青春18きっぷで日本縦断。丸5日間、14,150円で最南端の鹿児島から稚内まで行ってみた[PR]
青春18きっぷを使い日本を縦断した記事をお届け!今回の旅では、旅の記録にアプリ「駅メモ」を使用。実際に行った駅全てでチェックインし、使用した鉄道のルートや、所要時間、料金まで細かくレポートいたします。青春18切符で日本縦断をする中でも、最短の「5日間」で達成したその記録をとくとご覧ください。(読了時間目安 : 30分)
3日目
5:00 大宮駅(埼玉県)
18キッパーの朝は早い。
終電→始発のコンボが連発になると体の中の大切な何かが急速に薄まっているのを実感する。昨日の終電から5時間しか経過してない。宿泊というよりちょっと長い乗り換え待ちじゃないか。
3日目のスタンプを押してもらった。今日もまたあの長い戦いが始まるのだ。
さて、ここらで昨日話題になったここからの進路について考察を深めていきたい。
正直に言うと、西日本で生まれて東京で暮らす僕に取って、東京から西、それこそ九州に至るまではある程度位置関係などが理解しやすい。しかしながら東京より北はほとんど馴染みがなく、そこまで位置関係や地理に詳しいわけではない。言うなれば今日からのルートは未知の領域だ。
さて、ここ大宮駅から北を目指す場合、大ざっぱに言って二つのルートが存在する。一つは高崎へと抜けて新潟を目指し、日本海に沿っていく日本海ルート。もう一つは栃木を抜けて福島と至り仙台を通過していくルートだ。図にすると以下のようになる。
ここでのチョイスをミスすると大変なことになるので慎重を期したい。
大ざっぱな位置関係を考えるに、高崎経由で日本海沿いを行くルートは大回りになるような予感がする。おまけに鳥取県出身の僕としては、そもそも日本海側の交通機関を心の底から信頼していない。
それならやはり東側のルートか。「東北本線」という名前からも分かるように、東北地方を攻める場合はこちらがメインストリームなのだろう。よって宇都宮を目指し、そこから福島、仙台、盛岡、青森と攻めていくルートを選択しようと思う。
5:36発 宇都宮線 宇都宮行き
ここでとんでもない異常事態が発生する。すごくお腹が痛くなったのだ。
ここまでの18きっぷの旅で最南端からずっとやってきて、列車にトイレがついていないのは昨日最後に乗った京浜東北線だけであった。他はしっかりとトイレが完備されていて安心の状態であったが、果たしてこの列車にトイレはあるのか。
結果。トイレはあった。一番端の車両にしっかりとトイレが装備されていた。やるやん、宇都宮線。これはもう、一人の命を救ったに等しい。ただし、トイレに行くまでが地獄で、真ん中くらいの車両にいた僕が端の車両に行くにはあまりに混みすぎていたし、途中、5人ぐらいのOL集団が広がって立って通せんぼをしていて、ショムニの撮影かな?って状態だったんですけど、そこでかなりの時間ロス。おまけにトイレに到達したら、人が入ってましてね。完全に超満員ソールドアウト。ずっと籠城してる人がいて2駅に渡って待たされました。最後の方は神に祈ってる状態だった。
早朝から地獄を垣間見る修羅場を経験し、なんとか命からがら宇都宮駅へと到着した。
6:51 宇都宮駅(栃木県)
チェックインした駅 大宮、北大宮、大宮公園、土呂、東大宮、蓮田、白岡、新白岡、久喜、東鷲宮、栗橋、古河、野木、間々田、小山、小金井、石橋(栃木)、自治医大、雀宮、江曽島、南宇都宮、宇都宮 [22駅/累計22駅/移動距離77km]
さて、乗り換え時間もあまりないようなので朝食も食べずに北上していく。一瞬だけ昨日の悪夢が頭をよぎるが、これから北上するに従って乗り換え待ちは多くなるはずである。そこで朝食を決めるしかない。
6:59発 宇都宮線 黒磯行き
どんどんと景色がカントリーな感じになっていく。相変わらず車内は通勤の人たちで混雑していて、みんな一生懸命働いているんだなあ、すごいなあという気持ちになってくる。皆さんが働いているその横で最南端から最北端、とか良くわからないことをしている自分が妙にバカげた存在に思えた。
「でさ、お婆ちゃんが半分ボケちゃって」
「うんうん」
隣のマダムっぽい二人組の会話が耳に入った。職場の同僚同士だろうか、そこまで仲良くはなさそうだが、何やら興味深い話をしている。
「息子さんのタカノリさんのこともわからなくなっちゃったのね」
「悲しいね」
「でもね、タカノリさんは子供のころに一緒に歌った童謡を歌ったらしいの。これで思い出してくれって」
「泣ける。良い話だね」
「そしたらお婆ちゃんがね、急にタカノリさんの顔をジッと見て言ったんだって。エグザイルを歌ってくれって」
「悲しい、のかな? よくわかんないね」
「でね、タカノリさんもエグザイルを歌ったんだけど良くわからないでしょ、適当に歌ったらしいの。そしたらすごいことが起こったの」
「うんうん」
「あ、着いたね」
という最高にいい場面で黒磯駅に到着してしまい、話のオチが聞けずじまいでした。ホームまで二人を追いかけていって続きを聞こうかと思ったくらいでした。タカノリがエグザイルを歌ってどうなったのか、心の底から知りたい。
7:50 黒磯駅(栃木県)
チェックインした駅 岡本(栃木)、宝積寺、氏家、蒲須坂、片岡、矢板、野崎(栃木)、西那須野、那須塩原、黒磯 [10駅/累計32駅/移動距離131km]
さて、ここもタイトな乗り換えで時間は4分くらいしかない。4分はもう「待ち」ではない。昨日の悪夢が蘇る。大丈夫。どんどん景色がカントリーになってるじゃないか。きっと長い待ち時間がある。信じるんだ。
7:54発 東北本線 郡山行き
空が青く、今日はいい天気になりそう。途中、西の空に虹が見えた。
なんとも幸先が良いものである。きっと三日目の旅は良いものになるはずだ。適切に待ち時間があって食事を取れるはずである。車内では小さな子供と僕しか虹に反応していなかった。ボーっと虹を眺めながら先ほどの話を思い出し、タカノリはエグザイルを歌った後に婆さんの要求がどんどんエスカレートし、最終的にはエグザイルみたいな風貌になったんじゃないか、今は地元のエグザイルとなり夏祭り等で活躍している、そう予想した。そうであって欲しい。
9:01 郡山駅(福島県)
チェックインした駅 高久、黒田原、豊原、白坂、新白河、白河、久野田、泉崎、矢吹、鏡石、那須川、安積永盛、磐城守山、郡山(福島) [13駅/累計46駅/移動距離191km]
僥倖、とはこのことである。なんと乗り換え時間が24分あるっぽい。完全に朝食チャンスだ。この24分という時間設定が絶妙で、長すぎず短すぎず、朝食を食べるために設定したとしか思えない時間配分だ。ダイヤを組んだ人が、ここで朝食だな、24分あけるかって気を利かせたとしか思えない。ありがとう、ダイヤ組んだ人。
改札を出てちょっと歩くと立ち食いうどんみたいな店があったのでそこで朝食を決める。美味い。虹を見た瞬間から今日は行けるって思ってたんだ。
朝食を食べられる幸せを噛みしめ、ホームへと向かう。やはり24分という時間設定は絶妙だ。ちょうどいいタイミングで次の列車がやってきた。
9:25発 東北本線 福島行き
列車に揺られる。青春18きっぷの旅も3日目ともなるとさすがに色々と慣れてくる。とにかく腰や尻がキツイというようなことはない。ただ、肉体的には大丈夫でも精神面はそうとは限らない。そこだけが不安要素だろうか。
福島に向けて北上するうちに一つの不安というか、疑心というか、なにか「このままでいいのだろうか?」という漠然とした想いが沸き上がってきた。このまま福島、仙台、盛岡、と北上していき、本州最北端の青森を目指す。そこから北海道に渡って稚内を目指すわけだが、一抹の不安めいた感情が沸き上がってきた。
「うまくいきすぎだ」
トントン拍子に物事が進み過ぎなのである。なんだか不安だ。そんな折、以前から鉄道に詳しい剛の者たちの間でまことしやかに囁かれている一つの噂を思い出した。
「青春18キッパーにとって東北は魔境である」
という言葉だ。この言葉が僕を不安にさせる。はっきり言って、このままトントン拍子に東北地方クリア、となるわけがない。このままでは魔境と言われるはずがないのだ。きっと魔境が魔境と言われるだけの何か、それが東北にはあるのだ。急に不安になったので福島駅に到着したら誰かに相談してみよう、そう決意したのだった。
10:11 福島駅(福島県)
チェックインした駅 日和田、五百川、本宮(福島)、杉田(福島)、二本松、安達、松川、金谷川、南福島、福島(福島) [10駅/累計56駅/移動距離236km]
さて、ここから仙台を目指すわけだが、乗り換え時間は29分と非常に適切な感じだ。食事をするのに最適である。次はいつ食事ができるのか分からないので食べられるときに食べるべきであるが、いま胸中に不安を抱えている。この時間を使ってこれを解消せねばならない。食事は後回しだ。
なるべく親切そうな駅員さんを選んで尋ねる。
「すいません、青春18きっぷで青森まで行きたいんですけど」
そう言うと、駅員さんは「あー」という顔をして説明してくれた。単刀直入に言うと、僕の予感めいた不安は当たっていた。東北は18きっぷの魔境なのである。
仙台、盛岡と経て青森を目指すルートを採用する場合、盛岡より北は「三セク化」により「IGRいわて銀河鉄道」となっているため18きっぷでは乗ることができない。つまりこのルートはダメなのである。新幹線や三セク鉄道では普通に繋がっているが18きっぷ視点で見ると断線している。鹿児島で体験したアレが再度やってきたのだ。
では、ここからどうやって青森を目指すかというと、これはもう山形から秋田に抜けてそこから青森を目指すしかないらしい。
盛岡ルートが東北の中心を突き抜けるルートであるのに対し、秋田周りルートは大回りをしている感じがする。けれども、このルートしかないのなら仕方がない。予定変更だ。ここから仙台に行っても仕方がない。山形を目指すんだ。
「ということは、ここから山形に行けばいいんですね」
僕がそう言うと駅員さんはさらにトーンを下げた。 「そうなんですが、ここから山形に行く列車は本数が少なくてですね」
福島から山形へと向かう路線は山形新幹線(正式には通称)との併用を行っている。単純に言うと、普通の列車と新幹線が同じところを走る。つまりなにかと新幹線が優先されがちで、普通列車の本数は少ないっぽい。現にここから山形方面へと行く列車は二時間半くらい待ち時間がある感じだった。
「わかりました、じゃあ二時間半待ってそこから山形行きます」
別に待つくらいは屁みたいなものなので僕がそう告げると駅員さんはちょっと待て、といったジェスチャーを見せた。そして何かを調べながらこう言った。
「ここから仙台に行って下さい。そして仙台から仙山線に乗って山形を目指してください」
おお、またもや第三のルートである。こんな魔の乗り換えトリックみたいなルートがあったのか。なるほど、これはダイヤの裏をかいたルートなわけですな。これでいくとすごい時間が短縮されたりするんだ。
「なるほど、これで行くとすごい時間短縮されるんですね」
「そうです。これなら早く着きます。おまけに、それ、いけますよ」
と僕のスマホの画面を指さすじゃないですか。
「それ駅メモですよね。仙台を回ったら駅いっぱいとれますよ」
なんで駅メモの攻略まで配慮してくれてるんだ。親切すぎるだろ。でもまあ、駅いっぱいとれるって言われたらやるしかない。仙台回り山形ルートに決定だ。
10:40発 仙台シティラビット3号 仙台行き
これが仙台行きのシティラビットとかいう列車らしい。正直に言わせてもらうと、あまりラビット感がない。
景色を眺めながら、仙台に到着したら牛タンを食べたい。乗り換え時間が30分以上あるなら牛タンに挑戦する、などと考えていたら、少し離れた座席から強烈な視線を感じた。それは完全無欠のオッサンからの視線だったのだけれど、僕はその視線からこう考えた。
「あいつ18キッパーだな」
SFなどでは特殊能力を持った者同士がひかれあうことが多々ある。それと同じで18キッパー同士はその研ぎ澄まされた腐った魚のような眼で通じ合うことがある。なんとなく分かるのだ。ヤツも同種のウルフだって。
おまけに、さっきから駅メモで駅にチェックインするたびに「ツバサ(仮名)」と名乗るキャラがチェックインし返してくる。完全に熾烈な戦いだ。やつの動きを見ているとわかる。ヤツがツバサ(仮名)だ。同じ列車に乗って同じ駅を取り合ってる。
こちらもなんとかチェックインのタイミングをずらしたりして対抗するのだけど、やつの方が一枚上手でおまけにキャラが強い。僕の「みろく」も結構強くなったとはいえ、全然太刀打ちできない。完全にツバサ(仮名)に荒らされた状況だ。
そんなツバサは途中で下車してしまい、少し寂しい思いをしていたら仙台駅へと到着した。
11:56 仙台駅(宮城県)
チェックインした駅 曾根田、東福島、瀬上、福島学院前、卸町(福島)、伊達、桑折、藤田、貝田、越河、白石蔵王、白石(宮城)、東白石、北白川、大河原(宮城)、船岡(宮城)、東船岡、槻木、逢隈、岩沼、館腰、杜せきのした、名取、南仙台、太子堂、長町、長町一丁目、河原町(宮城)、連坊、愛宕橋、仙台(JR) [31駅/累計87駅/移動距離311km]
乗り換え時間は15分しかなかった。残念ながら牛タンは諦めなければならない。すぐに仙山線のホームへと向かう。
12:11発 仙山線 山形行き
こちらとしてもこの旅はもう3日目だ。乗り換えにも慣れたものである。歩く速度を調節し、タイミングよく乗り込んですぐに出発した。完全に乗りかえのプロだ。
仙台から山形に向かうとなると東北地方を横切る形になる。車窓の景色は仙台の街並みからあっという間に山間のものに変わった。ただ利用客は思った以上に多く、さらに18キッパー同士が感じることができる独特の感覚により、結構な人数の同種がいるように感じた。
途中、高瀬駅というところを通過した。どこかで聞いた駅だが思い出せない。スマホで調べたいんだけどルールで調べものができない。悶々としていると、隣の夫婦の会話を盗み聞きすることで解決した。
ここはジブリ映画の「おもひでぽろぽろ」の舞台だ。あれに登場してくる駅がこれだ。どうやら駅舎自体は建て替えられているけれども、駅の周りなどは映画に出てくるものそのままらしい。と旦那のほうがドヤ顔で語っていた。ありがとうスッキリした。
13:26 羽前千歳(山形県)
チェックインした駅 宮城野通、榴ヶ岡、東照宮、北仙台、北山(宮城)、東北福祉大前、国見(宮城)、葛岡、陸前落合、愛子、陸前白沢、熊ヶ根、作並、奥新川、面白山高原、山寺、高瀬(山形)、楯山、羽前千歳 [19駅/累計106駅/移動距離365km]
車内放送を聞いていたら、北へと向かう場合は山形まで行かずにここ「羽前千歳」で乗り換えた方がどうやら効率的らしい。なるほどなるほどとホームに降り立って見ると、多くの人がホームで待っていた。その中には、能力者同士しか分からないテレパシーみたいなもので感じられる「同類」も何組かいた。お前らがどんな旅をしてるか知らないが、最南端から来た俺には敵うまい。何の勝負してるのか知らんけど。
どうやら乗り換え時間が13分ほどあるようなのだけど、駅には何もないし、ご覧の通り、駅の周りにも住宅しかない。まあ13分なんて、待ち時間にすらならないくらいの刹那。昨日の異常だった乗り換え地獄からやっと「かんかく」が戻ってきた。ここは感覚と間隔、ダブルミーニングです。
13:39発 山形線 新庄行き
のどかな風景が続く。
やはり新幹線と併用だけあって普通列車の設定自体が少ないようで、車内は満員で座れなかった。ここにきてスタンディングは結構肉体的に辛い。
新庄駅が近づいてきたとき、山形新幹線に遭うことができた。かっこいい。在来線と新幹線が同じところを走っている、という事実に奇妙なものを感じた。
14:42 新庄(山形県)
チェックインした駅 北山形、山形、奥出羽、漆山、高擶、天童南、天童、乱川、神町、さくらんぼ東根、東根、村山(山形)、袖崎、大石田、北大石田、芦沢、舟形、新庄 [18駅/累計124駅/移動距離421km]
ここまでずっと撮影してきた駅名表示看板を撮影し忘れて、「新庄駅はかなりソバである」という意味不明キャッチコピーを撮影している僕。けっこう疲れていたのかもしれない。
さて、ここ新庄では1時間くらい待ち時間があるようだ。ちょっと駅の周りを探検してみることにしよう。
駅に隣接した建物に漫画ミュージアムというものがあった。ここ最上・新庄は著名な漫画家を輩出した土地として有名なようで、その漫画家たちの作品が展示されている。
冨樫先生のサイン色紙がむちゃくちゃ飾ってあった。冨樫先生むちゃくちゃサービスいいな。そのサービス精神で「HUNTER×HUNTER」もちゃんと連載してください!
奇しくもこの日はユネスコ無形文化遺産にも登録されている「新庄まつり」の日だったようで、駅にも祭りにちなんだ山車が飾られていた。祭りを見学する時間がないのが悔やまれる。
食える時に食っておけ、この旅で得られた教訓だ。しっかりと駅に隣接した蕎麦屋さんでざるそばを食べた。
15:38発 奥羽本線 秋田行き
ここよりピンクラインの車両に乗り継いでさらに北上、秋田を目指す。今日中に青森までいけるだろうか。後の展開を考えるとなんとか行きたいところである。
のどかな田園風景が続く。少しだけ雲行きが怪しくなってきた。
道中、真っ赤な服を着た女の子二人組が目に止まる。思い返すと羽前千歳駅から一緒だった二人だ。能力者同士にしか分からない感覚だが、彼女たちの体から立ち昇る禍々しきオーラで瞬時に18キッパーだと分かる。たぶん仙台から同じ列車で、彼女たちも青森を目指しているのだろう。ここまでは瞬時に察する。
問題は彼女たちの持つキャリーケースだ。彼女たちは自分たちの前にキャリーケースを置いて眠りこけている。列車が揺れるたびにキャリーケースが勝手に動きだし、あちこちの乗客にアタックをかましいている。動かないようにしとけよ。
さて、ここで少し精神論的なお話をさせていただきたい。昨日までの二日間、この旅で精神的な危うくなる場面があった。それは自分の境界線が分からなくなり、他人との違いが理解できなくなるという、おおよそ今までの人生で味わったことがない感覚だった。
昨日までのこれは失態であったと言わざるを得ない。もっと心を強く持てば防げるはずだったのである。具体的には、「異物感の消去」である。この極意で精神的な負担は大きく緩和される。
昨日までの二日間で自分の境界線が分からなくなったのはいずれも夕暮れ時である。夕方四時くらいから起こっていた。あれは長いこと列車に揺られ、さらに日が傾いてきて何となく寂し気な雰囲気が漂ってきた時に起きている。
これは列車にとって僕が「異物」であるからなのである。始発から終電まで列車に乗って、座っているだけなのに精神的に疲弊するのは、自分が列車にとって「異物」だからである。お腹の中に食べ物以外のものを入れるとお腹を壊す。それと同じで僕という「異物」が一日中列車の中にいるから居心地が悪く、疲弊する。
つまり僕は列車の一部になってしまえばいいのだ。そう、僕は列車だ。列車である。列車を構成する柱である。列車の部品が一日中列車にある、これは当たり前のことである。僕は列車、僕は列車の柱、そう念じながら精神的安定を図っていく。
すると、件のキャリーケースが物凄い勢いで僕にアタックをし、柱である僕は避けることもできず、ただガンガンとスネに衝撃を受け続けていた。そう、僕は列車なのである。
18:11 秋田(秋田県)
チェックインした駅 泉田、羽前豊里、真室川、釜淵、大滝、及位、院内、三関、上湯沢、湯沢、横堀、下湯沢、醍醐(秋田)、十文字、柳田(秋田)、横手、後三年、飯詰、大曲(秋田)、神宮寺、刈和野、峰吉川、羽後境、大張野、和田、四ツ小屋、羽後牛島、秋田 [28駅/累計152駅/移動距離564km]
長かった。2時間半くらい乗っていた。つまり2時間半くらい列車の境地に触れていた。降りる時に、開いたドアが再度閉まったんだけど、そこでキャリーケースの持ち主の女の子が見事に挟まれてて笑った。
さあて、ついに秋田までやってきた。なんとか今日中に青森に行けそうな気がしてきた。路線図を見るとルート的には一旦「大舘」という場所を目指し、そこから「青森」に行くことになりそうだ。
大舘行きの列車は20分待ち。悩ましいところだ。食事をするには十分な時間だ。おまけに秋田駅だ。探せば駅構内か近場に食事をする場所はあるだろう。けれども、先ほどまで2時間以上も列車の一部になりきっていた僕はあまり食欲がない。ちょっと気持ち悪くてあまり食べられそうにないのだ。列車の一部になりきる行為は思いの他体力を消耗するのだ。
ここは1つ、20分の待ち時間は体力温存に専念し、次の「大舘」で食事をすることにしよう。そうしよう。大舘だってきっと大きい駅さ、食事をするところくらいあるはず。
18:31発 奥羽本線快速 大舘行き
またピンクラインの似たような列車がやってきた。
乗り込んですぐにまたあのキャリーケースの女の子二人組が乗り込んできた。やはり同じ能力者のようだ。彼女たちも青森を目指しているのだろう。
列車が動きだし、また彼女たちが眠り始める。即座にキャリーケースが自走し始めた。チャンスだ。先ほどは列車の一部になりきっていたので止められなかったが、ここでキャリーケースを見事にキャッチし、彼女たちに「危険だぜ」みたいな感じで忠告する。それで仲良くなれたりしたら、青森までの道中がどれだけ有意義なものになるか。想像を絶するほどだ。
正直に言うと、女の子二人組は可愛かったし、右の子がタイプだった。これは大チャンスである。朝、虹を見た瞬間からこんなチャンスが来るんじゃないか、そう思ってた。キャリーケースを止めて仲良くなる。そう決意して立ちあがろうとした瞬間、僕の横に座ったメガネのもやしっ子みたいなヤツが素早く立ち上がった。
そして、残像が残るほどの素早さでキャリーケースを止める。何者だよ。忍びの末裔かよ。素早すぎるだろ。彼はキャリーケースを彼女たちに返しながら「危険だぜ」とか指を立てて忠告していた。何者だよ。ハードボイドすぎるだろ。
ここまで素早くハードボイルドな彼だ。彼が座席に戻るときにチラッと切符が見えたが、やはり彼も18キッパーだった。やはり同じ能力者か。というか、5人くらいしか乗客がいないこの車両には同じ能力者しか乗っていないような気がする。
列車は街灯すらあまり見えない漆黒の闇の中をひた走っていき、いよいよあと30分で大舘に着こうかという時、対面に座っている清楚そうなブリブリの服を着た女性が目に止まった。彼女も僕の記憶が正しければ新庄よりちょっと手前から乗ってきた女性だ。おそらく同じ能力者だろう。
彼女は大舘駅に近づくに連れて、気持ち悪いくらいニヤニヤをしていた。時折、スマホを見て何かを打ち込み、さらにニヤニヤする。ものすごい幸せそうな顔をしている。この車両には眠りこけてるキャリーケースアタックの女性二人、これは疲れた顔をしている。そして忍びの末裔、こいつは何か精神統一しながらブツブツ言ってる。もしかしたら「俺は列車の一部」とか気持ち悪い思想に到達しているのかもしれない。そして、僕、といずれも能力者だ。基本的に死んだ表情の我々とは異なり、彼女だけすごいワクワク楽しそう。
これはあれだな。たぶん遠距離恋愛の彼氏に会いに行くんだな。大舘に彼氏が住んでて久しぶりに会うんだ。健気にも彼女は18きっぷで旅してきた。それでこんなやり取りしてるんでしょう。
「もう少しで会えるね」
「やべドキドキ止まらないww」
「わたしも」
「ドキドキやばいんだけどwww早く佐和子に会いたいwww」
「お腹空いた」
「ついたら何か食べに行こう」
「うん、でもその前に。ぎゅっとして欲しい。ご飯より先に」
「わかった。ぎゅっとする」
「やったー」
「(照れたスタンプ)」
「あと4駅だよ」
「まてないー。4駅が消滅すれば今すぐにでも会えるのに」
とか会話をしてるに違いありません。言っておきますけど、お前らが消滅しろって言った4駅だって利用してる人はいるし、そこで東京へと上京するときに両親が見送りに来てくれてですね、普段は無口な父が封筒を渡してきて車内で開いたらお父さんなりの励ましの言葉を綴った手紙と美味いもの食えって1万円が入ってて、佐和子は涙する。そういうドラマがあった駅だってあるんです。あなた達が軽々に消滅しろなんていう権利はないんですよ。誰にもそんな権利はない。ちなみにあと4駅という状態で4駅消滅させたら終着駅も消滅してお前も消滅するから。
20:02 大舘(秋田県)
チェックインした駅 土崎、上飯島、追分(秋田)、出戸浜、羽後飯塚、大久保(秋田)、井川さくら、八郎潟、鯉川、鹿渡、森岳、北金岡、鶴形、二ツ井、東能代、前山、富根、西鷹巣、鷹ノ巣(鷹巣)、糠沢、早口、下川沿、大舘 [23駅/累計175駅/移動距離662km]
また駅名表示を撮り忘れてる。完全に疲弊しとるな。
さあて、どうやらこのあとも青森まで行く列車はあるようだ。本日中に目標であった青森まで行けるのは喜ばしい。ただし、待ち時間は80分ほどある。少し長いが、食事をし休息をとると思えばまあまあの時間だ。
改札までいくと佐和子が彼氏に会ってて、頭をポンポンとされていた。佐和子は泣いていた。その涙をお前らが消滅させた4駅の人々にも向けて欲しい。そう思った。
さて、佐和子はどうでもよいとして、とにかく食事である。どれどれ、大舘の名物はなんですかな。できれば腹いっぱい食べたいものですな。途中から空腹が臨界に達した僕は、もうケロッグ我慢できないって感じで駅を飛び出した。
「闇だ」
ついつい声に出してしまった。駅前には漆黒の闇が広がっていた。すげえな魔界の闇みてえだ。
とにかく何もない。遠くの方に町の中心っぽい明りは見えたのだけど、とてもそこまではいけなさそうな距離だった。やばい。ここまで何もないのは想像していなかった。
途中、暗闇の道で同じ能力者っぽい若者とすれ違ったのだけど、誰かに電話しながら「この町は地獄だぜ、闇しかない」とか言ってて笑った。
よくよく探すと駅前に一店舗だけ営業している焼肉屋さんがあったのだけど、完全に常連以外は入りにくい禍々しいオーラが出ていて、こういう店は常連のオッサンが説教をしてたりするんだよな、それだったら嫌だなって思ってドアの隙間から覗いてみたら、本当に常連っぽいオッサンが説教をぶっこいてたので入るのをやめた。
それでもなんとか食べ物をと、ゾンビみたいになって駅前を徘徊していると、すごいレトロで雰囲気の良い映画館が目の前に現れた。これは御成座と呼ばれる映画館で、一旦は閉鎖となったものの市民の力で復活した映画館らしい。
ちょうどこの日はイベントがあった日のようで、常連の皆さんで野外八ミリ上映会をした後に映画館の前でバーベキューをしているみたいだった。飛び込み歓迎とか書いてあったのでさも常連づらして紛れ込んでバーベキューに参加しようとも思ったが、さすがに悪いのでやめておいた。
もう食事は諦めて、駅に舞い戻り自販機で飲み物を買う。飲み物というよりは分類としては食べ物だろ、という良くわからない理由でコーンポタージュを購入し、お腹を誤魔化す。やはり食べられる時に食べておかないと痛い目を見る。これは18きっぷの旅の絶対的法則なのだ。
なんとか空腹と暇なのを誤魔化しながら、ジッと次の列車の到来を待った。
21:20発 奥羽本線 青森行き
おそらくこれが本日最後の列車になるだろう。
車内にはどこで時間を潰していたのか、忍びの末裔もキャリーケース二人組もいた。おなじみの能力者たちである。青森に向かう人は多いようで、先ほどの列車より乗客は多かった。
おそらく車内全員が寝ている。街灯すら見えずに景色は真っ暗という地獄のような状況で駅にチェックインし続け、やっとこさ青森駅に到着した。
22:50 青森(青森県)
チェックインした駅 白沢(秋田)、陣場、碇ヶ関、長峰、大鰐、宿川原、大鰐温泉、石川プール前、石川(弘南鉄道)、石川(JR)、義塾高校前、鯖石、津軽大沢、松木平、運動公園前(青森)、弘前東高校前、弘前、撫牛子、川部、浪岡、北常盤、鶴ヶ坂、津軽新城、大釈迦、新青森、青森 [26駅/累計201駅/移動距離744km]
第三セクターによる断絶という悪夢により予想以上の遠回りを強いられてしまったが、なんとか3日間で青森まで到達することができた。いよいよ明日は北海道上陸である。ゴールは近い、のか?
ちなみに着る服がなくなったのでコインランドリーに行ったが、100円で20分回る乾燥機が1時間くらい回ってて、それを待っていたので眠れなかった。おまけに1時間回したのに完全に生乾きだった。明日は生乾き臭を身に纏って北海道上陸となりそうだ。
3日目のまとめ
総評
またもや第三セクターの魔の手にひっかかる寸前で神回避を見せることができた。不安に思ったら人に聞くに限る。18きっぷで青森まで行くルートは限られており、さらに元々の本数も少なく普通の利用者も少ないため、車内には同系統の能力者ばかりが集う状態になっていた。なんとなく心強いような気がした。いよいよ残り2日、明日は北海道上陸である。
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