【続・北斗の拳】足立区が生んだ世紀末救世主、俺、ケンシロウ

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…。

 

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…あれからもう、20年か。

 

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…久しぶりだな。ここに来たのは。

 

駅から荒川まで、歩いてみるか。

 

 

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都内の他の区に比べ犯罪件数がやや多いことにより、「どちらかというと治安の悪い区」として認識する人も多いであろう、東京都足立区。

このイメージによって足立区を敬遠する人もいるのだと聞く。正直、とても不思議だ。多少軽犯罪の件数が多いことが一体何だと言うのだ。

 

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今の平和な足立区しか知らない若い連中には想像もつかないだろうが、俺が現役の格闘家をしていた199X年当時の足立区の治安の悪さは、全くもって今の比ではなかった。

足立区を中心に勃発した第三次世界大戦により足立区一帯は核の炎に包まれ、そこに「法」はなく、街は荒れ果てた荒野と化し、悪質な人殺しが至る所に跋扈していた。

 

ただ「強さ」だけが物を言う世界、足立区。

 

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足立区の人々は飢えに苦しみ、殺しの恐怖に悶え、慣れない銃を持って戦った。子供は労働力として酷使され、女は性奴隷と化し、腕力無き老人には人権すらない。

「ヒャッハ〜!!」

「汚物は消毒だ~~!!」

 

竹ノ塚の駅前ロータリーでは、モヒカン族が火炎放射器やボウガンを振り回して殺戮を繰り返していた。詳しくは足立区の歴史と俺の半生を描いた自伝『北斗の拳』を読んでもらいたいが、とにかく足立区はそういう場所だった。

治安が良いとか悪いとか、もはやそういう次元では一切ない。治安という概念を持ち込む事すら憚られる、弱肉強食の世界。それが足立区だったのだ。

 

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俺は将来を誓い合った女、北千住出身のモデル系美女ユリアを奪い返すため、足立区で一人立ち上がった。

 

襲いかかる様々な敵の秘孔をつき、身体の内部を爆発させることで足立区のモヒカン族を殺し続けた。そう、「北斗神拳」。

 

通常の人間が活用することの出来ない潜在エネルギーをフルに活用することにより敵の体内に数多存在する「経絡秘孔」を突き、人体を内部から破壊して破裂を起こし殺害する。身体の内部を爆発させる拳法だ。

 

我ながら、医学的・物理学的見地から考えても相当常識はずれのイカれた戦闘スタイルだったと思う。今そんな現象を引き起こせば「強い」では済まされない。地球外生命体の疑いをかけられNASAにでも連れて行かれ、解剖される可能性が高いだろう。

 

そんな常識はずれの漢が悠然と荒川の土手を練り歩き、ボウガンを乱射してくる漢達を前に一歩も下がらず真っ向から拳一つで突進し、「お前に明日の足立区を生きる資格はねぇぇええ!!」と叫びながら連日殺人に明け暮れていたのだ。時代が時代なら、相手が悪人とは言え数百人を殺害した俺は確実に死刑判決。

 

もう一度言う。治安が悪いどころの騒ぎでは一切ない。それがかつての足立区だ。

 

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俺に殺された足立区の敵達は皆、とんでもない叫び声をあげながら死んでいった。

 

「ひでぶっ!」

 

「たわばっ!」

 

「あべしっ!!」

 

聞いたこともないシャウトのオンパレード。死に際に、人生最後の瞬間に、華々しくヒョウキンな声をあげるのが、足立区の暗黙のルールと化していたのだ。

 

どれだけ独創的な断末魔の悲鳴をあげられるかで、その人間の「人生の価値」が決まる。皆がそう信じていた。死ぬと悟った瞬間からが人生を賭けた本当の戦いなのだ。誰も聞いたことのない、意表をついた悲鳴をあげてやる。「叫ぶ者は救われる」

 

今思えばある種の宗教だ。しかも異常にユニークな、他に類を見ない宗教。古今東西どこを見渡しても聞いたことのない世界観。それが荒野を支配していた。さすが足立区としか言いようがない。

 

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命を掛けた殺し合いをしながらも、その狭間に放たれた「叫び声」によって人間の価値を問う。足立区の生み出した独特のルールの中で、俺も一旗揚げようと躍起になった。「あぁぁたたたたたたたたたたたた!!ほぉおおおおぅう〜あたぁぁぁああ!!!!」

 

3秒間に50発もの拳を放ちながら、その間に、一際異彩を放つ異次元の声を出しまくった。裏声で「あたたたた」。それも尋常じゃないほどの音量で、場違いなほどのハイテンションでブッ放った。秘孔を突かれている敵も、正直俺の声が気になり過ぎて戦いどころではなかっただろうと思う。

 

ちなみに数ある叫びの中でも、俺がこの「あたたたた」を採用しようと思ったのは、単純に、競合との差別化が出来ると思ったからだ。そんな声を出しているやつは足立区中探しまわっても、どこにもいない。結果的に、俺の目論み通り他に誰も取り入れていない極めて先鋭的なシャウトで目立った俺は、デビュー当初から圧倒的に注目を集めることが出来た。

 

この叫び声に、さらに「お前はもう死んでいる」というキラーフレーズを織り込むことで、俺の唯一無二のオリジナルスタイルが完成し、俺は大ブレイクした。ちなみにこのフレーズは、「死にたくなけりゃ自殺しな」と、どちらにするか最後まで迷った。

 

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兄ラオウは、拳のサイズが人間一人分ほどもある怪物だった。黒王号という名前のバカでかい馬に股がった、キングコングのような人間だった。

 

ラオウと俺は北斗神拳の正式伝承者争いが云々みたいなやりとりをしていたが、いま振り返ってみるとラオウは技術もクソもなくただその馬鹿でかい拳でシンプルにぶん殴ってくるだけの単細胞な巨漢だった。しかし、とにかく身体がデカかったので、「ただ殴る」だけで鬼のように強かった。

 

ラオウは公式には210cmとされていたが、俺自身の身長が185cmでその俺の数倍はあったはずなので、実際のところ7-8m級の化け物だったと思う。今そんな人間が居ようものなら地球外生命体の疑いをかけられNASAにでも連れて行かれて解剖される可能性が高い。

 

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そう言えば、「南斗聖拳」と呼ばれるえげつない拳法を使う輩もいた。手刀を武器のようにして振り回し、まるで刃物か何かで斬りつけているかのように物体を真っ二つにする。ファァアー!と叫びながら素手で人間を切り刻んでいた。人間が、瞬く間にバラバラ死体になっていった。

 

素手で人間を切り刻んで大喜び。今そんなことをすれば逮捕されることは勿論、「手の構造」の異常性により地球外生命体の疑いをかけられNASAにでも連れて行かれ解剖される可能性がある。

 

南斗聖拳だけではない。他にも、贅肉であらゆる攻撃を防ぐ者、目を瞑ったまま戦う者、しまいには炎を発生させて戦う者までいた。どう考えても人間ではない。NASAだ。どいつもこいつもNASAに全員連れて行かれるべきなのだ。NASAなのだ。そんな奴らが、とんでもない叫び声をあげながら日々切磋琢磨していたのだ。それが足立区なのだ。NASAなのだ。

 

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奇声をあげながら数百人をブチ殺した俺。身長が7~8mはある馬鹿デカいキングコング。

手刀で人間を切り刻むサイコパス。手から炎を出す大道芸人。

そんな奴らもやがて大人になり、みな落ち着いていった。それぞれが職を手にし、家庭を持って大人になった。どいつもこいつも、若気の至りだったのだ。核の炎に包まれていた足立区の治安は、みなが大人になるにつれ、みるみるうちに改善した。

戦うことで自己実現欲を満たしていた俺は、言いようのない寂しさを感じながら足立区を後にした。今では上野のアメ横でケバブを売ることで生計を立てている。あの頃はみんな若くて血の気が多かった。ただそれだけのことだ。

 

まあとにかく、俺が言いたかったのはここ20年で足立区は見違えるほど治安が良くなったということ。もはや現在の23区間での治安の違いなど、ハッキリ言って完全に誤差の範囲内だろう。都内なんてどこも一緒だ。誰もボウガンや火炎放射器を振り回していない。

そこに「法」があり「秩序」が存在しているだけで御の字。

 

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ほら、荒川のほとりには鯉のぼりが泳いでいるぞ。今日も足立区は平和。

 

平和は最高だ。今日はゆっくり、荒川の土手を散歩でもしようじゃないの。北千住の駅から荒川までは、歩いて10分。ビールを片手に歩くと良い。

 

それじゃあ、行こうか。

 

※ 本記事では北千住駅から荒川までの「のんびりお散歩コース」を紹介する予定でしたが、ライターの手違いにより記事内における「戦乱の世の回想録」の占める割合が大変に多くなってしまいましたこと、謹んでお詫び申し上げます。

※ 記事中に書かれた回想録については全てフィクションです

※ ライター:熊谷真士(『もはや日記とかそういう次元ではない』)