【犬島精錬所美術館】廃墟に心奪われる、岡山のアートな離島・犬島

岡山県の犬島は瀬戸内海に浮かぶ離島で、アクセスはフェリーで行きますが、岡山からと四国からでは異なります。観光名所の犬島精錬所美術館はもちろん、集落にアートが点在する家プロジェクトなど、ひとつひとつが面白い島です。

瀬戸内海に浮かぶ犬島(いぬじま)は、人口50人未満の小さな離島。

かつての精錬所を保存・再生した「犬島精錬所美術館」や「家プロジェクト」の誕生で、近年は「アートの島」として注目されるようになっています。

半ば廃墟と化した精錬所跡は、海外の遺跡を探検しているような気分にさせてくれ、非日常感満点。廃墟マニアならずとも魅了されてしまう、犬島ならではの魅力をたっぷりとご紹介します。

犬島ってどんなところ?

犬島は、瀬戸内海に浮かぶ離島。行政上は岡山県岡山市東区に属し、岡山市で唯一の有人島でもあります。

人口は50人未満。周囲4kmほどの小さな島で、徒歩でも1時間ほどで1周することができてしまいます。

高齢化率も高く、ひなびた雰囲気が漂う小さな離島ですが、銅の精錬所跡を再生した「犬島精錬所美術館」や、集落にアートが点在する「家プロジェクト」などができたことで、近年は「アートな旅先」としての存在感が急上昇。

離島ならではの豊かな自然と、精錬所の遺構や屋外アートが融合した景観は唯一無二。たくさんの「ここにしかない風景」に出会える、ワクワクが止まらない島です。

犬島へのアクセス

犬島へは、岡山から行く方法と四国(直島)から行く方法の2 種類があります。

・岡山から行く場合
岡山駅からJR赤穂線で西大寺駅下車(約18分)。西大寺駅から両備バス宝伝行きに乗り、「西宝伝」下車(約30分)。バス停から犬島行きの船が出る宝伝港までは徒歩約3分。宝伝港から定期船に乗れば、10分ほどで犬島に到着です。

宝伝港・犬島間の定期船は1日往復8便ずつありますが、時間帯によっては次の便まで最大3時間の間隔が空くこともありますし、日曜日は運休する便もあります。犬島に行く際は、どの船に行ってどの船で帰るのか、事前にシミュレーションしておいたほうがよさそうです。

・四国(直島)から行く場合
犬島へは、香川県の直島からも直通の高速船が出ています。直島から犬島までは、高速船で所要約55分(豊島経由)。

直島(宮浦港)・犬島間の高速船は1日往復3便ずつしかなく、犬島での観光時間をたっぷり確保しようと思うと、朝9:20直島発の高速船に乗る必要があります。高松から直島経由で犬島を訪れる場合などは、直島で前泊するのが望ましいでしょう。

いざ犬島へ

筆者は直島に住んでいるので、直島から高速船で犬島を目指しました。

朝9:20に直島の宮浦港から出る高速船に乗車。直島から出る高速船には「〇〇バード」という名前がついているのですが、直島・犬島線は「サンダーバード」でした。

途中、豊島を経由し、予定通り犬島に到着。

海沿いに芝生が広がる開放的な光景には、離島在住の筆者でも一気にテンションが上がりました!同じ船で到着した学生グループも、この景色に歓声を上げていましたよ。

犬島観光で絶対に外せない「犬島精錬所美術館」

犬島観光で絶対に外せないスポットが、「犬島精錬所美術館」。銅の精錬所の遺構を保存・再生して2008年に開館した美術館で、直島の「地中美術館」同様、ベネッセによって管理・運営されています。

瀬戸内の離島に精錬所の遺構を活用した美術館があるなんて!その存在を始めて知ったときはとても驚きました。離島の住民としては、「アートの島」でベネッセが果たしている役割の大きさに感嘆するばかり。

犬島精錬所は、1909年に建設された銅の精錬所。今でも天を貫くような煙突や工場跡などが残されており、その規模の大きさには目を見張ります。

ところがこの犬島精錬所、大規模なものでありながら、操業期間はわずか10年。

第1次世界大戦の終結で銅価格が暴落し、採算がとれなくなってしまったために、あっけなくその役目を終えることになったのです。

犬島精錬所の操業中、犬島には3000人ほどの人が住み、港周辺には社宅や娯楽施設などが並んでいたといいます。しかし、前述の通り現在の人口は50人を切っており、当時の賑わいは想像もつきません。

犬島精錬所のはかない歴史を知ると、「栄枯盛衰」という言葉が脳裏に浮かんできます。

電気の空調を使わないエコな美術館

犬島精錬所美術館は、犬島の港から芝生の横を歩いてすぐ。錆びた銅の看板が精錬所っぽくて、なんともいい味を出していますよね。

犬島精錬所美術館のコンセプトは、「在るものを活かし、無いものを創る」。シンボリックな煙突やカラミレンガの特性、太陽や地熱といった自然エネルギーを活かしたエコな美術館なんです。

「カラミレンガ」というのは、銅の精錬過程で生じる廃棄物から作られたレンガで、蓄熱性が高く、一度陽光を吸収して温まると外気温が下がってもなかなか冷めず、反対に一度冷たくなると長時間冷たさを保ち続けるという特性があります。

犬島精錬所美術館では、このカラミレンガの特性や煙突効果(空気を下から上に吸い上げる作用)を活かすことにより、電気による空調を使わずして館内の温度を調節しているのです。

当日、外気温は30度を超えていましたが、館内ではまったく暑さを感じず、快適に過ごせました。私たちはつい電力や最新のテクノロジーに頼ってしまいますが、自然の力や原始的な工夫の効果ってすごいんですね。

犬島精錬所美術館の内外には至るところにカラミレンガがありますので(むしろカラミレンガだらけ)、注目してみてください。

三島由紀夫をモチーフにした空間展示

犬島精錬所美術館では、小説家・三島由紀夫の作品や演説にインスピレーションを受けたアーティストである柳幸典氏の作品「ヒーロー乾電池」が展示されています。

館内の撮影は禁止なので、どんな作品が展示されているのかは実際に行ってからのお楽しみ。6つのスペース全体が作品となっていて、一部は体験型。三島由紀夫が住んでいた渋谷区松涛の家の一部を利用した摩訶不思議なアートもあり、作品をめぐるごとに別世界にいざなわれるかのようです。

犬島精錬所美術館の作品は、日本の近代化に警鐘を鳴らした三島由紀夫をモチーフにすることで、「現代社会が失ったものを振り返り、未来を考えるきっかけとなること」を目指しているのだとか。近代化のひずみは、まさに犬島の歴史そのものと重なるところがあります。

犬島精錬所が生んだダークサイド

煙害対策や原料輸送の利便性から、人口密集地を避け、瀬戸内の離島に建設された犬島精錬所。人口が少ないところに建てたところで、煙害そのものがなくなるわけではありません。一時期は精錬所から排出される有毒な煙のために、犬島の草木は枯れ、はげ山になってしまっていたそうです。

しかし、かつて環境汚染をもたらした犬島精錬所は、自然エネルギーや植物の力を借りた水質浄化システムを取り入れることにより、いまでは環境に負荷をかけないエコな美術館に生まれ変わっています。

犬島精錬所美術館の作品や歴史は、過去の教訓からより良い未来を考える絶好のきっかけ。

そう考えると、犬島の観光には「ダークツーリズム」としての要素もあり、犬島精錬所の背景や歴史を詳しく知ることで、単に「すごい」「面白い」という感想にとどまらない、一段深い示唆や教訓を得られるはずです。

犬島精錬所美術館には、ここで紹介しきれないくらいたくさんの面白いエピソードや裏話があります。何も知らなくても「すごい」「面白い」「幻想的」と感じられる展示ですが、それだけで終わってしまうのはもったいない!

休日には美術館出口のショップに、島の語り部ガイドさんがいらっしゃいます。犬島精錬所が現役だったことを知る犬島育ちの女性で、犬島や美術館に関するさまざまな話を無料で聞かせてくれるので、ぜひゆっくりと話を聞いてみてください。

犬島精錬所美術館は再入館ができるので、話を聞いた後に改めて見学すれば、きっと新しい発見があるはす。

ラピュタっぽい精錬所跡

犬島精錬所美術館の見学を終えたら、周辺の精錬所の遺構も散策してみましょう。犬島精錬所美術館の敷地内にある製錬所跡は、2007年に経済産業省の「近代化産業遺産群33」にも認定された、れっきとした近代産業遺産なのです。

大きな煙突のある精錬炉や作業場、発電所、倉庫など、当時の様子がうかがえる遺構が広い範囲にわたって点在している様子は圧巻。朽ちかけたレンガの遺構の周りに木々が生い茂っている光景は古代遺跡を思わせます。

数年前、神奈川県の猿島や和歌山県の友ヶ島など、廃墟的要素のあるスポットが「ラピュタっぽい」と話題になりましたが、犬島も全然負けていませんよね。

犬島精錬所美術館は半地下の構造で、屋上からは精錬所の煙突が間近で見られるほか、水質浄化システムによって育てられているミカンの木などを目にすることができます。

屋上からは、海沿いに設けられたカラミレンガの広場も一望。この広場はほとんど精錬所操業時のままだそうで、かつては工材置き場として使われていたのだそうです。

どこを切り取ってもとにかく絵になる犬島精錬所跡。筆者は特に廃墟マニアでも産業遺産マニアでもありませんが、海外の遺跡を旅しているかのような非日常感にワクワクが止まりませんでした。

直島に比べると知名度の低い犬島ですが、個人的には「直島のミュージアムより面白いかも」と思ったほど。「海とレンガ」という珍しいコラボレーションも必見です。

集落にアートが点在「家プロジェクト」

犬島観光の楽しみは、犬島精錬所美術館だけにとどまりません。犬島の集落には「家プロジェクト」と呼ばれるアートが点在しており、犬島の素朴な風景とともに、ユニークな現代アートの数々が楽しめるのです。

2010年にスタートした犬島の家プロジェクトは、5つのギャラリー(邸)と「石職人の家」跡の計6施設が対象。家プロジェクトの鑑賞料金は犬島精錬所美術館の入館料に含まれているので、散歩感覚で気軽に見て周ることができます。

家プロジェクトの作品のほとんどは屋外または半屋外にあり、周囲の風景と一体化しているのが特徴。ここで家プロジェクトの作品の一部をご紹介しましょう。

S邸の「コンタクトレンズ」。巨大なアクリル壁に大小のレンズ無数に浮かび、まるで意思を持ってうごめいているかのよう。レンズには民家や緑などの島の風景が映し出されていて、色んな角度から眺めたくなります。

C邸の「無題」(C邸の花)。かつて島の集会場だった場所にひっそりとたたずんでいるのは、巨大な木彫りの花。静かでありながら、不思議と躍動するような生命のエネルギーが感じられます。

全部の種明かしをしてしまうと実際に訪れたときの楽しみが半減してしまうので、残りの作品はご自身の目で確かめてみてください。

おわりに

「精錬所を再生した美術館」というユニークな存在から興味を持った犬島。実際に訪れてみると、島の風景と一体となった唯一無二の犬島精錬所美術館の姿にすっかり魅了されてしまいました。

「精錬の煙害による環境破壊」という暗い歴史を抱えながらも、それを教訓としてエコな美術館として再生するまでのストーリーのひとつひとつが面白く、「期待以上!」のひとこと。

休日にもかかわらず観光客はまばらでしたが、「この素晴らしい島の存在を一人でも多くの人に知って欲しい」と思わずにはいられません。

 

犬島精錬所美術館
所在地:〒704-8153 岡山県岡山市東区犬島327-4
電話: 086-947-1112
公式サイト:https://benesse-artsite.jp/art/seirensho.html
開館時間: 9:00 〜 16:30(最終入館16:00)
休館日: 火曜日から木曜日(3月1日〜11月30日)
※ただし祝日の場合は開館、翌日休館
※ただし月曜日が祝日の場合は火曜日開館、翌水曜日休館
全日(12月1日〜2月末日)