縄文から平成まで全ての時代の駅を巡ってみた_PR【駅メモ】

令和元年9月24日追記

令和時代

令和元年9月某日 熊本県熊本市 平成駅

おおよそ半年ぶりに平成駅へとやってきました。

 

平成という時代の終わりに合わせて縄文駅から平成駅まで、各時代の名前を冠した駅を巡る企画、誰も幸せにならないあの企画をゴールさせた平成駅へとやってきたのです。あのゴールから半年、令和の時代になってからまたやってきたのです。なぜこんなことになってしまったのでしょうか。物語を少しだけ巻き戻してみましょう。

 

編集部

「patoさん、patoさん」

 

pato

「答えはノーです」

 

編集部

「まだ何も言ってないじゃないですか」

 

言わなくてもロクなことじゃないことだけは分かるので、ここは断固拒否の姿勢です。

 

編集部

「patoさんの縄文から平成までの記事あるじゃないですか。あれは平成を締めくくるのに本当にいい記事だったと思います。韓国まで行ったりと大暴れですしね。反響も良かったですよ」

 

pato

「そ、そうですか?」

 

編集部

「ただ、あの記事、一つだけ問題があるんですよね。古いんです。しっかりと縄文から平成まで各時代の駅を巡っているんですけど、令和の時代となった今、やっぱりちょっと古い感じがするんですよね」

 

pato

「そんなこと言っても令和駅ってないじゃないですか。ない駅には行きようがありませんよ。あれば別ですけど」

 

編集部

「そうですか。あれば別ですか。そうですか。ちょっとこれを見てください」

 

新元号を冠する駅が誕生! 「令和コスタ行橋」駅、8月開業 平成筑豊鉄道(https://www.excite.co.jp/news/article/Trafficnews_87435/

 

編集部

「実は8月24日に令和を冠する駅が開業したんですよ。いやー、我々は別に行かなくてもいいかなあって告げようと思ったんですけど、patoさん自身があるなら行くっておっしゃるなら仕方ないですわー」

 

pato

「……」

 

編集部

「そうですか。じゃあ平成駅から再スタートということで、頑張ってきてください!」

 

こうして新たにできた令和駅を目指すべく、ふたたび平成駅へとやってきたのでした。

この平成駅ですが、豊肥本線の駅でありながら熊本駅から一駅、こりゃ歩いたほうが早いわと熊本駅から歩いていたときのことでした。あんなに晴天だったのに突如としてものすごい雨が降ってきたのです。こりゃスコールかというレベルで降ってきたのです。

 

あまりに突然の雨だったため、歩いていた学校帰りの小学生は完全にずぶ濡れ、自転車に乗った高校生カップルも濡れネズミのようにビショビショになっていました。その高校生カップルがどうやらつい最近、デートで「天気の子」を鑑賞したらしく、二人で笑いながら言うわけですよ。

 

「濡れちゃったね」

 

「まあ仕方ないよ」

 

「すごい雨」

 

「晴れるよっ……!」

 

晴れねえよ。俺たちずぶ濡れじゃねえか。二人でイチャイチャしながらケタケタ笑ってる場合じゃねえよ。

 

そんな経緯があり、なんとかスタート視点である平成駅へと到着しました。

どれくらいすごい雨だったのかはこの画像で分かると思います。スタート地点から完全にずぶ濡れという驚異の状態で令和を目指す旅のスタートです。

平成駅は高架道路の下にある駅なので大雨でも安心なのですが、さらに困難が訪れました。なかなか本数の少ない路線なのですが、やってくるべき列車が「線路内立ち入り」のためかなり遅れるとアナウンスがありました。色々と重なるものです。

 

16:41(16:25)発 豊肥本線 普通 熊本行き

おおよそ16分遅れて熊本行きの列車がやってきました。ちなみに車内はけっこう混みあっていて、列車が16分遅れたことによって指定で買っていた新幹線に乗れなかったおっさんがめちゃくちゃ怒ってました。

 

おっさんは電話でどこかに向かってすげえ怒っているんですけど、その怒りは次第に列車が遅れたこと以外にも広がっていき、「おまけにいきなり雨が降ってくるしよ!」と怒っていたので「晴れるよっ……!」って言おうと思ったんですけど、たぶん怒られるので言いませんでした。ちなみに、本当に熊本駅に着くころには晴れた。

 

16:50 熊本駅

チェックインした駅
平成、熊本駅前、熊本

 

熊本駅では巨大なくまモンがお出迎え。ここからは前回の旅であまりに新幹線に乗りすぎたあまり敬遠した九州新幹線に乗車することにする。

 

新幹線ホームに出ると、指定の新幹線に乗れなかったおっさんが新幹線を目の前にしてまだ怒り狂っていた。

 

16:57発 九州新幹線 つばめ332号 博多行き

各駅停車で博多まで行く「つばめ」の車内はまあまあ混みあっていた。とはいっても全ての座席が埋まっているというレベルではなく、両サイドの二人掛けの椅子のどちらかが埋まっているという状態だった。

 

いやはや、それにしてもびしょ濡れになりましたな、と僕も窓際の椅子に腰かけると、通路越しに老婆が話しかけてきた。

 

「雨降ってましたか?」

 

まるでプールに入ってきたみたいな僕の姿が気になったらしい。そりゃそうだ。車窓の向こうは驚くほどの快晴だ。

 

「ええ、局地的に大雨でした」

 

「たいへんねえ」

 

いつの間にか老婆は僕の隣に座っていた。なんだろう、新手のナンパだろうか。

 

「ちょっと頼まれてくれない?」

 

老婆は深刻そうな表情だ。

 

なんでも、これからこの新幹線で博多まで行って孫に会うらしく、その手土産として「アンパンマン人形」をいくつか購入したらしい。ただ、タグとかを全部外してしまったのでどれがどれだか名前が分からない、とのことだった。

 

「これは“あかちゃんまん”ですね」

 

ちょっと記憶がおぼろげなのでスマホで調べながら説明していく。

 

「これはたぶん“中華丼マン”かと」

 

そのたび、老婆はフムフムとメモしていく。

 

「これは“メロンパンナ”ですね」

 

「メロンパンまんじゃなく?」

 

そうだよなあ、ずっとマン、マンときてるのにここだけ難しいよなあ、と老婆のメモをみたら「メロンパンナム」って書いてた。それ以降、ずっと頭の中に江南スタイルが流れていた。なんでだろう。

 

17:48 博多駅

チェックインした駅
呉服町[熊本]、段山町、杉塘、本妙寺入口、上熊本、韓々坂、崇城大学前、植木、田原坂、木葉、肥後伊倉、新玉名、新大牟田、南瀬高、瀬高、筑後船小屋、久留米、肥前旭、新鳥栖、博多南、井尻、竹下、博多

本当は小倉駅まで行きたいのだけど、乗っていた“つばめ”は博多駅までなのでここで乗り換えを行う。全然関係ないけど、このJR西日本の青を基調とした駅名標が一番落ち着く。デザイン的にも一番好きだ。(山陽新幹線博多駅はJR西日本の管轄)

 

博多駅の新幹線ホームは、九州新幹線と山陽新幹線が入り乱れるのでなかなか複雑だ。目的のホームまで行くのがなかなか難しい。なんとか、最速で小倉まで行けそうな新幹線に滑り込むことができた。

 

17:50発 東海道山陽新幹線 のぞみ58号 東京行き

博多と小倉の関係は実に面白い。いうなれば福岡市と北九州市の関係だろうか。北九州市は工業都市として発展してきた経緯があり、福岡市は商業都市として発展した経緯がある。福岡市は言わずと知れた九州を代表する都市であるが、北九州市はどちらかといえば九州の方を向いておらず、下関などの本州側に目を向けている傾向があるようだ。そんなことを以前、北九州在住の人が言っていた。

 

この二つの駅は70キロほど離れており、車で移動した場合は一般道で2時間、高速でも1時間はかかる。通常の電車で移動した場合も1時間以上必要で、まあまあ距離的に離れている。もっと近いような印象を持っていたがそうではないのだ。

 

ただ新幹線で移動するとこの移動が15分で済んでしまう。めちゃくちゃはやい。北九州在住の人いわく、この博多-北九州間を新幹線で移動することは、ちょっと特別な日とか、かなり疲れている時とか、そういう普段とは違うことらしい。ちょっとした贅沢とも言っていた。

 

18:06 小倉駅

チェックインした駅
篠栗、小倉[福岡]

思った以上に“特別な日”だった人が多いらしく、小倉で降りる人はかなり多かった。ここから在来線に乗り換えて目的の駅を目指していく。

小倉駅名物の“かしわうどん”だ。しっかり営業している。

しっかりと美味い。

 

「かしわ」とは鶏肉の意味であり、甘辛く味付けをした鶏肉がうどんを彩る。特に九州北部で好んで食べられているものだ。実際に食べてみると分かるが、この鶏肉がアクセントとなりうどん全体に深みみたいなものを与えている。

まったくもって余談だけど、小倉駅新幹線ホームには500系がいた。あいかわらずかっこいい。

 

18:26発 日豊本線 中津行き

ここら在来線に乗り換え。平日の夕刻ということもあって、車内は部活帰りと思われる高校生でパンパンだった。

 

19:04 行橋駅

チェックインした駅 西小倉、南小倉、片野、城野[JR]、安部山公園、下曽根、朽網、苅田、小波瀬西工大前、行橋

 

 

行橋駅は思ったより都市だった。ホームから見える駅前の街並みは煌びやかで賑やかだ。乗り降りする人も多い。ここいらの地区の中心的役割を担う都市なのだろう。

 

さて、ここから平成筑豊鉄道という鉄道に乗り換える必要がある。その先に令和の駅がある。ただここの乗り換え、異様に難易度が高かった。

 

普通に考えてJRから私鉄へと乗り換えるわけだから改札の外で乗り換えるんだろうと普通に改札を出たら、そこに乗り換え口はなかった。なんでも改札の中で乗り換えるらしい。

 

それならばと、また切符を購入して改札内に入るのだけど、平成筑豊鉄道の券売機がかなり古いもので、一万円札が入らなくて苦労した。

平成筑豊鉄道と案内されるままにホームに上がるのだけど、そこにはJRのホームしかない。どこだ、平成筑豊鉄道のホームはどこにあるんだ。

 

ここは完全に初見殺しで異様に難易度たかいんですけど、正解は「このJRホームの端まで歩く」でした。

普通に小倉行きや下関行きの列車が行き来するJRホームをずんずん進んでいく。

ホームから人や列車の気配が消えて、この世界には自分一人、みたいな錯覚に包まれかけたころ、やっと乗り場らしきものが見える。

みえたー! 乗り場を見つけたー!

 

よくよく上の画像を見て欲しいのだけど、自動改札みたいな機械が2つ置かれているのが見える。完全に改札だ。長いこと鉄道で旅しているけど、JRのホームに別の私鉄の改札があるのは初めての体験だ。

 

19:17発 平成筑豊鉄道 直方行き

一両だけのかわいらしい列車がやってきた。この先に令和の駅がある。

 

この平成筑豊鉄道、その名称からもわかるように名称に元号をつけるのが好きなようだ。鉄道の名称に「平成」をつけたかと思えば、新たに開業した新駅にもしっかりと「令和」とつける。元号ハンターみたいな鉄道会社だ。

 

19:20 令和コスタ行橋駅

チェックインした駅 令和コスタ行橋

 

 

行橋駅から1駅、あっというまに令和コスタ行橋駅に到着した。

木材をふんだんに使った駅舎はかなり斬新だ。真新しい木の香りがしてきてとても心地よい。ただ、まわりに何もなさすぎる。

少し離れた場所にポツンと自転車置き場が見えるだけ。ちなみに自転車置き場のほうから駅を見るとこうなる。

なにもない。

 

と思ったら駅の裏手の方から、細い路地を経由してなかなか巨大な複合商業施設に繋がっていた。

コスタ行橋という商業施設らしいので、令和コスタ行橋駅はこの施設のために作られた駅なのだろうと思う。

 

こうして新時代、令和になって初めて開業した令和の名前を冠する駅を訪問することができた。願うことなら当分の間、元号が変わらず、変わったとしてもその名前を冠した駅を作らないで欲しい。頼む。

 

 

 

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