったのだった。上でサラミがずっとゴソゴソ動いていて、気になって眠れない。いい加減にそこにサラミを挟むのをやめろ。というか早く食え。
23:51 マグダガチ駅より少し先 モスクワまで7436 km(乗車時間29時間41分)
サラミは落ちてきた。
ちょっと興味がでてきたら
オープンハウスで家探し