15:07 下関駅
ここから乗り換えて新下関駅を目指す。乗り換える列車は目の前に待機していた。
15:09 山陽本線 岩国行き
車内にめちゃくちゃどでかい荷物を持っている女性がいた。亡命? と聞いてしまいそうなくらいでかい荷物で、窓から入り込む日光を嫌って頻繁に座席を移るので、そのたびにちょっとした引っ越しみたいになっていた。
目次
No.014 新下関駅(山口県下関市)
15:17 新下関駅
なんとか13:39の新幹線に間に合った。本来はこの新幹線に乗って新下関に到着し、1時間後の新幹線を待つことになるはずだった。在来線を活用して1時間短縮。普通は在来線の旅で短縮するために新幹線課金を利用するのだけど、このように全駅下車の旅をしていると在来線を使うことで短縮になることがある。なかなか面白い。
さて、いよいよ追加料金の話である。改札に駅員さんに事情を説明し、いくら追加料金を払えばいいのか詰め寄る。
「あー、はい、ちょっとお待ちください」
若い駅員さんは切符を持ったまま奥に引っ込んでしまい、なにやら偉い人に相談しているようだった。その表情は深刻そうだった。
戻ってきた駅員さんの表情もかなり深刻で「こういう乗り方をされますとね、システム上、小倉から日本を一周して新下関に来たって計算するんです。よって追加料金5万円です」とか言われたらどうしようと怖くなった。それくらいの深刻な表情だった。5万円って顔をしていた。そして重苦しい感じで口を開く。
「申し訳ありません、こちら追加料金です……」
くる、5万円くる!
「40円です」
クッソ安いわ。
さくっと払いつつ、なんで40円の追加料金がかかるのか質問してみた。駅員さんはやや歯切れが悪かったのだけど、途中でJR九州からJR西日本に変わるところがポイントらしい。それ以上は教えてくれなかった。
ここからは僕の予想の範疇を出ないのだけど、おそらく、小倉からの新幹線がJR西日本の管轄になっているところがポイントではないだろうか。つまり新幹線にまともに乗っていれば、小倉からはずっとJR西日本の経路を取る。けれども、在来線を使うと、小倉から下関までJR九州が管轄する区間を乗車する。つまり、新幹線に乗るよりちょっと多めにJR九州に乗る。少なく乗る分に返金はないが、多く乗る分には追加料金が必要となる。そのちょっと多めに乗るJR九州分が40円なんじゃないだろうか。
ああでもない、こうでもない、と予想をしていたら、狙っていた新幹線が来る時間になってしまった。しまった、新下関とゆかりの深いなにかと「でんこ」の撮影をしていなかった。
<ミッション写真 No.14>雨水が入り込む駅舎といちほ
これは決して、「撮り忘れていたから適当に通路で撮ったれ」という画像ではない。山陽新幹線は昭和50年の開業から40年以上の時間が経過している。駅によって大きな差があるが、改装だとか改築だとかあまり行われていない駅舎はかなりガタがきている。こういった「雨水が入り込んでくる」という注意は、いくらかの駅ではさして珍しいことではなかった。そういった状況に警鐘を鳴らす意味でこの画像を撮影した。決して撮り忘れて適当な場所で撮ったわけではない。
それにしてもこの新下関の古い駅舎を見ていると、何か忌々しい記憶の蓋が開きそうになる。何か封印していた物が飛び出しそうで、頭が痛くなる。けれども、まだその正体は分からない。きっと思い出さないほうが良い記憶なのだ。気にせず、新幹線に乗ることにした。
No.015 厚狭駅(山口県山陽小野田市)
15:39発 山陽新幹線 こだま858号 新大阪行(特急料金870円+40円)
断片的に思い出される映像の数々、それがなんなのか分からないまま厚狭駅へと到着した。いつもながら厚いんだか狭いんだか分からない駅名だ。
15:49 厚狭駅
厚狭駅は山陽新幹線においてもっとも新しい駅だ。といっても、1999年開業なので、もう20年以上経過している。
この駅での待ち時間は1時間。どうやらこの時間帯はきっちりと1時間間隔で「こだま」が運行されているらしく、それを待つ形になる。そうなるとかなりのロスなので在来線ワープで次の新山口駅を目指すことにする。それでもまあ、30分以上の待ち時間がある。
駅舎はかなり大きく立派で、ホームから眺めていても駅周辺に住宅も多く人の気配がする。それなのに、時間が悪いのか、駅の中に人がいなかった。本当に、降りたのも僕一人、駅内を歩いている人もいない。駅員さんが在来線と新幹線の分岐のところで仁王のように立っているだけだった。
本当に静かなんですよ。ただただ静か。ときおり通過新幹線の轟音が鳴り響いて、山々に反射している以外は、時が停まったかと感じるような静かな世界が広がっている。マジで人っ子一人いない。
人もおらず、そこまで列車がやってくるわけではない厚狭駅だけど、ホームの数が異常に多い。新幹線ホームも含めて4つくらありそうだった。ただしそのうちのいくつかは全く利用されておらず、人が入れないように封鎖されていた。かつては、このホームがすべて利用されるほど栄華を誇った時期があったのだろうか。とにもかくにもこういう雰囲気は助かる。心が安らかになるのだ。
ホームに座り、体と精神を休める。何度も言って申し訳ないが、本当にこういった乗って降りるの繰り返し、しかも乗っているのは数分という旅は色々と摩耗してくる。おまけにほとんど駅にいるので、たいていの駅はガヤガヤしていて落ち着かない。ただただ静かな駅のベンチに座り、とにかく瞑想をする時間は本当の意味での休息になった。
<ミッション写真 No.15>ツボとりんご
ということで、かなり精神が蝕まれていて面倒になったんだろう、厚狭駅ゆかりのものということで何も考えず、なにかありそうな壺を撮影していた。
No.016 新山口駅(山口県山口市)
16:27発 山陽本線 岩国行き
さすがに列車の時間ともなると駅に人がやってきた。何名かの女子高生がやってきてキャイキャイと騒ぎ始めたので一気に賑やかになった。新山口駅へと向かう車内も、そろそろ夕刻となるこの時間になって高校生が増えてきたようだ。
17:01 新山口駅
新山口駅は、山陽本線の上下線、山口線、宇部線と、ここから4方向に延びる在来線の起点となるターミナル駅だ。そのため線路の本数が多く、画像からも分かるように新幹線ホームと在来線がけっこう離れている。待ち時間は30分ほどでまだまだ余裕があるが、急いで色々と済ませなければならない。
<ミッション写真 No.16>どこでもドアとうらら
JR西日本が発売する超絶お得乗り放題キップ、「どこでもドアきっぷ」にちなんで、どこでもドアのパネルが置かれていた。ちょうどどこでもドアから「でんこ」が出てきた感じで撮影しようと四苦八苦してると、となりに老夫婦が立ち止まった。
「どこでもドアってどこにでも繋がっているのかな」
「そりゃどこでもですから」
などと、ほのぼのと会話を始めた。いいよね、年をとってからも夫婦で旅行して、こういう緩やかな感じで会話して。
「じゃあ、誰かの体内に行きたいっていったらどうなる? 体内に突如としてあのサイズのドアが現れて破裂するんじゃないか」
「破裂しますねえ」
なんで急にサイコパスみたいな会話になってるんだ。怖いよ。
あと、ホームに洗濯物を干すやつが忘れられていたんだけど、まず、どうやったらこの洗濯物干すやつを駅のホームに忘れることができるのか不可解だし、どうやったらこんな状態で忘れられるのか不可解だ。なんなの、これ。なにか干してたの? なんなの、新山口駅。
No.017 徳山駅(山口県周南市)
17:36 山陽新幹線 こだま862号 新大阪行き(特急料金870円)
隣駅までの新幹線特急券を繰り返し繰り返し買ってきて気が付いたが、どうやらこの新幹線特急料金、最低金額が870円みたいだ。基本的には距離が長くなるほど高くなるので、駅間が長いところはそれなりの値段になるが、駅間が近いところは、いくら近くても870円を割り込まない。
おそらく、新幹線に乗る権利みたいな基本の料金があって、それが870円なのだろう。つまりこうやって小刻みに新幹線特急券を買う行為は、基本料金を毎回に払ってるようなものなので、かなり割高だと言える(分割した方が安くなるパターンもある)。その証拠に、移動以外にあまりお金を使っていないのに、なかなか身震いするペースで所持金が減っている。ゴールに到達するころにはどうなってるんだ。
17:50 徳山駅
珍しいことに14分も乗ることができた。どうやらここは駅間の距離が長いらしい。新山口では夕暮れの気配だったが、徳山に到着するころにはすっかり日も落ち、夜の雰囲気になっていた。
いよいよ徳山駅の新幹線ホームに滑り込んでいくという段階になって衝撃の車内放送が飛び込んできた。
「のぞみ号通過待ちのため、徳山では5分停車します」
ついにきた。停車チャンスだ!
停車チャンスとは、こだま号の停車時間を利用した激熱チャンスである。山陽新幹線において各駅停車の「こだま」号は、ゆっくりと移動していく設定の新幹線だ。反面、駅をすっ飛ばしていく設定の「のぞみ」や「ひかり」はかなりの速さだが、基本的に線路上で「こだま」を追い抜くことはできない。
ではどこで追い抜くかというと、「こだま」は停車するけど、「のぞみ」や「ひかり」は停車しない。そんな駅で「こだま」を停車させておいて追い抜いていくのだ。つまり「こだま」はそれ待ちで長い停車が発生することがある。
九州新幹線においてはそこまで本数が多くないので、この停車チャンスはほとんど発生しなかったが、特に「のぞみ」の設定が多い東海道・山陽新幹線ではこの「抜かれ待ち」がけっこうな頻度で発生する。つまり、長い停車をすることがままあるのだ。
普通なら気にすることもない現象だが、僕にとってはとても重要だ。この長い停車時間に、駅舎の撮影、でんことの撮影、駅メモチェックインができれば、そのまま次の「こだま」を待つことなく再度乗り込んでいけるのだ。
いけるか?
“長い停車”といっても時間にしてわずか5分。長くはない。ただ今後の展開を占ううえで挑戦しておく必要がある。5分停車をどう扱うか、試金石という点で重要だ。ええい、出たとこ勝負だ。いったれ。
まず、駅舎だが、この徳山駅は新幹線ホームと在来線ホームがけっこう離れているタイプの駅なので、新幹線ホームから在来線ホームみたいなものが見えた。これは完全に駅舎だろう。駅舎クリア。
<ミッション写真 No.17>徳山動物園とやちよ
偶然にも新幹線ホームに徳山動物園のポスターが。徳山といえば徳山動物園である。僕はこの駅を訪れる前から、「やっぱでんこ撮影は徳山動物園の何かがいいな」と感じていて、探し出してでも無理やり撮影しよう、ないなら新幹線を逃してでも徳山動物園まで行って撮影しようと思っていたので、新幹線ホームにそのポスターがあってびっくりだ。本当に偶然ってあるんだな。でんこ撮影クリア。
偶然が折り重なり、徳山駅でなすべきことが改札から出ることなく終わってしまった。完全に5分の停車時間に間に合ってしまった。新幹線特急券は次の駅で乗り越し清算すればいい。
No.018 新岩国駅(山口県岩国市)
山陽新幹線 こだま862号 新大阪行き(特急料金870円(乗り越し清算))
同じ新幹線にそのまま乗れるって本当に最高だ。一気に進む。本来は新幹線の旅とはこうあるべきだ。
18:09 新岩国駅
新岩国での待ち時間は20分ちょっと。ちょうどいい時間設定だ。
新岩国駅の改札で乗り越した分の新幹線特急券を清算しようと切符を見せて事情を説明する。
「ええっと、乗車券を見せてもらえますか?」
「はい、これです」
地獄からの便り、みたいになった乗車券を差し出す。
「ええっと、これは?」
「いや、あの、途中下車繰り返してたら訳わからなくなっちゃって、それでもう自動改札も通らないから駅員さんに見せろって言われて」
「ふうん、鹿児島から函館までいくの?」
「はい、全駅で降りながら行きます!」
「なんで?」
「(それは僕にも分からない)」
こんな心温まるやりとりがありました。
新岩国の駅前は妙にタクシーが多かった。おそらく、ここから岩国駅の方に行くにはタクシーが最も都合がいのだろう。だからタクシー需要が高い。
僕もこんなに真っ暗じゃなかったら、この新幹線待ち時間を利用して錦帯橋を見に行っていたかもしれない。岩国と言えば錦帯橋だ。なんだか本当に見たくなってきた。でももう暗闇だしなあ、行っても無駄になりそうだし、時間もなかなか厳しい、と思案してると駅の構内に錦帯橋があった。
<ミッション写真 No.18>錦帯橋とベアトリス
特に何の説明もなく、ポツンと錦帯橋の柱の一部みたいなものが置かれていた。何の説明も伏線もなく、広いスペースにポツンだ。異世界から一部分だけ転送されてきたみたいになっていた。これはなかなかシュールだったな。
No.019 広島駅(広島県広島市)
18:35発 山陽新幹線 こだま864号 岡山行(特急料金870円)
さて、つぎはいよいよ広島駅である。何を隠そう、僕はこの広島で学生時代を過ごしたという経験がある。ちょっと気合を入れて遊ぶというときには広島駅に繰り出したものだった。ただまあ、この広島駅にはあまりろくな思い出がない。
市内の女子大との合コンがあって駆り出され、広島駅近くのお店で合コンが開催されたことがあった。そのうちの一人が、メチャクチャ早い時間に「終電だから帰る」と言い出して、ちょっとその子を狙っていた僕は「俺が送っていくよ」みたいに名乗りを上げた。完全に男前だったと思う。
「駅まで送ってくれるの?」という彼女の問いに、調子をぶっこいていた僕は「キミの最寄り駅まで一緒に行くよ、ちょっとでも長く話をしたいからね」みたいなことを言っていた。完全に男前だったと思う。「遠いよ~」とはにかむ彼女もまんざらではない感じで、こりゃもらったな、遠いって言っても呉とか安佐北区とかそのへんだろと完全に舐めていた。
その彼女は、新幹線で下関から来ていた。嘘だろ。隣の県やん。最寄り駅まで送るといった手前、本当に、新幹線特急券と乗車券を買って新下関にいくことになった。ちょっとでも長く話したいどころか、最後の方は話すことなくなってた。
彼女は新下関に迎えの車が来ていて、そのまま帰っていった。もう広島に戻る新幹線はなかった。次の日、新幹線代もないので在来線を乗り継いで帰ったっけ。なんで、最寄り駅まで送るって言っちゃったんだろ。若気の至りというにはあまりにお粗末で意味不明なエピソードだ。
「クソっ、いやなこと思い出しちまった」
さらに記憶の蓋が開く。
今度は学生時代ではなく、つい最近のことだった。品川駅から新横浜駅まで新幹線で移動しようとしていて、その日は確か「天気の子」の映画を観たと記憶している。ご機嫌だった僕は新幹線に乗る前にストロングゼロ(ダブルレモン味)を飲んだ。けっこう飲んだ。品川駅で新幹線に乗り込んだ時も飲んでいたように思う。品川駅から新横浜駅は一駅だ。本当に今となっては心の底から実感するのだけど、新幹線の一駅は短い。本当に数分だ。数分のはずなのに、けっこう充実した睡眠が得られてしまった。
目が覚めると広島駅だった。
なに? 異世界転生? と思ったが何度確認しても広島駅だった。たまたま広島止まりの新幹線だったから良かったけど、博多行きだったらたぶん博多まで行っていたと思う。もうその日のうちに東京に戻る手段はなかったので広島に泊った。
ただ、その日は巨人戦があったり、広島市内で数多くのイベントが催されていたりして、どのホテルも満室だった。ネカフェとかも満員でどうしようもなく、結局、ちょっといいホテルの、付き合って2年目のカップルが記念日に奮発して泊まる、みたいな部屋に泊ることになった。新幹線代より高かった。
興奮のあまり長くなってしまったが、そういった忌々しき思い出の舞台となった広島駅についに到着した。
18:50 広島駅
広島駅での思い出があまりに忌々しいため、脳が拒否したのか駅名標を撮影し忘れてしまった。よって、ここは、新横浜駅だと思ったら広島駅だった時に呆然と撮影した画像を流用させていただいた。こうしてみると、呆然とした感じがよく表現されている。
いよいよ広島駅に到着するという新幹線車内において衝撃の車内放送が流れてきた。
「次の広島駅では13分停車します」
いける。完全にいける。
どうやらかなりの数の「のぞみ」や「ひかり」に広島駅で追い越されるらしく、この「こだま」がロングステイをする。13分なら完全にいける。停車チャンスだ!
広島駅は大きく様変わりした。僕が学生だった時代の面影はもうほとんどない。駅周辺もかなり再開発が進み、別世界のようになってしまった。もしかしたら日本で最も様変わりした駅なのかもしれない。
さらに変化をもたらそうと、駅ビルは絶賛工事中だった。
「わたし下関なの」
「え、下関ってあのフグとか有名な?」
「そう。遠いよね」
「楽勝、楽勝、遠くないよ(洒落にならん遠さだな)」
あの彼女とそんな会話をしたオブジェ横のベンチも、もう存在しない。
「まじすか? そんな高い部屋しかないですか。はあ、じゃあ、それでいいです」
そんな電話をした通路も工事によって塞がれていた。何とも寂しいものだ。
<ミッション写真 No.19>もみじまんじゅうのお店とリオナ
広島名物もみじまんじゅうだけはいつまでも変わらない。と思ったけど最近では様々なバリエーションが登場して変化している。広島は常に変化しているのだ。
No.020 東広島駅(広島県東広島市)
19:03 山陽新幹線 こだま864号 岡山行(特急料金870円)
ここで引き続き同じ「こだま」に乗れたことは大きい。時間帯の関係もあるだろうけど山陽新幹線に入ってから各駅停車の新幹線が減ったように思う。そのかわり、追い越され待ちのロング停車も増えた感じがするので、それを利用して効率よく進んでいきたい。
19:14 東広島駅
うおおおおおおおおお、こ、この駅は!
先ほどから思い出話に終始して申し訳ないが、学生時代、僕はこの駅の徒歩圏内に住んでいた。めちゃくちゃ懐かしい。新幹線が停まる駅の徒歩圏内なんていいとこ住んでるじゃねえかと思うかもしれないが、当時はそんなことはなく、この駅の周辺には何もなかった。
新幹線しか停まらない駅、それも「こだま」しか停まらない駅で、あまり便利が良くなく、他の駅との接続もなく、バスすら1日2本とかだった。街の中心は遠く離れた山陽本線の「西条駅」で、この東広島駅は本当に何もない場所でたまに新幹線が停まる、そんな駅だった。
そんな駅の徒歩10分くらい、何もない場所に建つ家賃3万円のアパートに住んでいた。
駅舎自体は当時からほとんど変わっていない。ただ、駅の周辺は様変わりしていた。
ビジネスホテルができていたり、マンションが建っていたりパチンコ屋ができていたりと、新幹線駅の駅前らしい光景が広がっていた。ほんとね、ここは何もなかったんですよ。駅を出ると漆黒の闇が広がっているだけだったんですよ。
こんなに明かりがある通りではなかったんですよ。暗闇だけがそこにあって、歩いていると野犬に追いかけられる。そんな場所だったんですよ。それがまあ、いまやこんなに。変われば変わるものですね。
自然と僕の足はあのアパートに向かっていました。学生時代を過ごした家賃3万円のアパート。色々なことがあったアパート、もしかしたら様変わりしたこの街に合わせて少しゴージャスになっているかもしれない。
ドキドキしながら歩いていくと、アパートはなくなっていた。さすがに住んでいた時から古かったですから、限界だったみたい。新しいものが増え、古いものが消えていく、そんな儚さを感じる思い出の駅、東広島がそこにあった。まさか全駅下車の旅でこんな感傷的になってしまうとは。
<ミッション写真 No.20>東広島駅前のセブンイレブンとチコ
東広島の駅前に威風堂々と建つセブンイレブンは僕にとってこの駅を象徴するものだ。何もなかったこの駅の周辺に、最初に建ったのがこのセブンイレブンだった。僕はオープンの日にこのセブンイレブンに自転車で行き、オープン記念の粗品をもらった。ティッシュだった。ついにうちの近所にもコンビニができたぞ、と興奮したのを今でも覚えている。あと、コンビニにATMが置かれることになった時も、わざわざここにお金を降ろしに行った思い出がある。1万2千円おろした。だから僕にとってこの駅を象徴する存在である。
No.021 三原駅(広島県三原市)
19:49発 山陽新幹線 こだま866号 新大阪行き(特急料金870円)
ついつい学生時代の思い出に浸ってしまった。しかし、次の三原駅では気合を入れて臨まなくてはならない。そう、タイムアタックだ。
次の三原駅では11分の停車時間がある。この11分で全てを終わらせれば引き続き、この「こだま」に乗ることができる。それは大幅な前進に繋がるのだ。いくぞ、三原駅タイムアタック!
19:59 三原駅
ここ三原駅は駅を中心に町が発展しているようで、新幹線ホームから見える町の様子は華やかだった。これだけネオンがあるならば一通りのものは揃っているだろうと思う。
駅の壁にはデカデカと「東京へはやっぱり「のぞみ」」と書かれていた。そりゃ僕だって「のぞみ」で一気に東京まで行きたいですよ。でも、全駅降りようと思ったら「のぞみ」は無理でしょ。「のぞみ」を全駅に停めてよ。でも、それじゃあ「のぞみ」じゃないな、と一人でブツブツ言うくらいに精神的に追い込まれていた。
<ミッション写真 No.21>et SETO raとレーノ
「et SETO ra」という、観光列車を猛プッシュしているらしい。なかなかいいネーミング。そのパネルが駅構内にあった。尾道から出発し、瀬戸内海の景色を眺めながら料理を楽しみ宮島へ、そしてまた尾道に戻ってくるという列車だ。車内にバーカウンターまであるオシャレさで、スイーツも人気のようだ。
No.022 新尾道駅(広島県尾道市)
20:10 山陽新幹線 こだま866号 新大阪行き(特急料金870円)
なんとか11分で全てを終えることができた。ただ、これ以上短い停車時間だとなかなか厳しそうだ。かなり急いだので呼吸が荒れている。
相変わらず乗車時間は短いので、呼吸が整うのを待たずに新尾道駅へと到着した。
20:16 新尾道駅
この駅での停車時間は6分とのこと。連発の停車チャンスだ。やはりこの区間は「こだま」の停車時間が長い。
一瞬、タイムアタックか!? と思ったがやはり無謀なのでやめておいた。さすがに6分は、撮影したいものが偶然にもホームに全部あった、というパターンを捏造するしかないので、あまりに連発してはいけない。おとなしく新幹線を見送って改札へと降りていく。
駅の外に出てみて驚いたのだけど、死の街みたいな雰囲気が漂っていた。こういってしまうと尾道の人に非常に失礼であることは承知しているのだけど、それでも言わずにはいられない。なんというか、動きがなかった。
もちろん、これまでの何もない駅みたいに、サバンナが広がっているとか、田園の中にポツンというわけではない。町並みは広がっている。けれども生命力みたいなものがなかった。
「なんもねえな」
そう呟くのだけど、焦ってはいけない。新幹線駅では、片方の出口がまあまあ栄えているのに、もう片方の出口はあまり栄えていないみたいなパターンがけっこうある。もしかしたらたまたま、何もないほうの出口から出たのかもしれない。逆側は発展しすぎてチーマーとかたむろしているかもしれない。逆側の出口にいってみることにする。
「やっぱりなんもねえな」
こういうことを書くと、だいたい熱心な新尾道駅教徒みたいな人から「そんなことない! 新尾道駅にはXXがある!」みたいな熱烈抗議をいただくのだけど、この駅はそんな抗議も来ないかもしれない。それくらい生命力みたいなものがなかった。時間帯の問題だろうか。
調べてみると、ちょっと離れた場所に美味しいラーメン屋さんなどあるようだが、駅から見える範囲には何もない感じであった。
<ミッション写真 No.22>新尾道駅構内にあった謎の壁画とエリア
偶然にも駅構内の壁画と“でんこ”が妙にマッチしてしまった。結局、この壁画が新尾道駅で一番生命力があった。
No.023 福山駅(広島県福山市)
20:46 山陽新幹線 こだま868号 新大阪行き(特急料金870円)
この区間の「こだま」は、本来は1時間に1本の間隔で運転されているようだが、朝と夜の時間帯は30分に1本の頻度になる。その高頻度帯に入ったようで30分も待たずに「こだま」がやってきた。本数が多い時間帯をどう使うか、これからの課題になりそうだ。
福山駅での停車時間は8分。完全に大チャンスだが、そこまで急ぐ必要はない。その7分後には別の「こだま」がやってくるので、そこを狙えば15分の猶予がある。7分間隔で「こだま」があるってよく分からない状態だ。
20:54 福山駅
福山駅の凄まじさは、ホームを降りた瞬間に確認できる。広島方面からやってきた場合、降りてすぐに目の前に飛び込んでくる光景がこれだ。
完全に城。それもライトアップされていてめちゃくちゃ綺麗。この光景が新幹線ホームから目の前に眺められるのだ。圧巻の大迫力というほかない。
いやーほんとにすごいな。駅の出口を出てすぐに城だもん。
これもう駅前の光景ではないでしょ。下手したら長い停車時間にタイムアタック城観光できるかもしれない。それくらいの近さ。
<ミッション写真 No.23>新幹線ホームから見える福山城とひいる
常々、城と新幹線駅の親和性は高いんじゃないかと思っている。新しい新幹線駅はそうでもないが、古くから新幹線が通っていて、しかも在来線の中心駅に通した場合、古くからの町の中心に新幹線が来ることになる。そこは新幹線が通るくらいの大きな街なので、もともとの城下町であることが多く、しっかりと城があったりする。今後も、城と新幹線という観点で注視していきたい。
ちなみに、城じゃない方の出口はめちゃくちゃ栄えていたので、片側は現代的な繁栄、もう片方が歴史と重みのある繁栄みたいな感じで、駅を挟んで温故知新、めちゃくちゃバランスの良い駅だった。
No.024 新倉敷駅(岡山県倉敷市)
21:09 山陽新幹線 こだま870号 岡山行き(特急料金870円)
夜になってトントン拍子に進むようになってきたが、それに比例して疲労の蓄積がすさまじい。本当に、何度も言うように新幹線に乗っているだけだから楽だろうと思っていたが、とんでもない。精神的、肉体的疲労は過去最高レベルだ。終電までこれを続けたら次の日に動けなくなりそうなので、適当なところで切り上げて休息をとらねばならない。
21:21 新倉敷駅
「これね、もう自動改札通らないんですよ」
いつものように意気揚々とそう説明して有人改札を通る。ついに岡山入りしたわけだが、どうやらこのあたりの人は「鹿児島中央駅→新函館北斗駅」という表示を見て、いまいちピンとこないらしい。
もちろん、鹿児島の存在も函館の存在も知っているが、どちらも遠すぎて、一瞬で理解ができない感じなのかもしれない。改札での確認にやたら時間がかかるようになってしまった。
なんとか改札での説明も終わり、意気揚々と飛び出して目に入ってきた光景がこれだ。
よくわからない殺風景なスペースが広がっているだけでもミステリアスなのに、なぜか並べられているバケツの数々。めちゃくちゃシュール。置かれている位置が、天井の繋ぎ目と一致しているので、おそらく、この隙間から雨水が漏れてくるのだと思う。
<ミッション写真 No.24>新倉敷駅のバケツといおり(アンチテーゼ)
決して、疲労困憊で新倉敷駅ゆかりの品を探すのが面倒になったわけではない。これは警告だ。開業から40年以上が経ち、おそらくそのままの新幹線駅舎がいくつかあり、完全にガタがきている。新幹線駅が雨漏りでバケツ、なんて悲しくなるし、安全性はどうなのみたいな議論になるので、JRさんはしっかり改修してください! これは切実ですよ。
No.025 岡山駅(岡山県岡山市)
21:39発 山陽本線 普通 瀬戸行き
さて、本日の移動は次の岡山までにしようと決意する。新幹線を待って移動しても、在来線で移動してもそう変わらないようなので、在来線で移動する。新幹線特急代の節約だ。このペースで新幹線特急料金を払い続けていたら函館に着くころには一文無しになっている。節約できるとこは節約していかねばならない。
いちおう、在来線ワープを使う場合は、小倉―新下関のときのような裏ルール的なものがあると良くないので、「これは可能か?」と駅員さんに確認してから乗るようにしている。そのたびに、どうしてこんな地獄みたいな印字がされた切符なのか説明する必要があるので大変だ。
岡山へと向かう普通列車は、疲れている人がたくさん眠りこけていた。
22:06 岡山駅
「もう自動改札通らないんで」
いつものように駅員さんにそう説明して改札を抜けようとすると、駅員さんが切符を手に取ってまじまじと見始めた。
(もしかしてなにかやってはいけない乗り方をしたか!?)
ドキドキしながら待っていると駅員さんがニコリとして言った。
「(函館には)いつごろ到着の予定ですか?」
まるで疲れた僕を包み込むような笑顔だった。
こっちが聞きたいです。いつごろ着くと思います? と質問に質問で返したい気持ちをグッと堪え、「わかりません」と笑顔で答えた。
もともと岡山駅周辺は岡山の中心として発展し、人が集まっていた。駅前に「岡山一番街」という地下街があるが、記憶の限り、駅前に地下街があるのは中国地方では岡山駅だけだと思う。そんな中心的な駅だが、駅近くにイオンモールがオープンしてからその傾向は顕著になったと聞く。もう夜も遅いというのにここには都会的な賑わいがあった。
<ミッション写真 No.25>桃太郎像とミオ
岡山と言えば桃太郎である。駅前には桃太郎の像があった。年末になるとファンキーなライトアップが施されることで有名な像だ。ここででんことの撮影を敢行した。撮影自体は良かったのだけど、その脇には地元岡山の最強ヤンキー軍団みたいな若者がたむろしており、いつ絡まれるかヒヤヒヤものだった。
「おっさん、なに撮影してんだよ」
「いや、桃太郎像を……」
「うっせえんだよ!」
「おい、こいつ地獄みたいな乗車券もってるぜ」
「マジ地獄じゃん!」
「かえしてよぅ」
ってなったら嫌なので、素早く撮影を終えてすごすごと退散する。岡山のヤンキー、本当に怖い。
といったところで1日目の旅はここで終了。まとめはこちら
下車した新幹線駅 25駅
乗った新幹線 21本
制覇した路線 九州新幹線
駅メモチェックインした駅 137駅
総移動距離 711 km
キップ代金 乗車券24,090円 特急券20,480円(追加料金含む)
2日目に続く!
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