【あの頃に】プーシキン美術館展で見つけた、大人こそ風景画にハマる理由【知りたかった】

今回は「プーシキン美術館展―旅するフランス風景画」をレポート!『白い睡蓮』を描いたクロード・モネの日本初公開となる作品『草上の昼食』をはじめとして、ロラン、ブーシェ、コロー、ルノワールといった巨匠たちの風景画が一同に並ぶ展示会です。実際に訪れたライターが、みどころを解説します。

5月。
日光降りそそぐ公園では近隣の小学生たちが、画板を持って写生する風景があったり、なかったり。

しかし小学生の頃、こんな疑問を抱きませんでしたか?

「図画工作の成績って、何を基準に採点してるの?」
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定まった音階とリズムをなぞる音楽や、ハネトメ書き順を指定されている習字と違って、図画工作ならびに美術の評価ってイマイチわかりません。

特に絵な!!

小学校で描く絵の大半は写生を含む風景画だと思いますが、その評価基準は果たして、現実により近く描く写実性か、独創的な構図やテーマ性なのか。

子どもながらに「うまーい」と感じる絵はありましたが、大人の先生たちが同じ感覚で花丸をつけるわけではないでしょう。ではどうやって描いたらよかったのか。

 

日本人にはなじみ深いのに、なんだかよく見えてこない風景画。

しかし様々な風景画が一同に並び、もしかしたらそういった疑問を解決するヒントになるかもしれない美術展が東京・上野で開かれています。
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7月8日まで東京都美術館にて開催中の『プーシキン美術館展――旅するフランス風景画』は、ロシア・モスクワにある所蔵品数世界2位という超どデカい美術館から、フランスの風景画を集めてきた美術展です。

クロード・モネの日本初公開となる作品も出展され、見る価値あり!な美術展ですが、今回は「風景画をどういう風に見たら面白いのか?」をお伝えし、図画工作の先生たちの評価基準を探ろうと思います。

 

ストーリーを盛り上げるために!シーンメイクした風景画

本展はフランス絵画を集めていますが、風景画は実は17世紀にフランドル(今のオランダ)で独立したもの。元々絵画は、宗教や神話、権力者の威厳をわかりやすく伝えるために生まれたので、まだまだ18世紀のフランス絵画にはその名残があります。

中でも多いのが、画面の下側に神話や生活の一場面が描かれ、遠景にそのストーリーの背景を描いた構図。

クロード・ロラン《エウロペの掠奪》1655年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

クロード・ロラン《エウロペの掠奪》1655年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

上の作品はギリシャ神話のゼウスが一目ぼれした王女エウロペを連れ去ろうとするシーンですが、遠方に船や羊の姿があって人間の世界からの逃亡を表しています。

もちろん画家がこの光景を実際に見たわけではありません。漫画のように「このシーンがこんな背景だったら素敵じゃない?」と、話を盛り上げるために現実の風景を用いてシーンメイクしているのです。

ユベール・ロベール《水に囲まれた神殿》1780年代 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

ユベール・ロベール《水に囲まれた神殿》1780年代 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

この古代ギリシア・ローマ時代の遺跡パエストゥムに残るポセイドン神殿は、実際に画家が訪れたときよりも外観を崩して描かれ、周りも水で囲まれてしまいました

建設当初は筋肉隆々なおじさんたちが汗水たらして檄を飛ばしながら働いていたのでしょうが、荒廃した神殿が水に浮かぶだけで神秘的に映ります。

現実感のある線と色選びで「ありのまま描いた」風ですが、理想像に足りないところを想像で補いアレンジしており、ファンタジーなワンシーンとなっています。

 

 画家と鑑賞者のシンクロ率100%。鍵は風景から覚える情感

風景画の主題はもちろん風景ですが、18世紀まではストーリーの添え物でした。神様や人物がメーンのオムライスで、風景は主食を美味しく見せるプレート。

しかし19世紀くらいからプレート自体に魅力を感じる人が増え、「風景画」というジャンルが絵画界で確立します。

 ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《夕暮れ》1860-70年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《夕暮れ》1860-70年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

今回の展示会で筆者が最初に心を打ちぬかれたのは、この作品!

「風景」といっても、描く要素はたくさんあります。木々や花の自然物、地形、水、空、そして太陽の光。

夕日による逆光で木々に影が落ち、夜の訪れを感じるこの風景をじっと見つめると、町内放送の夕焼け小焼けが聞こえてきて「家に帰らなきゃな」とふと思ってしまいます。

クロード・モネ《白い睡蓮》1899年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

クロード・モネ《白い睡蓮》1899年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

こちらはかの有名な、フランス・ジヴェルニーにあるクロード・モネがつくった「水の庭」にかかる太鼓橋。訪れたことがない庭に、人は日光の温かさと植物の青くさいニオイを疑似体験できます。

風景って不思議ですよね。

普段の生活ではあまり存在を意識しませんが、私たちは旅行先で名工風靡な場所を撮影してしまうように(決してインスタ映えなどではなく)、風景になにかしらの「美」を捉えます。画家は人が抱える美意識を繊細に感じ分け、人の情感を絵筆に乗せるのです。

前の歴史画がストーリー全体を鳥の目のように俯瞰的に捉えるものだとしたら、風景画は心のシャッターが下りるような主観的な目線で画面をキャプチャします。画家と鑑賞者が画面を通してシンクロするような、そんな不思議な体験が実は風景画には眠っているのです。

 

表現に強弱をつけてキャンバス内の空気を読み取らせる風景画

風景画は自然物だけでなく、人も街も登場します。

20世紀、フランス・パリの大改造が行われたとき、画家の関心は都市風景まで広がりました。

ジャン=フランソワ・ラファエリ《サン=ミシェル大通り》1890年代 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

ジャン=フランソワ・ラファエリ《サン=ミシェル大通り》1890年代 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

露出度をぐんと上げて撮影したような、夕暮れどきのパリの街。

モニター画面だと分かりにくいのですが、明るい画面で多くの人が登場しているのにも関わらず、美術展では点々と灯る街灯の光に目が留まります。全体的に寒色で描かれたパリの季節はおそらく冬。その中にわずかながらも温かく光る街灯は、寒さに震える人々を安心させてくれるのです。

アンドレ・ドラン 《港に並ぶヨット》 1905年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

アンドレ・ドラン 《港に並ぶヨット》 1905年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

反対に、こちらはハッピーで鮮やかな色彩をちりばめた作品。

現実にある色を誇張し、なんなら画家の気分を色に変えてしまったようです。人も建物も省略されていますが、港街の雑多ながらも活気溢れる雰囲気が伺えます

人に搭載されたセンサーはまことに感度がよろしく五感で捉えたものからその場に流れる雰囲気を解析し、空気を読みます。しかし鑑賞者が使うのは視覚だけ。画家は色彩、造形、濃淡すべての表現に強弱をつけて、視覚から鑑賞者に空気を読み取らせようと努めるのです。

 

まるで動いているよう?!風景画から生まれた印象派

こちらは、本展の目玉!クロード・モネによる《草上の昼食》です。
どこらへんが目玉かというと、まずこの作品が26歳という若さで描いたこと、そして風景画から生まれた19世紀フランス発の芸術活動「印象派」が始まりを予感させる技術が見え隠れしている点です。

クロード・モネ 《草上の昼食》 1866年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

クロード・モネ 《草上の昼食》 1866年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

写生をするとき、どうしても解決できないのが時間経過で景色が変わってしまうこと。これまでの絵画はいくつかの光景をスケッチし、アトリエで統合してベストな光景に仕上げていましたが、印象派は時間の流れも画面内に組み込んだのです

条件として、景色や光の移り変わりを知るために外での制作がマスト。線や輪郭は描かずに絵筆を自由にキャンバスに走らせます。

また色彩も、絵具を混ぜて再現するのではなく、地の色に色を塗り重ねていくことで色が重なり、絵筆のストロークも相まって、絵が風で揺れているかのように見せたのです。そのため、画面の左上当たり、若葉にあたる太陽光をぼんやり見ていると、風がそよいで木漏れ日が揺れたように錯覚します。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》 1876年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》 1876年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

上の画像は、ポスト印象派のルノワール(手の込みようから察するに絶対左側の後ろ向きの女の子はかわいいだろう)。

印象派の絵は、全体を俯瞰して見てから、近づくと様々な発見ができます。特に晩年のほとんど目が見えていなかったモネの作品は「この絵具の塊がこうなるの?」と驚きの連続です。

ぼんやりと見えるのに、よく目を凝らすと繊細な表現が見えてくる。人間の目はどんな高性能カメラにも勝ると言われますが、目のポテンシャルを最大限生かして鑑賞する「印象派」の作品の魅力をぜひ会場で感じてみてください。

 

もっと遠くへ。海外の風景、そして夢へ

ここまで多くの風景画を見てきましたが、画家の表現意欲は尽きないもの。神話から日常の景色、そして外国へ、さらには自分の内面へと風景を求めていきます。

株式仲買人だったゴーガンは株式市場の大暴落で失職したことを契機に画家業に専念し、フランスからタヒチへと移り住みました。

ポール・ゴーガン 《マタモエ、孔雀のいる風景》 1892年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

ポール・ゴーガン 《マタモエ、孔雀のいる風景》 1892年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

先ほどのドランの絵と比べて、鮮やかな色彩を用いているのになんだか暗い。タヒチでの貧困生活や病気に悩まされ、ヨーロッパ人としての死を感じた人の心象風景とでもいうべきでしょうか。

一方でアンリ・ルソーもっとポップで、幻想的です。

18~19世紀、植民地からのエキゾチックな植物や動物を研究目的(と一部コレクション目的)で移し、植物園や動物園が一般人も訪れることができるようになりました。ルソーは度々訪れてはスケッチし、憧れのジャングルの風景を描きます。

アンリ・ルソー《馬を襲うジャガー》1910年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

アンリ・ルソー《馬を襲うジャガー》1910年 © The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

現代に生きる私たちはテレビなどで動物の狩りの様子を見ることができますが、まだこの時代のジャングルは遠く、浮かんでは消える夢と同じくらい距離感があります。心に描いた情景を現実に起こすことは画家の本懐かもしれません。

 

ここまで見てきた風景画がまさかの夢オチ?
いえいえ、それだけ画家の表現力が豊かだったという証拠です!

約300年に渡るフランス絵画を見ていくと、経験を積んだ大人だからこそ読み込めるものがあることに気づきます。そう考えると、当時の図画工作の先生たちも私たちが捉えた風景に、きっとなにかふかーいものを読み取ってくれていたのでしょう(多分!)。

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PCやスマホの画面ではなく、実際に作品と対峙してみると本展タイトルにあるように、絵を通じて心が旅するようです。旅の行く先は幼い頃の記憶か、憧れのパリか、はたまた想像しえなかった世界か。ぜひあなたの心に引っかかる風景を見つけてみてください。

本展は東京が終わった後、7月21日から10月14日まで大阪・中之島にある国立国際美術館にて開催されます。なかなか日本に訪れることのない貴重な作品が揃っていますので、是非足を運んでみてくださいね。

 

『プーシキン美術館展――旅するフランス風景画』

TOKYO
会期 : 2018年4月14日(土)~7月8日(日)
会場 : 東京都美術館 企画展示室(東京・上野公園)
開室時間 : 9:30~17:30 ※金曜は20:00まで ※入室は閉室の30分前まで
休室日 : 月曜日(ただし、4月30日は開室)

OSAKA
会期 : 2018年7月21日(土)~10月14日(日)
会場 : 国立国際美術館(大阪・中之島)

公式サイト:http://pushkin2018.jp/