【記事コンテスト見本】おばあちゃん家の夏

※この記事は「SPOT 旅に出たくなる記事コンテスト」向けに加筆修正されたものです。 ( ライター : ヨッピー(@yoppymodel)

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僕のおばあちゃんの家は奈良県の吉野町というところにある。
恐らく関東の人にとってはあまり馴染みの無い地名だろうし、
関西の人でも「あそこだ」と正確な場所を示すことが出来る人は少ないはずだ。
吉野町にある吉野山は桜の名所として古来より有名で、古い和歌などにたびたび登場する事から「吉野町は知らないけど吉野山ならわかる」と言う人は多いかも知れない。
桜の品種として有名な「ソメイヨシノ」はこの吉野山にちなんでつけられた名前だ。

 

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清流で知られる吉野川が流れる吉野町には宮滝という集落がある。
地味に縄文時代の遺跡や斉明天皇の離宮跡があったりするが全国的な知名度はほとんど無い。

今でこそインターネットの普及と共に宮滝は絶好の飛び込みスポットとして知られるようになり、
毎年夏になると大阪からやってきた川遊び客の水難事故のニュースで関西圏に「宮滝」の名前がたびたび報道されたりするが、僕が子供の頃はそういう事故の類もそれほどは多くはなく、至って平和に過ごしていたものである。

 

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切り立った崖の間を吉野川が流れ、すぐ背後には山が見える。
そんな狭い宮滝の集落にある「おばあちゃんち」で僕は毎年の夏休みを過ごした。

僕の父親は教員で、夏休みが長い。
夏休みの間はパートをしていた母親よりもむしろ父親の方が暇だったため、
パートの仕事がある母親を置いて、「先に行ってるわ」と言いながら母親の実家であるはずのこの「おばあちゃん家」によく兄と僕を連れて遊びに来ていた。
今思い返せば、義理の実家に嫁を差し置いて遊びに行く父親は「図々しい」以外の何者でも無いのだけど、子供の頃はそれを特別不思議がるわけでもなく、海水パンツとシュノーケルと浮き輪をリュックに詰め、夏が来る度におばあちゃん家を訪ねるのである。

夏のおばあちゃん家はたいそう賑やかで、いとこの家族やおじいちゃんとおばあちゃんを含めると最大で15人にもなる。
もちろんそれぞれの家族の父親は仕事もあるためそれほど長い時間ゆっくりしてはいられないのだけど、僕にはいかんせん夏休みで暇な父親が居たため、僕らの家族の滞在時間がいつも一番長かった。
短くて1週間、長いと2週間近くこの「おばあちゃんち」で夏を過ごしていた気がする。
だから、僕の中にある「夏の思い出」はたいてい「おばあちゃんちの思い出」だ。

朝起きると朝ご飯を食べる。
ウインナーを炒めたものと卵焼きとご飯に味噌汁、もしくは素麺だったりで大抵は簡単なものだ。
ご飯を食べ終わると父親連中に促され、水着に着替えてバスタオルとシュノーケル、浮き輪と水筒に入った麦茶を持ち、
いとこも含めた子供達と連れ立って川に向かう。

その川の流れは随分早く、水泳を習っている2歳年上の兄や大人たちが遊んでいられるポイントと、
泳ぎが特段得意ではなかった僕が遊べるポイントは随分違っていて、
最初は浅瀬でバシャバシャするだけ、翌年はもう少し深い所まで、そのまた翌年はもっと深い所まで、といった具合に、
僕が大きくなるに連れて遊べるポイントがどんどん増えていったのは大層嬉しかった。

飛び込みも同じで、年を取る度にどんどん高い所から飛び込めるようになるもので、
小学6年生くらいの頃には大人でも怖がるような崖から勢いよく飛び込んで遊ぶようになった。
そんな風に飛び込んで遊んでいると、大阪から遊びに来ている「知らないお兄ちゃん達」に、
「君は地元の子?」「ううん。大阪から」「地元ちゃうんや……よくこんな所から飛び込めるなぁ」なんて話しかけられて得意になったものだ。

川でやるべき事はたくさんある。
崖からの飛び込みもそうだし、石を敷き詰めてダムを作る事もそうだ。
もしくは穴を掘って人工池を作る事もそうだし、水切りもそう。
一生懸命泳いだり歩いたりしながら川を遡り、上流から浮き輪にしがみついて一気に流される遊びが特にお気に入りだった。
流れの途中にある岩場は天然のウォータースライダーみたいになっていて、急流にひっくり返されたりしながら、
あちこちを擦り傷だらけにしながら川を流されて行く。
一時間かけて遡った所を、5分やそこらで流れ切ってしまうのだが、一時間並んで30秒で終わる東京のウォータースライダーよりはマシなのかも知れない。
小さな「どんこ」と呼ばれる魚を何匹も集め、穴を掘って作った人工池に放り込むのも好きだった。

お昼過ぎになるとおばあちゃんか母親が僕らを呼びに来る。
崖と崖を結ぶ、大きな橋の上から「おーい!」と僕らに呼びかけるのだ。
僕らはそれを見ると川から上がってバスタオルを体に巻き、急な山道を登ってまたおばあちゃんちに戻る。

お昼ご飯を食べると、またいそいそと川に戻る。
時には父親が「高かったんやぞ」と、自慢げに買ってきたゴムボートに乗ったりもした。
ただし川の流れは急で、ゴムボートで遊ぶ為には常に流れに逆らってオールを漕ぐ必要があったため、その作業に嫌気がさした僕ら兄弟が早々にゴムボートを放棄し、
河原に放りっぱなしになったゴムボートを見て父親が微妙な顔をしていた事を覚えている。

山間部で日が暮れるのが早い上、川の水も冷たいため日が暮れる前にはおばあちゃん家に戻る。
おばあちゃん家にはシャワーなどという気の利いたものがなかったため、
ジョウロにためた水で体を流し、
提灯職人をしていたおじいちゃんの仕事場を抜けて居間に入るのだ。

晩御飯は大抵が鍋とかカレーとか、大勢で食べられるようなものが多かった。
おじいちゃんはプロレスが好きで、ドラえもんが見たかった子供達を差し置いておじいちゃんがプロレスを食い入るように見ていた事を覚えている。
おじいちゃんは口数の少ない人だったが、ご飯の時はよくあれも食べろこれも食べろと、おおよそ子供達が好きなはずもない佃煮なんかの食べ物を僕に食べさせた。

夜になると良く蛍を取りに行った。
蛍が居るポイントに僕らを連れて行くのは、いとこの父親である「よしむねのおっちゃん」の仕事だ。
よしむねのおっちゃんは大きな10人乗りのハイエースに乗っていて、
そのハイエースならいとこを含めて6人居る子供達を全員乗せて走る事が出来るからだ。

そのハイエースには大きなサンルーフがついていて、そこから首を出して外の風を浴びながら走るのが好きだった。
「サンルーフから首を出していて、トンネルの屋根に顔をぶつけて首が取れた人が居るから気をつけろ」というような事をよくおっちゃんは言っていたけど、
「そんなギリギリの高さのトンネルなんかあるわけないやん」と子供心に思っていた。

蛍のポイントはおばあちゃん家から1時間くらいの距離を走った所だったような気がする。
山奥の、街灯も無いような場所に車を停めて、懐中電灯で道を照らしながら少し歩いた所にそのポイントがあって、虫取り網で捕まえてはおばあちゃん家に放し、蛍の光を眺めながら寝た。次の日には死んでいるのだけれど。
そんな風に僕の「夏の思い出」は「おばあちゃん家の思い出」なのだ。
だからきっと僕は今でも夏が好きで、香取線香の匂いも、手についた花火の火薬の匂いも、川の水の匂いも、夕立ちのアスファルトの匂いも、「夏の匂い」を連想させるものは全部おばあちゃん家の思い出と強烈に結びついて、夏が来る度に僕の心の中の大きなウエイトを占めてしまう。

音だってそうだ。ヒグラシの鳴き声や、川のせせらぎ。古臭い扇風機がカタカタ言いながら首を振る音だって嫌いじゃない。こういった夏を連想させる音や匂い、それはきっと人によって全然違うものなんだろうな、と思う。海の匂いだ、って言う人も居るだろうし、夏季講習を受けていた頃のクーラーの匂い、なんて言う人だってきっと居るだろう。僕が夏になるとあちこちに出かけたくなるのは、きっと全国あちこちにある、「おばあちゃんちのカケラ」を探したくなるからだ。僕は、色んな人のそういう「夏の話」を聞いてみたいと思う。近所のお祭りの話でも良いし、子供達と海で泳いだ話でも良い。もちろんお気に入りの観光スポットでも良い。僕は夏が好きだし、夏を連想させてくれるようなものはなんでも好きだからだ。

 

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