【続・となりのトトロ】 所沢が生んだカポエイラ戦士、私、草壁サツキ

ライターのミスで生まれた映画「となりのトトロ」のアフターストーリー。わざわざ埼玉県所沢市「クロスケの家」まで取材に行ってジブリらしい世界観を味わってきたのに、いつの間にか謎格闘家の小説になっていました。……それにしても写真がステキです。

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あの頃のままね……。

 

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何年ぶりだろう……。

ここに来たのは……。

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人生に迷走して自分を見失い、気が狂ったかのように身体を鍛えまくった結果気付けば筋骨隆々の屈強なカポエイラ戦士になってしまった私は、何かを探すようにここに戻ってきた。どうしてこんなことになってしまったのか。自分はどこに向かっているのか。

 

当時の私が今の私の姿を見たら、どう思うだろう。シンプルに、「泣く」と思う。

悠然とたたずむムキムキの女性が怖過ぎて。

 

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思えばメイは、よく迷子になった。それを探して助け出すのが、わたしの役目。

 

小さい頃から、ずっとそう。お化けに会うと言って迷子になり、病院の母にトウモロコシを届けると言って迷子になる。メイは聞き分けが悪くて、一度何かを言い出したら、絶対に人の意見を聞かない。

 

姉の私は、常にその尻拭い。メイは子供で、私は大人。それが小さい時から「姉として」生きてきた私の、デフォルトの感覚。父とメイと3人で農村に引っ越したあの日から、私は毎日妹の面倒をみて、しつけをして、家事をこなして。本来であればお母さんが担うべき役割を、自然に担ってきた。その環境が、私の「姉としての」確固たる人格を形成していった。

 

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助ける立場として振る舞うことが普通になっていた私は、甘えることや弱さを見せることを自然と避けてきた。「しっかり者のお姉ちゃん」としてのアイデンティティを確立するほど、常に気丈に頼もしく振る舞わないといけない呪縛にはまっていった。まさか、今さらメイに自分の弱い部分を見せたりはできない。優しくて少しおっちょこちょいなお父さんも、私に期待しているのは無邪気なかわいさではなく、「しっかり者の女性であること」に違いない。お父さんにも、弱い部分をみせたりはできない。

 

「まったくメイは子供なんだから」が口癖になった時、メイと私のあいだには常に上下関係が存在するべきだという、自分の中での変な意識が生まれたんだと思う。遊びも、家事も、勉強も、運動も、仕事も、人生の生き方に関しても。全てにおいて、私は常にメイより上の立場にいるべき。メイが私に相談することはあっても、私がメイにアドバイスを求めるのは、おかしい。何故だか、そんな風に思ってきた。

 

メイは迷子になる。私は、道を知っている。

 

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あの村に引っ越した時まだ4歳だったメイは、天真爛漫なメイのまま大人になっていった。おてんばで勝ち気な、ませた女の子に育ち、スポーツ万能でクラスのマドンナ的存在。勉強はさっぱりできなかったけれど、先生にも生徒にも好かれる人気者。通信簿にはいつも「落ち着きがない」と書かれていた。

 

中学生になると、とんでもない反抗期を迎えて家出を繰り返し、「妹です」と紹介するのが億劫になるほどのバリギャル時代を経て苦労の末大学に進み、新卒で小さなPR会社に入った。その会社を2ヶ月でサラリと退職してから自分の手で何やら化粧品の貿易のような仕事をやってがうまくいき、まとまったお金ができたらしい。その後「どう考えてもそれはアカンやろ」と言わざるを得ないド金髪の「ビジュアル系バンドのボーカル風男性」を夫に携え、毎日楽しそうに暮らしている。

こちらの意表をつく予想外のことばかりしてくるメイの最愛の人「ビジュアル系バンドのボーカル風男性」の職業が、なんと「ビジュアル系バンドのボーカル」だと後から知った時、それだけは全くの予想通りで、姉は腰から崩れ落ちた。

 

ことあるごとにメイを叱り、メイを諭し、メイを指導する。「ちゃんと学校行きなさいよ」「黒染めしなさい、みっともない」「せっかく大学に入ったんだから、ちゃんと卒業しなさい」「会社辞めてどうするつもりなのよ」「家でカピバラなんて飼えるわけないじゃない」「ワニもダメよ」

 

メイは迷子になる。私は道を知っている。

 

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私は、毎日をただただ、こなしていた。

自分のやるべきこと、求められていることを、黙々とこなしていた。

 

今日も、昨日と同じような日を繰り返す。代わり映えしない毎日を漫然と生きている自分をふと客観的に見つめて、なんだかメイが羨ましいと思うようになった。あれこれとメイに意見してきた手前、今さらそんなこと口が裂けても言えないけど、漠然と、「メイみたいに、自由でめちゃくちゃな人生を送ってみたい」と思うようになった。

 

メイは、なんだかキラキラ輝いて見えた。「しっかりしている」という自分らしさにすがって生きてきた私は、何が正しいのか、分からなくなっていた。

 

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「本当の意味で迷子になってるのは、自分の方なんじゃないか」

いつからか、そんなことを考えるようになった。

 

幼い頃に培われた「しっかり者でいよう」「ちゃんとした人でいよう」という意識が、いつからか自分の中に「ちゃんとした人間」という謎の偶像をつくりあげていた。

 

ちゃんとした人というのは、ちゃんと学校に行き、ちゃんと会社に行き、ちゃんと挨拶をし、ちゃんとご飯を食べ、ちゃんとした格好をして、ちゃんとする。ちゃんとちゃんとちゃんと……。

 

でも、そもそも「ちゃんとしているのかどうか」の判断基準は、一体、何なのか。そんなことは考えたこともなかった。今冷静に振り返って、自分が無意識に「ちゃんとしている」と思ってきたものは、あえて有り体に言えば「多くの人がやっていること」になるかもしれない。皆勉強してるんだから、する。皆働いてるんだから、働く。

 

皆はどうやってるのか、何をすると普通なのか。思えば、自分の行動規範の源泉は全てここにあった気がする。

 

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社会の中で多くの人がやっていることを敏感に感じ取り、自然とそこに合わせていくこと。周りの期待に応えて、普通のことを普通にやること。それが間違っているだなんて、まったく思わない。だけど、ちゃんとした大学を出てちゃんとした仕事をしてちゃんとした人と結婚してちゃんとした毎日を送ってきて、自分の中で何とも言えない、価値観のゲシュタルト崩壊みたいなことが起きている。もう、ちゃんとしたくない。

これは、「周りの目なんて気にしないで、もっと、自分のやりたいことをやった方が良い!」とか、別にそんな短絡的でワンサイドな話でもない。何が正しくて間違っているとか、もはや、そういうことでもない。

 

ただ単に、何十年間もちゃんとし過ぎて、「ちゃんとする」ことに飽きてきたのかもしれない。非日常的な何か、「ちゃんとしてない」何かを、強烈に求め始めている自分がいる。昔は有り得ないと思っていた友人の不倫話を、半ばワクワクするような気持ちで前のめりに聞いている。絶対に聞くことのなかったヘヴィメタルを聞き漁り、ハードロックに傾倒している自分がいる。

 

異常な、変な行動への憧れ。ちゃんとしていないことへの憧れ。それが、自分を突き動かす。ママ友が次々とヨガを始める中で、自分だけは率先してカポエイラを習い始めた。ママ友のLINEグループに「ヨガとかベタ過ぎワロタw 時代はカポエイラ一択だろJK ww」と送って、複数人にブロックされた。カポエイラとはかつて奴隷達が練習していたとされる格闘技の一種。

ママ友が健康のためにと週1でヨガをするなか、私はカポエイラ教室に週5で通っている。LINEグループに「週1とか弱過ぎワロタww スポーツしてる意味ww」と送り、残りの数人にもブロックされた。私は健康的な女性の域を遥かに逸脱し、筋骨隆々のゴリゴリウーマンになった。強い。

 

毎回の激しい練習風景と自分の鬼のような形相を軽い気持ちでインスタグラムにアップしていたら、いつのまにか自分が「屈強なママカポエイラ戦士」として有名になっていた。もう、自分が自分の手を離れ、自分がどこかに向かっている。勝手に。自発的に。一体、自分は何をしているんだろう。かつての自分が見たら小刻みに震えてワナワナ泣き出すかもしれない。その感覚が、不思議と、清々しい。

 

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カポエイラだけではない。突然私の中で爆発した既存の価値観の抜本的な見直しは、日に日に勢いを増している。ママ友が韓流スターに憧れて韓国語を勉強し始める中、私は何を思ったか、一人でカヤルディルド語を勉強し始めた。

 

カヤルディルド語とはベンティンク島という島で使われている言葉。そのベンティンク島というのが一体どこにあるのかは、サッパリ分からない。その言葉を、猛烈に勉強している。「韓流とかベタ過ぎワロタww」と送るママ友はもう、一人もいない。

「自分は一体何をやっているんだ?」という背徳感に近い疑念が、ある種脳内麻薬のように私の中に快楽物質を生み出している。ハタから見たらヤバいやつかもしれない。それが何だか、とても心地良い。ちなみに最初に覚えたカヤルディルド語のセンテンスは、「すみません、この辺りで私のペンギンを見かけませんでしたか?」

 

カヤルディルド語が使える場所に、ペンギンが生息していることを、ただただ祈るばかり。

 

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そういえば、10年以上をかけて夫と一緒に貯めてきたお金は、数年前に、全て株式投資にまわした。ママ友が投資信託を買ったという話を聞き、投信とかワロタと思った私は自分で運用を開始することにした。資産の管理は私の役目で夫はノータッチなので、夫は貯金が全て妻により運用されていることを知らない。

ゲーム感覚でデイトレのようなことをしていたのに、気付けばトレーディングにのめり込んでしまい、それなりの運用成績が出たタイミングから自らの才覚を確信し事業化することを決意、投資家を募り独自にファンドを組成した。今では140億円規模のファンドになり、解散価値が高いと思われる銘柄を中心にバリュー投資を行っている。我が家の持ち分はすでに8億円以上となっていて、これ以上働きに出る必要がないことを、夫はまだ知らない。

 

屈強な男達に混じって日夜カポエイラの練習に精を出しながらムキムキな身体をインスタグラムにバラまく、カヤルディルド語堪能な才能溢れるファンドマネージャー。一方で、家族からは「しっかり者の姉」だと思われている。

 

この女性の状態は一言で言うと、何だろうか。「迷走」だ。間違いない。迷子どころではなく、迷走している。いな、迷いながら爆走している。「迷爆」。そんな言葉は無い。一切レベルが違う。

 

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自分はどこに向かっているのか、それが知りたくて、ふらりと、村に帰ってきた。今住んでいる都会から、電車で2時間、バスで40分。わたしたちの故郷は、あの頃のまま。誰も住んでない空き家になってる。

 

何の驚きもサプライズもなく、普通にトトロが見えてしまっているこのシュールな状況は、きっと私が今、子供の心を取り戻せていることの証しなんだと思う。ムキムキな子供になれた。迷走も、悪くないものね。

 

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ああ、それにしてもトトロを見たの、何十年ぶりだろうなぁ。なんか、メイと2人で走り回っていたあの頃を思い出した。トトロさん、トトロさん。もう私はあの時みたいに傘でくるくる回って空を飛びたいなんて、思わない。いざ、互いの命を掛け、

 

 

手合わせ願いたい。

 

 

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(サツキがカポエイラの構えを見せると、その覇気に気圧され周囲の小動物は死滅した。腕のある挑戦者が現れたことを知ったトトロはニヤりと笑って立ち上がり、森のエネルギーを自らの拳に集中させた。トトロの身体の色が変化し、禍々しい邪悪なオーラを纏う。阿修羅。サツキはトトロの瞳に、確かに阿修羅を見た。互いを認め合う2人の強者の間に刹那の沈黙が流れた。後に「世紀の大喧嘩」と語られる伝説の戦いが幕を開けた――)

 

〜終〜

 

※ 旅行情報をお届けする本メディア「SPOT」の主旨に沿い、本記事では、「所沢 “クロスケの家”への旅のプラン提案」という企画を掲載する予定でしたが、ライターの不手際により「屈強な格闘家の爆誕秘話」となってしまいましたこと、謹んでお詫び申し上げます。

※ 「となりのトトロ」本編に登場する草壁サツキと本記事に登場する草壁サツキとは全くの別人であり、両者には一切の関係が御座いません。(ロケ地:埼玉県所沢市三ヶ島、“クロスケの家”)

※ しかるべき方からお叱りを頂いた場合には謹んで拝受し、謝罪と共にこちらの記事を削除させて頂きます。

ライター:熊谷(twitter、 facebook

ブログ:もはや日記とかそういう次元ではない
 

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