ダイアログ・イン・サイレンスで僕が学んだ「伝える努力」の大切さ【コミュニケーションに悩むすべての人に】

「ダイアログ・イン・サイレンス」をご存知ですか?音のない世界で、言葉の壁を超えた対話を楽しむエンターテイメントで、1998年にドイツで開催されて以降、フランス、イスラエル、メキシコ、トルコ、中国でも開催。これまで世界で100万人以上が体験しています。今回は、そんな「ダイアログ・イン・サイレンス」の体験レポートをお届け。普段はつい忘れてしまうコミュニケーションの本質が体感できます。

 理事・志村季世恵さんが語るダイアログ・イン・サイレンスの世界

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ここからは、「ダイアログ・イン・サイレンス」の総合プロデュースを務めた志村季世恵さんに話を聞く。

真っ暗闇で対話をするエンタテイメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の理事でもあり、バースセラピストとしても活躍される志村さんとは、以前「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の体験レポートのときにも話をさせてもらったことがある。

その独特な感性と想像力にいつも感銘を受けるのだが、今回の取材でも、やはり「サイレンス」の魅力と、志村さんの考え方に心が震えた。

8月末にさまざまな事情によりクローズを余儀なくされた「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」と、8月1日~20日まで期間限定開催された「ダイアログ・イン・サイレンス」によって、怒涛の繁忙期を迎えていた志村さんは、ふたつのエンタテイメントについてどのように考えているのか。

「サイレンス」および「ダーク」を体験したことがある人もない人も、ぜひ読み進めてもらいたい。

 

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――暗闇のエンタテイメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」でお話を伺った以来ですね。よろしくお願いします!

久しぶりに会えて、本当に嬉しいです。いろいろお話したかった。

――僕も同じ気持ちです。「ダーク」のクローズが決まるなか、「サイレンス」も始まって、大変だったんじゃないですか……?

それは本当に、大変だった。でも、終わりと始まりが同時に訪れるとね、終わるものについては「始まりはあんなに大変だった」と思えるし、始まるものについては「いつか終わってしまう」と思えて、とても刺激的だったの。一回一回の公演を、妥協なく本気で取り組むことができるようになったな。

――「ダーク」のクローズは、残念の一言では済ませられないほど、悔しい気持ちでいっぱいです……。でも、「サイレンス」、とても楽しみにしていました。「ダーク」同様、「何が起きるんだろう?」ってワクワクが止まらなかったです。

実際に体験してみて、どうでした?

――部屋を移動するたび、徐々に感覚が変わっていくんです。言葉を使えないことが当たり前になって、言語ナシでは伝えにくい細かなニュアンスを「どうやって伝えよう?」って、必死になって考え、行動する。それが、最後の部屋でどんでん返しになって……。これまでに味わったことのない感覚を得られました。

ああ、嬉しいな。やっぱりそう感じるんだね。

――たとえば、模型をジェスチャーで説明するときに、「イヌとネコの違いって、どうやって伝えるんだ!?」とか、言葉が使えれば一言で終わっちゃうシーンこそ、悩むことになるんです。それがものすごくおもしろいですよね。

あの模型は、私が選んだんです。まさにそうやって悩んでくれる人がいたらいいな、と思って。

――ああ、まんまと志村さんの思惑にハマっていますね、僕(笑)

 

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ある人が「サイレンス」を体験したら、「赤ちゃんを育てていた最初のころを思い出した」って感想をくれたんです。

――わかる! すごくわかります、それ。

まだ言葉を持たない赤ちゃんが、泣いたり、腕を振ったりして、必死に何かを伝えようとする。大人はそれを見て、必死に何かを読み取ろうとする。その関係と、アテンドとゲストの関係は、すごく似ているんだよね。

――そう考えると、第6の部屋で突然「ここでは喋っていいですよ」と言われるのは、赤ちゃんが急に成人したような、タイムトラベルした感覚があるのかもしれない。僕は、あの部屋で本当に戸惑ってしまって、しばらく言葉が出てこなかったんですよ。

私も初めて体験したとき、あの部屋で泣いちゃった。ここまで自分を育ててくれたアテンドスタッフと、急に距離ができたように感じるでしょう? それって、お母さんのお腹の中から出てきた、赤ちゃんの気持ちと似ていると思うんだよね。

――そうかもしれない。急に心細くて、寂しくて。自由すぎて、何を話したらいいかわからなくなる。

あの瞬間、いかに普段、私たちが言葉に頼っているかを実感するんだよね。全身を使って伝えることが嬉しくて、わかることも嬉しくて、ああ、伝わることって、こんなに嬉しいことなんだなあって、実感できるんだよね。

 

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――僕は仕事柄、普段から「伝わる方法」を考えることが多いんですけど、同じ言語を使っていても、こちらの考えていることが相手に伝わらない、向こうの言っていることが理解できないことは、しょっちゅうあるんです。

うんうん、そうだよね。

――でも、その悩みが、「サイレンス」で一時的に解決するというか……。言語が使えないぶん、「伝えなきゃ!」って想いがいつもより強くなる。結果、いつも以上にコミュニケーションにがむしゃらになれたんです。「服、脱いだら伝わるかな!?」くらいの勢いになるときもあって(笑)

うんうん、そのがむしゃらさも、わかる気がする(笑)

――これって別に、僕が人見知りじゃないから、とかじゃないんですよ。外国人と話すのとは全く違う感覚があるんです。こうして純粋に、無邪気に、がむしゃらに自分を相手に伝えようとする努力って、しばらくしていなかったなあって思えました。

あのね、「ダーク」のアテンドスタッフは、視覚障がいの人でしょう? それなのに、「サイレンス」に参加したいっていう人が多かったの。

――うわ、それ、すごいですね。目も見えない、耳も聞こえない状況になる……?

そう。ただ、視覚を使わない方にも楽しんでいただけるように、そのときは仕組みを変えるんだけどね。でも、内心は心配だったの。これでみなさんに通じるのかと。でも実際は、きちんと意志疎通が取れたんだよね。触感を頼りに、それが何かをジェスチャーで伝えて、とか。

――すごすぎる! やっぱり、コミュニケーションは諦めちゃいけないんですね。

そう! 諦めなければ、気持ちを伝える手段はきっと見つかる。彼らを見て、そのことを改めて実感したんです。だから諦めちゃいけない。わたしも「ダーク」と「サイレンス」を続けていくために、世に伝えることを諦めないでいようって、強く思ったんです。

――僕も本当に、背中を押されました。「サイレンス」、今回は期間限定でしたけど、いつか常設開催できるまで、応援していきたいと思います!

ありがとう。そう言ってもらえて、本当に嬉しいです。

 

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こうして「ダイアログ・イン・サイレンス」の体験とインタビューは終わった。

「今後、資本主義がもっと、人本主義になっていくと思うんだよね。お金ではなく、人のために動く世の中になっていくはず」。

この夏、クローズを余儀なくされた「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に対して、何人もの方から「私たちが協力するから、またやろう」と声をかけてもらったとき、志村さんは強くそう思ったのだと言う。

「『サイレンス』も、ルミネ0で開催できたのは、いくつもの企業とルミネさんが協力してくださったからなんです。『ダーク』のクローズと『サイレンス』のオープンで、本当に大変だったけれど、順風満帆のときにひとりでいるよりも、大変な状況の中でみんながいてくれたときのほうが、よっぽど自分の力になるし、楽しい。

『ダーク』と『サイレンス』を再び始められるときは、みんなでお祭りみたいにしたいと思っています」

志村さんの瞳は、いつだって少女のように輝く。

スタンプひとつで会話が成立することも増えた今、コミュニケーションをないがしろにしがちなこともあるけれど、きちんと顔を向き合わせて、どうにか相手の気持ちを理解しようとすることが、どれだけ貴重な体験か。

そして、言葉を使えることがどれだけ恵まれていて、そこに至るまで人類がどのようにコミュニケーションを重ねてきたのかを、改めて感じることができた。

「ダーク」も「サイレンス」も、再演が決まった際には是非足を運んでみてほしい。
きっと皆さんの価値観を揺さぶる、かつてない経験ができると思う。

 

 

おわり