最終日
6:30
やはり昨日、小倉で降りたのは正解だったようだ。そう苦労することなく宿泊場所を確保し、しっかりと休むことができた。昨日の最後の方は本当にどうにかなっていた。だがもう大丈夫だ。宝町とも向き合える。あれは室町だ。
おまけに、残すは「平成」だけ、ということで昨日みたいなはちゃめちゃなことにはならないはずだ。
ただ、もう新幹線はマジ勘弁なので、ここからは在来線で進むことにする。本来なら博多まで行って九州新幹線で熊本まで行けばあっという間だが、もう新幹線はいい。本当にいい。それにここらで節約しておかないと本気で一文無しになってしまう。お前らは笑って読んでるかもしれないけど、交通費、笑えないことになってるからな。
小倉駅構内に入ると、名物である「かしわうどん」があった。お、朝飯代わりにいけるじゃんと食券を買おうと思ったら、まだ販売していなかった。画像のように、ここまでやってる雰囲気を醸し出していてもまだ開店前らしい。
6:57発 鹿児島本線 区間快速 南福岡行き
ボックス席に身を収めると、その横のボックス席には高校生と思わしき3人組の男子が座った。おそろいのジャージを着て大きなカバンを持っているので、おそらく部活かなにかなのだろう。おまけに、これだけ朝早くから移動なので、どこかに行って試合でもあるのかもしれない。
ただ、会話もなくスマホと睨めっこ、おそらくスマホゲームに興じているのだと思うけれども、そんな無言の3人がとある駅で豹変した。途中の駅で、同じジャージを着た女の子がホームに立っているのを目撃したのだ。
「吉岡じゃん」
みたいなことを言っていたと思う。その反応から察するに、おそらく部活のマネージャーだ。3人の反応は、まさか吉岡までこの電車とはな、という感じだった。
「どうする? 吉岡呼んでくる?」
一人がそう提案する。ホームに立っている姿が見えたくらいなので、吉岡はかなり後ろの方の車両に乗っていると推察される。ボックス席は4人掛けだ。一つ空いている。途端にスマホゲームをやめ、吉岡を呼んでくるかどうかで議論になった。
「呼んできたらいいじゃん」
一番イケメンな感じの男の子がそう言う。
「別にどっちでもいいんじゃね」
少しクールな感じの男の子がそう言った。
「呼んで来ようよ、おれいくし」
最初に提案したちょっとお調子者っぽい三枚目がそう言った。ここからは僕の推論の域を出ないのだけど、おそらく3人ともが吉岡のことが好きなのだと思う。そんな反応だった。三者三様の反応だったけど、きっと好きなんだと思う。
お調子者が後ろの車両へと移動して、しばらくすると吉岡を引き連れてやってきた。
「はやいじゃん」
そう言ってボックス席の奥に座る吉岡は、やはり三人が好きになるだけあって、活動的でかわいく、明るい性格のようで朗らかな笑顔をしていた。
「せっかく寝ようと思ってたのにうるさいのがきた」
クールっぽい子がそう言った。
「まあ今日の作戦とか話し合おうと思っていたしいいんじゃね」
イケメンが言った。
「楽しくいこうよー、せっかくだしさ」
お調子者キャラはそう言った。
「今日、勝てるといいね」
吉岡はそう言ってまた笑顔を見せた。
電車が進んでいき、「スペースワールド」という駅を通過した。かつてここにはスペースワールドというテーマパークがあり、賑わっていた。けれども、平成30年1月1日、最後のカウントダウンイベントを終えて閉園となった。
このスペースワールドは平成2年の開園であることから、平成のほとんどを見守り、平成が終わる前に閉園したと言える。今は「スペースワールド駅」の駅名だけがのこっており、跡地は更地になっている。
「楽しみだなあ、イオンできるんだろ」
高校生の一人がそう言った。
「かなり大きいイオンができるらしいよ」
彼らの言う通り、スペースワールド跡地には新コンセプトのイオンができるらしい。2021年オープン予定だ。
「楽しみだなあ」
彼らは未来を見ていた。僕みたいなおっさんは過去を見がちで、ここにスペースワールドがあってさあ、スペースシャトルがあってさあ、と思い出の中に生きがちだ。けれども彼らは違う。ここにできる新しい商業施設、それに伴う未来に考えがおよぶ。もしかしたら、それぞれが吉岡と新しいイオンでデートする姿を想像しているのかもしれない。いや、きっとそうだ。
けれども、吉岡は違った。
「松岡先輩と行けたらいいなあ」
突然登場した「松岡先輩」という存在に明らかに3人が動揺した。僕も動揺した。誰だよそいつ。なんだよそいつ。
「あれ、言ってなかった? 先月から松岡先輩と付き合ってるんだけど」
そういう大事なことを今になって言うなよ。それに試合前に言うなよ。なんで今なんだよ。早く言えよ。他人事ながら本当に腹がたった。
他の三人はガチで聞いてなかったようで、しばし呆気にとられ、またスマホの世界へと帰っていった。きっとショックなのだろうけど、まあ未来なんてそんなものだ。思い通りになる輝かしい未来ばかりではない。それでも未来は未来だ。頑張れよ。僕のエールはきっと三人には届かないだろう。それでも彼らは未来を生きていくのだ。
8:03 博多駅
チェックインした駅
小倉、西小倉、九州工大前、戸畑、枝光、スペースワールド、八幡[福岡]、黒崎、萩原[福岡]、陣原、本城、折尾、水巻、遠賀川、海老津、教育大前、赤間、東郷、東福間、福間、千鳥、古賀、ししぶ、新宮中央、福工大前、九産大前、香椎、千早、名島、貝塚[福岡]、箱崎、吉塚、千代県庁口、博多(36駅/のべ1,617駅、総移動距離64km/のべ7,113km)
乗ってきた電車は南福岡までしか行かないらしく、ここで乗り換えて区間快速に乗った方が荒尾まで行くようなので、乗り換えることにした。ここから九州新幹線に乗り換えるという手段も考えられたが、本当に新幹線はもう勘弁なので、引き続き在来線を乗り継いでいく。
8:12発 鹿児島本線 区間快速 荒尾行き
電車に乗り込み、座席に座っていたのだけど、その座席が異様に熱かった。最初は普通の暖かさで、3月半ばといえどもまだまだ寒い、そういう暖房なのだろうと理解していたのだけど、電車が進むにつれてどんどんヒートアップしていく。いつしか完全に我慢できないレベルまで熱くなっていた。
「これ完全に尻が焼けるレベルなんだけど」
と立ち上がって周囲を見回すのだけど、みんな涼しい顔して座ってやがる。絶対にめちゃくちゃ熱いはずなのに、涼しい顔して座ってやがる。あれかな、九州の人は尻の皮膚が厚いのかな。もう熊本県に入ってますからね、火の国熊本というくらいですから、尻も火の国なのかもしれませんね。自分でも何言ってるのかわからないけれど。
とにかく、尻が焼けてはかなわんので、立ったままで進んでいくことにした。
9:31 荒尾駅
チェックインした駅 竹下、井尻、笹原、南福岡、春日[福岡]、大野城、水城、都府楼南、西鉄二日市、二日市、天拝山、桜台[福岡]、原田[福岡]、けやき台、基山、弥生が丘、田代、鳥栖、肥前旭、久留米、試験場前、津福、荒木、西牟田、羽犬塚、筑後船小屋、瀬高、南瀬高、江の浦、渡瀬[福岡]、西鉄渡瀬、吉野[福岡]、東甘木、銀水、新栄町[福岡]、大牟田、荒尾[熊本](71駅/のべ1,652駅、総移動距離135km/のべ7,184km)
この九州を南北に貫く鹿児島本線は、ここ荒尾で一旦分断されるような感じだ。福岡の方からきて、ここを超えて熊本まで行ってくれる普通列車はたぶんない。一気に行きたいなら特急か新幹線使ってね、ということだろうか。
だから、熊本方面に行く列車も微妙に接続が悪かったりする。
呆然と立ち尽くして列車を待った。
9:41 鹿児島本線 普通 八代行き
やっと列車がやってきた。
これに乗れば一気に熊本駅まで行くことができる。そうなると「平成駅」はすぐ近くだ。そうだ、九州の在来線で旅情を楽しみ、車窓を流れるゆったりとした時間を楽しんでいたが、これは時代を巡る旅だった。そうだそうだ、平成駅に行くんだった。忘れてた。
ゆったりと電車に揺られる。目の前には大学か専門学校から、とにかく熊本市で開催される卒業祝賀会みたいなものに参加するであろう若者カップルがいた。なぜわかったかというと招待状を手に持っていたからだ。彼らはずっと4月からの新生活の話をしていた。
どうやら彼氏の方が遠い場所に行ってしまうようで、彼女は心配しつつ、一人暮らしに備えてあれは買ったか? あれは準備したか? と確認していた。
「冷蔵庫は買った?」
「まだ」
「洗濯機は?」
「まだ」
「炊飯器は?」
「まだ」
ただ彼氏の方はまだ何の準備もしていないようで、必要と思われる家電をまったく買っていない。
「何も準備していないじゃん」
「いや、米びつは買ったよ」
なぜあらゆるものに優先して米びつを買ったのか。炊飯器すら買ってないのに米びつをいの一番に買ったのか、ちょっとよく分からなかった。
熊本が近づくにつれて車内は混みあってきた。この車両は別にそこまでシートが灼熱というわけでもなかったので一番端の座席に座っていたのだけど、熊本より1つ手前、上熊本駅に列車が滑り込んだ瞬間、事件が起こった。
車内の座席はほぼ満席だったのだけど、上熊本駅ホームで待つ人もかなりいる感じだった。明らかに座り切れず、大量に立つ人が出ることは容易に想像できた。しかも、僕がいる座席からもっとも近いドアの前に立っているのはけっこうなご老人だった。
一番前に並んでいるとはいえ、おそらくこの状態ではご老人は座れないだろう、それならば率先して席を譲ろうと、ドアが開く前に席を立った。これで乗り込んできた老人も座ることができる。
かと思ったら、ドアが開くや否や、すっと、ご老人の横から若者が乗り込んできて、ラッキーと言わんばかりに僕が空けた座席に座った。
「お前に譲ったんじゃねえよ」
と思ったのだけど、次の瞬間だった。その座席を奪った若者、目の前の老人が立っていることに気が付いたのか、おもむろに席を立った。
「あ、どうぞ」
そういって譲られた老人は、若者を褒め称える。「今時珍しい若者じゃ」みたいなニュアンスの言葉がポンポン飛び出す。完全に手柄を奪われてしまった格好だ。
10:26 熊本駅
チェックインした駅
南荒尾、長洲、大野下、玉名、肥後伊倉、韓々坂、上熊本、上熊本駅前、本妙寺入り口、段山町、新町[熊本]、呉服町[熊本]、祗園橋、熊本駅前、熊本(90駅/のべ1,670駅、総移動距離178km/のべ7,227km)
これだけは声を大にして言いたい。声を震わせて主張したい。熊本駅、完全に初見殺しの駅だ。初見を殺してやるぞ、と熱い意志すら感じる駅構造をしている。
乗ってきた列車が到着したのは3番ホームだった。乗り換えが1番ホームということで、どれどれ、隣のホームに移動ですな、とエスカレーターを降りて行ったのだけど、そこに1番ホームはなかった。
なぜか3番ホームの向かいが1番ホームだ。2番ホームはよく分からない場所にある。1番ホームが隣だと思ってエスカレーター降りちゃった? 残念、向かいでしたー! と揶揄する声が聞こえてきそうだ。初見殺しすぎるだろ。でもよく考えたら、僕はこの駅初見じゃなかった。
10:32 豊肥本線 普通 肥後大津行き
乗り換え時間がわずかしかなかったのに1番ホームトラップにひっかかったものだからギリギリだった。なんとか間に合い、魔の1番ホームの電車に乗ることができた。
ちなみに、この豊肥本線、熊本から東に枝分かれし、大分方面へと向かう路線だが、熊本地震の影響により肥後大津~阿蘇間での運転見合わせが続いている。
目指すべき駅はここからたった1駅だ。
やっと、やっと、この頭のおかしい旅が終わる。ついに終わる。
10:37 平成駅
チェックインした駅 平成(91駅/のべ1,671駅、総移動距離180km/のべ7,229km)
ついにやってきたーー!
【平成ってどんな時代?】
1989年1月7日から2019年4月30日までの期間。大化から247番目の元号。バブル経済が崩壊し、失われた20年とも30年ともいわれる時代だった。日本においては戦争のない時代だったが、その外では数多くの戦争があった時代でもあった。
【平成の主な出来事】
・湾岸戦争
・ソ連崩壊
・阪神淡路大震災
・アメリカ同時多発テロ
・東日本大震災
そもそもこの駅は平成4年に開業した駅だ。なぜ元号の名前を付けたのか。どうやらこの周辺の地名が平成であることに起因しているらしい。
もともとは田園地帯だった場所を造成したのが平成2年のこと。その際に地名ごと「平成」にしたようだ。そこにできた駅なので「平成駅」ということだろう。ちなみに地域住民の求めによって作られた請願駅だ。
駅舎自体は陸橋の下で窮屈そうにしている。なんとなく「平成」を象徴しているなあと思わせる佇まいだ。
もうこの駅自体が平成ゆかりの物、でいいのではないだろうか。
全然関係ないけど、平成駅の構内にはちょっと興味を惹く看板がある。
平成駅に昭和タクシー。絶対にわざとやってるだろ、これ。
そんなこんなで、全行程のまとめ。
まとめ
総アクセス駅数:のべ1,671駅
総移動距離:7,229km
令和時代へ
平成とはどんな時代だっただろうか。大きな視点で見れば、不景気だとか、外国での戦争だとか、大きな災害だとか様々なことがあった時代だった。どちらかというと悲観的な見方をする向きの方が多いのかもしれない。なんだか暗い時代だったなあと感じる部分も確かにある。
けれども、個人レベルの小さな視点に移すと、人と人との関わり方が大きく変わった時代であったように思う。それはとても明るく、良い変化だったように感じる。
平成が始まったとき、今日のように簡単に人と人とが繋がれ、他の誰かの考えに触れ、情報にアクセスし、さらには自分で発信できる時代が来るとは考えもしなかった。おそらく、いまから平成元年にタイムスリップして、昨今の情報化社会のことを伝えても信じてもらえないと思う。それだけ、情報へのアクセスという面で劇的な変化があった時代だと思う。
きっと、これからくる令和の時代は、今の僕らでは想像もできない素敵な変化がやってくるのだろうと思う。そう、単純にワクワクする。
元号は不要、西暦で良いなど様々な意見もあると思う。ただ、個人的には「時間の流れに名前を付ける」という行為はとても粋なことだと思っている。その粋な時間の流れの中を今回旅してきた僕は、僅かながらその時代時代の空気を感じ取れたと思う。
各時代の駅を巡り、この国には時間につけられた名称と共に、様々な歴史があるのだと痛感した。それらはこの国に生きた人々が、必死に残してくれた痕跡なのだろう。
これから令和の時代がやってくる。
平成はどんな時代だったか。令和はどんな時代であろうか。おそらくそれはこれから僕らが残す痕跡を見て、未来の子たちが感じるのだろう。
金沢から大阪へと移動するサンダーバードの車窓からは、ずっと北陸新幹線を造っている光景が見えていた。金沢以降、福井、敦賀へと延伸するための工事だ。最終的には大阪までいくらしい。おそらく完成は令和の時代だろう。そう、ちゃくちゃくと令和の時代が築かれているのだ。
この国は未来に向かって動き出している。きっとワクワクする令和がやってくるはずだ。想像もつかないような未来がやってくる。そう、新時代は僕らみんなにとって”宝物”なのだ。
宝……ううっ……。
おわり
※ちなみにこの取材に要した交通費の総額は190,400円でした。
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